『伝説の将軍 藤原秀郷』残部僅少。

No.5561

 ◇ 吉川弘文館のHPの残部僅少本一覧表(2月23日現在 在庫30部以下)に拙著『伝説の将軍 藤原秀郷』が遂に登場です。
 いよいよ、幻の名著?の仲間入りでしょうか。

 ◇ 次作『源氏と坂東武士』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)は6月20日に配本の予定。
 現在、初校校正を済ませた段階です。

 なお、執筆遅延で御迷惑をおかけしている書評・紹介4件のうち、先般ようやく1件が終了いたしました。それにしても、依頼された順番通りに行かず、申し訳ありません。

4月7日の書評会後の懇親会について。

No.5554

 いよいよ書評会まで一ヶ月を切りました。
 書評会の行われる4月7日(土)は、歓迎会や観光シーズン真っ只中ということを勘案して、少し早いかもしれませんが、懇親会の出欠を取りたいと思います。
 
 ・時間は、書評会終了後、18時からを予定。
 ・お店は、交通事情などにより、京都女子大学付近を予定。
 ・参加をご希望の方は、3月13日(火)までに、山岡までご連絡ください。
  *名前には大学PCのアドレスを書き込みましたが、山岡の携帯のアドレスをご存知の方は、携帯にご連絡ください。
 ・お店の混雑が予想される日時ですので、出席を希望される方は、必ずご連絡ください。よろしくお願いします。

なお、書評会の詳細は以下のとおりです(>>No.5496の野口先生の書き込みより)。

 日程:4月7日(土)13:00~(17:30)
 会場:京都女子大学宗教・文化研究所共同研究室(L校舎3F)
 書評会の形式:著者を囲んで参加者による談論。ただし、内容の概括と問題提起は各書ごとに担当者を配する。
 担当者:『院政』・・・・・・樋口健太郎氏
     『源義経』・・・・・野口 実氏

なにかとお忙しい時期かとは思いますが、ふるってご参加ください。

Re: 4月7日の書評会後の懇親会について。

元木泰雄
No.5556

 山岡さん、ご苦労様です。

 当日の二次会、川端四条上ルのミルクホールにしましょう。
 9時ころから、能楽の井上敬介先生も参加されるとのことです。
 参加者が10名を超えるようなら、貸切もあるそうですので、二次会参加者も確認してみてください。
 あそこなら、ママの手料理も色々あるし、さらには『一銭洋食』の出前という裏技もありますので、一次会が物足りないという方も十分フォローできますよ(笑)
 ちなみに、近藤先生と当方がいますから、重さ、体積では軽く十人分を超えると思いますが・・・

懇親会&二次会について。

No.5559

↑の元木先生の書き込みにもありますように、懇親会は一次会と二次会があります。
懇親会に出席を希望される方でお返事がまだの方は、一次会のみ、もしくは一次会・二次会両方参加、を明記の上お返事いただければ幸いです。
よろしくお願いします。 

兼参の幹事。

No.5560

 懇親会の二次会は元木先生の研究室主催ですね(笑)。
 となると、元木先生のゼミの懇親会・旅行幹事への「補任」が内定したと噂される山岡さんにとっては初仕事。頑張ってほしいところです。

 ※ なお、幹事の迷惑にならないように、飛び入り・ドタキャンは厳に慎んでください。 

書評会「資料?」の御案内。

No.5553

 明日、11日(日)付『神戸新聞』の「ひょうご選書」という兵庫県に関係する書籍を紹介する欄に、4月7日(土)に開催される書評会関連「資料?」が掲載される予定です。新聞を入手可能な方は、ぜひ御覧おき下さい。

 昨日の『吾妻鏡』講読会は、出席者(山本君も久しぶりに顔を出されました)の持ち寄られた各地からのたくさんのお土産で、さながらお菓子の品評会の有様。とても食べ尽くせず、多くは私の研究室に保管中です。賞味期限がせまっているお菓子も多いので、大学にお出での節は研究室にお立ちより下さい(不在の節は悪しからず)。

 『吾妻鏡』講読会の途中、お見えになった印刷屋さんに、ほとんどの執筆者立ち会いのもと『紫苑』第5号の二校をお渡ししました。ところがここでアクシデントが出来。活動記録のゼミ旅行記にカラー写真を掲載するつもりでいたのですが、最初の見積もり段階でそのことが踏まえられておらず、カラーにする場合の増額分を支払えないとのこと。年度当初に確保した予算内に収まっていたのですが、きちんと連絡・確認をとっていなかったのは失敗でした。楽しみにされていた皆さんに、この場を借りてお詫び申し上げます。
 しかし、論文・研究ノートなど、力作揃いで、そちらの方は期待以上のものをお届けできると思います。御期待下さい。

 ☆ 京都大学大学院生の山田徹さんから御高論「南北朝期の守護在京」(『日本史研究』534)を御恵送いただきました。最近、中世前期の地方武士の在京活動が注目されていますが、その延長線上の問題として、とても興味深く拝読させていただきました。
 山田さんにあつく御礼を申し上げます。また、今後の御活躍に期待するところです。

Re: 書評会「資料?」の御案内。

元木泰雄
No.5555

  野口先生、ご多用の折に拙著を御紹介頂き、有難うございました。

 まさに過分のご褒詞に、面映い思いでございます。
 ここまで深く御理解いただいたことに、心より御礼を申し上げる次第でございます。
 本書を書いたことは決して無駄ではなかった、本当に書いてよかったと熱い思いがこみ上げてまいりました。

 当該期の研究は史料が限定され、しかも信憑性に問題があるだけに、どのような方法を取るのかが、大きな問題になろうかと存じます。その意味で、拙著の史料操作は、歴史学、国文学双方から色々な議論の対象になるものと思います。
 総じて、中世前期野歴史学は、歴史観、方法論が厳しく問われる時代になりました。
 当方、これまで『複合権門』、公武一体の歴史観で、平氏政権論まで論じて来たのですが、これで果たして鎌倉幕府の成立が論じられるのか、という思いを抱き続けておりました。本書は、幕府を論する試金石になろうかと思います。
 その面でも、ご批判、ご教示をお願い申し上げます。
 
 7日の書評会では、野口先生はじめ、参加者各位に是非忌憚ないご意見を賜りますように、お願い申し上げます。
 

吾妻鏡の御案内。

No.5558

 次回の『吾妻鏡』ですが、以下の通り予定しております。
 日時:3月26日(月)13:00~
 場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
 範囲:『吾妻鏡』承久三年閏十月十日条の残り~

 おそらく次回で承久三年は終了となります。そのまま承久四年(貞応元年)に入ってもよいですが、今まで読んだ部分を簡単に振り返るのもいいかなとも思います。
 

書評会「資料?」の御紹介。

No.5562

3月11日付『神戸新聞』読書欄より・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ひょうご選書  元木泰雄『源義経』
  鎌倉幕府の成立史を見直し 歴史学の真骨頂示す

  神戸をこよなく愛する研究者による、最高水準の研究成果に基づく義経論である。しかも、単なる義経の伝記ではなく、鎌倉幕府成立史の見直しを目指したもので、一般向けに平易に書かれているが、その内容は学説史上画期的な価値を有する。歴史学の真骨頂を示した「ほんまもの」の歴史ファンにはたまらない本である。
 義経が頼朝の「御曹司」と呼ばれたことや当時の政治システムに関する豊富な知識を前提に、政治状況の変動にともなう頼朝と義経の確執の背景を鋭く解明していく。とりわけ注目されるのは、後世、鎌倉幕府によって編纂された『吾妻鏡』における義経関係記事の虚構を暴き、同書に収められている「腰越状」の実在も明確に否定されたことである。説得力は十分であり、研究者間の長年の論争もこれで決着がつくことだろう。
 著者が史料として信頼するのは同時代に都の貴族の手によって書かれた日記類である。神戸市域が戦場になった「一ノ谷合戦」については、九条兼実の日記『玉葉』の、山の手から多田行綱が平家の陣に攻め込んだという記事に注目する。行綱は摂津源氏の一員であるが、義経は彼のような西国の武士を編成して木曾義仲や平家の軍を破ったことを明らかにする。素朴で精強な東国武士が、貴族化して軟弱な西国武士を蹴散らしたとイメージされがちなステレオタイプの源平合戦像に再考を迫るものである。
 結果論に堕することなく、同時代の人間の息吹を再現しようと努力する著者の研究姿勢は、あの阪神・淡路大震災の被災体験が大きく影響しているようだ。義経は日本人にとって最もポピュラーな英雄である。地元の生んだ傑出した歴史学者による義経論を通して、目から鱗の落ちるような歴史的事実解明の面白さ、そして源平内乱期に生きた人々の息づかいに触れていただきたいと思う。(吉川弘文館・一七八五円)

Re: 書評会「資料?」の御案内。

元木泰雄
No.5565

 野口先生、深く読み込んでいただき有難うございました。
 心より感謝申し上げるばかりでございます。
 
 ご紹介のお蔭で、Amazonのランキングも上ってまいりました。
 それにしても、義経論の横に同じ出版社が、「義経だけが英雄ではない」という本をならべるのはどんなもんでしょうかね(笑)

お久しぶりです。

No.5534

今日、本命大学の合格発表でした。
無事岡山大学の教育学部に合格いたしました。
簡単ではありますが、報告いたします。

京都に行きたい気持ちは山々だったのですが、目指していた学部が京都にはありませんでした。
ですが、杉谷さんもおられますし、休みの日にはきっと・・・と目論んでおります。
その時は、どうぞよろしくお願いします。
教科書類の整頓を始めたのですが、日本史の資料集は手元に残留決定です。
歴史熱は、まだまだ冷めそうにありませんので。

乱文、失礼致しました。

本命合格、おめでとうございます。

No.5535

 伊藤さん、おめでとうございます。
 結局、どういうジャンルを専攻することに決められたのでしょうか?

 岡山は出雲市と京都の(交通上の)中間ですから、故郷に戻るにも、京都や大阪などに出掛けるにも便利なところだと思います。周囲には史跡もたくさんあります。瀬戸大橋を渡って四国まで脚を伸ばしてみるのも楽しいのではないでしょうか。

 近いうちに、ぜひ京都にも遊びにお出で下さい。
 杉谷さんには、京都のどこの大学に入学するにせよ、四月になったら遠慮無く私の研究室を訪ねてくれるようにお伝え下さい。

 ところで、岡山には私の大学院修士課程時代の同じゼミ生で、とてもお世話になった広島県出身の友人が住んでいます。調査に行きたいところもあり、今年は彼に会うことも目的にして岡山に出掛けてみようかと考えております。

 それにしても、ようやくお正月を迎えられた気分だと思います。でも、これから入学までいろいろと済ませなければならないことが多くあります。くれぐれも健康に気をつけてお過ごし下さい。

 また、お目にかかれるのを楽しみにしています。
 
 お知らせ、ありがとうございました。
 出雲高校への出張講義、本当に行って良かったと思っています。

またもや春らしい話題ですね

No.5557

 おくればせながら、伊藤さん、明るい話題のご報告をありがとうございます。
 ご友人の杉谷さんが書き込みをしてくださったときにも申し上げましたが、当ゼミに出入りしている関西圏の大学の院生のひとり、岩田です。春からの進路がお決まりになったとのこと、お祝い申し上げます。

 私は学部四年間を京都教育大学で過ごし、同級生が就職活動だ、教員採用試験だと慌ただしく走り回るなか、好きなことをして(しかも学部卒業後一年浪人して)日本史で大学院に進学した不良学生でした(です)。
 私のような不良になるかどうかは別として、学部や学科に関わらず、日本史の楽しさに触れられる機会はきっとそこかしこに転がっていると思いますから、どうぞいろんなことを見聞きして、いろんなことにチャレンジしてみてください。

 京都は昨夜から「東山花灯路」がはじまりました。雨にもかかわらず、かなりの人出だったようです。雨なら雨なりに風情があるのかもしれませんね。例年ならば花灯路と桜の季節は重ならないのですが、今年は「三月中に葉桜か」の声もありますように、もしかしたら重なるかもしれません。嬉しいような、恐ろしいような。

「年度」の瀬、これも師走。

No.5533

 年度末ということで、あらゆる方面から残務処理という仕事の大波が押し寄せてきて、当方いまにも沈没寸前の「泥船」といった有様です(笑&泣)。

 『紫苑』執筆者の皆さん、校正御苦労様です。すでに、山岡編集長から個別に連絡されていることと思いますが、執筆者ご本人による校正は二校でおしまいですから、しっかり確認してください。また、この機会に校正記号を覚えてしまうのも良いでしょう。研究者を目指そうとする人にとって、校正の知識は必要条件です。
 
 9日の『吾妻鏡』講読会は、13時からなので時間は十分にとれると思いますが、当方に所用出来のため、17時には撤収完了という段取りにさせていただきたく(途中で『紫苑』ゲラの印刷屋さんへの引き渡しなどもありましょうが)、宜しく御協力をお願いいたします。

 ※ それにしても、ここ数日、書き込んでいるのは「野口」を称する者のみ。このままでは「野口一族掲示板」とでも名称変更を余儀なくされそうですね。
 演習を担当していて一番困るのは、出席者が主体的に発言してくれないことです。みんな肩をすくめたようになって、嵐の通り過ぎるのを待っているような有様。中学や高校の教員をやっているゼミメンバーにも似たような経験があるのではないでしょうか?

史跡見学のお知らせ

No.5531

ご無沙汰しております。愛知の野口です。
突然の事で申し訳ありませんが、あさって四日日曜日に松薗先生とゼミ生に京都を案内致します。松薗先生とご一緒したい方、私の案内を聞きたいという方はご連絡下さい。
活動地は大徳寺を中心に普段非公開のお寺などを周る予定です。よろしくお願い致します。

鎌倉・武蔵国 史跡見学・調査の御報告

No.5532

 野口君から松薗先生のゼミの史跡案内のお知らせを頂きましたが、残念ながら私は4日は所用のために参加が叶いません。ゼミメンバーの主体的な参加を期待します。
 >野口君 松薗先生に宜しくお伝え下さい。
 
 先ほど、関東における二日間の見学・調査から戻って参りました。一昨日(2日)は鎌倉で宇都宮辻子・若宮・大倉の各幕府(将軍邸)跡、源頼朝と北条義時の法華堂跡、勝長寿院跡、荏柄天神、覚園寺(大倉薬師堂)、大門寺跡などを歩き回り、本日(3日)は埼玉県在住の篤志家の御協力を得て、車で向徳寺・大蔵館跡・源義賢墓・鎌形八幡神社・平沢寺、それに企画展「武蔵武士と寺院」開催中の埼玉県立嵐山史跡の博物館などを回ってきました。鎌倉ではあまり過激に歩きすぎたために左足の裏にマメができ、そのために本日は歩行に支障をきたす有様で情けない限り。本日の調査では久寿2年(1155)の大蔵合戦の背景に関する大変重要な事実に気付かされましたが、これは車で移動できたからに他ならず、篤志家I氏には心からお礼を申し上げる次第です。

 二日間の不在中、茨城大学の高橋修先生から御高著『【異説】もうひとつの川中島合戦』(洋泉社)、ラサール学園の永山修一先生から「文献から見るキカイガシマと城久遺跡群」(『東アジアの古代文化』2007・冬)および『文部科学省科学研究費補助金特定領域研究『中世考古学の総合的研究-学融合を目指した新領域創生-』平成18年度シンポジウム 古代・中世の境界領域-キカイガシマの位置付けをめぐって- 資料集』を御恵送いただきました。
 高橋先生・永山先生にあつく御礼を申し上げます。
 
 >岩田君 留守居役、ありがとうございました。

『入門吾妻鏡』始動。

No.5526

 昨日は『吾妻鏡』講読会の後、上洛された関幸彦先生(鶴見大学)・鈴木哲先生(日本大学)をお迎えして、京女周辺の歴史散歩、その後、関先生を囲んで『入門吾妻鏡』の打ち合わせ会が開催されました。
 歴史散歩は小松谷から方広寺、後白河天皇陵、今熊野社を経て新日吉社に至るいつものコース。はじめは雨上がりの寒風吹きすさぶ天候でしたが、その後回復し、今まで実施した中で一番疲れを感じませんでした。春先は史跡散歩に絶好のシーズンのようです。
 『入門吾妻鏡』の打ち合わせとその後の「里」での夕食会には、執筆メンバーのほかに、『吾妻鏡』講読会に参加している学部生も出席。関先生からいろいろなお話しをうかがって、充実した時を過ごすことが出来たことと思います。
 関先生には夕食をご馳走していただいてしまいました。恐縮至極です。

 『入門吾妻鏡』の仕事を始めるにあたって、早くも担当奉行の岩田君から執筆担当者に今後の方針についての指令が下され、また、長村君はなんと帰宅後数時間のうちに見本原稿数点を完成という気合いの入りよう。当方と致しましては、久しぶりに「感涙眼を遮る」ありさまです。
 みなさん、宜しくお願いいたします。

 ところで、まだ正式発表されていることではありませんが、今年の6月に開催される研究所公開講座の講演テーマなどが決まりましたので、お知らせ申し上げます。

 ◇ 京都女子大学宗教・文化研究所公開講座
    (シリーズ 東山から発信する京都の歴史と文化⑨「王権と貴族・武士」)

 日時:2007年6月23日(土)13:00~17:00

 会場:(未定)

 講師と講演テーマ:
  中澤克昭(長野工業高等専門学校助教授)
  「王朝の狩猟文化 ―摂関・天皇・院の権力と野生―」

  松薗斉(愛知学院大学文学部教授)
  「武家平氏と貴族社会」

『入門吾妻鏡』と三月の『吾妻鏡』講読会

No.5529

 先日は遠路遙々お出でくださいました関幸彦先生・鈴木哲先生、ありがとうございました。今後とも当ゼミをよろしくお願い申し上げます。

 『入門吾妻鏡』も具体的な準備に取りかかれるようになりました。すでに幾つものアイデアをご提示いただくなど、さまざまなご支援の声を伺っており、大変心強く感じております。どうぞよろしくお願い致します。

 ところで、三月の『吾妻鏡』講読会は以下のように予定しております。春休み期間中ということもあり、開始時間を変更してやや長めの講読を予定しています。
 ◆3月9日(金)13:00~、範囲は承久三年八月七日条(前回の残り)~
 ◆3月26日(月)13:00~
 (場所はいずれも、京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室)

『研究紀要』第20号刊行のお知らせ。

No.5518

 京都女子大学宗教・文化研究所『研究紀要』第20号が刊行されました。

 本号には一昨年6月に開催された公開講座の講演録として、
  高橋慎一朗「「六波羅」から中世を考える」
  堤邦彦「小宰相の局と「耳無し芳一」伝承」
が掲載されています。
 また、蛇足ながら拙稿「伊豆北条氏の周辺-時政を評価するための覚書-」も載っております。

>『入門吾妻鏡』のお仕事をお願いした皆様
 28日は関先生の京都女子大学ご到着が3時過ぎくらいとのことですので、それから御休憩の後、大学周辺の史跡を御案内し、打ち合わせは4時半くらいから始めたいと考えております。よろしければ史跡見学もお付き合い下さい。

【追記】伏見稲荷大社発行の『朱』第50号が届きました。これには、堤邦彦先生の御高論「熊谷稲荷の唱導と文芸」とともに、堤先生のお弟子さんで、当ゼミにも参加してくださっている末松憲子さんの御高論「相槌の稲荷開帳と狐芸の流行-明和元年の青蓮院・光則寺の出開帳をめぐって-」が掲載されています。 

次回の『吾妻鏡』

No.5519

 また遅くなりましてすみませんが、次回の『吾妻鏡』講読会のご案内です。

 日時:2月28日(水)13:30~(予定)
 場所:京都女子大学L校舎 3階 宗教・文化研究所共同研究室
 範囲:承久三年八月二日条~

 上で野口先生からご案内いただきましたように、28日は関先生がお出でです。大学周辺の史跡見学・打ち合わせが予定されておりますが、講読会はその前に開催したいと思います。今回も通常と時間が異なりますので、どうぞお気を付けください。

小松殿跡・法住寺殿跡&方広寺の散策

No.5523

 そんなわけで、2月28日(水)の15時半頃から1時間程度、鶴見大学の関幸彦先生を御案内して大学周辺の史跡散歩を行う予定です。

 全部回れるかどうかは分かりませんが、コースは伝、佐藤忠信・継信墓→小松殿跡→方広寺大仏殿跡→方広寺→豊国神社→法住寺北殿跡→後白河天皇陵→法住寺南殿跡→今熊野社→新日吉神宮といった経路を考えています。
 せっかくですから、『吾妻鏡』講読会や『入門吾妻鏡』に関係のない方も、宜しければ御参加下さい。運動不足の解消が目的の方も大歓迎。

 >『入門吾妻鏡』のお仕事をお願いした皆様
 諸般の事情により、打ち合わせ後の懇親会は中止にし、打ち合わせそのものを茶話会風にしたいと思います。

Re: 『研究紀要』第20号刊行のお知らせ。

末松憲子
No.5525

ご無沙汰しております。
研究紀要の刊行おめでとうございます。
テープ起こしと、少しだけ伝書鳩としても参加させていただきましたので、
無事刊行されて嬉しいです^^
お疲れ様でした。

また、朱の論文の件、告知していただきありがとうございます!
至らぬ点が多々ありますが、ご高覧くださいませ。

うかうかしている間にもう三月。
新学期に向け、気持ちを新たに引き締めて、精進してゆきたいと思っています。

来年度もどうぞよろしくお願いします。

野口先生、お誕生日おめでとうございます。

元木泰雄
No.5513

 日付が変わった2月23日は、野口先生のお誕生日ですね。
 心よりお祝い申し上げます。

 50を超えると確かに体力・記憶力などは減退しますが、年齢にふさわしい判断力、あるいは指導力、そして総合的な学問の実力はますます磨かれるものです。
 細かいことや体力勝負は若い方に任せて、我々は学問の水準を上昇させ、これまでの学問経験を大成して然るべき業績を残して参りましょう。
 そのことが、学界内外における危機に立ち向かう唯一の手段だと思います。

 ただ、どこの大学でも、学務の繁忙化は激化しており、研究・教育との両立が難しくなりつつあります。京大法学部の日本政治史の先生が、他の教授から「あなたも暢気に研究などしていないで、学内のことに専念したはどうか」と言われたとか。
 他の分野の研究者は、50歳を過ぎれば研究は二の次、それだけに『学務』との矛盾はあまりないのかもしれません。しかし、経験科学である日本史は、経験の蓄積とともに、史料も集積し、それらを総合・昇華させ、優れた業績を上げることができる、稀有な学問だと思います。とはいえ、加齢による衰えも避けることができず、学問の集大成に残された時間は限られるだけに、学務の時間増加は、本当に辛く悔しいことでもあります。まして、本当に必要とは思えない『学務』に追い回されるとすれば・・・
 こうした事態と、最近、優れた研究者が相次いで夭折されることとは無関係ではありえません。
 
 野口先生も相当なお仕事をこなしておられるご様子、心配致しております。
 お互いに、無理をせず、健康にだけは留意いたしましょう。
 無茶な仕事をして大きなな病気をすることが、一番他の方々に迷惑をかけることですから。

 それはともかく、近年やや沈滞している中世前期の研究者が京都に相次ぐ最大の要因は、野口ゼミにあるといって間違えないと思います。大学の相違、史学・文学の壁を越えて、基礎研究から高度な学問まで、様々な刺激を学生、院生、そして我々研究者に与えてくださっていることに、心から感謝を申し上げます。
 野口先生の益々のご健勝と、野口ゼミの一層のご発展をお祈り申し上げます。
  
 少し先になりますが、書評会、よろしくお願い申し上げます。
 京都が混みそうなのが少し心配ですが。 

お誕生日おめでとうございます。

No.5514

野口先生のお誕生日!と意気込んでやって来たら、元木先生に先陣を取られてしまいました(笑

野口先生、お誕生日おめでとうございます。
年齢に負けず・・・というのは私の勝手な言い分ですが、でもやっぱり年齢に負けず、健康に、私たちのずっと先を走り続けて頂きたいと思っています。
この1年が先生にとって、素晴らしい1年になりますように。

なかなかゼミに顔を出すことがかないませんが(4月7日も、大学院のゼミがあって行けないのです・・・)、来年度こそは時間を作って参加したいと思います。

お誕生日おめでとうございます!

No.5515

野口先生、お誕生日おめでとうございます!
私たちみんながゼミでのびのびと研究に励めるのも、先生の温かいご指導とお人柄のおかげです。
いつも本当にありがとうございます。
これからもお元気に、たくさんのご教示をくださいますよう、どうかよろしくお願いします。
新しい一年も、先生にとって実り多きものとなるようお祈りしております。

Re: 野口先生、お誕生日おめでとうございます。

No.5516

思えば昨年、「新快速の日」と“命名”(?)して以来、
掲示板にもご無沙汰しているような気がする八井です。

野口先生、お誕生日おめでとうございます! 
掲示板どころか先生にもすっかりご無沙汰ですが、
今年も先生のご健康・ご多幸と、ゼミの発展をお祈りしております。


僕はなんとか仕事をこなしております。
ジャンルは違えど日々研究に勤しむ皆様に刺激を受けて、
英語教育の研究を始めようか・・・と思って一年がたちました。
今のところはそんな余裕がありません・・・(泣)。
「共同研究」を持ち掛けてくれた友人が留学から帰るまで、
自分の仕事に打ち込んでおこうと思います。

今後ともよろしくお願い致します。(って、完全に私信ですね・・・ 笑)

ありがとうございます。

No.5517

 誕生日にさいして、お心の籠もったメッセージをいただき、恐縮しております。直接メールをお送り下さった方々にも、この場でお礼を申し上げさせていただきます。

 毎年、誕生日になると、日ごろお世話になっている歴史上の著名人が自分と同じ年齢の頃に何をやっていたのか調べてみたりしているのですが、すでに頼朝は鬼籍に入ってしまわれました。しかし、私を歴史学の世界に引っ張り込む上で「大功」のあった千葉常胤さんなどは、歴史の表舞台で大活躍するようになるのは、これから数年先ということで、まだまだ未来に賭けてみたいと思っている次第です。

 元木先生からのお言葉は、面映ゆいものがございますが、大変うれしく、鎌倉武士なら子孫への「置文」に記しておきたくなるほどのものと、ありがたく存じております。

 田中さんの御指摘の通り「年齢に負けず」というのが、これからの私にとって最大の課題になることと思います。以前より反応が鈍かったり、めんどくさがっていたり、優しさに欠けていたりしたら「野口も老化したなぁ」と同情してやってください。
 歳をとると「年に最低二本の論文を発表しなければ、博士課程の院生とは言えない」などと、若い頃の自分を棚に上げた意地の悪い注文を出したりしたくなるもののようです。
 
 佐伯君には共同研究やゼミの史料講読会で今でも大いに助けられていますが、これから、いよいよ御助力を願うことになろうかと思います。よろしくお助け下さい。

 八井君、いや八井先生、の御活躍。ブログを拝見して、自分が高校教員になったばかりの30年ほど前の日々と重ね合わされて感慨を催すものがございます。
 最近、車を購入されたようですが、私も家庭訪問のために免許を取り、妹の車を譲ってもらって通勤に使うようになりました。最初に乗ったのは1400ccの黄色いミラージュでした。

 若い方たちに申し上げておきたいのは、なにしろ年齢を重ねるのに比例する形で時間の経過するスピードが速まっていくということです。私など、小学生の頃の一週間は今の一ヶ月くらいに長く感じられたものでした。
 「今はまだ通過点で本当の自分のためにある時間ではない」などと考えていると、一生、自分の時間が持てなくなってしまうということです。

 ・・・などと、すぐにこういう説教じみたことを語りたくなるのも老化の証のようです。

 ☆ 滋賀県立大学の京樂真帆子先生より、御高論「古記録にみえる指図について」(藤田勝也編『裏松固禅「院宮及私第図」の研究』(中央公論美術出版)を御恵送いただきました。あつくお礼申し上げます。
 ブログでのお薦めに従い、この本は購入することに致しました。

Re: 野口先生、お誕生日おめでとうございます。

新地 浩一郎
No.5520

 遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。私が中世史に足を踏み入れたのは、間違いなく2年生前期に野口先生の講義を受講したことが最大の要因です。感謝しております。
 年賀状でもご心配いただいておりました例の件は、様々な方々のお力をお借りしながら、うっすらとではありますがなんとか出口が見えてきました。7年前の奈良文化財研究所での実習を思い出しながら、毎日実測とトレースに励んでいます。アトピーがやや悪化しておりますが、それ以外は至って健康ですのでご心配なく。思えば97年も修士論文で苦労しましたので、10年に1度のイベントだと割り切って、楽しみながら取り組んでいきたいと考えています。
 なんとか7月までには終了させて、夏頃には境港の水木しげるロード(同郷の一反木綿の銅像を見に)経由でゆっくりと京都見物に伺いたいと思います。そのときにはゼミの皆様にもお会いできればと思っています。もちろん美味しい焼酎を持参いたしますので。

 昨年9月に伺った時に宿泊したアパホテルのニュースはびっくりしました。とても接客態度のよいホテルだったのですが…。

「南九州探訪記」

No.5521

 新地さん、お久しぶりです。いまさらながら、「しろくまツアー」の際はたいへんお世話になり、ありがとうございました。

 お仕事、御苦労様です。学問・文化も事務処理なくしては成り立たないところがあるとはいうものの、ある面で相容れないところもあるわけで、そういう点から言うと近年はどんどん窮屈な状況が進行しているようにも思われます。御健康に留意し、常に博士論文の完成も念頭に置きつつ地域文化の向上のために御活躍下さいますようにお願い申しあげます。新地さんのHP「南九州探訪記」の継続・更新も、その意味では重要なことと思いますので、こちらも宜しくお願いいたします。

 境港といえば、かつて鎌倉ゼミ旅行に参加した京女の卒業生井田さんが活躍されているはずですし、出張講義で御縁の出来た出雲高校やゼミメンバー垂涎の地である隠岐にも近いので、そのうち是非出掛けたいと思っているところです。ちなみに、「一反木綿」は都城にルーツがあるのでしょうか?

 夏の京都は蒸し風呂の如き有様ですが、ぜひお立ち寄りください。

一反木綿は…

新地 浩一郎
No.5522

 鹿児島県の大隅半島、特に高山町に代表的な伝承が残っておりますが、私の母の出身地である、都城市に隣接する旧財部町(現在の曽於市財部)にも話が伝わっております。亡くなった祖父がよく語ってくれた内容は、夜に一人で道を歩いていると、真っ白い布のようなものがヒラヒラと飛んできて、首に巻きついて絞め殺してしまう、というもので、鬼太郎にでてくるような目や手はないそうです。一人で歩いていて殺されてしまうわけですから、誰も目撃した人はいないような気はしますが。
 ホームページは、なかなか時間が取れませんが、ぼちぼち更新したいと思います。
 それと、知覧町・頴娃町・川辺町の合併後の新市名は「南九州市」に決まりました。とりあえず当事者ですので詳細なコメントはできませんが、「島津市」ではなくて良かったとは思います。

平田さんのご発表と懇親会

No.5507

 昨日は吾妻鏡の講読会の後、平田さんに「院御所からみる後鳥羽院政」というタイトルでご発表いただきました。ご発表いただきました平田さん、お集まりいただきましたみなさん、ありがとうございました。

 平田さんのご研究は、後鳥羽院政期における院御所の利用状況から後鳥羽院政を逆照射するというものであり、なかでも後鳥羽院による遷幸の事例を悉皆的に収集されるなど、出席者一同大いに学ばせていただきました。
 ところで、当ゼミにおける私の大先輩である平田さんは、思いやりの人でもありました。公私にわたってお世話になったゼミメンバーは本当に数知れないと思います。私も、三年前に初めてこのゼミにお邪魔するようになって以来、いろいろとお世話になりました。ありがとうございます。
 教職に就かれることがお決まりと伺いましたが、今後のご活躍をお祈り申し上げます。

 また、その後の「里」での懇親会では賑やかで満腹なひとときを過ごすことができました。来年度からの大学院進学が決定したといったおめでたいお話も多数伺うことができ、とても楽しかったです。


 さて、次回の『吾妻鏡』講読会ですが、2月28日(水)に開催致します。
 時間は、当初は15:30~としておりましたが、諸般の都合のため現在調整中です。決定しましたら、また当掲示板においてお知らせ致します。なお、範囲は承久三年八月二日~です。

お疲れさまでした

鍛治 利雄
No.5509

昨日は研究会に参加させて頂き、ありがとうございました。
研究室にお邪魔したのは、約2年振りでした(笑)

当該期に対する理解が乏しく、参加してお話をお伺いする
だけになってしまい、本当に申し訳ありませんでした。

懇親会では、野口先生のご好意に甘えて、楽しいひと時を
過ごすことができました。重ね重ね御礼申し上げます。

長々と失礼しました。

Re: 平田さんのご発表と懇親会

平田樹理
No.5512

 昨日はお忙しい中、拙い修論報告を聞いていただき、ありがとうございました。たくさんの御意見をいただき、私自身、大変勉強になりました。また改めて自分なりにまとめ直したいと思います。
 
 その後の懇親会でも、久々に皆さんとゆっくりお話することができて、とても楽しかったです。野口先生のご好意に甘えて、ご馳走になってしまいました。どうもありがとうございました。
 
 また、野口先生には四年間、本当にお世話になりました。言葉ではいいつくせませんが、この場を借りて、改めて御礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 岩田さん>私こそ、いろいろとお世話になりました。岩田師範には頭が上りません(笑)。またゼミにも顔を出したいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。