終戦の日と「因果応報」
No.6814
今日は「終戦の日」。
若い頃、なんでも教条主義的であった私は、「敗戦の日」の誤魔化しだと憤っていたものでした。しかし、多くの戦中世代の人たちの実感に近いのは、どうも「戦争が終わった」だったようです。
それから5年数ヶ月後に私は生まれた。
「戦争を知らない子どもたち」を地で行って育ち、生きて参りましたが、この歳になって振り返ってみると、数年などというのはほんの僅かな間で、戦争を隔絶した過去のように考えてきたのが誤りだと気がつきました。こういう感覚は若い人には分からないと思います。
最近では日本がアメリカと戦ったということすら知らない若者が増えているのだそうですが(京女には確実にいないと思いますが)、それにしても、現在生きている我々のほとんど100パーセントは、自らの命あるいは人生を、直接この戦争の存在によって規定されているのだと思います。私もこの戦争がなかったら、この世に生まれることはなかったでしょう。
両親の配偶関係がこの戦争によって決定づけられているからです。団塊世代はその最たるもの。
しかし、こんな感慨にふけっていると、800年前のおまえの先祖だって、治承・寿永内乱に規定されて生をうけていたかも知れないではないか、と笑われそうですね。
まあ何事も因果応報です。
因果応報と言えば、これまで後回しにしたり、棚上げにしたり(同じか)、要するにサボっていたために溜まりに溜まった負債原稿。御先祖様の供養もしないで取り組んでいるのですが、書く前に調べなければいけない問題が百出して、とうとう石造遺物にまで首を突っ込む仕儀となり、原稿枚数そのものには殆ど反映されていない状況です。面目ございません。
卒論・修論・博論に取り組むべき諸姉兄も早めに取り掛からないと、こういう陥穽にはまって時間不足になってしまいますから、十分に気をつけて下さいね。
しかし、それでも最近の立荘論に関する論文を読んで、だいぶ勉強になりました。武士論研究の枠組みも、これを前提に考え直す必要が大いにあるように思えました。
また、いろいろ御教示下さい。
なお、いろいろお願いしてあるゼミ関係の諸兄姉の皆様。依頼の件、御多用とは思いますが、宜しくお願い申しあげます。
若い頃、なんでも教条主義的であった私は、「敗戦の日」の誤魔化しだと憤っていたものでした。しかし、多くの戦中世代の人たちの実感に近いのは、どうも「戦争が終わった」だったようです。
それから5年数ヶ月後に私は生まれた。
「戦争を知らない子どもたち」を地で行って育ち、生きて参りましたが、この歳になって振り返ってみると、数年などというのはほんの僅かな間で、戦争を隔絶した過去のように考えてきたのが誤りだと気がつきました。こういう感覚は若い人には分からないと思います。
最近では日本がアメリカと戦ったということすら知らない若者が増えているのだそうですが(京女には確実にいないと思いますが)、それにしても、現在生きている我々のほとんど100パーセントは、自らの命あるいは人生を、直接この戦争の存在によって規定されているのだと思います。私もこの戦争がなかったら、この世に生まれることはなかったでしょう。
両親の配偶関係がこの戦争によって決定づけられているからです。団塊世代はその最たるもの。
しかし、こんな感慨にふけっていると、800年前のおまえの先祖だって、治承・寿永内乱に規定されて生をうけていたかも知れないではないか、と笑われそうですね。
まあ何事も因果応報です。
因果応報と言えば、これまで後回しにしたり、棚上げにしたり(同じか)、要するにサボっていたために溜まりに溜まった負債原稿。御先祖様の供養もしないで取り組んでいるのですが、書く前に調べなければいけない問題が百出して、とうとう石造遺物にまで首を突っ込む仕儀となり、原稿枚数そのものには殆ど反映されていない状況です。面目ございません。
卒論・修論・博論に取り組むべき諸姉兄も早めに取り掛からないと、こういう陥穽にはまって時間不足になってしまいますから、十分に気をつけて下さいね。
しかし、それでも最近の立荘論に関する論文を読んで、だいぶ勉強になりました。武士論研究の枠組みも、これを前提に考え直す必要が大いにあるように思えました。
また、いろいろ御教示下さい。
なお、いろいろお願いしてあるゼミ関係の諸兄姉の皆様。依頼の件、御多用とは思いますが、宜しくお願い申しあげます。