『吉備大臣入唐絵巻』『平治物語絵巻』展示中。

佐伯智広
No.9940

こんにちは。久々に書き込みさせていただきます。

連休の合間を利用して、昨日、大阪市立美術館で開催中の『ボストン美術館展 日本美術の至宝』を見てきました。
http://www.boston-nippon.jp/
ポスターに曽我蕭白『雲龍図』が使われているように、メインは曽我蕭白の作品群のような感じなのですが、中世前期の研究者としては、『吉備大臣入唐絵巻』『平治物語絵巻』がやはり見逃せません。
どちらも展示替えなしで会期中全巻開けられているという、大サービスです。
連休の合間の平日の午前中に行ったので、それなりに落ち着いて見ることができたのですが、どちらも本当に素晴らしい作品で、絵巻物の傑作であると思いました。
ユーモラスな『吉備大臣入唐絵巻』、劇的な『平治物語絵巻』と、どちらもとても個性的です。

他にも、古代・中世の仏教芸術、室町期の水墨画、近世の屏風絵など、素晴らしい作品が目白押しでした。
(出品リスト http://www.boston-nippon.jp/images/highlight/list_oosaka.pdf )
収蔵されているのが海外ということで、普段なかなか実物を見る機会がない作品ですし、特にゼミの若い方々にはご覧になったことがない方も多いのではないかと思ったので(実のところ、私も『吉備大臣入唐絵巻』は初めて見ました)、紹介させていただきました。
連休中はさすがにすごい人出になるかもしれませんが、会期は6月16日(日)までありますし、未見の方には、ぜひおすすめしたい貴重な機会です。

それではみなさま、どうぞ良い連休をお過ごしください。

ぜひ、見学に行きたい企画展は関東でも。

No.9941

  佐伯君、御紹介ありがとうございます。

 この時期、関東でも興味津々の企画展が開かれているようです。
 たとえば、横浜の「馬の博物館」では、4月27日(土)~6月9日(日)の会期で、
  特別展「鎌倉時代の馬と道-畠山重忠と三浦一族-」
    http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/U/U03-1.html

 千葉市美術館では、会期 2013年4月16日(火)~ 6月16日(日)で、
  「仏像半島―房総の美しき仏たち―」
    http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html
が開催されています。
 うまく都合がつけば、ぜひ見学にうかがいたいところです。

 ちなみに房総の仏像と言えば、このたび復刊した拙著『坂東武士団と鎌倉』 http://t.co/4HFLi99kEUの69ページには、私が高校教員時代に撮影した千葉市緑区平山町東光院の七仏薬師の写真が掲載されています。東京文化財研究所の津田徹英先生によると、この仏像は11世紀初めの作とのこと。千葉氏草創期の貴重な文化財ということになります。
 なお、153ページに写真が載っている睦沢町妙楽寺の大日如来像も平安末期頃の作といわれ、上総氏か上総千葉氏の一族が造立したものと推測されます。この写真、旧版では私の撮影したものだったのですが、復刊では別のものに差しかえられています。
   
 それから、京都女子大学宗教・文化研究所の『研究紀要』第26号に発表した拙稿「下野宇都宮氏の成立と、その平家政権下における存在形態」ですが、京都女子大学学術情報リポジトリ(京女AIR)で公開されましたので、お知らせしておきます。
  →http://repo.kyoto-wu.ac.jp/dspace/bitstream/11173/158/1/0160_026_002.pdf

 ☆ 上で御紹介した馬の博物館の長塚孝先生より、御高論「鎌倉節と名馬」収録の特別展図録を御恵送頂きました。
 長塚先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ 東海大学の落合義明先生より、今年2月に開催されたシンポジウム「中世の河越を考える 東国史の中の河越」(於、川越市市民会館・やまぶき会館)と「災害からみた中世社会」(於、国立女性教育会館)の資料を御恵送頂きました。
 落合先生に、あつく御礼を申し上げます。

 いろはにほへと、ちりぬるを

No.9939

 新緑の候。ようやく外気も暖かくなり、と喜んでいたら、京郊の新興住宅地に住む友人から、例年のごとくバーベキュー公害が始まったとの報が届きました。
 「子曰く、共生とは忍耐と寛容に如かざるものなり」
 「忍耐と寛容」というのは、どこかの首相のキャッチフレーズだったような記憶があるのですが、うまいことをいうものです。
 だけど、大変でしょうね。堪忍袋の緒を切らさないように願いたいものです。

 ところで、本日は京都女子大学の創立記念日。ゼミ草創期の頃は、宝物虫払い中の神護寺へ見学に出かけたものでした。50代になったばかりのあの頃、若い学生諸君たちと山上の文覚の墓まで登ったとき、我が身の体力の衰えを痛感させられたことをよく覚えています。
 あのときのメンバーは、今日、どう過ごされたでしょうか?

 本日は起床したときから背中が痛く、いささか不調だったのですが、長く機会を得られなかった宇都宮頼綱ゆかりの三鈷寺に行ってまいりました。足腰が重く、背中の痛みがこたえましたが、西山の善峯寺や三鈷寺からの京都盆地の眺めは、比叡山から宇治のあたりまで見渡せる壮大なパノラマで素晴らしく、まさに感動ものでした。宇都宮頼綱もよいところにいたものです。
 善峯寺には、かの犬公方徳川綱吉の母桂昌院の墓もありました。昨今、綱吉が再評価されていることもあって、彼女の人生についても興味を抱いた次第です。
 
 せっかくなので、近くにある在原業平や藤原高子ゆかりの十輪寺に大原野神社、それに花の寺として知られる勝持寺、鑑真和上の高弟智威大徳が開いたという正法寺を回ってまいりました。
 それほど人出も多くなく、気温も暑からず寒からずで良かったのですが、何よりも自らの体力・脚力の衰えを、またあらためて実感させられてしまいました。
 「少年老い易く学成り難し」。
 
 学生諸姉には「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」「命短し恋せよ乙女」と言いたくなりますが、・・・結局のところは、「色即是空」「諸行無常」に行き着きます。

鎌倉の世界遺産不登録に思う

No.9938

 このニュース、最近、『坂東武士団と鎌倉』という「鎌倉」の名をタイトルに付した本を出したはかりでもあり、些か忸怩たるものを感じざるを得ない。

 しかし、世界遺産というのは、国際的とはいえ、主に西欧文化を享受する人たちの価値観で判断されるのだから、日本の文化遺産の場合、相当視覚に訴えるものがあったり、エキゾチックなものでなければ、なかなか理解して貰えないだろうことは、平泉の時にも感じたところである。

 それに、私の居住地の近くの寺院は長く地域の人たちに守られ、その憩いの場であったのだが、世界遺産に登録されるや、じつにとっつきにくい場となってしまった。だから、私のような庶民には、世界遺産に登録されることのメリットというのがよく分からないし、その選択のモノサシも客観的だとは思えない。

 たしかに、世界遺産に登録されることは日本文化の国際的理解ということで大きなメリットはあるだろう。しかし、私には、これは話が逆だと思うのである。だいたい、日本の歴史というのは国際的にどれだけ知られているのだろうか。ナポレオンを知っている日本人はたくさんいるが、源賴朝を知っているフランス人はどれだけいるのか。

 賴朝や北条氏をよく知る外国人が増えれば、鎌倉の世界遺産認定は簡単だろうと思う。視覚に訴えるものを補う情報が必要なのである。日本人がローマやヴェネツィアに行って感動するのは、ただ古い遺跡や文化財があるからではなく、前提となる知識があるからである。「テルマエ・ロマエ」を面白がってみられるのも、大ざっぱながらもローマ史の知識を日本人が共有しているからに違いないからである。視覚や物という点から言えば、あの石の文化に対して、我が木と紙の文化は「残存」という一点だけでも抗すべくもないだろう。

 そして、ここが肝腎なのだが、さらにいえば、日本人でも「源賴朝」をどれだけ知っているというのだろう。
 英語が話せない者は大学に入れてやらないとか、外国人の教師に教養の日本史の講座を担当させるなどというのも、グローバリゼーションへの対応として良策なのかも知れないが、それ以前に日本人が日本の歴史や文化を学び、外国の人たちに日本の歴史や文化を知ってもらう、アピールする方が先決なのではないだろうか。

 高校で日本史が必修科目になっていないという話をすると国内外を問わず驚かれる。

 フジヤマ・ゲイシャガール・ハラキリも困るが、最近は外国人の日本文化認識はサブカルチャー一辺倒である。それこそ、国策で日本の歴史や文化を学んだり研究することを目的とする留学生を千人単位で受け入れることくらいできないものだろうかと思うのである。

 明日(30日)の「基礎演習Ⅰ」

No.9935

 連休明けからの個別発表に備えて、以下のことを行います。

 ① 現代社会学部の研究紀要の配付。→論文の読み方、探し方。
 ② 発表レジュメの作り方。→起承転結や参考文献の書き方。
 ③ 「評価表」の配付。→お互いに発表の評価をして貰います。
 ④ 入学後に直面した問題について→集団で相談に乗りましょう。
 ⑤ その他(図書館の使い方など)。
編集:2013/04/29(Mon) 14:31

本日の基礎演習

No.9937

 大型連休の谷間の日ということで、今日の大学はさぞ学生さんの数も少ないだろうと予想していたのですが、あに図らんや、A地下も11時前から満杯。もちろん基礎演習のクラスも欠席ゼロでした。
 いよいよ来週から個別発表が始まります。

 ☆ 東北福祉大学の岡田清一先生のご高配により、長く福島県相馬・双葉地域の歴史と民俗を追究された大迫徳行氏の御遺著『相馬・双葉の原風景-福島県浜通り歴史と民俗』(岩田書院)を、大迫氏の令夫人大迫富子氏より御恵送頂きました。
 また、岡田先生より、先生の研究者としての軌跡を纏められた『策駑駘』・『新訂策駑駘』を御恵送頂きました。
 あつく、御礼を申し上げます。

 ☆ 東北福祉大学147番研究室・岡田ゼミナール35期生のみなさんと岡田先生から、『平成24年度岡田ゼミナール研究年報 山形県東根市調査報告書第35輯-地域研究の方法と課題-』を御恵送頂きました。岡田先生の御高論「中世の東根-研究の現状と課題-」が収録されています。
 ゼミのみなさんと岡田先生に、あつく御礼を申し上げます。

 美川圭先生の『白河法皇 中世を開いた帝王』が復刊されました。

No.9934

 2003年にNHKブックスの一冊として刊行された後、しばらく絶版になっていた美川圭先生の『白河法皇 中世を開いた帝王』が角川ソフィア文庫から復刊されました。

 本書は白河院の一生を克明に辿った伝記ではありますが、院政の成立・平氏の台頭・強訴の問題など、11世紀末~12世紀初めの政治や社会、さらには「権門都市」としての白河・鳥羽・宇治について論述された啓蒙書の域を超える内容。今回の復刊は大いなる朗報といえます。

 残念なのは刊行の時期。昨年の今ごろだったならば、今以上の大変な売れ行きだったことと思います。

 本書、美川先生より御恵送頂きました。美川先生、ありがとうございました。
 文庫版は持ち運びが便利なので、目下、もう一度読みなおしておりますが、あらためて発見すること多大です。

 最近、白河法勝寺の八角九重の塔について質問を受けることが多いのですが、これに関心を持っておられる方にとっても必読の書といえるでしょう。

 れんきゅうはけんきゅう

No.9933

 世は大型連休。しかし、私たちにとっては、ようやく本業・本務に集中できる期間ということになります。
 昔、高校や博物館に勤めていた頃、主体的な研究は本務として認めてもらうわけにはいかなかったので、やはりGWや夏の職務専念義務免除の期間(要するに教員の夏休み)にそれを行っていました。だから、子どもを連れての長期旅行など、俗にいう「家庭サービス」は一切出来ませんでした。
 たまに、子どもたちを車に乗せてどこかに出かけても、行くところは「○○跡」とか「△△寺」・・・ばかりなので、子どもから、「どこかに行くのはいいけれど、「あと」と「じ」のつくところだけはイヤだ」と通告されたこともありました。 

 そんな頃から、もう30年以上が過ぎました。
 この連休中には、いくつか書き終えなければならないものがあるのですが、時間的にも気分的にも助走が足りず、なかなか手に着かず困っています。これも耄碌の故でしょう。

 そんな中、同世代の研究者から、背中を押されるような研究成果を頂きました。

 ☆ 高知大学の市村高男先生より、先生の編になる『御影石と中世の流通 石材識別と石造物の形態・分布』( 高志書院)、御高論「「惣無事」と豊臣秀吉の宇都宮仕置-関東における戦国の終焉-」収載の江田郁夫・簗瀬大輔編『北関東の戦国時代』(同)、ならびに御高論「中世前期土佐国の地域構造と権力支配-源希義とその周辺の考察から-」(『土佐史談』242)・「書評 佐々木倫朗著『戦国期権力佐竹氏の研究』」(『史学雑誌』121-11)を御恵送頂きました。
 市村先生に、あつく御礼を申し上げます。

 市村先生とは千葉県史編纂の部会で御一緒させて頂きました。
 先生とは、生まれた年が一緒であるばかりでなく、生まれ育った関東をフィールドとしていたのに、現在は西日本の大学に所属して中世史の研究を継続しているという共通点があります。
 研究の水準は遥かに及ばないものの、私にとっては、そんなところで、とても親しみを感じざるを得ない大切な同い年の「学兄」なのです。

 自然恩沢の守護人

No.9929

 昨日の「教養科目」は本来2コマの時間で話すべき内容。時間不足にならないように前半を急いだ結果、予定どおりに進行。それに安心して、話を横道に逸らせてしまったために、やはり最後までしっかり話せなかったという始末。しかし、横道の内容こそが本旨とすべきものであったようにも思います(いつもこのように自己肯定するので進歩がありません)。

 『吾妻鏡』の講読会では、京武者出身の御家人橘公業と「自然恩沢の守護人」の評価で議論沸騰。橘公業については、研究課題にしている岩田君の今後の追究に期待(同氏「小鹿島橘氏の治承・寿永内乱-鎌倉幕府成立史に寄せて-」『紫苑』8)。「自然恩沢の守護人」については、きちんと読むとどうも通説的理解とは不整合になるという結論に至りましたが、このことはすでに松本一夫氏が『東国守護の歴史的特質』(岩田書院)の中で指摘されていることでした(p70)。
 本を開いてみたら、その部分はちゃんとマーカーでなぞってありました。肝腎なときに大切な情報が引き出せなくなるのも耄碌の一環です。
 中世における「自然」の用法についても再考する必要があるかも知れませんが、要するに「自然」よりも「恩沢」にウェイトを置いて捉えるべし、ということでしょう。

 ☆ 樋口州男先生より、新刊の御編著『史料が語るエピソード 日本史100話』(小径社)を御恵送頂きました。
 樋口先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ ラサール学園の永山修一先生の御高配により、先生の御高論「古代~中世の南島」掲載の『西日本文化』462を御恵送頂きました。
 永山先生に、あつく御礼を申し上げます

 ちなみに、『坂東武士団と鎌倉』は、もう本屋さんに出ているのでしょうかね?
 出たばかりだというのにAmazonを見たら、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」とありましたので。
編集:2013/04/26(Fri) 13:00

若葉のころ-次回の『吾妻鏡』-

No.9930

 野口先生の『坂東武士団と鎌倉』ですが、さきほどからAmazonにも並びはじめた(?)ようです。
 いわゆる大型連休がスタートしますので、来週(5/2)はお休みにして、次回は再来週の『吾妻鏡』のご案内です。

 日時:2013年5月9日(木)午後3時頃~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 共同研究室
 範囲:承元三年(1209)十二月十七日・十九日の各条
     承元四年(1210)正月一日、二月五日・十日・二十一日、三月十四日・二十二日、四月九日・十九日、五月六日・十一日・十四日・二十一日・二十五日、六月三日・十二日・十三日・二十日、七月八日・二十日、八月九日・十二日・十六日、九月十一日・十四日・三十日、十月十二日・十三日・十五日、十一月二十二日・二十三日・二十四日、十二月五日・二十一日の各条
     承元五年(建暦元年、1211)正月十日、閏正月九日、二月二十二日、三月十九日、四月二日・十三日・二十九日、五月四日・十日・十九日、六月七日・二十一日・二十六日、七月四日・十一日、九月十二日・十五日・二十二日、十月十三日・十九日・二十日・二十二日、十一月二日・三日・四日・二十日、十二月一日・十日・十七日・二十日・二十七日の各条

 5月も木曜の午後、9日・16日・23日・30日に開催予定です。

 『吾妻鏡』講読会は基礎的な史料読解のニーズにも対応しておりますので、連休明けから何か新しいことを始めてみようという方は、まずは見学からでも、どうぞお気軽にご参加ください。京都女子大の方限定ではありませんよ。

Amazonのカスタマー・レビュー

No.9932

 『坂東武士団と鎌倉』。 http://t.co/4HFLi99kEU
 いま、Amazonを見たら、在庫が11冊もありました。
 そればかりか、はやくも手にして頂いた方から、レビューをいただいておりました。5つ星。

 小中学校でも、通知表の5を貰ったことは算えるほどしかありません。子どもの時だったら、両親からさぞかし褒められたことと思います。
 Alexさん、まことにありがとうございました。

  「分相応」 「分をわきまえる」 「お里が知れる」

No.9928

 昔、大嫌いだった言葉なのですが・・・。

 本日の『教養科目』では、中世の可視的身分標識について、今日の学校教育における制服や頭髪規制の問題とも絡めてお話しする予定です。

 昨日の『台記』研究会は、治承・寿永内乱期の東海道地方に関するご報告だったので、私自身の研究にとって裨益を受けること多く、たいへん充実した時間を過ごさせて頂きました。
 次回の報告は、若い方で手を挙げる方がおられなかったので、私が担当させていただくことになりました。一年に一度くらいは報告しないと居づらくなるという不純な動機によるものですので、御期待はなきように。報告テーマについても、まだ決まっていません。報告というより、問題提起のような内容の方が建設的かもしれないか、などと思案いたしておりますが、諸賢からのアドバイスをお待ちしています。

 『紫苑』11号は少しずつ送付させて頂いています。校正漏れもいくつか見つかっておりますが、こちらで気がつかなかったところもあるかもしれません。宜しくご教示下さいますように、お願い申し上げます。

 >>No.9920で御紹介した、拙著『坂東武士団の成立と発展』は、すぐに売れてしまったようです。

ネバーエンディング講読会(ストーリー)-次回の『吾妻鏡』-

No.9925

 先週の講読会後はたいへんお世話になりました。今後ともさらなる精進につとめ、講読会の内容も充実させられるようがんばります。

 次回の『吾妻鏡』のご案内です。

 日時:2013年4月25日(木)午後3時頃~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 共同研究室
 範囲:承元三年(1209)十二月十一日・十三日・十五日・十七日・十九日の各条
     承元四年(1210)正月一日、二月五日・十日・二十一日、三月十四日・二十二日、四月九日・十九日、五月六日・十一日・十四日・二十一日・二十五日、六月三日・十二日・十三日・二十日、七月八日・二十日、八月九日・十二日・十六日、九月十一日・十四日・三十日、十月十二日・十三日・十五日、十一月二十二日・二十三日・二十四日、十二月五日・二十一日の各条
     承元五年(建暦元年、1211)正月十日、閏正月九日、二月二十二日、三月十九日、四月二日・十三日・二十九日、五月四日・十日・十九日、六月七日・二十一日・二十六日、七月四日・十一日、九月十二日・十五日・二十二日、十月十三日・十九日・二十日・二十二日、十一月二日・三日・四日・二十日、十二月一日・十日・十七日・二十日・二十七日の各条

 4月も木曜の午後、25日に開催予定です。

 『吾妻鏡』講読会は基礎的な史料読解のニーズにも対応しておりますので、新緑を迎えつつある季節に何か新しいことを始めてみようという方は、まずは見学からでも、どうぞお気軽にご参加ください。京都女子大の方限定ではありませんよ。

 研究所ゼミへのお誘いと明日の「基礎演習Ⅰ」

No.9926

 岩田君 告知、ありがとうございます。
 研究所のゼミ創設当初は、同志社・立命館・精華大などから、多くの参加者がありました。このところ、その点ではちょっと寂しい気がいたします。『吾妻鏡』を読みたい方、中世前期の歴史を学んでいる方、ぜひご参加下さい。

 ところで、明日の現代社会学部「基礎演習Ⅰ」ですが、発表について、誰がいつ行うのか、決めたいと思います。それぞれのテーマについても、考えておいて下さい。
 連休明けから、個別発表を開始したいと思います。

 ☆ 埼玉大学の清水亮先生より、御高論「中世武家領主の組織と年中行事」(遠藤基郎編『生活と文化の歴史学2 年中行事・神事・仏事』竹林舎)・「書評 木村茂光著『初期鎌倉政権の政治史』」(『人民の歴史学』195)を御恵送頂きました。
 清水先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ 国士舘大学の秋山哲雄先生より、新刊の御高著『敗者の日本史7 鎌倉幕府の滅亡と北条氏一族』を御恵送頂きました。
 秋山先生に、あつく御礼を申し上げます。 

御著書について

No.9923

身延山大学の長又と申します。よく利用させていただいているのですが、以前の専門書2冊は復刊
される予定はないのでしょうか?いつも出向先の青学の図書館から借り出しているのですが、
手元においておければ、と思い、古本屋で探すのですが、ついぞお目にかかった事がなく・・・
 今年から、御成敗式目の訳注と、鎌倉北条氏の人物伝を、雑誌に連載してゆこうと思っております
ので、ご教示いただければと思います。いちおう日本氏研究会と、大阪歴史学会に入会しては
いるのですが、雑誌購読だけとなっています。ものぐさな性格でフットワークが重いもので

 論文集の復刊はなかなか厳しいと思います。

No.9924

 私信と存じますので、この場で御回答するのは如何かと思いましたが、復刊についての御要望は多くの方から頂いておりますので(復刊ドットコムなどを御参照下さいhttp://www.fukkan.com/vote.php3?no=26331)、ここに書かせて頂くことにします。

 論文集の復刊は、多くの方に自分の研究成果に接して頂けるわけですから、私も望むところです。いくつかの出版社の方にも御検討をお願いしたこともございます。しかし、内容もさることながら採算も合わない仕事になってしまうようで、残念ながら引き受けて下さるところはありませんでした。
 また、当方と致しましても、旧著の復刊となれば、現時点の研究水準とのすり合わせによる補説の執筆など、研究者として成すべき責務が生じます。そこに投じる時間的余裕もなかなか得がたいものがございますので、それなりの条件が必要になってまいります。

 一冊全てをコピー製本しておられる方もございますが、ときに古書店に出ることもございますので(私も気がついたときには、この掲示板でお知らせするようにしております。すぐ下に『坂東武士団の成立と発展』の情報を記したばかりです>>No.9920)。それを購入して頂くしか方法はないと思います。

 絶版本の入手は私も長く苦労するところですが、私の方法としては図書館で借りたものを一論文ごとにコピーしています。そうしますと、持ち歩いて電車内などで読んだり、書き込みも可能になりますので、便利です。ただ、後の保存には工夫が必要だと思います。
 電子書籍では、私にはまともな研究は出来そうにありません。

 それにしても、復刊について出版社から積極的にアプローチされるような、すぐれた内容の論文集をぜひ遺したいものと思う次第です。