島根県立古代出雲歴史博物館開館記念展
No.5575
今月10日、出雲大社の東隣に島根県立古代出雲歴史博物館が開館し、5月20日まで開館記念特別展『神々の至宝』展が開催されています。これは、丁度1年前に開催された国立歴史民俗博物館での『日本の神々と祭り』展ともリンクし、私も間接的に関わっています。去る20日に行ってきましたので、ここで宣伝を兼ねて報告させていただきます。
本展覧会の展示テーマは神宝と装束であります。神社には様々な宝物が所蔵されており、日本の文化財は寺院とともに神社が伝世してきたといっても過言ではありません。こうした宝物は様々な機会に奉納されて神社に伝わったもので、広い意味では神宝ともいわれます。しかし、厳密には一般宝物と神宝とは区別されます。厳密な意味での神宝とは、①天皇の代替わりや、遷宮や火災などの災害による造替(社殿の立て替え)の際に奉納される特定の品目であり、②天皇・上皇・女院・摂関などの然るべき人々の参詣の際にも神宝が奉納されます。①では神宝奉納の際に勅使(神宝使)が発遣されます。①を正式の神宝奉納とすれば、②は参詣者の任意の神宝奉納といえるでしょう。なお、神宝の具体的な内容は、武具(「たち」・弓箭・「ほこ」・楯)、紡績・紡織具、馬具、馬形、琴、鏡などの特定の品目となります。
①の神宝奉納の場合、新しい社殿内を飾り付ける具や調度、祭神の衣服に相当する神服や化粧具などの生活具、また、祭神が旧社殿や仮殿から新社殿に先行する際の神体遷行具なども同時に奉納されますが、これらは装束と一括されます。この装束が、当時の古記録などでもそうですが、往々にして神宝と混同されますが、文献にも「神宝・装束」と併記されることが多いように、厳密には神宝と装束は区別すべきものです。
なお、以上の神宝・装束論はあくまで私の主張です。間違いがあれば私の責任です。
今回の展示では、宗像大社・熊野速玉大社・春日大社・八坂神社・伊勢神宮、そして地元島根の各社の順に、神宝と装束が一堂に展示されています。簡単に各社のコンセプトを紹介します。
まず宗像大社では、沖ノ島で行われていた古代祭祀の全容を明らかにし、神宝の源流を考えます。私の調べた所によれば、神宝の奉納は9世紀後半から盛んとなり、9世紀末以降の摂関期に常態化します。文献的にもっとも端的な例が『延喜式』に載る神宮式年遷宮の記載であり、また、そのことは伝世する古神宝類の様式がすべて平安貴族様式であることからも理解できます。展示では、そうした神宝の源流が奈良時代くらいにあることが理解できます。
次が熊野速玉大社です。ここには足利義満が明徳元年(1390)の造替に際して奉納した神宝・装束千点以上が一括して伝世しており、また江戸時代の写本ながら明徳の神宝・装束目録も残っており、奉納年代が明確でかつ多量の神宝・装束が伝世している点で、神宝・装束研究には格好の対象となる所です。そうした神宝・装束の代表的なものが一括して展示されています。また、10世紀初頭の熊野速玉大神座像も展示されており、大変貴重です。
次いで春日大社です。春日大社にも、平安期から鎌倉期に掛けての武具を中心とした神宝が多く伝世し、藤原忠実や頼長と関連づけられる遺品もありますが、今回はそうした神宝ではなく、舞楽伝承の一大拠点である南都楽所である春日大社の特性を強調し、「もうひとつの神宝」という捉え方で、平安時代の遺品を含む舞楽面と装束を展示しています。展示場には南都楽所による舞楽のビデオを流れていますが、4月15日には、博物館の庭で実際に舞楽が演じられます。上記②の神宝奉納の際には、必ず舞楽などの芸能も奉納されますから、舞楽を「もうひとつの神宝」と捉える視点に私は多いに賛同します。
次が八坂神社です。祇園祭で著名であることは今更言うまでもありませんが、八坂神社には、承応3年(1653)造替の際に、徳川家綱が奉納した神宝・装束が一括して伝世しています。これらの神宝・装束は一部に近世的な要素を含みながらも、本来の神宝・装束のかたちである平安貴族様式をよく継承しており、往事の研究のほどが伺える展示となっています。
次は伊勢神宮です。伊勢神宮といえば、式年遷宮が著名です。現在も平成25年の遷宮に向けて準備中です。しかし、明治以前の神宝・装束は、撤下後は廃棄処分にされてきたために、かつての遺品は数えるほどしか残っていません。現在の神宝・装束は、昭和4年の遷宮に先立って結成された「御装束神宝古儀調査会」という国家機関による文献や各社伝世の古神宝類に対する綿密な調査・考証の結果、復元された品々である。したがって、現在の神宝・装束ではありますが、かつての内容をしっかりと把握できる品々ばかりですし、神宝・装束考察の基礎はやはり伊勢神宮にあります。そうした伊勢神宮の神宝・装束のうち、昭和4年遷宮時の遺品が、ほとんど悉皆展示ではないかと思われるほど多量に展示されています。
最後は、地元島根の出雲大社・佐太神社・日御碕神社・物部神社・須佐神社・賀茂神社・高野寺の神宝・宝物を展示し、締めくくられています。
以上、ともかく内容・ボリュームともにすばらしい展示で、担当者のご苦労如何ほどであったかが推察できるとともに、専門・時代に関わりなく、是非、観覧に行かれることを強くお薦めいたします。図録も素晴らしいものです。
なお、今日以降の講演会の日程は以下のようになります。
4月7日 祇園 八坂神社の祭儀と神宝 八坂神社 五島健児氏
4月28日 伊勢神宮の式年遷宮と御装束神宝 神宮司庁(未定)
5月12日 有職故実からみた神宝・装束 神奈川大学 近藤好和
です。
以上、長文に渡り、失礼いたしました。
本展覧会の展示テーマは神宝と装束であります。神社には様々な宝物が所蔵されており、日本の文化財は寺院とともに神社が伝世してきたといっても過言ではありません。こうした宝物は様々な機会に奉納されて神社に伝わったもので、広い意味では神宝ともいわれます。しかし、厳密には一般宝物と神宝とは区別されます。厳密な意味での神宝とは、①天皇の代替わりや、遷宮や火災などの災害による造替(社殿の立て替え)の際に奉納される特定の品目であり、②天皇・上皇・女院・摂関などの然るべき人々の参詣の際にも神宝が奉納されます。①では神宝奉納の際に勅使(神宝使)が発遣されます。①を正式の神宝奉納とすれば、②は参詣者の任意の神宝奉納といえるでしょう。なお、神宝の具体的な内容は、武具(「たち」・弓箭・「ほこ」・楯)、紡績・紡織具、馬具、馬形、琴、鏡などの特定の品目となります。
①の神宝奉納の場合、新しい社殿内を飾り付ける具や調度、祭神の衣服に相当する神服や化粧具などの生活具、また、祭神が旧社殿や仮殿から新社殿に先行する際の神体遷行具なども同時に奉納されますが、これらは装束と一括されます。この装束が、当時の古記録などでもそうですが、往々にして神宝と混同されますが、文献にも「神宝・装束」と併記されることが多いように、厳密には神宝と装束は区別すべきものです。
なお、以上の神宝・装束論はあくまで私の主張です。間違いがあれば私の責任です。
今回の展示では、宗像大社・熊野速玉大社・春日大社・八坂神社・伊勢神宮、そして地元島根の各社の順に、神宝と装束が一堂に展示されています。簡単に各社のコンセプトを紹介します。
まず宗像大社では、沖ノ島で行われていた古代祭祀の全容を明らかにし、神宝の源流を考えます。私の調べた所によれば、神宝の奉納は9世紀後半から盛んとなり、9世紀末以降の摂関期に常態化します。文献的にもっとも端的な例が『延喜式』に載る神宮式年遷宮の記載であり、また、そのことは伝世する古神宝類の様式がすべて平安貴族様式であることからも理解できます。展示では、そうした神宝の源流が奈良時代くらいにあることが理解できます。
次が熊野速玉大社です。ここには足利義満が明徳元年(1390)の造替に際して奉納した神宝・装束千点以上が一括して伝世しており、また江戸時代の写本ながら明徳の神宝・装束目録も残っており、奉納年代が明確でかつ多量の神宝・装束が伝世している点で、神宝・装束研究には格好の対象となる所です。そうした神宝・装束の代表的なものが一括して展示されています。また、10世紀初頭の熊野速玉大神座像も展示されており、大変貴重です。
次いで春日大社です。春日大社にも、平安期から鎌倉期に掛けての武具を中心とした神宝が多く伝世し、藤原忠実や頼長と関連づけられる遺品もありますが、今回はそうした神宝ではなく、舞楽伝承の一大拠点である南都楽所である春日大社の特性を強調し、「もうひとつの神宝」という捉え方で、平安時代の遺品を含む舞楽面と装束を展示しています。展示場には南都楽所による舞楽のビデオを流れていますが、4月15日には、博物館の庭で実際に舞楽が演じられます。上記②の神宝奉納の際には、必ず舞楽などの芸能も奉納されますから、舞楽を「もうひとつの神宝」と捉える視点に私は多いに賛同します。
次が八坂神社です。祇園祭で著名であることは今更言うまでもありませんが、八坂神社には、承応3年(1653)造替の際に、徳川家綱が奉納した神宝・装束が一括して伝世しています。これらの神宝・装束は一部に近世的な要素を含みながらも、本来の神宝・装束のかたちである平安貴族様式をよく継承しており、往事の研究のほどが伺える展示となっています。
次は伊勢神宮です。伊勢神宮といえば、式年遷宮が著名です。現在も平成25年の遷宮に向けて準備中です。しかし、明治以前の神宝・装束は、撤下後は廃棄処分にされてきたために、かつての遺品は数えるほどしか残っていません。現在の神宝・装束は、昭和4年の遷宮に先立って結成された「御装束神宝古儀調査会」という国家機関による文献や各社伝世の古神宝類に対する綿密な調査・考証の結果、復元された品々である。したがって、現在の神宝・装束ではありますが、かつての内容をしっかりと把握できる品々ばかりですし、神宝・装束考察の基礎はやはり伊勢神宮にあります。そうした伊勢神宮の神宝・装束のうち、昭和4年遷宮時の遺品が、ほとんど悉皆展示ではないかと思われるほど多量に展示されています。
最後は、地元島根の出雲大社・佐太神社・日御碕神社・物部神社・須佐神社・賀茂神社・高野寺の神宝・宝物を展示し、締めくくられています。
以上、ともかく内容・ボリュームともにすばらしい展示で、担当者のご苦労如何ほどであったかが推察できるとともに、専門・時代に関わりなく、是非、観覧に行かれることを強くお薦めいたします。図録も素晴らしいものです。
なお、今日以降の講演会の日程は以下のようになります。
4月7日 祇園 八坂神社の祭儀と神宝 八坂神社 五島健児氏
4月28日 伊勢神宮の式年遷宮と御装束神宝 神宮司庁(未定)
5月12日 有職故実からみた神宝・装束 神奈川大学 近藤好和
です。
以上、長文に渡り、失礼いたしました。