※次回の『吾妻鏡』講読会のご案内です。
日時:4月9日(月)13:30~(予定)
場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
範囲:『吾妻鏡』貞応二年五月五日条、五月十四日条、五月十八日条、五月二十七日条、六月十二日条、六月二十八日条、七月六日条、七月九日条、七月二十六日条、八月三日条、八月二十七日条、九月五日条、九月六日条、十月一日条、十月十三日条、十月二十一日条、十一月二十七日条、十二月二十日条(←次回以降に読む予定の範囲も掲載しておきます)。
テキスト:国史大系『吾妻鏡』を使用します。また、『百錬抄』や『大日本史料』などの関連史料も必要に応じてご用意ください。
しつこいようですが、『吾妻鏡』講読会は新規メンバーも常時募集中です。まずは見学からでも、どうぞお気軽にご参加ください。
※ところで、本日(4月4日(水))の京都新聞朝刊に、京都府宇治市木幡の西浦遺跡で平安時代末期のものとみられる巨大な井戸が見つかったとの記事が出ていました。見つかった井戸は正方形、間口が約3,5メートル、深さは5メートル以上の、同時代の井戸では国内最大級だそうです。
京都新聞電子版↓
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007040400147&genre=F1&area=K20
井戸周辺にはさまざまな形態の建物跡や大規模な濠があることから「有力者の館」と推定されるとのことです。
平安時代の宇治における邸宅といえば、現在の宇治橋周辺地域が注目されてきましたが、今後は木幡もまた邸宅が置かれた土地として注目していく必要がありそうです。
木幡といえば狩猟や葬送が行われる土地であり、居住するにはあまり好まれなかっただろうと思われますが、そこはいくつもの交通路が交差する土地でもあります。そのような土地としては、武士の拠点が想起されるところです。「有力者の館」との評価も、藤原北家をはじめとする貴族層のみならず、その家人となった近国・遠国の武士にまで範囲を広げて、所有者を考えてみる必要があるのではないかと思います。
現地説明会は7日午前10時から。う~む、微妙な時間ですね。(
>>No.5554)
現地(このへんです)↓
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&tab=wl&q=%E5%AE%87%E6%B2%BB%E5%B8%82%E6%9C%A8%E5%B9%A1%E8%A5%BF%E6%B5%A6