鳥人間コンテスト。

No.434

今日の午後、紀要の原稿2本のうちの1本のメドがついたという口実で、いつものサボり心からテレビのスイッチを入れたところ、例年なら夜に放送されるはずの「鳥人間コンテスト(日本テレビ系)をやっていました。もちろん、ずいぶん前に収録されたものとは思いますが、彦根の湖岸から竹生島の脇をかすめて、琵琶湖北岸まで、東北大の学生さんたちの作った人力飛行機が悠々と23キロ以上も飛行していました。この日は気候条件が良かったためか、その後、これ以上の新記録も生まれましたが、なにしろ、東北大の飛行機は彦根-竹生島という、先日、学習院の皆さんと船でご一緒したコースを逆に飛んだので、感動一入でした。しかし、理科系はロボコンといい、成果を形にして競い合え、しかも社会の人たちに評価もして貰える機会があって、学生さんたちも勉強のし甲斐があってよろしいですね。それにひきかえ、文化系はすこし寂しい。もっとも、研究者の世界も同じですが。日本史でノーベル賞?
ところで、今週はいよいよ土曜日に待ちに待った伊藤さんの研究会です。それにしても、このところ京都は暑すぎます。関東、東北の皆さんがうらやましい。研究の能率に大きな差が生じますので、今年度は東国の研究者が良い成果をあげる義務があると思います。気候によって東国と西国の生産力に大きな差が生じ、それが治承・寿永内乱の帰趨、源平合戦の勝敗に影響を与えたという指摘に大いに納得している今日この頃です。要するに、まともな原稿の書けない私の手前勝手な言い訳なのでした。

安芸の村井さんへ。

野口実
No.432

村井さん、メールをありがとうございました。返送したのですが、戻ってきてしまいました。そこで、掲示板に書かせていただくことにしました。・・・読者の皆さん私用にて失礼いたします。
平家物語研究会14日のこと、了解しました。15日は一日かけての見学会です。13日の研究会はどうされますか?懇親会も計画されているようです。何か不明な点は私に連絡下さってもよいし、田中さんでも、あるいは帰京後、六波羅でご近所の平田さんに直接うかがっても良いと思います。しかし、メールの返送ができないのは不思議なので、こちらにもまたメールを送ってみてください。それにしても、安芸だの六波羅だのと気分は「平家」でありますね。そのうち、ゼミで厳島神社にも行きたいですね。出来れば唐船で。

Re: 安芸の村井さんへ。

村井愛
No.433

私信すみません。

野口先生のメールは確実に私の実家のパソコンに届いていました。
かなり古いパソコンを使っているので、時々調子が悪く謎な作動をしてしまうようで…本当にすみません。ご迷惑お掛けしました。

また、メールを送らせて頂きます。ちなみに、先日厳島神社に行って参りました。宮島の設備とか、文化財の説明書きとか、もっと改良できんものかな~と思ってしまいました。是非、ゼミで行ってもっと充実した見学をしたいものです。か、唐船♪

多田院見学

No.425

すでに野口先生がお書きになりましたが、来る20日土曜日に、多田神社の見学に行きたいと思います。
何と、わざわざ東京から近藤好和先生もおこしになります。したがって、近藤先生の解説で神宝を見学することができます。せっかくですから、午前中に集合して、見学に時間をかけたいと思います。
なお、多田神社のほかに、満願寺の見学を予定しています。さらに時間が余れば中山寺に行きたいと思います。
阪急川西能勢口集合→バスで多田神社→川西能勢口→バスで満願寺→阪急雲雀ヶ丘花屋敷→中山、徒歩で中山寺→梅田で夕食
こんな行程を予定しています。
川西に11時くらいに集合で如何でしょうか。
参加希望の方、あるいは付近に他の見学候補地をご存知の方、ご連絡ください。

またとない機会

野口実
No.427

元木先生、書き込みありがとうございました。催促してしまったみたいで申し訳ありません。さらに、ミネルヴァ脱稿という企業秘密まで露見させてしまい、恐縮に存じております。小生の焦燥のしからしむる所です。
さて、近藤先生にもご案内いただけるとなると、これは実にまたとない機会だと思います。目下、帰省やらバケーションやら試験勉強やらバイトやらでゼミの諸兄姉は多忙を極め、中にはPC断ちという真剣な修行に身をおいている方もおられるので、返信は遅くなるかとも思いますが、よろしくお願い申し上げます。かくいう、小生も今月下旬には矢尽き刀折れ状態で、梅田までお供できるか心許ないことになっていると思いますが・・・。

Re: 多田院見学

No.429

元木先生、御無沙汰しております。以前大河ドラマ『太平記』の評価をお聞きしたものですが、その節は長文に渡っての感想・批評ありがとうございました。歴史学者の諸先生方と自分の感想の違いがどこにあるのか明確に分かりとても勉強になりました。20日の「満仲ツアー」の件ですが、是非参加させていただきたきたく思ってます。以前から疑問に思っていたことの一つに、源満仲が自分の地元である越前守の経歴を持っていたこと事(実際に福井県に満仲が勧請したという八幡宮がありました)で、その辺も含めて勉強させていただきたく思っています。よろしくお願いします。体力の方は今から充電しておきます。

September

野口実
No.424

9月になりました。当ゼミで、ご自身が隊長・親分・殿・司令官・お屋形様などと呼ばれるべき立場にあると思われる方は、今月の方針をお示しください。第二・第四水曜の定例会のうち、10日は13日(併せて平家物語研究会に参加させていただく件)の打ち合わせをしたいと思いますが、如何でしょうか。研究会については山本隊長、応接係は高家筆頭の吉良上野殿ではなくて、田中隊長が当然務められることと思いますが。
田中さんは既に国外のリゾート地へ旅立たれているのかと思っておりました。その前にちょっと安芸下向とは、さすがですね。近江・伊賀・伊勢・丹波・丹後・・・車なら日帰りコースですので、是非ドライバーとしての腕を上げておいてください。秋はいいですよ。これからの歴史学者・国文学者は健脚のみならず、カー・ドライバーとしての能力も要求されることと思います。それで思い出しましたが、本日、京女の駐車場はSはもちろんA校舎も満車。学生さんも沢山でした。小・中・高校のように始業式というわけでもないのに・・・。他の大学もこうなのでしょうか。

Re: September

No.428

しばらく書き込みしていませんでした。PC絶ちというよりはむしろ、このHPをいろんな方が見ているのを聞くにつけ、書く事に対して慎重ならざる得なくなります。何を書こうか考えすぎてしまいついつい・・・。あんまり迂闊な事書けないですね。せめて実名をハンドルネームにしましょう!でもこのHPで世間で名前が有名になったらそれはそれでありのような気がします(笑)。
10日の件ですが、それそろ『吾妻鏡』を進めたいのですが、自分はバイトのシフトを入れてしまったので、若しいつも通り夕方の4時からだとかなり遅刻します。10日は今後の予定を話し合うだけということでいいのしょうか?冷夏と言っておきながら、また暑くなり時間もさることながら、体力も有効に使わないといけないですね。もともと雪国育ちなので京都の夏を感じるたびに、自分は「寒冷地仕様」なのだとつくづく思います。夏自体は嫌いではないんですが。元木先生の『藤原忠実』や最近は何かと『殿暦』を見ることが多いのですが、藤原忠実の晩年の邸宅が船岡山周辺にあると知って少し驚いています。自分の下宿も同じ舟岡山近辺にあるからです。京都で歴史を勉強するメリットの一つが「歴史の現場」に立てることですが、まさか忠実も自分の日記を後世に一学生に同じ場所で読まれるとは思わなかったでしょうね。ちなみに自分の下宿も「ヴィラ・知足院」などと勝手に改称しようかとも思ってます(笑)。
とにかく10日は、遅くなりますが行きます。

知足院

野口実
No.430

この27日、京都ブライトンホテルで古代学協会の角田文衛先生の卒寿のお祝いがあります。1986年、私が古代学協会に千葉から赴任したとき、先生から与えられた最初の宿題が「知足院」の遺址を文献史料によって確定することでした。東国武士に関する業績しかなかった私に、平安京・京都の勉強の方法を学んで欲しいという親心からだったのだと思います。いろいろ史料は集めたものの、平安博物館の閉館や京都文化財団への移管、京都文化博物館の開館準備などの大混乱が続いた中で、この宿題は未提出のまま現在に至っております。鹿児島の大学に異動が決まって角田先生の所にご挨拶にうかがったとき、「お忘れかと思いますが」と、未提出のお詫びを申し上げたのですが、先生はしっかりと御記憶でした。その時から、もう14年が過ぎてしまいました。この宿題、ちょうど良い機会ですから「ヴィラ・知足院」にお住まいの山本君に相続して貰うことにしましょうか。

教育実習中の鈴木です。

No.431

>せめて実名をハンドルネームにしましょう!
某匿名巨大掲示板群のように、責任のない発言が増えてしまうのはちょっと困るので。
やはり、実名で行きましょう!!

メールアドレス等プライバシーに関わることについては、注意しなければいけませんが、情報に信憑性や正当性を持たせる為にも
ぜひ、実名でお願いします。

御礼が遅れまして

No.417

学習院大学の重政です。お礼が遅れまして申し訳ございません。
ゼミ旅行では大変お世話になりました。
さすがに、兵藤先生のお得意分野フィールドワークでの御山下りはキツク、翌日の竹生島からの帰りの船でひざが痙攣し始めたので彦根城は断念させいていただきました。いつの間にか姿を消しており申し訳ございませんでした。
今回の旅行で、小松谷を案内していただけたのは非常に貴重な体験でした。研究家として、また一小松家マニアとして非常に有意義でした。
先生の御本をさっそく拝読しようと、本屋に向かったのですが、「秀郷」はあっても「武士の棟梁」は無い...トータ君...ムータン.....。
と思っていましたら、新書だったんですね。それに気付かず無駄足踏んでました。明日にでも買いに行きます。

では、皆様本当にお世話になりました。
御上京の際には是非学習院にお立ち寄りください。
上洛の際には是非顔を出させていただきます。美味な甘味処にご案内下さい。
ではまた。

P.S:先生と同じアイコンを使用し申し訳ございません。
    自分は茶人なものでつい使ってしまいました。
    

Re: 御礼が遅れまして

No.420

こんばんは。アドレスの件、メールで返信しておきました。
こちらこそお世話になりました。
また、とても楽しく有意義な時間を過ごさせていただきありがとうございました。皆様にもよろしくお伝えください。

またご上洛の際にはお気軽にご連絡ください。
美味な甘味処めぐりならまかせてください!!(←下のスレッドでダイエットするって言ったばっかりなのに☆)
ではまた・・・

学習院史学科

野口実
No.421

重政君、お疲れさまでした。甘味処は永富さんにお任せするとして、小松殿重盛については、高橋昌明氏「重盛の母」(『女性史学』7)という、重盛が関白忠実の血を引くことを想定した短い論文のあることをお知らせしておきます。それから、小松谷は他にもあり、近世にいろいろ付会の説が出来上がっているようなので、『京都市の地名』(平凡社)などで御検討ください。これに関連して、高橋氏が近く論文を発表されるとのことです。それから、学習院の史学科は源平時代研究のメッカです。私が学生の頃、安田元久先生のもとにこの時代を研究しようとする学生がたくさん集まっており、私もモグリで大学院のゼミに入れていただいていました。先日、そちらの学生さんにうかがったところ、昔のこととはいえ、安田先生をご存じなかったので、いささか寂しく思いました。おおいに、史学科と交流しつつ研究を進めてください。

入手しました

No.426

先生の「武家の棟梁の条件」入手いたしました。まだ読みはじめですが、武士団の棟梁は広域暴力団の組長という御説、まったくもってその通りであろうと賛同いたします。重盛も、基房に相当怖がられた事でしょう。昔から政治家(後白河)と暴力団(平家)の癒着は深刻な問題ですね。
ご紹介いただいた「重盛の母」も入手し、非常に興味深く拝見してました。今までノーマークだった高階基章の娘が摂関家がらみになると、私の修論にも一色添えることが出来そうです。
安田元久先生を知らないとは嘆かわしいですね。私も学習院の先生だったとは意識してませんでしたが、先生の「平家の群像」は研究のスタートになった一冊です。
史学科との交流も図りつつ、今後も研究に励みたいと思います。よろしくご指導ください。

訂正

No.409

ここの掲示板の武士は、家康の四天王の一人である榊原康政画像から取っているのですね(今頃気付くなんて、お恥ずかしい)。時代考証がしっかりしていて当然ですね。なお、祓立は素剣ではなく、三鈷柄剣ですね。訂正します。

Re: 訂正

No.410

近藤先生、こんばんは。
このサイトの管理(最近は口だけ?!)の永富絵里子です。
そのとおりです。この武士のモデルは榊原康政です。
ここの掲示板を作るとき、アイコンをどうするか、いろいろ探してまわったのですが、個人的に大好きな」角倉了以のアイコンがあったという理由のみでこのシリーズのアイコンを使うことに決め、今日に至っております。

ちなみに姫君ですが、実態は淀君だったり☆
ああ・・・ついに秘密をばらしてしまいました。

http://www.atjp.net/

素材を提供してくださったサイトです。
このほかにもたくさんのおもしろいアイコンがあります。

Re: 訂正

No.411

http://www1.odn.ne.jp/usakun-castle/matudaira_037.htm

ちなみに榊原康政画像のオリジナルが掲載されているサイトがございましたので、参考までに載せておきます。
もしよろしければ、興味のある方は、アイコンと比較してみてください。

Re: 訂正

No.413

永富さん、レスありがとうございます。ちなみに、榊原康政画像の詳細については、http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html(東大史料編纂所のHP)のデータベース案内→データベース検索→史料編纂所所蔵肖像画模本データベースと進んで、榊原康政で検索して下さい(他にも様々な検索方法があります)。詳細な画像解説があります。じつは、このデータベース内の画像解説(風俗解説)は、すべて私の仕事です。それで、すぐに榊原康政だと気付かないんだから、ますますお恥ずかしい。

Re: 訂正

No.418

さっそくデータベースで検索させていただきました。
使い方に戸惑ったものの、ヒットに成功いたしました。
肖像画の情報も詳しく載っており、いろいろな人物を検索して楽しみました。
ただ、最初の画面のデータベースの利用目的に「研究・・・」と記入するのがちょっとはばかられましたが (笑)
教えていただきありがとうございました。今後も活用させていただきます。

後半戦開始。

野口実
No.407

本日、ようやくある論文集の書評のメドがつきました。書き終わったと言うより、所定の字数に到達したという程のことで、著者には申し訳ない内容です。もう一つやはり論文集の書評を書かなければならないのですが、それは9月末締切の紀要原稿の後に回さざるを得ません。授業開始まであと約一ヶ月ということで、いよいよ後半戦。ゼミの皆さんも、来年度に向けていろいろ計画を進めておられることと思います。そろそろ次の『紫苑』のことも考え時ですね。
平田さんは六波羅邸に戻られましたか?安芸に帰郷された村井さん・立花さん、それに肥前の寺田さん、お元気ですか?郷里にパソコンをお持ちでしたら、そちらの情報でも書き込んでください。筑後の笠さんや佐渡の土屋君・・・も。
これからサイパンでリフレッシュという方もおられますが、小生、しばらくは研究室と自宅を往き来しつつ、仕事を形にする作業に一心に取り組みたいと思っています・・・と言いつつ、今日は元木先生・美川先生たちと鴨川河畔で鴨料理をいただく予定であります。

いざ、多田院!

野口実
No.412

いしがま亭(四条木屋町下る)の鴨料理、おいしゅうございました。今日は観世流太鼓方の井上啓介氏ともご一緒でした。ご承知の通り、原稿執筆が遅々と進まない小生をさしおき、元木先生はすでにミネルヴァ日本評伝選の『源満仲・頼光』を脱稿された由。参りました。出来たての原稿を拝見しましたが、実に面白そうでした。
さて、その本の挿図の写真撮影も兼ねてのようですが、元木先生御主催の多田院(多田神社)見学会、9月20日(土)に御計画とのことです。ここは満仲の館跡で、宝物館もあります。多田院については『今昔物語集』をはじめ多々(シャレ)文献史料があり、事前学習には事欠きません。詳細は後日、元木先生が書き込みをしてくださる予定です。
田中さんの摘発した漏洩事案は、田中さんご自身からうかがったような気がするのですが?何れにしても、元気なことは何よりです。
新地さん、情報ありがとうございました。修論の発表を楽しみに致しております。

筑後の笠です(笑)

No.416

お久しぶりでございます。
大学ではあと一ヶ月夏休みがあったっけ・・・と思いつつ
掲示板を拝見しております(。o_o。)
鴨料理はありませんでしたが、お昼にこちらでやっていた
地方番組で京都の町並みが映し出され、大変懐かしく思いました。
レポーターが「9月いっぱいは床も楽しめますので、ぜひ!」
なんて宣伝しておりました(笑)

さて、残念ながら床を楽しむことはできない私は、
来週末に久留米で開催されます焼き鳥フェスタで胃袋を満たそうと画策中です。
つい最近まで取り上げられることが無かったのですが、
とある情報誌が調べたところによりますと、久留米の街は
人口あたりの焼き鳥屋数が日本一だそうです。
これと「とんこつラーメン発祥の地」を、大々的にPRしよう
という思惑があるそうで、焼き鳥フェスタ開催の運びとなったようです。

ちなみに久留米の焼き鳥屋はメニューが豊富という面もあるらしく
ねぎ間やつくね、レバーや鳥皮は勿論のこと
ウズラの卵、ししとう、えのきだけのベーコン巻、等の
そのお店独自のものがあります。
久留米で育った私は、それが珍しいことだとは思いませんでした。
ちなみに私が好きなのは「牛タン」
↑と、話したところ「それは焼き鳥じゃない!」と言われたことがあります。
焼き鳥屋のメニューにあるのですから、立派な焼き鳥です(-"-;)

皆様も久留米にお越しの際は、是非とんこつラーメンと焼き鳥をご賞味ください
長くなりましたが、このへんでm(_ _)m

Re: 後半戦開始。

No.419

笠さん>おひさしぶりです♪
焼き鳥フェスタ・・・なんてすてきなイベントなんでしょう。
どこでもドアがあったら絶対に飛んでいったのになあ~(笑)
牛タンの焼き鳥・・・牛だけど焼き鳥・・・初耳です。
いつか久留米の焼き鳥を本場で堪能してみたいものです。
そのときはおいしいところを案内してくださいね!!

かくいう私、こないだからの旅行やイベントでの深夜から明け方におよぶ飲み会が続いたせいか一時は減っていた体重が元に戻りました☆
昼間いっぱい歩いてるはずなのに…アルコールはおそろしいです。はい。
後半戦を美しいプロポーション(?)になって始めるべく、また精進生活を送ろうかと考えております。(と、いいつつさっきもアイス食べました)

次のゼミ旅行。

野口実
No.422

笠さん、耳寄りな情報を有り難うございました。
次のゼミ旅行の候補地、いろいろ挙げられておりますが、先の田中さんによる佐賀県小城町の話といい、どうも福岡県から佐賀県あたりが有力視されつつあるようです(鹿児島にも行きたいのですが・・・)。今回、その追い風が吹いた観がございます。胃腸を強くしておかなければ。
 ついでながら、私の研究室に筆入れを忘れていった人がいます。

どうでもいいことですが・・・

田中裕紀
No.423

笠さんへ
 お久しぶりです。焼鳥屋で牛タン・・・って、え!?普通じゃないの!!??というわけで、どうやら田中家の食生活は「薄味」で「おあげ」や「ハモ」を食す以外、ベースは九州にあるようです。ちなみに、いつも佐賀で行く焼鳥屋さんで一番のお気に入りは餃子ですよ。←かなり美味しいので、是非永富さんにもご紹介したいわ☆

 さて、昨日は日帰りで広島まで行って来ました。熊野でのドライブは山本さんにお願いしちゃいまいたが、今回はやむを得ず高速を4時間を運転する羽目になり、高速教習以来の高速道路を走ってきました。帰りは夜中になったので、今日は一日うだうだとしております。もう、しばらく夜中の運転は結構です(ー ー;

本当に皆様お疲れ様でした。

No.397

旅行本当にお疲れ様でした。
また、先生の案内を含め様々なご配慮に感謝しております。
限られた時間の中では有りましたが交流もできよかったと
感じております。
私は寺門派の人々の案内をさせていただきましたが、叡山が霧で
見えなくなっていく姿に下から不安を覚えておりました。
来年か再来年かわかりませんがきっとリベンジする時が来ると
思いますのでそのときは是非挑戦しましょう。
至らない点多々あったかと思いますがご容赦下さい。
では、ゆっくり休んで疲れをとってください。
わたくしも休む事にいたします。

補足です。

No.398

先ほど書き忘れましたが、はじめに一万円を全体で
集めた時お払いいただいた方への残金の返金は私が
9月中旬に関西に帰ってくる時までに計算をしてお渡
ししようと考えております。
返金まで少し時間が空いてしまいますが、
よろしくお願いいたします。

お礼。

野口実
No.399

門屋君、それに幹事の田代さん、御苦労様でした。また、兵藤先生およびゼミ生のみなさんへ、当ゼミから今回の旅行に参加させていただいたお礼を申し上げます。これからも、よろしくお願いいたします。なお、卒論や個人の研究などで御上洛のさいは、御遠慮なくお立ち寄りください。        

遅ればせながら・・・

No.405

本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございました。
滋賀県は隣の県なので「いつでも行ける」と思いつつ、これまでなかなか行く機会がなかったので、とても良い経験となりました。
個人的には竹生島が一番興味深かったです。

携帯のカメラではありますが、何枚か写真を撮りましたので、アドレスをお教えいただいた方にはメールに添付してお送りしたいとおもっております。(その他の方でもご希望があれば申し出ていただければ対応いたします)

では、失礼いたします。



ゼミ旅行とは・・・

田中裕紀
No.395

先ほど兵藤ゼミの旅行から帰還致しました。この1ヶ月の間に野口ゼミ・兵藤ゼミと2回のゼミ旅行に行きましたが、「研究者に健脚有り」です。野口先生もそうなのですが、比叡山での兵藤先生の山下りの早さには閉口・・・いや、脱帽致しました。
 旅行2日目、人数の多さに昼から山門派・寺門派に別れてそれぞれ自分のお山に行ったわけですが、兵藤先生中心の山門派に名を連ねたのが始まりでした。千日廻峰行の行者さんが通っている(と思われる)道を使って足で比叡山を下りるという強行軍だったのですが、夕方で暗くなってくるわ、前夜の雨で足場は悪いわ、大雨に降られるわで本当に大変だったのです。ところが、みんなが滑落しそうになる中で兵藤先生は傘をさし、背中が見えなくなるくらいのスピードで下りていかれたのでした。更に山を下りて舗装道路に行ってもそのスピードが落ちることはなく、ますますスピードを上げて京阪の坂本駅に向かったのです。
 ケーブルで比叡山に登ったところから、坂本駅まで全行程約4時間。兵藤先生の顔にはちょっぴり疲れが出ていただけだったのです・・・。ま、大変でしたが「一日」廻峰行ということで何か良いことがあるでしょう。帰りのタクシーの運転手さんには「大物になるわ!!」と笑い飛ばされました(^^; いえいえ笑い事ではなく、本当に死ぬかと思いましたよ(= =;
 で、本日は午前中から竹生嶋詣をして、彦根城を見学して帰ってきました。この話は先生や永富さんから聞いてください。
 では。電池切れ寸前なので本日は閉店です。

Re: ゼミ旅行とは・・・

No.396

一流の研究者はみな健脚なのかも知れません。故戸田芳実先生もそうだったようですし、五味文彦先生も健脚です。元木泰雄先生も歩くのが速いですよ。かくいう私は、歩くのが嫌いです。というよりも、パワーリフティング以外で余分な体力を使いたくありません。

健胃・健腸

野口実
No.400

近藤さん、お久しぶりです。歴史学者の健脚は体力のみならず「あくなき探求心」によるものだと思います。それから、一流の条件にはもう一つ「健胃・健腸」があると思います。疲れるとすぐに胃腸がおかしくなる上に神経症から来る過敏性大腸症候群の小生などは、従って全く欠格者です。スケジュールの厳格な団体旅行など完全にお手上げです。それにひきかえ、26日夜の兵藤ゼミの宴会で最後まで(27日午前4時過ぎ)のこっていたのが、全て当ゼミ現役・出身メンバーであったとの情報は、彼らの未来を明るくなさしめるものに違いありません。

Re: ゼミ旅行とは・・・

No.401

野口先生、こちらこそお久しぶりです。健胃・健腸ならば、私は絶対的な自信があります。しかし、私は、午前4時まで飲むことはできません。せいぜい2時までです。野口ゼミの皆さんの未来に期待します。
ところで、話は全然変わりますが、この掲示板の武士の画像は、素剣の祓立の阿古陀形筋兜を被った室町後期の武士ですね。小さい画像ながら、兜の描写は、破綻なく時代の特徴をよくつかんでいると思います。

健胃・健腸というと・・・

美川圭
No.403

近藤さん、お久しぶりです。
健胃・健腸話というと、酒席というと必ず話題にのぼる関西の某先生の話がついつい思い出されます。
某先生が、ある出版社の編集者と会食をしていると、
その編集者が「先生はあまり召し上がらないのですね。偉くなられる先生方はみなよくお召し上がりになります。網野先生も、石井先生も・・」ということで「無礼者が」と某先生は怒られたそうです。
この話はご存じですよね。

Re: ゼミ旅行とは・・・

No.404

美川さん、こちらこそお久しぶりです。その話は初耳です。またひとつ、「伝説」が増えましたね。

情報漏洩

田中裕紀
No.408

野口先生へ
 飲み会で最後まで残ってたのが野口ゼミの面々だったなんて!!いったい、どこからそんな話が漏れたんでしょうか?ちなみに、前々回の鎌倉ツアーも前回の熊野詣ツアーの飲み会でも、似たようなメンツが最後まで残っていたような気がします・・・。そろそろ腰を落ち着けて勉強したいのはやまやまですが、なかなかそうも行きません(ーvー; 最近、止まったら死にそうな毎日なもので(^^;・・・帰ったら勉強します(_ _;

Re: ゼミ旅行とは・・・

No.415

(下にもレスしましたが)ご無沙汰しております。お久しぶりです。
久々に開くと、レスの多さと内容の濃さに驚きました。
田中さん、ゼミのみなさん、兵藤ゼミの方々、お疲れさまでした。
比叡山、行くつもりだったし、未だ行ったことないので、参加したかったです!!
というか、最近行かなければならないような気がします。誰かに呼ばれているような…(笑)
ゼミの時にでも、写真を見せていただければ嬉しいです。

法住寺、ああ法住寺、法住寺

長村祥知
No.389

本日の研究発表について、同志社での講義、事前発表、本日と色々とご配慮とご教示を賜り有難うございました。
学外での発表、しかも、かの兵藤先生をお招きしての、となると記念すべき一日なのかも知れません。野口先生からの新たな課題も時間を作ってこなしていきたいと思います。
内容が拙い事は重々承知しておりますが、発表方法についても時間を守る、わかりやすく伝える、といった当たり前なことを学んでいかねばなりません。恥をかくなら早い内、と思っております。
その場を与えて下さった野口先生はじめゼミメンバー各位に篤く感謝申し上げます。
なお、事情があってしばらくパソコンを見ないと思うので、緊急にご用の際には携帯電話の方にご連絡を下さい。


竹生島詣。

野口実
No.390

今日の報告、力が入っていて良かったですよ。時間の制約があったので、長村君としては言い足りなかったことが多かったと思いますが、自制が利いていました。学問で恥をかくのは一生でも良いと開き直るくらいで結構だと思います。私の説明もひどかったでしょう。日々反省あるのみです。
それにしても、今回の隊長田中さん、司会の山本君をはじめ、買い出しや、接待のために努力してくれたメンバー諸君は頼もしい限りでした。ゼミが真にみんなのものになってきた感あり。鈴木君も再度駆けつけてくれて、おかげで電脳で盛り上がりました。山田ちさ子さん、携帯拡声器ありがとうございました。
みなさん、次は竹生島めぐりでお目にかかり、長村君の先勝祈願をしてまいりましょう。

みなさんご苦労様でした。

No.391

 初めて聞いた僕にとって、ながむらさんの発表。専門外なりに「なるほどねぇ~」という感想でした。隣にある程度解説してくれる人がいたからかもしれませんが、おもしろかったです。
 同志社の原稿用紙のテンプレートの件は、必要の時はメールで連絡下さい。
 
 新熊野神社関連ですが、僕の住んでるのは「五葉ノ辻町」ですが、少し北に行った、ちょうど新熊野神社のあたりは「椥(ナギ)ノ森町」です。昔は椥の木がいっぱいあったんでしょうか?
池田町といい、地元の地名には気になるものがいっぱいです。五葉ノ辻の由来も知ってる人は近くにはいません。
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.58.52.266&el=135.46.33.590&la=1&sc=2&CE.x=232&CE.y=248
↑地図です。

椥ノ森町

野口実
No.392

椥(ナギ)ノ森町の由来は、熊野の御神木である椥の木が紀州から移し植えられて森のように茂っていた時代があったことにあるのではないかと、戦後のすぐれた歴史学者、故・戸田芳実氏は想定されています(『中世の神仏と古道』)。新熊野神社の境内にある樟の木も樹齢800年といわれ、これも紀州からの移植と伝えられています。この木は腹の病に御利益があるとのことなので、私は頼りにしているのですが、今のところ信心が不足なのか効能がありません。鈴木君の住所は熊野の名家である「鈴木氏」が都で拠点にするのに相応しいところのようです。

Re: 法住寺、ああ法住寺、法住寺

No.393

さっそくお返事有り難うございます。
教育実習の準備がはかどらないせいか、今必要な事以外のものに目移りしてしまいそうです...。
自分の事も住んでいる場所も、知れば知るほどおもしろくなりますね。
権現さんの樟の木は、ついこの前まで病気で弱っていて、いわゆる"木のお医者さん"が治療中という新聞記事があったと思います。
木の回復と野口先生の体調はシンクロしているのかもしれませんね。

P.S.この時間は学習院のみなさんは宴会だそうです。僕は永富を車で送っていくついでに三井寺に行きました。いろいろエピソードはあるのですが、後ほど永富から聞いてください(^^)!!

Re: 法住寺、ああ法住寺、法住寺

No.414

お久しぶりです。ご無沙汰しております。
長村君、レス遅くなりましたが、発表お疲れ様でした。
私用で参加できなくて申し訳ない限りです。
有意義な発表だったと聞いています。
良かったら今度のゼミの時にレジュメをいただければ嬉しいです。