師走第一週の講義とゼミの予定

No.6949

 1日(火)、キャンパスプラザⅡ講時の「特別講座科目1 『平家物語』と中世前期の京都」のテーマはいよいよ源義経。生い立ち、平泉での立場、在京活動、一ノ谷・屋島・壇ノ浦合戦、逃走の経過等々、内乱期のさまざまな問題と絡めながら、数回に分けてお話しすることになると思います。言うまでもなく、視座は「京都」にあります。

 Ⅴ講時の基礎教養科目「源平内乱の時代を京都で生きた人たち」では、『平家物語』の人物造形のパターンに触れながら木曾義仲の実像に迫ります。

 ゼミ(『吾妻鏡』)は >>No.6946を参照。いよいよ、「建長の政変」に近づいてきました。このところ、私も了行のように諸事につけて「腹立」することが多くなって困っています」(「日蓮遺文紙背文書」参照)。老化の故でしょうね。

 3日(木)Ⅱ講時目の『吾妻鏡』。養和元年(1181)年に入ります。

 ※ 先週の木曜日に山岡さんから頂いたお土産のお菓子は、いつ供出すべきでしょうか?

 >山本さん 土曜日の女性史総合研究会は如何でしたか?
        ゼミの時に御感想をお聞かせ下さい。

銀杏は美しいが、胃腸はよくない日。

No.6951

 今日の京都は本当に良い天気で、山々の紅葉も美しく、街路の銀杏並木も見事です。而るに私の胃腸は見事に不調で、困ったものです。

 昨日、キャンパスプラザの講義終了を待っていたかのように、教室に入ってきた若者がありました。昨年度の受講生、立命館大学の三木君でした。将来の方向が決まったので、わざわざ挨拶に来てくれたとのこと。そういえば、昨年に比べて表情も服装も見違えるほど明るい。お土産にと「神戸みかさ」の詰め合わせを持ってきてくれました。
 専攻が日本史というわけでもなく、たった半期の縁だったというのに、本当にうれしい出来事でした。三木君は他大学の院に進学して英語を勉強されるとのこと。何事にも興味を持って取り組む、彼の前途はおおいに期待が持てると思っています。

 ゼミ『吾妻鏡』講読は、ついに建長の政変も過ぎました。次回からは宗尊親王が将軍の時代に入ります。
 三木君からのお土産は、ここでみんなと頂きました。

 Ⅴ講時の短大の授業。出席率100%。自分の資料も配布しなければならないかと危ぶんでしまいました。よ~く話を聴いてくれます。来週は『玉葉』の記事を読みます。

 帰宅すると、前任校のゼミの教え子からメールが届いていました。元気にやっている様子。

 この日は教師冥利に尽きる一日であったように思います。

 ☆ 静岡文化芸術大学の山本幸司先生より、新刊の御高著『穢と大祓 増補版』(解放出版社)を御恵送頂きました。かつて平凡社から出版された同名の御著書に関連する新稿を加えられたものです。巻末の資料が充実していて有用です。
 自分の研究に引きつけてみると、内裏警固の問題など、こうした側面から考え直さなければいけないと思いました。
 国文学御専攻の方こそ必読だと思います。
 山本先生に、あつく御礼を申し上げます。 

宗尊親王とその時代-次回の火曜日『吾妻鏡』-

岩田慎平
No.6953

 前回はきちんと範囲をお伝えせずにすみませんでした。今回はけっこう先のほうまでご案内したいと思います。

 日時:2009年12月8日(火)14:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 共同研究室

 範囲:建長四年(1252年)三月五日・六日・十三日・十六日・十七日・十八日・十九日・二十日・二十一日、四月一日・二日・三日・四日・五日・十二日・十四日・十六日・十七日・二十日・二十一日・二十二日・二十四日・二十九日・三十日、五月五日・十七日・十九日・二十六日、六月二日・十日・十七日・二十五日、七月四日・八日・九日・十四日・二十日・二十一日、八月一日・二日・六日・二十一日・二十二日、九月一日・二日・七日・三十日、十月十四日・十六日、十一月三日・十一日・十二日・二十日、
    建長五年(1253年)正月二日・三日、二月三日・二十五日、四月二十日・二十六日、五月四日・十三日、六月三日、七月八日・九日、八月十五日・二十九日、九月十四日・十六日・二十六日、十月一日・十一日・十三日、十一月二十五日・二十九日、十二月八日・九日・二十一日・二十二日、
    建長六年(1254年)正月十日、二月十二日・二十日・二十四日、三月十二日・十六日・二十日、四月十八日・二十七日・二十九日、五月一日・五日、閏五月一日・五日・十一日、六月三日・十五日・二十五日、十月二日・六日・十日・十二日・十七日、十一月十六日・十七日・二十一日、十二月一日・十二日・十七日・十八日・二十日・二十三日・二十五日・二十六日の各条

 毎週火曜日の『吾妻鏡』講読会は、参加者のみなさんの自主的な積極性によって支えられています。冬季に何か始めてみようという方も、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加ください。

史料の評価は「読む側」の認識如何。

No.6954

 師走も、もう五日が過ぎようとしています。
 ところで、木曜日の『吾妻鏡』で読んだ養和元年正月五日条は、最近の武士論研究で指摘されていることが、凝縮されているような内容でした。
 第一に、関東の武士が南海を廻って京都を攻撃しようとしているという風聞のあったこと。第二に、相模国を本貫とする波多野氏が、頼朝挙兵以前より伊勢国内に所領を有していたことです。
 後者については、ずいぶん昔に指摘していたことなのですが、あまり顧みられることがありませんでした。でも、地方武士の在京活動や一族間の分業が共通認識になっている現在の研究情況からすれば、まったく奇異な話として受け取られることはないと思います。
 前者についても同様で、摂津の大物浦(現在の尼崎)と下総の三崎(銚子の辺り)の間に航路が想定できるくらいですから、平家が大まじめに対応してもおかしくはありません。それにしても、この時、平家が志摩国に派遣した伊豆江四郎とは何者なのでしょうか?

 『吾妻鏡』講読会(2回生)の忘年会は14日開催に決まりました。

『第10回 平泉文化フォーラム』

No.6945

 本日の『吾妻鏡』講読会。予定通り、治承四年を終了しました。次回は治承五年(養和元年)正月から。それにしても、みんな大変良く読(訓)めるようになってきました。
 参加者によって、ゼミの忘年会の計画も練られているみたいです。
 
 >>No.6939でお知らせしたように、今週末(28日<土>)には、京都で「女性史総合研究会11月例会」が開催されますが、その次の土曜日(12月5日)には、平泉で『第10回 平泉文化フォーラム』が開かれるそうです。

 フォーラムの今回のテーマは「平泉文化研究の今まで、そしてこれから-柳之御所遺跡の成果と展望-」。
 報告者の一人として、来年度、当方の共同研究に加わって下さる前川佳代先生(奈良女子大学)が登場されます。
 御報告のテーマは 「都市史から見た平泉」。 

 フォーラムの開催要項は、こちらを御覧下さい。↓       http://www.pref.iwate.jp/~hp0909/news&event&information/H21news&event.new.html#forum10 

師走の『吾妻鏡』

岩田慎平
No.6946

 火曜日の『吾妻鏡』も次回は12月になります。一年は早いですね。

 日時:2009年12月1日(火)14:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 共同研究室

 範囲:建長三年(1251年)八月六日・二十一日・二十三日、九月五日・二十日、十月十九日・二十九日、十一月十二日・十三日・十八日・二十二日・二十七日、十二月二日・三日・五日・七日・十七日・二十二日・二十六日・二十七日の各条

 毎週火曜日の『吾妻鏡』講読会は、参加者のみなさんの自主的な積極性によって支えられています。冬の訪れを思わせる季節に何か始めてみようという方も、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加ください。

走る元気のない先生にも師走は来る。

No.6947

 当ゼミ出身の院生諸姉兄。このところ、着々と足場固めに邁進しておられるようで、すでに結果を出した人もあって、頼もしい限りです。
 
 私は古い領主制論的な見方を克服した視角から、中世成立期における各地の武士の存在形態について再検討を加える必要を感じているのですが、目下、四国に目を注いでおります。実に新鮮で、面白いフィールドです。

 一方、執筆しているのは、了行をはじめとする鎌倉時代のお坊さんたちの活動の政治的背景について。これも面白いのですが、書くとなると結構しんどい。若いときのように、思考がそのまま文章に反映されるほどの勢いが出てきません。

 さて、今週はいよいよ師走突入。もう走る元気のない「師」ですが、がんばりたいと思います。

今週の講義とゼミの予定

No.6938

 23日(月)、京都女子大学は平常授業実施。ゼミ(『小右記』講読)も同様です。

 24日(火)、キャンパスプラザⅡ講時の「特別講座科目1 『平家物語』と中世前期の京都」のテーマは木曾義仲。『玉葉』の記事をもとにお話しを致します。
 Ⅴ講時の基礎教養科目「源平内乱の時代を京都で生きた人たち」では、源頼朝の人物像に迫ります。
 ゼミ(『吾妻鏡』)は >>No.6936を参照。

 26日(木)Ⅱ講時目の『吾妻鏡』。いつものように、共同研究室で行います。
 
 ※ 今週は25日に『台記』研究会が予定されています。久しぶりに元木先生・美川先生や京大の皆さんとお目にかかれるのが楽しみです。

女性史総合研究会11月例会のお知らせ

No.6939

 今週末には、日本古代・中世史に関する、こんな研究会の開催も予定されていました。
 国文の方も是非出席されると良いと思います。

  ◆ 女性史総合研究会 11月(第150回)例会の予定 ◆

 日 時:  11月28日(土) 13:30~17:00
 会 場:  京都アスニー  3F 第二研究室 A
 http://web.kyoto-inet.or.jp/org/asny1/about/institution/honkan/honkan_map.html
 報 告:西川和江氏 「褒められる古代女性」(仮題)
      原知里氏「室町時代における山姥のイメージ―謡曲『山姥』からの発信とその 受容―」

早くも『紫苑』の原稿が提出されました。

No.6940

 本日は『小右記』講読会。大谷さんが「手結(てつがい)」について、詳細な報告をして下さいました。
 その大谷さんが、早くも『紫苑』第8号掲載予定の論文を提出。
 論題は「道長の法華三十講」。400字詰め74枚分という質量共に充実した力作です。
 大谷さんは国文学専攻ですが、歴史専攻者にも裨益大きい内容と思います。
 それにしても、修士2回生のこの時期に、修論とは別に大作を仕上げられたことには、大いに敬意を表さなければならないと思います。
 ほかの執筆者の皆さんも頑張って下さい。

 なお、『小右記』講読会ですが、来週は休会とし、次回は12月7日になります。

先生らしからぬはずなのに。

No.6943

 大学2年生のこの日、青山学院大学の3号館にあった史学科の学生研究室にとんでもない情報が飛びこんできた。最初は冗談なのかと思ったが本当だった。
 あれから、もう39年。今日、研究会に集まった若い院生さんたちには、遠い昔の話であろう。

 京大の元木先生の研究室で開かれた、その『台記』研究会は坂口君の研究発表。
 新たな史料の紹介による、「論証」のお手本のような御報告で、研究の「旬」を感じさせるものでした。

 帰途、重いカバンを肩に提げて206系統の市バスに乗ったところ、老齢の女性から、「先生、荷物をここに置かれはったら」と声をかけられました。全く知らない方からです。乗った場所から類推されたとすれば、光栄なことなのですが・・・。

 明日は二週間ぶりの『吾妻鏡』講読会。いよいよ治承四年も終わりに近づきました。

 ☆ NHK出版の石浜哲士さんから、編集を担当された新刊の大山誠一『天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト』(NHKブックス)を御恵送頂きました。
 著者の大山先生は、昔、青山学院大学の史学科で非常勤講師をされていたように記憶します。
 石浜さんに、あつく御礼を申し上げます。

法住寺殿跡見学会の報告がありました。

No.6937

 山本さんから、昨日は予定通り、法住寺殿跡見学会を行ったとの御報告をメールで頂きました。参加者は史学科と国文学科の7名。

 コースは、伝佐藤嗣信・忠信墓→積翠園(伝・平重盛小松殿庭園跡)→東山大仏殿跡→方広寺鐘楼→六波羅探題関係遺構出土地点→蓮華王院(三十三間堂)→後白河天皇陵→法住寺南殿跡→最勝光院跡→今熊野社→新日吉社、と予定通り。
 山本さんが最初に資料を配付して簡単な説明をした後、皆でわいわい地図を片手にまわったのだそうです。
 
 積翠園ではポストカード5枚セットを全員が頂いた由。私が同行していたら、こんなラッキーには遭遇できなかったでしょう。

 用意しておいた資料によって、山田邦和先生の推定された建春門院陵の位置を確認し、また、中村武生先生が人文地理学の講義で話された大仏殿南門前の坂本龍馬が一時住んでいた場所も見学先に加えたとのことでした。

 昨日の京都は天気も良く紅葉もきれいで、所要時間も予定通りでちょうど一時間半。歩いた後は、みんなで錦華食堂でお昼を食べて、また見学会や忘年会をやろうという話になったそうです。まずは目出度し目出度し。

 敢えて言うなら、孫弟子にあたる君たちが史跡見学を楽しんでくれたことは、この日、告別式の執り行われた恩師貫先生への一番の供養になったように思います。
 私が史跡散歩を行うのは、私の学生時代、貫先生がしばしば青学史学科の学生を引率して鎌倉の史跡を案内して下さり、その時、とてもたくさんの思い出を刻むことが出来たことによるからです。

 メールに添付してくれた写真。とっても楽しそうで、ここに掲出できないのが残念です。

鳥部山(鳥辺山)の煙(けぶり)

No.6935

 貫先生にお別れして参りました。さみしい限りです。
 しかし、これから、いよいよ、先生の御研究に学ばせて頂く所存でおります。

 私の母校、千葉東高校は、明日から京都方面への修学旅行だそうです。
 41年前の修学旅行も今ごろでした。学生帽をかぶり、首からカメラをぶら下げた17歳の私は、はじめて乗った新幹線ではじめて京都に来て、その文化財の密度に圧倒されたものでした。あの時、将来、京都でこんなに長く暮らすことになろうことなど、ついぞ予想も致しませんでした。
 清水の舞台の上から、「あの方向が鳥部山の煙の立つ辺りか」と眺めやった先にある研究室で、いま私は日々を過ごしているのです。
 明日上洛する後輩諸君の運命や如何に?

 ☆ 北海道教育大学の鈴木哲雄先生より、新刊の御高著『香取文書と中世の東国』(同成社)を御恵送頂きました。
 香取文書に対する総合的な御研究の成果です。
 鈴木先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ 長野県立歴史館の村石正行先生より、御高論「中世前期における処分状作成の一様態-いわゆる書分をめぐって-」(『史学』第77巻第4号)と、長野県立歴史館で開催された信濃史料刊行40周年記念・長野県立歴史館開館15周年記念夏季展の図録『信州 知の遺産の系譜 歴史を記録した先人たち』を御恵送頂きました。
 村石先生にあつく御礼を申し上げます。

しかし、人生は続く-次回の『吾妻鏡』-

岩田慎平
No.6936

 貫達人先生ご逝去の報には本当に驚きました。
 先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 

 * * * * * * * * * * * * * * * *  

 日時:2009年11月25日(火)14:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 共同研究室

 範囲:建長三年(1251年)四月二十日・二十六日、五月一日・五日・八日・十五日・二十七日、六月五日・十日・十五日・二十日・二十一日・二十二日、七月四日・八日・十日・二十日、八月六日・二十一日・二十三日、九月五日・二十日、十月十九日・二十九日、十一月十二日・十三日・十八日・二十二日・二十七日、十二月二日・三日・五日・七日・十七日・二十二日・二十六日・二十七日の各条

 毎週火曜日の『吾妻鏡』講読会は、参加者のみなさんの自主的な積極性によって支えられています。冬の訪れを思わせる季節に何か始めてみようという方も、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加ください。

急告 貫達人先生所縁の皆様へ

No.6931

 貫達人先生が逝去されました。

   お通夜は18日 18~19時
   告別式は19日 11~12時
    場所 カドキホール 鎌倉市御成町3-5℡0467-24-4455    
     所在地は下馬四つ角(鎌倉駅より海岸方向に徒歩5分)
             http://www.kadoki.co.jp/
 
  ※ お知り合いの青山学院大学史学科の関係者などに、御連絡頂ければ幸いです。

木曜日の法住寺殿跡見学会について

No.6932

 19日(木)に予定していた法住寺殿跡の見学会ですが、御案内が出来なくなりました。
 資料は作成済みですので、自由見学という形にしたいと思います。
 10時半に研究室前で、山本さんから資料(7枚)をお受け取り下さい。
 「地図を片手に、自分で場所を確認しながら」というのも一興だと思います。

 山本さん、よろしくお願い致します。

『紫苑』第8号の執筆依頼&明日の講義

No.6929

 岩田慎平君・藪本勝治君・大谷久美子さん・山本みなみさん

 すでに内諾は頂いておりますが、『紫苑』第8号掲載原稿の執筆を、この場を借りて、上記の方々に正式にお願い致します。
 公式締切は本年12月22日(火)と致します。
 なお、不明な点は編集長にお問い合わせ下さい。
 ほかに、執筆希望の方がおられましたら、遠慮無くお申し出下さい。

 ※ 岩田君を皮切りに、発表内容についての中間報告を例会の形で開催したいと考えています。


 明日(17日)のキャンパスプラザⅡ講時「特別講座科目1 『平家物語』と中世前期の京都」は、「鎌倉政権の成立と源頼朝」がテーマです。なお、前回の後白河院の話の補足として、最新の研究成果に基づく院御所法住寺殿の地図を配布します。また、事務サイドからの依頼により、授業アンケートをお願いします。

 Ⅴ講時の基礎教養科目「源平内乱の時代を京都で生きた人たち」は前回の続きで、平治の乱以降の後白河院と政治の動きを見ていきたいと思います。

31回目の年末調整

No.6926

 今年も年末調整の書類を作成する時期になりました。私はこういう事務仕事が苦手で、その上、整理も悪いので、保険会社から届いたはずの控除証明書が見つからなかったりして、毎年てんやわんやの大騒ぎという為体です。
 しかし、思い起こせば、今年ではや31回目。つまり、1979年に高校教諭になって以来、給与生活者として既に30年が過ぎ去ったということになります。
 それでも、まだこの書類作りは慣れません。しかし、あえて申せば、科研のように電子申請にならないのが救いです。

 既に岩田君が案内を出してくれている(>>No.6923)火曜日(17日)の『吾妻鏡』講読会ですが、先にお知らせしたように、共同研究室を入学センターにお貸ししますので、今回は教授室で行います。お間違えのないように。コピー機も使えませんので、コピーは事前にお願い致します。

 ☆ 千葉県の県史編纂の仕事の際などに大変お世話になった佐賀県小城市の眞子雅允さんより、今秋、小城市立歴史資料館で開催された佐賀大学地域学歴史文化研究センター・小城市教育委員会共催の特別展の図録『中世小城の歴史・文化と肥前千葉氏』を御恵送頂きました。
 眞子さんに、あつく御礼を申し上げます。

はたらけどはたらけど

No.6928

 本当にいつも杜撰なご案内で申し訳ありませんが、次回(明日)の火曜日の『吾妻鏡』は通常通りの時刻より、野口先生の研究室で行います。よろしくお願いします。
 範囲は以下のとおりです↓

 範囲:建長三年(1251年)正月一日・四日・五日、二月一日・十日・二十日・二十四日、三月六日・七日・十四日、四月二十日・二十六日、五月一日・五日・八日・十五日・二十七日、六月五日・十日・十五日・二十日・二十一日・二十二日、七月四日・八日・十日・二十日、八月六日・二十一日・二十三日、九月五日・二十日、十月十九日・二十九日、十一月十二日・十三日・十八日・二十二日・二十七日、十二月二日・三日・五日・七日・十七日・二十二日・二十六日・二十七日の各条

 年末調整の書類、提出しました。バイト先では店舗ごとにまとめて提出することになっているのですが、誰が出していないだとかどの書類に不備があるだとか、何かと面倒が出来致します…。

昼食はお饅頭 付 来週の見学会案内

No.6922

 今日はミュージアム知覧の新地浩一郎さんがお見えになり、沢山のお土産をいただきました。
 学術資料の他に「薩摩花林糖饅頭」も。
 『吾妻鏡』講読会は、先日、畠山先生にいただいた福山名物のお饅頭もあり、7人の2回生のみなさんは大満足だったことと思います。
 新地さん、どうもありがとうございました。

 今回は昨年の公開講座で川本重雄先生の使用された資料を使わせていただいて、将軍御所の空間的な身分秩序についてお話ししました。これは、東国武士に対する通説的な理解を打破する上で重要な事実であると考えています。

 治承四年十二月十二日条ですから、鎌倉幕府の成立時期についても一席ぶたせていただきました。
 私の恩師、貫達人先生の「承久三年説」は、『青山史学』創刊号(青山学院大学史学科研究室)に掲載されています。

 今日は「一所傍輩」も出て参りました。「小松殿」ならぬ「小松寮」で一所傍輩の学生さんには、自分のことのように「一所傍輩のネットワーク」の意味が理解できたことと思います。
 橘公長と加々美長清の関係です。
 ところで、橘氏(→小鹿島氏)と言えば、
 >岩田君  関学での御報告は如何でしたか? 

 ◎ 来週木曜日の『吾妻鏡』講読会は、六波羅の一部と豊臣氏関連遺跡を含める形で後白河院の院御所であった「法住寺殿跡」の見学です。
 見学先は「伝佐藤嗣信・忠信墓」→「積翠園(伝・平重盛小松殿庭園跡)→東山大仏殿跡→方広寺鐘楼→六波羅探題関係遺構出土地点→蓮華王院(三十三間堂)→後白河天皇陵→法住寺南殿跡→最勝光院跡→今熊野社→新日吉社、というコースを予定しています。
 10時30分、研究室前に集合して下さい。
 ゼミメンバー以外の参加も歓迎します。
 なお、「お金の取られるところ」には入りませんので、費用は要りません。ほかでは絶対に手に入らない資料を用意する予定です。

吏僚的武士の橘氏-次回の『吾妻鏡』-

岩田慎平
No.6923

 新地さんに鹿児島をご案内いただいてからもう四年ほど経ちますね。その節は大変お世話になりました。
 あのときは、出発前に(最近話題の)大阪南港のフェリーターミナルで時間潰しをしたり、知覧警察署のお世話になったりと、いろいろなことがありました。

 >野口先生
 水曜日は橘氏について報告をして参りました。またお聞きいただきたいと思いますが、橘氏の存在形態もまた、鎌倉幕府に対する通説的な理解を打破する上で重要な事柄であると思われます。

 次回の火曜日の『吾妻鏡』は以下の通りです。 

 日時:2009年11月17日(火)14:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 野口先生の研究室

 範囲:建長三年(1251年)正月一日・四日・五日、二月一日・十日・二十日・二十四日、三月六日・七日・十四日、四月二十日・二十六日、五月一日・五日・八日・十五日・二十七日、六月五日・十日・十五日・二十日・二十一日・二十二日、七月四日・八日・十日・二十日、八月六日・二十一日・二十三日、九月五日・二十日、十月十九日・二十九日、十一月十二日・十三日・十八日・二十二日・二十七日、十二月二日・三日・五日・七日・十七日・二十二日・二十六日・二十七日の各条

 毎週火曜日の『吾妻鏡』講読会は、参加者のみなさんの自主的な積極性によって支えられています。後期もどうぞよろしくお願いします。冬の訪れを思わせる季節に何か始めてみようという方も、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加ください。

橘氏の研究は立ち話では終わらない。

No.6924

 岩田君が知覧警察署のお世話になったというのは、落とした財布が見つかったのを受取りに行ったというだけの話ですので、念のため。
 ちなみに、岩田君が財布を落としたのは、大雨の中、車でいっぱいの駐車場で車から降りようとした私を濡らすまいと、無理な体勢で傘を差し掛けてくれたからでした。

 ところで、橘(小鹿島)氏ですが、本年度の共同研究の一環として、公開での研究発表会を企画したいと思います。今月末か12月の初め頃に如何でしょうか。
 ほかに報告(テーマは自由)を希望する方がおられましたら、お申し出下さい。

逃走経路、如件

岩田慎平
No.6925

 しつこいですが、大阪南港のフェリーターミナルで時間を潰したのは私が集合時間を間違えたためでありますが、その後、住之江公園のほうのフェリーターミナルに移動し宮崎行きのフェリーに乗船、船内で一風呂浴びて、翌朝カンカン照りの宮崎港に到着しました。フェリー内では自作のお弁当を開く方もいました。まさに用意周到です。
 船内放送(?)ではW杯ドイツ大会アジア予選最終戦の日本vsイランが流れていました。
 知覧警察署の受付の窓の向こうの、机の上にちょこんと置かれた赤い(当時)サイフの光景は今でも忘れられません。拾って届けて下さった方には、ただただ感謝です。

 さて、ご提案いただきました研究発表ですが、日程は後日ご相談させていただくと致しまして、させていただけるとすれば以下のような内容になる予定です。

 題名:「小鹿島橘氏の治承寿永内乱」
 概要:坂東武士ではないが鎌倉幕府の有力御家人である橘氏(小鹿島氏)のことを取り上げながら、中世前期の武士の存在形態や鎌倉幕府成立にまつわる諸問題を考えたいと思います。
 主な参考文献は以下の通りです。

 川合康「内乱期の軍制と都の武士社会」『日本史研究』501、2004年。
 塩谷順耳「武士団の東北移住―橘氏(小鹿島氏)を中心に」『歴史』19、1958年。
 野口実『源氏と坂東武士』吉川弘文館、2007年。
 元木泰雄『源義経』吉川弘文館、2007年。

「一天、にわかにかき曇り」の宮崎空港

No.6927

 「カンカン照りの宮崎港」・・・とのことですが、その日のお昼、岩田君たちが飛行機組と宮崎空港で集合したときには「一天、にわかにかき曇り」となり、それから三日の間、雨の降らないことはなく、桜島すらうすボンヤリとしか見えず、開聞岳に至っては影も形もございませんでした。
 ゼミの一行の中に雨降(あめふらし)の験者がおられたのでしょうか?

 鎌倉期の橘氏に関する参考文献ですが、以下も役に立つと思います。
  塩谷順耳『中世の秋田』(秋田魁新報社、1982年)
  服部英雄「開発・その進展と領主制支配-肥前国長嶋庄の橘薩摩一族-」
        (『地方史研究』152)

来年度の共同研究申請が承認されました

No.6921

 本日の研究所運営委員会で、下記の平成22年度における研究所共同研究助成の申請が承認されましたので、お知らせ致します。
                   記
 <研究課題>「中世前期における都鄙の文化・社会情況
         (法然・親鸞登場の歴史的背景に関する研究Ⅱ)」
 <研究代表者> 野口 実(本学研究所教授・日本中世史)
 <研究協力者> 岩田慎平(関西学院大学大学院研究員・日本中世史)
            畠山 誠(元、広島県公立高校教諭・日本仏教史)
            前川佳代(奈良女子大学人間文化研究科博士研究員・日本中世考古学)
            藪本勝治(神戸大学大学院人文学研究科DC・日本中世文学)

 <研究目的>以下については、>>No.6892を御参照下さい。
 研究協力者(共同研究員)のみな様、何卒よろしくお願い申しあげます。 

 >三輪さん  香川県の旅行のおみやげのお菓子、たしかに受け取りました。ありがとうございました。