お世話になりました

元木泰雄
No.6056

 野口先生、野口ゼミ関係の皆さん、今年はお世話になり、誠に有難うございました。。 とくに今年は研究室耐震補修の関係で、研究会を宗教文化研究所で開催させていただき、誠に有難うございました。月に二回も押しかけまして、野口先生には本当にご迷惑をおかけ致しました。快く迎えてくださり、さらに、懇切なご助言まで賜りましたことに厚く御礼を申し上げます。
 野口先生が京都におられるありがたさを痛感いたした次第です。まさに「一所傍輩」の誼と感謝いたしております。
 また拙著『源義経』につきましては、ご丁重な紹介を執筆くださり、さらに書評会まで開催してくださいました。心より御礼を申し上げる次第でございます。
 しかし、その後はやっつけ仕事の原稿を数本書いたものの、手ごたえある仕事はできませんでした。研究室移転問題に足を引っ張られたり、自身の不摂生と衰えを痛感した半年でした。
 衰えといえば、当方も先日53歳を迎えました。昔、初めて岸俊男先生をお見かけしたのが、それくらいのお年でしたが、大変な威厳を感じたものでした。上田正昭先生は、その年齢で紛争の余燼さめやらぬ教養部の学部長をお勤めでした。翻ってわが身を見るに、威厳も実務能力もさっぱり。まして同じ分野の先生方と業績を比べるなどという暴挙は最初から回避いたします・・・
 集中力も著しく低下し、以前は一日で仕上げた年賀状も、何日もだらだら書き続ける始末。何人か書き忘れて届かない方が出たかもしれません。宛名と署名は自筆にこだわってきたのですが、それも今年限りみたいです。
 数年にわたった学内の激務の影響もまだ抜けず、おまけに遠距離通勤の疲労も耐え難くなりました。家庭内も病人を抱えてんやわんや。そんなこんなで、何事にも気力がわかない有様です。
 そうこうするうちに学問はどんどん進んでいってしまいます。しかも、本当にそれが良いとはいえない方向へ。何とかしたいと思います。
 今年、例会で野口先生のご報告を承り、新しい鎌倉幕府論に向けて熱い思いがわいてまいりました。来年は懸案の第二論文集を目指し、再起の年にしたいと一応(笑)決意を新たにしております。 
 何卒よろしくお願い申し上げます。
 2008年が、野口先生はじめ皆さんにとって、すばらしい年になりますように、心から祈念いたしております。

 追記
 野口先生のスレッドの下につけるつもりが、上になってしまいました。老耄の所産とご容赦ください。
 

今年も、よろしくお願い申し上げます。

No.6057

 元木先生、御丁寧な御挨拶をいただき恐縮に存じます。
 元木先生あっての野口、元木ゼミあっての当ゼミであることは、自他共に認めるところであります。
 本年も何卒よろしくお願い申しあげる次第です。
 「鎌倉幕府論」、おおいに期待致しております。

・・・・・・・・・・・・・
 昨年末からとりくんでいる「承久の乱」ですが、ようやく、幕府軍に敗れた山田重忠・三浦胤義・源翔らの諸将が院御所の高陽院殿に戻ってきたのに、後鳥羽院から締め出しを食らわされるという場面に到達したところです。
 それにしても、重忠も胤義も翔も、戦場で敵に遭遇すると必ず「我ヲバ誰トカ御覧ズル」と大威張りで、この言葉が耳にこびり付いて離れなくなってしまいました。
 御先祖の誰かの口癖だったのかも知れません。
 
 ※ 今年はゆえあって、年始の御挨拶は松の内が開けてから、お送りするつもりでおります。なにとぞ、御容赦下さい。 

謹賀新年

山田邦和(同志社女子大学)
No.6058

 みなさま、あけましておめでとうございます。掲示板をお借りして、新年の御挨拶をさせていただきます。

 野口先生から過分のお言葉をいただいて恐縮の限りですが、昨年後半は論文発表のペースが落ちてしまい、このまま自焼・没落か、という感を深くしております。そうはならないように、今年は性根を入れ替えてがんばりたいと思っております。元木先生をマネしたわけではありませんが、ぜひ今年中に第2論文集を刊行したいと思っております。各先生方の驥尾に付して保元の乱についても考えなおしたいと思っておりますので、御指導御鞭撻をよろしくお願いできれば幸いです。

 それでは、皆様の御多幸をお祈りいたします。

うんの良い話

No.6061

 元木先生、野口先生、山田先生、そして野口ゼミの皆様、おくればせながら、私も掲示板をお借りして、新年のご挨拶をさせていただきます。

 こんなに遅くなりました言い訳を、最初に申し上げておきます。

 実は、年末に、風邪をひき、その後、29日に大植英次指揮、大フィルの第九の演奏がどうも気に入らず、とある友人と終演後にヤケ酒を飲んで帰りましたところ、翌朝より腹痛に悩まされ、新年に至っても復調せず、昨日ぐらいからやっとよくなりました。昨日、その友人からのメールで、その方も同様の症状になったらしく、飛び込みで入った居酒屋での食材が原因という結論に至りました。

 まったく、新年早々、うんの良い話で失礼。

>山田先生
 セルの第九で、年末をお過ごしになられたとのこと。セル・フアンの小生としては感激でございます。私は、大フィル帰りの阪急で、iPodに入れてあるカラヤン・ベルリンフィルの70年代のライブ(イタリア・メモリーズ版)。これもすばらしい演奏です。ところで、去年はやったWiiに乗っかる、のだめカンタービレのソフト(バンダイ)が年末に出て、衝動買いしました。指揮ができるのですよ。

 Wii自体、小生のゲームへの偏見を簡単に吹き飛ばしました。Wiiスポーツすばらしい。とくにテニス。かなりの運動になります。反射神経トレーニングにもなります。明らかに中高年をターゲットにしています。

 指揮の話にもどりますと、年末年始、なんとか練習の甲斐があり、ベートーベンの3番、7番、9番、ブラームス1番あたりはさまになってきましたが、ラフマニノフのピアノコンチエルトの伴奏とか、こうもり序曲などは、まだ曲がぐちゃぐちゃになります。家内が「まあパパの指揮をしながら歩く姿を見た人がつくったソフトみたい」などとのたまわっておりました。山田先生、是非お持ちでなければ、任天堂のWii本体ともどもご購入ください。今年の年末のご業績表がさらに倍増されること請け合いと存じます。

  その他の皆様、一年、Wiiスポーツなどをなさって、運動不足を解消して、健やかにおすごしください。

 私はもう(の)だめ、でこざいます。はい。

◇ 年末の御挨拶

No.6055

 とうとう大晦日になってしまいました。
 この一年、当ゼミに御支援・御協力を頂いたみなさまに心から御礼を申し上げます。
 また、来年も宜しくお願い申しあげます。

 ゼミメンバーのみなさんも、ありがとうございました。本当はゼミ旅行など、もっと積極的な活動を展開したかったのですが、いきくつくところ私自身の体力不足が原因で御期待にこたえることが出来ず申し訳なく思っております。
 また、ゼミ創設時からのメンバーにとっては、個々の研究や教育活動でお忙しく、とてもゼミに参加する余裕がないし、魅力も感じなくなっているという段階だと思います。一方、新しいメンバーにも加わってもらいたい。過渡的な時期を迎えているわけです。
 共同研究や『紫苑』をうまく活用しながら、充実した形で過渡→発展を継続していきたいと考えているのですが、当方の非力は御承知の通りです。宜しく御協力のほど、お願い申しあげる次第です。

 すでに、研究者の方たちのブログには、この一年の成果が掲出されたりしています。とくに、山田邦和先生のそれ(http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/参照)は「研究者の鏡」とでもいうべきものだと思います。この上に、他大学への出講も含めた授業と学内の委員会に関する仕事があるわけですから。
 もとより、研究者としての「旬」を迎えられた山田先生と、耄碌した私を比較するのは無謀な話なのですが、この一年を振り返って研究面で達成感を感じるのは、やはり『源氏と坂東武士』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)の刊行で、8月には生駒孝臣さんによる書評会も開いていただきました。このところ、坂東武士の研究からは、やや遠ざかっていたのですが、この本の執筆と9月の日本史研究会例会報告、12月の茨城大学におけるシンポジウムで報告の機会を与えていただいたこともあって、新たな展望を見出すことが出来ました。前者は元木泰雄先生の御教導の賜物、後者では高橋修先生に大変お世話になりました。
 ほかに、季刊として再スタートした『古代文化』の最新号(59-3)に、「閑院内裏と『武家』」という拙文を発表させていただきました。これは、科研費による研究成果の一部です。中世前期の都市京都に対して、外からの視点で取り組む作業は、これからも継続していきたいと思います。ちなみに、この『古代文化』には、当ゼミのメンバーである岩田慎平君が研究ノート「武士発生史上の院宮王臣家・諸司-富豪層との関連について-」(59-1)、山岡瞳さんが書評「美川圭著『院政-もう一つの天皇制-』」(59-2)を発表されました。
 峰岸純夫・入間田宣夫・白根靖大編『中世武家系図の史料論 上巻』( 高志書院)に収録していただいた「千葉氏系図の中の上総氏」は、35年以上も前に書いた卒業論文の一部をベースにしたもので、自らの遅々たる歩みを思い知らされました。
 個人での見学ですが、特に興味深かったのは2月の神奈川県裾野市の大畑遺跡と3月の埼玉県嵐山町の大蔵館跡周辺の史跡(平沢寺など)です。また、12月の茨大シンポの翌日、岩田君・長村君とともに茨城大院生の前川辰徳さんの御案内で那珂川沿いの史跡を見学したことは記憶に新しいところです。これが、本年唯一のゼミ旅行になるのかも知れません。

 まだ、年度の途中ですが、少しばかり、この一年を振り返らせていただきました。
 みなさま、よいお年をお迎え下さい。

【追記】
 本日、東京学芸大学の木村茂光先生より、御高論「戸田芳実氏と在地領主制論」(『歴史評論』662)・「藤原実遠の所領とその経営-私営田領主論の再検討-」(木村茂光編『日本中世の権力と地域社会』吉川弘文館)・「富士巻狩りの政治史」(『沼津市史研究』16)を御恵送いただきました。
 とりわけ、「富士巻狩りの政治史」は、中世戦記研究会の輪読の際に参考にさせていただけそうで、グッドタイミングな頂戴物ものとなりました。
 木村先生に、あつく御礼を申し上げます。

◇ 中世戦記研究会例会のお知らせ

No.6048

  日時:2008年1月27日(日)13:30~18:00

  場所:千代田区立九段中等教育学校(旧都立九段高校)
  
  輪読:『真名本曾我物語』巻八 野口実氏

  研究発表:鈴木啓子氏「『平家物語』における徳大寺実定説話 ―左大将就任をめぐって― 」

         生駒孝臣氏「治承・寿永内乱期の渡辺党(仮)」

  ※ 巻八は各地に展開した東国武士のリストのような内容ですので、輪読をお引き受けいたしました。個々の武士の系譜や存在形態を説明するようなことになると思いますが、準備はこれからです。報告内容について何かアドバイスをいただけたら幸いです。
 今回の報告テーマは、いずれも当ゼミメンバーの専攻領域に深く関係するものだと思いますので、ふるって御出席下さい(すでに、鎌倉見学とセットにして旅行計画を立てている方もいます)。
 また、関東で武士論を専攻されている方にとっては、畿内武士研究の第一線におられる生駒孝臣氏の御報告は、大いに有益なものと存じます。
 いずれも、御出席の場合は、当方にお知らせください。事務局に連絡して了解をいただきます。(自由参加の研究会ではありません)。

 なお、私は28日に入試業務の説明会があるため、当日京都に戻る予定です。

来年の『吾妻鏡』

No.6052

 今年も残すところあと僅かとなりました。今年はみなさんにとってどのような一年でしたか。良かったことも良くなかったことも、全て来年以降に向けての糧となればいいですね。
 さて、次回の『吾妻鏡』は新年の開催となります。

 日時:2008年1月21日(月)13:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
 範囲:『吾妻鏡』貞永元年十一月九日、十三日、十六日、二十八日、二十九日、十二月五日、二十三日、二十四日、二十九日の各条
 (※掲出した範囲以外に「これは」という条文があれば、随時お知らせ下さい。)

 なお、1月7日(月)は13:00が『紫苑』の原稿締切ですので、執筆者のみなさんは遅れないように気を付けましょう(私も気を付けます)。

年頭の行事

No.6053

 岩田君、ありがとうございました。

 『紫苑』の原稿、年度予算による定期刊行物であり、また、この時期の編集作業は本当に大変ですので、宜しくお願いいたします。
 すでに、編集者に迷惑をかけないようにと、わざわざ研究室に図版を持参してくれた執筆者もおられます。見習いたいものです。

 ともあれ、『紫苑』が原因で「私怨」が発生しないことを祈るばかりです(笑)。

 新年、京都女子大の授業開始は15日ですが、7日は『紫苑』の原稿を持ってこられるメンバーも多いと思いますので、午後のティータイムに、新年の方針などについて相談できればと考えています。新日吉神社に参詣という提案もありましたね。
 なお、大学コンソーシアムの講義「平安~鎌倉時代の京都」は8日から行います。

 ☆ 平泉郷土館の千葉信胤先生より、御高論「平泉余話 その民俗を知る手がかりとして」(『アジア遊学』102)および、主に菅江真澄と平泉に関連した御講演記録などの資料を御恵送いただきました。
 千葉先生に、あつく御礼を申し上げます。

 それにしても、ゼミの「平泉遠征」は、いつになったら実現できることやら?

仕事納めのない年末

No.6054

 今年を一日あまりしかのこさない段階に立ち至って、ようやく少しばかり日常から解放され、いつもよりちょっと冷めた頭で考えてみると、積み残した仕事の量はあまりに大きく、「今年度末」という当面の終点までの時間の不足を厳しく感じているところです。
 目下、承久の乱に関する文章をまとめています。

 ☆ 鶴見大学の関幸彦先生より、11月に開催された「第7回韓・日歴史家會議」で報告された御高論「「武威」と「征夷」-東国王権の可能性をさぐる-」を御恵送いただきました。
 関先生にあつく御礼を申し上げます。
 なお、関先生と共編の『入門吾妻鏡』(吉川弘文館)ですが、刊行予定は来年5月頃になるとのことです。

「業務の分担から見た鎌倉幕府」

No.6045

 新しい「鎌倉幕府論」構築の先駆けとなる報告。
 多くの方々の御参集をお待ちするものです。

 日時  :12月24日(月)16:00~ 
 場所  :京都女子大学L校舎3F宗教・文化研究所共同研究室
 報告者 :岩田慎平(関西学院大学大学院研究員,京都女子大学宗教・文化研究所共同研究員)
 報告内容:「業務の分担から見た鎌倉幕府-頼家・実朝将軍期の検討-」
 参考文献:黒田俊雄「鎌倉幕府論覚書」『日本史研究』70、1964年(のちに、『日本中世の国家と宗教』岩波書店、1975年 に収録),岩田慎平「草創期鎌倉幕府研究の一視点―奉行人を中心に―」『紫苑』4、2006年。

 ※ 『吾妻鏡』講読会は15:30までと致します。

 【書評会の企画について】
 以前、話の出ていた髙橋昌明『平清盛 福原の夢』(講談社選書メチエ)の書評会ですが、来春にも実現をはかりたいと思います。そこでまず、自薦・他薦を問わず、報告者を求めたいと思いますので、よろしくお願い致します(複数での分担という形でもよいと思います)。 

「千里の道も一歩から!」

No.6047

 クリスマス。
 幼稚園(千葉教会附属幼稚園→今はありません)の時(すでに半世紀以上も前)、学芸会で、まだ元気だった曾祖母(江戸時代・慶応年間の生まれ)の杖を借りて「羊飼い」の役を演じたことを思い出します。

 昨日は、岩田君、『吾妻鏡』と御報告、おつかれさまでした。
 伊藤さんのお誕生日に近いこととクリスマス・イブの開催ということで、岩田君はいつものスタバのコーヒーに加えて、わさわざ立派なバースデー兼クリスマス・ケーキを用意してくれました。こんなサービスの良い報告者の前例を知りません。
 研究会においては、報告者がこのような暖かい心を示すことで、論旨と関係のない揚げ足取りのイジメないしはストレス発散に類するような質問を抑止する効果が期待できるかも知れません。
 また、小野さんのお持ちいただいたプリンも美味しくいただきました。青木さんの甘春堂のお菓子(「焼き栗」?)、伊藤さんのカントリー・マアムもありがとうございました。

 岩田君の報告ですが、黒田俊雄氏の権門体制論における鎌倉幕府の評価を、実証的に裏付けたものとして受け取ることの出来る内容でした。役割分担以前に、実質的な幕府運営の担い手が京都出身者・関係者で占められていたことを史料に即して具体的に明らかにされただけでも高く評価されるものと思いました。岩田君には、正月の日本史研究会中世史部会報告に向けてさらに御精進下さるようにお願いいたします。

 さて、知り合いの裕福で健康にも恵まれた幸せな皆様方は、海外旅行にクリスマス・ディナショー、あるいは○△スペシャル公演やら、と楽しい年末をお過ごしのようですが、財力も時間も体力もない当方といたしましては、のこされた僅かばかりの気力をふりしぼりながら、ひたすら負債返済のための作業(?)に取り組んでおります。本日、不本意な出来ながら二年越しの原稿を一つ片付けたところです。
 「千里の道も一歩から!」。

 ☆ 過日の茨大シンポで御一緒させていただいた古河第二高校の内山俊身先生より、御高論「征夷事業における軍事物資輸送について-関東の二大河川水系の問題から-」(『茨城県歴史館報』25)と『総和町史 通史編 原始・古代・中世』における御執筆部分のコピーを御恵送いただきました。ともに、私のこれからの研究に裨益するところ大。
 内山先生にあつく御礼を申し上げます。

 ※ 昨日届いた『日本史研究』544号の「部会ニュース」欄に、本年5月に開かれた卒論報告会(日本史研究会・大阪歴史学会共催)で発表された報告の要旨と討論の概要が掲載されています。
 当ゼミ関係者の報告としては、目下、ゼミ機関誌『紫苑』編集長として奮闘している山岡瞳さん(現、京大院生)の「『侍長』小考-院政期を中心に-」と、しばらく『吾妻鏡』講読会に参加していた鍛冶利雄君(現、京都府立大院生)の「醍醐寺三宝院領の研究-正長二年安堵目録をめぐって-」がありますので、御紹介いたします。

日本史研究会中世史部会で岩田君報告

No.6049

  日本史研究会中世史部会のご案内〈1月〉

  1月15日(火)18:30~ 機関紙会館3F
  岩田慎平氏「頼家・実朝将軍期における鎌倉幕府の運営形態について」
  《参考文献》
   黒田俊雄「鎌倉幕府論覚書」(『日本史研究』70、1964年。『黒田俊雄著作集第一巻 権門体制論』(法蔵館、1994年)に再録)

おそまつでした

No.6050

 >野口先生、ご出席のみなさん
 先日はお祭りムードの日にわざわざ私の拙い報告を聞いて頂きまして、ありがとうございました。頂戴した貴重なご意見から学ばせていただき、更なる精進に励みたいと思います。

 ところで昨日(12/25)はバイトをしておりましたが、どうもフランス人らしき観光客の方が大勢ご来店でした。ツアー客のみなさんなのかもしれませんが、彼の国の方々は昨今の日本国内の「クリスマスムード」をどのようにご覧になったのか、ちょっと気になるところです(もちろんフランス語は話せないので尋ねてみることもできませんでしたが)。

 本年も『吾妻鏡』の講読会や公開講座、例会、その他の催しにて、野口先生には格別の御高配を賜りました。篤く御礼申し上げますとともに、来年も何卒よろしくお願い申し上げます。ちなみに、私の幼稚園(奈良市立平城幼稚園)での学芸会のときは、「あなたたちはだれ」(←おまえこそ誰やねん、と思わないではない)という台詞を何人かで唱えるうちの一人、という役だったように記憶しています。何の劇で、どういう役だったのかも全く憶えていないのですが。

 また、今年の『吾妻鏡』の講読会は全日程を終了しました。来年も一月から開催してまいりたいと思いますので「何か新しいことをはじめよう」とお考えの方は、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加下さい。新年の予定はまた随時当掲示板にてご案内致します。

明けましておめでとうございます。

鍜治 利雄
No.6059

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

先月24日は参加できずに、申し訳ありませんでした。
今月15日の部会は、授業が延びなければ、参加できそうです。
当日は、よろしくお願いします。


≫野口 実先生
ご紹介に与り、光栄です。ありがとうございます。

研究が進むにつれ、修正したい点が多々出てきまして、本当に拙い
論考になってしまいましたが、大目に見ていただければ幸いです。

『古代文化』第59巻第3号の刊行案内

No.6042

 季刊として再スタートした『古代文化』の第59巻第3号が刊行されました。
 内容は以下のとおりです。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 國下多美樹:長岡宮城と二つの内裏
 飯塚 武司:農耕社会移行期の木工における技術継承と革新
 古市  晃:四月・七月斎会の史的意義―七世紀倭王権の統合論理と仏教―
 古藤 真平:延喜式部式拠才叙位条について
 野口  実:閑院内裏と『武家』
 徳留 大輔:中国初期王朝期二里頭時代淮河支流域の土器動態から見た地域間関係
        
 〈研究ノート〉鈴木 忠司:岩宿時代の台石とその意義について―植物食をめぐる基礎的研究―
 〈研究ノート〉若松 博恵:三品神話学の再検討―その異伝研究方法論の成立背景と発展的継承―
 〈研究ノート〉馬場理恵子:劉音欠の災異解釈に関する一試論
 〈研究ノート〉江谷 寛:ポンペイ出土のカメオガラス
 〈註 釈〉植村真知子:『御堂関白記』(222)
 〈書 評〉森部 豊:森安孝夫著『シルクロードと唐帝国―唐代聴政制度の展開―』
 〈新刊紹介〉豊田 裕明:松本保宣著『唐王朝の宮城と御前会議』
 〈図版解説〉引原茂治・竹原一彦:最近の京都府内の発掘調査事例
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 拙稿「閑院内裏と『武家』」は科学研究費による研究成果に基づくものです。ゼミメンバーで読んでやろうという方には抜刷を差し上げますので、お申し出下さい(但し、抜刷は28日以降に届きますから、お渡しできるのはお正月以降になります)。

紫苑6号の締切。

No.6040

 今日の台記研究会、お疲れ様でした。

>紫苑執筆者の皆さま
 今年も残すところあと僅かとなりましたね。
 紫苑の原稿の進み具合はいかがでしょうか。
 ご連絡が遅くなりましたが、紫苑の原稿提出期限は、
      締切:1月7日(月)13:00
      場所:京都女子大学宗教・文化研究所共同研究室
 と致しますので、共同研究室に直接お持ちいただくか、もしくは、↑名前にありますアドレスまで添付ファイルで送信してください。
 よろしくお願い致します。 

研究紀要の校正もよろしく。

No.6041

 研究紀要の再校が出ました。執筆者(佐伯君・田中さん・大原さん)には、即、お渡しないしは送付いたしましたので、期日厳守にてよろしくお願いいたします。正月の期間ですので、必ず拙宅宛に返送してください。

 昨日は京女文学部の卒論提出締め切り日。前日から史学科の学生さんが何人か、提出の報告に来てくれました。お疲れ様でした。
 小野さんは、院試もあって大変でしょうが、『紫苑』原稿の執筆、もう一頑張りしてください。

 24日(月)で当ゼミの今年の活動は大団円を迎えます。
 岩田君の報告はとても楽しみです。あたらしい「鎌倉幕府論」がここから構築されていくのではないかと、私はひそかに期待するところがあるからです。
 多くの方たちの御参集を期待するところです。

 ☆ 新宿歴史博物館の今野慶信先生より、御高論「関東御祈祷所について」掲載の多摩地域史研究会編『シンポジウム 幻の真慈悲寺を追う』および、今野先生御執筆の諸資料を御恵送いただきました。
 最近、関東の博物館では中世史関係のイベントが目白押しのようですね。
 今野先生にあつく御礼を申し上げます。

(財)古代學協會のHP開設

No.6037

(財)古代學協會のHPがupされました。『古代文化』の投稿規定など、ここで確認できます。
   →http://www.kodaibunka.com

 昨日の例会、まさに「還ってきた山本君」の感あり。
 出席の面々からの指摘を活かして、修論の完成まで、もう一頑張りです。

 『吾妻鏡』の講読会では、岩田君が鎌倉将軍御所の侍所について、文献史学の立場から鋭い切り込みを入れました。こちらは、建築史専攻の満田さんとの共同研究の実現を期待したいところです。

 伊藤さんのマスカットティー、岩田君のコーヒー、ともにとても美味しくいただきました。

 >美川先生  2003年夏、ゼミメンバーとともに、「熊野」参詣に供奉させていただいたことが、懐かしく思い出されます。
 あの時、学部生だった人のうち、かなりの部分が現在「院生」です。
 あの旅行でも、私は胃腸の具合が悪く、太田「胃散」を飲んでおりました。

Re: (財)古代學協會のHP開設

No.6038

 野口先生。熊野参詣懐かしいですね。なんだか、この数年で忙しさがましています。また野口ゼミといっしょに旅行したいです。

 自己宣伝ですが、

 『文藝春秋』最新号で、茨城大学の磯田道史先生が、拙著『院政』を、
 「語り下し日本史「必読の百冊」」としてとりあげていただいています。
 近世史の専門家が読んでいただいているのに喜ぶとともに、
 もっと他に読むべき本があるのに、とも。汗顔ものです。
 でも、何はともあれ、うれしいです。

年末の『吾妻鏡』

No.6039

 月曜日の例会では山本さんにご報告いただきました。山本さん、ありがとうございます。お体を気遣いつつ、無事に修論をご提出されますことを。

 さて17日の『吾妻鏡』の時間は私が遅刻してしまったために開始が遅れてしまいました。すみません。来週は祝日でなおかつクリスマスイブという日なのですが、顰蹙を顧みずに、開催致します。
 日時:12月24日(月)13:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
 範囲:『吾妻鏡』貞永元年九月一日、十一日、二十八日、閏九月一日、四日、五日、六日、八日、十七日、十八日、二十一日、十月二日、五日、二十二日、十一月九日、十三日、十六日、二十八日、二十九日、十二月五日、二十三日、二十四日、二十九日の各条
 (※掲出した範囲以外に「これは」という条文があれば、随時お知らせ下さい。)

 ついでに例会ということで報告もさせていただきます。当日特に予定がないという方(できれば、予定のある方もお時間の許す限り)はご出席いただけると幸いです。
 日時  :12月24日(月)16:00~(予定) 
 場所  :京都女子大学L校舎3F宗教・文化研究所共同研究室
 報告者 :岩田慎平
 報告内容:「業務の分担から見た鎌倉幕府-頼家・実朝将軍期の検討-」
 参考文献:黒田俊雄「鎌倉幕府論覚書」『日本史研究』70、1964年。など

「在京活動」再開

No.6035

 水戸から帰った翌11日は、キャンパス・プラザで源実朝の妻と遍照心院のお話しをし(これには江波さんが出席)、12日は、午前中から山岡さん・山内さんにアルバイトをお願いして、夕刻は共同研究室で元木先生主催の『吾妻鏡』研究会。それから、ようやく出張報告書やら出張中に届いた提出書類、研究費関係の書類作成の作業にかかり、昨日(13日)、昼過ぎに至ってようやく見通しがつき、午後は現代社会学部の授業(これは受講者が300を超えるので、資料の配付を伊藤さんに依頼)といった日常に戻りました。

 なお、共同研究室には早くも最新型のゼロックスが設置され、『吾妻鏡』研究会で、その威力を遺憾なく披露してくれました。

 さて、いよいよ師走も半分が過ぎてしまおうとしていますが、のこる年内にはイベントが目白押しです。

 まず明日(15日)には、家政学部川本重雄先生主催の建築史のシンポジウム。
  テーマ:日本の住様式~寝殿造から書院造へ
  司会:溝口正人(名古屋市立大学)
  発表
   1.「寝殿造の成立とその展開」川本重雄(京都女子大学)
   2.質疑応答Ⅰ
   3.「寝殿造から書院造へー鎌倉武家住宅の変化とその意義ー」藤田盟児(広島国際大学)
   4.質疑応答Ⅱ
   5.全体討論
  日時:2007年12月15日(土)午後1時30分~5時
  場所:京都女子大学 C412教室
  ※ 参加には申込みを要します。

 ついで、17日(月)18:00~には、共同研究室(京都女子大学L校舎3F)にてゼミ例会。
  テーマ:「利仁流藤原氏の成立と展開-院政期から鎌倉期を中心にー」
  報告者:神戸大学大学院 山本 陽一郎氏
  参考文献:生駒孝臣「中世前期の畿内武士と公家社会」『ヒストリア』203、2007年。
        櫻井彦「丹波国宮田荘における『本所違背』行為をめぐって」『書陵部紀要』55、2004年。

 そして、19日(水)15:00~には、共同研究室において、元木先生主催の『台記』研究会。今回は講読ではなく、佐伯君が「大臣家の成立」と題する研究報告をされます。ゼミメンバーは聴講の許可をいただいておりますから、ふるって御出席下さい。

 さらに、24日(月)16:00~にも、共同研究室においてゼミ例会。
  テーマ:「業務の分担から見た鎌倉幕府-頼家・実朝将軍期の検討-」
  報告者:関西学院大学大学院研究員 岩田慎平氏
  参考文献:黒田俊雄「鎌倉幕府論覚書」『日本史研究』70、1964年。
        岩田慎平「草創期鎌倉幕府研究の一視点―奉行人を中心に―」『紫苑』4、2006年。

と続きます。
 ゼミ例会については、学会の部会報告程度の水準の内容が期待できますので、ゼミメンバー以外でも、関西圏の院生の方々の御参集を歓迎いたします。

 ☆ 東京都立大学の川合康先生より、御高論「中世武士の移動の諸相-院政期武士社会のネットワークをめぐって-」掲載のメトロポリタン史学会編『歴史のなかの移動とネットワーク』(桜井書店)および御高論「鵯越と多田行綱」(『メトロポリタン史学会報』5)を御恵送いただきました。
 前者は、武士社会に於ける広域的なネットワークをみごとに描き出され、当該期の武士認識を一新する内容で、やはり川合先生は流石だなと思いました。これは武士論研究に新しい方向性を示された画期的な内容を含みますので、武士論ないしは『平家物語』を専攻するメンバーは必読のこと。コピーは山岡さんに預けておきます。
 川合先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ 京都大学大学院の山田徹さんから、御高論「南北朝期の守護論をめぐって」(中世後期研究会編『室町・戦国期研究を読みなおす』思文閣出版)および「天竜寺領の形成」(『ヒストリア』207)を御恵送いただきました。精力的な御研究の証。
 山田さんに、あつく御礼を申し上げます。 

 ☆ 当掲示板の管理人である同志社高校情報科教諭の鈴木潤先生(職業身分としての敬称)から、同高校司書教諭の足立朋子先生との御共著である「「総合教育」って何してるの?~教科の枠を越えて~」(『同志社時報』124)を御恵送いただきました。
 同志社高校における優れた教育実践の記録です。
 鈴木君にあつく御礼を申し上げます。
 なお、時間に余裕が出来ましたら、『紫苑』第5号のHP掲載をよろしくお願いいたします。

 ☆ 以前ゼミに参加してくれていた大谷大学の青木友里さんから、御高論「近代における神社と氏子総代-丹波大原神社を中心として-」(『仏教文化史叢』4)を御恵送いただきました。
 青木さん、よく頑張っていると思います。更なる研究の進展を期待しています。 

Re: 「在京活動」再開

No.6036

今年も、そろそろ終わり、という時期にさしかかってまいりました。

 200枚近い寝屋川市史の執筆と校正に費やされた一年のような気がします。まだ、校正は終わっていないのですが、年度内には出そうです。河内の院政期から南北朝まで書いたり、中世前期の河内の荘園について書いたのですが、慣れない部分が多く、大変でした。

 春には、新修彦根市史古代・中世編も出ました。私は古代編に割り振られた院政期部分を書きました。これも琵琶湖の漁業などにも言及。大変でした。また、古代部会長の鎌田元一先生がその時を前後して亡くなりました。そのため、打上もありませんでした。鎌田先生は、終わったら滋賀県八日市市(現東近江市)の料亭『招福楼』でやろうとおっしゃっていたのですが・・・。また、予算の関係もあったのか、ほとんどどなたにも謹呈できなかったのも残念です。興味がある方は、ご購入ください。

 これで、新修彦根市史と寝屋川市史という、委嘱された地方史の仕事が完了。来年はまさに「在京活動」ならぬ京都を中心とした得意分野で仕事ができそうです。新年の仕事初めは、勤務先でのシンポジウムです。

摂南大学国際教養セミナー公開シンポジウム
「世界遺産と異文化理解」の開催について
主催:摂南大学外国語学部 
共催:同 地域連携センター

2008年1月12日(土)
14:00~16:30(開場13:30)
会場:摂南大学寝屋川キャンパス
    10号館3階 プチテアトル

《第1部》 基調講演 
 演題:「世界遺産の評価システム」
 講師:岡田 保良 国士舘大教授・
       ICOMOS国際執行委員会委員

《第2部》 報 告
 ◇「世界遺産と美術史」
  報告者: 岩間 香 摂南大教授
 ◇「被写体としての世界遺産」
  報告者:京極 寬  写真家
 「世界遺産熊野と院政」
  報告者:美川 圭  摂南大教授

●参加費無料。
  定員120人(事前申込不要)

 興味のある方はお越しください。詳細は下記まで。
http://www.setsunan.ac.jp/%7ekokusai/gakubu/event/sympo07/sympo07.html


新しい中世武士団のイメージ―茨大シンポ

No.6032

 前夜出発の夜行バスで京都を発ち、当日朝に水戸に着くという、虚弱な私にとってはけっこうな強行日程で、12/9(日)茨城大学水戸キャンパスにて開催されました「北関東の武士(もののふ)たち―新しい中世武士団のイメージ―」にお邪魔して参りました。
 主催されました茨城大学人文学部のみなさん、コーディネーターをおつとめいただきました茨城大学の酒井紀美先生、高橋 修先生、講師の諸先生方、当日の運営に奔走して頂きました茨城大学の院生・学生のみなさんに、改めまして御礼申し上げます。
 北関東の武士団の様々な側面を実例に則してご紹介いただき、さらに討論を通じてより多くの方の意見も伺うことができました。土地勘のない地域についての最新の研究成果に接することができ、とても新鮮な経験となりました。
 また、大学主催のシンポジウムに、一般の方から第一線でご活躍中の研究者の方まで、幅広く実にたくさんの参加者がお集まりになるのを拝見し、ただただ驚きました。そしてそこに参加させて頂くことができて、本当によかったと思います。シンポジウムに関わられたみなさんに感謝申し上げます。

 また本日は、茨城大学人文科学研究科の前川さんのご案内で、台渡廃寺跡発掘現場・天満宮・那珂湊・吉田神社・薬王院・水戸城跡などを見学させていただきました。那珂川渡河点周辺の様子、吉田神社の季節はずれの枝垂れ桜、薬王院本堂など、前川さんには一つ一つの印象的な史跡をとても丁寧にご案内していただき、おかげさまで本日もまたとても充実した一日となりました。
 前川さん、関西にお出での際はどうぞお気軽にお声掛けください。前川さんのおクルマとは比べものにならないくらい粗末なクルマにてご案内申し上げますので。

 京都の冬もなかなか寒いのですが、茨城の、さらにしんとした冷え込みも印象的で、発掘現場の土の上にも霜が降りていましたね。
 寒い季節ならではの魚介類も、那珂湊でたくさん堪能させていただきました。海鮮丼は重厚な盛りつけなのにどの具もまろやかで豊かな風味でした。ポン酢とモミジおろしでいただくアンキモも美味しかったです。そんな海鮮丼をいただきながら、野口先生は武士団の展開と海との関係について興味深い仮説を提示されましたね。

 素晴らしい時間を過ごすことができた週末でしたが、『吾妻鏡』の講読会はまた来週も通常通り開催致します。
 次回の『吾妻鏡』、及び例会は以下の通りです。
-『吾妻鏡』講読会-
 日時:12月17日(月)13:00~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
 範囲:『吾妻鏡』八月九日、十日、十三日、十五日、九月一日、十一日、二十八日、閏九月一日、四日、五日、六日、八日、十七日、十八日、二十一日、十月二日、五日、二十二日、十一月九日、十三日、十六日、二十八日、二十九日、十二月五日、二十三日、二十四日、二十九日の各条
 (※掲出した範囲以外に「これは」という条文があれば、随時お知らせ下さい。)

-例会-
 日時  :12月17日(月)18:00~(予定) 
 場所  :京都女子大学L校舎3F宗教・文化研究所共同研究室
 報告者 :神戸大学 山本 陽一郎氏
 報告内容:「利仁流藤原氏の成立と展開-院政期から鎌倉期を中心にー」
 参考文献:生駒孝臣氏「中世前期の畿内武士と公家社会」『ヒストリア』203、2007年1月。
     櫻井彦氏「丹波国宮田荘における『本所違背』行為をめぐって」『書陵部紀要』55、2004年。
 山本さんによる修論準備報告です。古参メンバーはふるって御参加下さい。

茨城大学でのシンポジウムの御報告と御礼

No.6033

 茨城大学でのシンポジウム、参加させていただいて本当に得るところが大きく、高橋修先生・酒井紀美先生をはじめとする茨城大学の皆様にあつく御礼を申し上げます。

 当日は午前の話は私だけなので、せっかくの日曜日でもあり、来場者は午後の報告からという方が多いのではないかと予想していたのですが、案に相違して、控室から会場に向かうと、レジュメも椅子も不足でパニック状態とのこと。会場のうしろには、立ち見ならぬ、たくさんの「立ち聴き」の方たち、講師席の目の前にも聴講の方(椅子の高さが同じなので、やたらに目が合って困りました)といった大盛況振りには大変ビックリさせられました。講演の出だしで「国際日本文化研究センター」という固有名詞を度忘れしてまったのは耄碌ばかりのせいではないようです。
 講演の中味は、端折りすぎて大切なところを言い忘れたり、例のごとく余談に及んだために、結論部分がお座なりになったり、まったく恥ずかしいものでしたが、坂東武士団研究に対する日ごろの思いの一端なりとも、多くの方々に聴いていただけたことは幸いだったと存じております。

 
 あまりの参会者の多さに、午後からは会場を変更。こういう対応をすばやくされる主催者の力量には感服させられました。
 午後の報告については、ここでその内容を簡単に紹介し、若干のコメントを述べさせていただきたいと思います。

  伊藤瑠美氏「関東武士団研究の軌跡」は、戦後における研究史の要を得た概括で、領主制論・国衙軍制論・職能論の流れを振り返りつつ、新しい在地領主制論の動きを示されたものでした。報告者の美濃源氏に関する御研究も、フィールドを異にはするものの、武士論研究に大きなインパクトを与えるものだったと思います。ただ、鎌倉幕府成立論に対する論及がなかったのが少し残念でした。

 高橋修氏「常陸平氏 再考」は、①今日の「常陸平氏」認識は、中世後期に系譜を作成した時点での作成者のイデオロギーを反映したものとみるべきことや、②中世前期武士社会における女系結合の存在を評価すべきこと、③頼朝による嫡家の創出の指摘-など、紀州湯浅氏研究において大きな成果をあげられた報告者なればこその優れた問題提起が盛りだくさんの報告でした。
 ①については、千葉氏なども同様ですが、中世後期あるいは近世に作成された史料に基づくイメージで中世前期の武士団の存在形態が語られるケースが多いことが、まさに地域史研究のアキレス腱になっているように思います。また、②もそれに連関しており、在来の「郷土史」なるものは、まさに「男による男のための男の歴史」であり、健全な地域史研究は、その払拭を自覚的に行うことから始めなければならないと考えます。
 なお、常陸平氏については、かつて私営田領主から在地領主へ変貌を遂げたと説明された時期について、新しい視角からの検討が要請されると思いますが、その場合佐竹氏や志太氏との重層的関係をどう評価するかということが、大きな課題となるものと思われました。

 内山俊身氏「東国武士団と都鄙間の文化交流―下総下河辺氏と関戸の宝塔―」は、下河辺氏の在京活動を、石塔という遺物によって具体的に示した御研究で、その解明には、仏教美術史や考古学、文献史学の研究を総動員しながら、京都のみならず、九州さらには東アジア的な視野での情報収集が期待されるように思いました。また、下河辺庄の開発の過程についても重要な指摘が含まれており、とてもインパクトのある内容でした。

 松本一夫氏「武士団と町場―下野小山氏―」は、小山氏の本拠たる空間について、軍事・宿・市・大道の要素をもって地名・考古学・文献史学からアプローチを加え、初期小山氏の本拠地にせまるという御報告。こうした要素は、地方勢力のみならず、平家の六波羅や源氏の鎌倉、藤原氏の平泉などにも、「武士の本拠の空間論」として敷衍して考えることが出来るものと思いました。

 田中大喜氏「武士団と寺院、門前町―上野新田氏と世良田長楽寺―」では、新田氏が世良田長楽寺の外護者たることによって地域支配の正当性を獲得していたことや、有徳人の実態に触れ、地域の拠点的な町場を核とする武士の地域結合について論じられました。職能論では武士と京都(首都)の関係が重視されましたが、地方においても武士が町場にその存在を規定されていたことを理解することが出来ました。

 5つの報告に続いて、糸賀茂男氏からのコメント、ついで聴講者からの質問に対する回答が行われ、最後は会場にお見えになられていた木村茂光、峰岸純夫両先学からの御高評を得て、会は大盛況のうちに閉会。
 木村先生からは、坂東武士が常に更新された存在であったことを、私の講演から理解できたという御発言をいただいて安心し、峰岸先生からは、在地からの動きを大切にしたいという御意見をうかがって、やはり、中世における「武士」の典型的存在である地方の「在地領主としての武士」に焦点を合わせた武士論研究を進めなければならないことを再確認させていただきました。
 ちなみに、髙橋昌明氏が、その概念の存在を否定すべきことを主張されている「武士団」についても考えていかなければならないでしょう。

 この、シンポジウムには、一般の歴史を愛する市民の方々のほかに、多くの研究者がお出でになっておられましたが、せっかくの機会であったにも拘わらず御挨拶の機会を失してしまった方も多く、この場を借りてお詫び申し上げる次第です。また、報告者を含めて、最近の御研究の成果の抜刷などもいただきました。あつく御礼申しあげます。
 なお、会場では海老沢衷先生から、一年後くらいに鎌倉遺文研究会で報告の機会を与えていただくという、思わぬ余得にも預かることが出来ました。


 さて、シンポジウムの翌10日には、岩田君・長村君とともに、茨城大学大学院生前川辰徳さんの御案内で、台渡里廃寺跡を含む東海道那珂川渡河地点周辺の遺跡群(発掘調査現場の見学については、高橋修先生の御高配により、現地担当者からの御説明をいただくことができました)および、水戸八幡宮・那珂湊・吉田神社・薬王院・水戸城跡などを見学させていただき、大きな収穫を得ることが出来ました。とくに義光流源氏の北常陸進出についての理解が大変具体的なものとなりました。
 シンポの事務作業を担当されてお疲れの中、一日中愛車(最新の装備には感心させられました)を駆っておつき合い下さった前川さんに深甚の謝意を表したいと思います。

茨大シンポ

松本 一夫
No.6034

9日の茨城大シンポでは大変お世話様でした。
最初、控え室で野口先生は私(松本)とはおわかりにならずに、ご挨拶をなされたように感じました。お会いするのは久方ぶりですので、落ちぶれた姿の当方にお気づきにならなかったのでしょう(笑)。
先生の午前中の講演、ご著書での主張をさらに強く打ち出された、大変インパクトのあるお話で勉強になりました。お風邪をひいているとのことでしたが、そのお声のよさ(低音で響きがあり渋い)には特に感動いたしました。昼食の控え室では、私の勝手なお話をお聞かせして、大変失礼いたしました。
また午後の報告もつたないもので、恥ずかしい限りでしたが、終了後、筑波大の山本先生にいただいたご教示なども参考に、今後も少し考えていこうと思っております。他の先生方のご報告、それぞれに興味深いもので、大いに参考になりました。
懇親会では高知旅行、京都での上島先生講演会に続き、岩田さんともお会いすることができました。あまり長いことお話しできませんでしたが、また機会を得たいと思います。

紀要校正・題英訳・茨大シンポ・XEROX

No.6028

>昨年度の宇治共同研究のメンバーで紀要に各章の論文を寄せていただいた皆様
  初校ゲラ、締切厳守でお送り(お渡し)下さり、ありがとうございました。
  御陰様にて、本日、全体のとりまとめを完了いたしました。
  なお、論文の英文タイトルは、
Politics and Culture of the Sekkanke:A study of Uji in the Early Medieval Period (Part 1)
  英訳は、米国在住の国際経済アナリスト山広恒夫氏にお願いいたしました。

>茨城大学のシンポジウムに参加される諸君
 10日の現地見学ですが、高橋修先生が、水戸市に台渡廃寺跡(長者屋敷)発掘現場の見学を御願いして下さいました。茨城大学の少し西の地点とのことです。担当者のお話を直接うかがうことが出来、地表面の遺構は全体を見られるとのことです。
 私は、午前はこれを見学させていただきますので、支障がなければ御同行下さい。午後は水戸城跡・吉田神社・那珂湊などを候補に考えております。

 茨城行きは楽しみですが、ただ、講演やシンポはさることながら、目下、数ある持病に加えて、風邪をひいて咳がひどくなってしまったのが心配なところです。
 もっとも、明日から担当することになっている「現代社会論Ⅱ」は受講者が300人以上もおられるとのこと。声が出なくなったらアウトです。

 今週からしばらくの間、水曜日に山内さん、木曜日午後に伊藤さんが研究室でアルバイトをしてくれることになりました。山岡さんも従来通り水曜日にお出でになります。

 ◎ 事務方の御配慮によって、共同研究室にゼロックスが入ることになりました。
  階段昇降の苦労から解放されますが、さらに運動不足になるかも知れません。
  しかし、急ぎの時は大変助かるでしょう。なにしろ、ありがたいことです。