古文書学会大会のご案内

No.4090

 以下の要領にて古文書学会大会が開催されます。奮ってご参加ください。

会期 10月29日(土)公開講演、30日(日)研究発表、31日(月)見学会(原則的に会員のみ)
会場 29.30日京都産業大学 5号館5303教室

29日 公開講演 13時より(12時受付開始)
 永村真氏 「中世聖教の史料論」
 冷泉為人氏「冷泉家の歴史と文化」

30日 研究発表 9時半より(9時受付開始)
 1 河内将弘氏「戦国期祇園会の再興と『祇園会山鉾事』」
 2 河辺隆弘氏「来日宋海商慕晏誠の処遇に関する一考察 
          -『春記』記事を素材として-」
 3 谷 昇氏 「承久の乱における後鳥羽上皇の寺社政策
          -「四箇神領」の創出と熊野・賀茂・石清水社-」
 4 神野 潔氏「足利尊氏寄進状についてー日下署判と奥下署判」
 5 呉座勇一氏「交換型一揆契状と提出型一揆契状」
 午後の部(13時より)
 6 西本昌弘氏「平城上皇の灌頂と空海-正倉院出納文書の検討を中心にして」
 7 祢津宗伸氏「室町幕府開創期の引付方・禅律方の存在形態
         -越後国奥山荘金山郷と  信濃国伊賀良荘開善寺の事例から」
 8 丸山和洋氏「慶應義塾大学所蔵 原本『八代日記』の紹介と研究」
 9 池内敏彰氏「『大乗院寺社雑事記』に見る土佐国幡多荘と『桃華蘂葉』の検討」
 10 山田貴司氏「大内義隆の大宰大弐任官」
 11 大塚俊司氏「戦国期大友氏の寺社政策と祈祷」
 12 上野秀治氏「御内書に見る津山松平家の家格」

 なお、非会員の方は参加費500円が必要です。


山田邦和「福原遷都の混迷と挫折」発表

No.4095

 元木先生 お久しぶりです。古文書学会の御案内をありがとうございました。

 元木先生・美川先生をお招きして6月4日に開催したゼミ研究会の場で御報告いただいた山田邦和先生の御研究の成果が、早くも『古代文化』57-9に掲載されました。平家によって遷都候補地とされた印南野京と小屋野京のプランがこれだけ具体的に示されたのは初めてでしょう。無論、こうした計画が挫折していく過程を追った叙述も面白い。
 考古学者にここまでやられては、私も須恵器の論文でも書かないと立つ瀬がありません。いずれにしても、山田先生のオールマイティぶりを遺憾なく示した好論です。もちろん、名誉ある巻頭論文、一段組の体裁です。
  
   『古代文化』は各号毎の購入も可能。定価800円(本体762円)、送料100円。
    申込先:(財)古代学協会 ℡075-252-3000

 ちなみに、次号(57-10)には、後期に例会報告をお願いしている樋口健太郎さんの「藤原師長の政治史的位置-頼長流の復権と貴族社会-」が巻頭論文で、またその次の号(57-11)には、当ゼミメンバー長村祥知君の「書評 三島義教著『三善康信』」が掲載される予定です。
 ゼミメンバーは、いずれも必読のこと。

Re: 古文書学会大会のご案内

No.4099

 古文書学会は興味深い報告が目白押しです。せっかく京都で開催されることでもあり、ぜひお越しください。懇親会にも参加されると、日本史研究会などであまり見かけない先生(それはお前だ、と言われそうだが・・・)もお越しになるかと思います。

 当方が最初に参加したのは1983年の立正大学のときでした。当時は、小葉田淳会長、宝月圭吾副会長の頃。懇親会では、竹内理三先生が、スピーチを当てられ、焼き鳥をくわえながら登壇されたり、瀧川政次郎先生が「古文書学会は、大正デモクラシーの時代精神を受け継ぎ、右にも左にも寄らない立派な学会である」と持ち上げられたり、政治経済史学会の彦由一太会長が「アメコウ、ロスケをやっつけるために古文書学をやらねばならぬ」とか何とかわけの分からない演説をしたり、まあ印象的でした。
 そのほか、村田正志、小川信、飯倉晴武と言った方々を初めてお見かけしたのも古文書学会でした。
 なお、残念ながら、本屋は日本史研究会ほどには来ません。
 
 今年度大会の実務、運営のお手伝いをお願いしている方々、何卒よろしくお願いいたします。

 学問をやっておられる方々が、本当にうらやましい限りです。
 何ともやりきれない会議で、連日9時から22時まで拘束され、すっかり体調がおかしくなってしまいました。
 いかに体調が悪いかと言えば、ビールがまずく思えるのですから、ただ事ではありません・・・。
 今夏は成果なしかもしれません。こんなことばかりやっている大学がまともなところであるはずがありません。

「福原遷都の混迷と挫折」刊行

No.4102

 野口先生にご紹介いただいた通り、拙稿「福原遷都の混迷と挫折」が掲載された『古代文化』第57巻第9号が刊行され、昨日、手元に届きました。春の「『福原京』の都市構造」と合わせ、私なりに一生懸命とりくんできた「福原京論」をとりまとめることができました。
 もちろん、私ひとりの力でできあがったものではありません。野口先生には本当に親身な御指導を賜ることができました。野口先生があたたかく見守ってくださったおかげです。
 それでも不安だったので、野口先生に無理をお願いして、京女宗文研ゼミで報告をさせていただいたのはご承知の通りです。元木先生、美川先生、野口孝子先生をはじめとして、多大のご教示をいただくことができました。美川先生には、私の史料の読み方の間違いをお教えいただき、危ういところを救い上げていただけました。
 さらに、福原論の最高権威ともいうべき元木先生から受けた御恩も忘れることができません。私の拙い説の中には、元木先生のお考えと矛盾するところがあります。それにもかかわらず、「胸を貸して」いただき、「稽古を付け」ていただいたようなものです。さすがは元木先生、私説の弱点を的確にご指摘いただき、私も反省することしきりでした。今回の論文にはそうした先生方のご教示を活かすことができたのではないかと思います。
 もうお一方をあげるならば(この掲示板には御登場なさいませんが)、神戸大学の高橋昌明先生です。高橋先生はいつも、私の粗雑な福原論を困ったような顔で聞いていただき、その後ではかならず、いろんな新しい見解と史料を教えていただけました。

 研究を通じて、人と人とのつながりが広がっていくからこそ、学問は楽しいのだと思います。やめられませんね。

「福原遷都の混迷と挫折」

No.4103

 山田先生、昨日は遅くまでお付き合いいただき、有難うございました。
 早くも8時半に書き込まれたとのこと、当方はまだ昨夜のアルコールが抜けず、床の中でした(苦笑)。あの程度(中ジョッキ8杯、小ジョッキ1杯)で二日酔いとは情けない限りです。加齢と最近の疲労が重なったのかもしれません。

 玉稿、本日拝読しました。
 当方の見当はずれな意見にも真摯に耳を傾けていただき、過分の謝辞を賜り恐縮に存じます。
 昆陽野遷都案の評価、『玉葉』8月4日条を通した高倉院の役割の見直し、清盛の内裏造営と正当性の問題など、これまでにない新知見であり、福原遷都に関する議論を大きく進めるものと存じます。
 もちろん、清盛と高倉の関係は治承3年政変から長い眼で検討する必要もあります。8月後半に清盛が表に出るのはなぜかと言う問題もさらに議論が必要でしょう。遷都と内乱の問題は、還都後の清盛の政治構想・動向も含めて、議論してゆきたいと存じます。
 いずれにせよ、福原遷都と平氏政権の議論を活性化する大きなきっかけになるものと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。

 しかし、歴史家の音楽好きは珍しくもありませんが、自らオペラを演ずる方は貴重ですね(山田先生のブログ『平安京閑話』参照)。
 オペラ歌手がいるなら、対抗して歴史家の俳優を養成して、理想的な時代劇を上演する、なんてことはありえないか・・・。
 余談ですが、某大河ドラマでは、驚くべきことに屋島合戦で資盛が継信を討ち取ると設定になっていたとのこと。政局に符合させるようにご子息がご活躍のようで、色々考えさせられます・・・。
 

Re: 「福原遷都の混迷と挫折」

No.4108

>元木先生

こちらこそ、先日は楽しいお酒をありがとうございました。
(事情を知らない方はわからないでしょうが、市内某所で密会しておりました)。
それにしても、元木先生があれほどにクラシック音楽通とは、まったく知りませんでした。また、ご一緒させていただく楽しみが増えました。

拙稿「福原遷都の混迷と挫折」についても、本当にありがとうございました。ご指摘の通り、平氏政権論、高倉院政政権論、福原遷都論は、治承4年だけではなく、それ以前からのもっともっと長いスパンで考えていかねばならないと思います。またじっくりと考え直してみたいと思っておりますので、こちらのほうでもよろしくお願いいたします。

夏の勉強会について、またお知らせ

No.4089

 しつこいですが、今週末からの勉強会のお知らせです。

◆日程は、9/10(土)、12(月)、13(火)、14(水)、の四日間です。
 各日とも、13:00~開始予定、L校舎3階共同研究室で行います。

 9/10(土):「保元新制」史料解釈(『平安遺文』2876、2851)
        担当:山岡さん(平2876)、平田さん(平2851)
 9/12(月):「保元新制」研究史整理
        担当:尻池さん
 9/13(火):「文覚起請文」史料解釈(『平安遺文』4892)
        担当:岩田、山本さん、山田さん
 9/14(水):「文覚起請文」研究史整理
        担当:山内さん

◆参考文献はこちら
>保元新制
  水戸部正男『公家新制の研究』創文社.1961.
  棚橋光男『中世成立期の法と国家』塙書房.1983.
  五味文彦『院政期社会の研究』山川出版社.1984.
  今正秀「保元荘園整理令の歴史的意義-平安後期荘園整理政策をめぐる政府と権門-」『日本史研究』378.
  佐々木 文昭「公家新制についての一考察-保元元年新制から建久二年新制について」『 北大史学』19.1979.
  鈴木敏弘「保元元年新制と荘園整理」(中野栄夫編『日本中世の政治と社会』)
  遠藤基郎「院政の成立と王権」『日本史講座3中世の形成』東京大学出版会.2004.
  下郡剛「後白河院政期新制の基礎的考察;保元年間から承安年間にかけて」『立正史学』87.2000.
  飯倉晴武「「武者の世」の到来」(橋本義彦編『古文書の語る日本史2 平安』筑摩書房)

 >文覚と神護寺
  西岡虎之助『荘園史の研究』岩波書店.1953.
  上横手雅敬「院政期の源氏」(『御家人制の研究』)
  赤松俊秀「文覚説話が意味するもの」(『平家物語の研究』)
  山田昭全「僧文覚略年譜考」(『立教大学日本文学』12)
  平雅行「中世寺院の暴力とその正当化」(『九州史学』140)

◆「保元新制」の研究史整理は、今正秀「保元荘園整理令の歴史的意義-平安後期荘園整理政策をめぐる政府と権門-」『日本史研究』378.の分析を中心に行う予定です。今論文を中心に、適宜予習をお願いします。
◆9/10(土)は、共同研究計画の打ち合わせ・しろくま打ち上げ・山内さんの降誕会などの催しがありますので、16:00過ぎに終了の予定です。当日読み切れなかった分は次の日以降に持ち越しとなりますのでご了承ください。
◆9/14(水)も18:30~有村さんの歓迎会が予定されておりますので、ほどほどのところで切り上げます(議論はしっかりやります)。

◆いちおう人数を把握したいので、参加をご希望される方は岩田宛にご等連絡いただくか、当掲示板へ書き込みにてお知らせください。また、史料である『平安遺文』の2876号・2851号、4892号の文書を各自でお手元にご用意ください。

>佐伯さん 東京での研究報告、おつかれさまです。
>山本さん 先日の中世都市研での野口先生の発表にも疑問点を感じられたそうですが、勉強会参加者も巻き込んで意見交換しましょう。それから、『太平記』第32話までのビデオできました。持って行きます。先日お話した本もよろしくお願いします。
 あと、ぼちぼち『吾妻鏡』のご相談もしたいと思いますが。

博論・修論・卒論は進んでいますか?

No.4091

論文執筆に行き詰まって、また出て来てしまったところ、たくさんの書き込みに驚いています。

 >岩田君  「勉強会のお知らせ」ありがとうございます。
         「意見交換」、首を洗って楽しみにしています。
         『太平記』、そのうちに私の方にも回してください。
          佐藤さんや大原さんと、ゼミ宇治支部を発足させたいと思うのですが、如何で
         しょうか? 
 
 >山本君 「疑問点」の御指摘、よろしくお願いいたします。
       映画評論の方は、如何なものでしょうか? 

 >薗田さん  10日でも14日でも、両方でも、御都合が宜しければ、ぜひゼミの宴会にお出で下さい。来年度は有村さんもお出でになることでしょうから、辻君にも参加していただいて、在京鹿児島県人会中世史部会を旗揚げしてください。その暁には、期限付き鹿児島県人だった私もぜひ末席に加えていただきたいと存じております。

映画まだ観ていません・・・。

No.4094

 野口先生の御指名を頂きながら、美川先生の観られた『ヒトラー~最期の12日間~』は残念ながらまだ観ていません。常々観に行きたいとは思っていたのですが、結局今の今まで行かずじまいなってしまいました。早速時間ができたら観に行きたいと思います。この映画は、他の夏休み映画に圧倒されているせいか、あんまり話題になっていませんが、いろんな意味で観ておくべき映画だと思います(まだ観てませんが)。近日中に感想もUPしたいと思います。

>岩田さん
 勉強会の幹事お疲れ様です。『太平記』ありがとうございます。ただ勉強会の初日である10日だけは、今度ある市民講座の準備の仕事が入ってしまい、勉強会には出られません。例の本は12日に持って行きます。
 ところで『太平記』のDVDで、「CompleteBox版」は出ないのでしょうか?何故か去年の『新撰組』は完全版として発売されています。『新撰組』より明らかに作品の質も高く、視聴率も良かった『太平記』の方が売れると思うんですが。

9月25日は各地で講座・研究会がある。

No.4096

 山本君、25日は頑張ってください。
 申し訳ありませんが、私は大輪田泊の報告が聴きたいので、下記の研究会に行く予定です。 
 
      ◆ 平安京文化研究会 
          記
 とき  9月25日(日) 午後1時から午後5時まで(時間厳守)
 ところ 奈良女子大学 文学部北棟1階 N103(正門に一番近い、三十数名の教室です)
     http://www.nara-wu.ac.jp/accessmap.html
 報告  1.大村拓生「福原と大輪田」
      2.三枝暁子「北野祭と室町幕府」
      参考文献:小野晃嗣「北野麹座に就きて」(同著『日本中世商業史の研究』法政大学
        出版局、1989年)
           二木謙一「足利将軍の祇園会御成」(同著『中世武家儀礼の研究』吉川弘
        文館、1985年)  
     ※報告順はこの順とは限りません。 

東京で佐伯君の研究報告があります。

No.4086

  ◆ 歴史学研究会日本中世史部会9月例会
   
   9月11日(日)14:00~ 
   場所:東京大学史料編纂所2F大会議室
   報告者:佐伯智広氏 「高倉―安徳皇統における家産の伝領」

 ☆ 本日、東北大学大学院DCの片岡耕平さんから御高論「中世の穢観念と神社」(『日本歴史』第688号抜刷)を御恵送いただきました。「秩序維持装置としての神社」というフレーズが印象的です。片岡さんに、あつく御礼申しあげます。

「高陽院跡」の現地説明会があります。

No.4087

 (財)京都市埋蔵文化財研究所による,高陽院(かやのいん)跡(平安京左京二条二坊十町)の発掘調査の結果,邸宅内に設けられた園池の南岸,大炊御門大路北側築地と側溝などが発見され、現地説明会が下記の通り実施されるとのことです。
 摂関~院政期や承久の乱に関心のある人は、見学しておいた方がよいでしょう。

                   記
  日   時  平成17年9月10日(土)  午前10時~11時
  場   所  京都市中京区竹屋町通油小路西入西竹屋町511 
  問い合わせ  財団法人京都市埋蔵文化財研究所 075-415-0521
            現場事務所           075-211-5172
  交通案内  *市バス『堀川丸太町』下車 南東へ徒歩約5分

※詳細は http://www.kyoto-arc.or.jp/を御覧下さい。

Re: 東京で佐伯君の研究報告があります。

No.4097

野口先生、ご紹介ありがとうございます。
どんな報告になりますことやら…ただいま悪戦苦闘中です。
そんなこんなで、勉強会はほとんど出られそうにありません、申し訳ありません。
14日のエスコート役はしっかり果たしますので。

>有村さん
いよいよ日も迫ってきましたが、頑張って下さいね~。
落ち着いてやれば絶対大丈夫と思ってますけど。

すいません、ほんとにワタワタしてますんで、愛想も何もないですね…。

映画「ヒトラー 最期の12日間ー」を見る

No.4084


 先日、話題の映画「ヒトラー 最期の12日間ー」を見に行った。

 まず、最近の映画の音響というのは凄い。あの地下防空壕にひびくソ連軍の砲弾の炸裂音が鈍く響くのが、ぶるぶる伝わってくる。あれは家のビデオでは味わえないものだ。映画館は当然のことながら暗いので、まさにヒトラーと空間と時間を共有している感じがする。
 
 この映画は、ヒトラーを人間的に描いたということで、評判をよんでいる。もちろん賛否両論という評判である。しかし、「人間的」というのはどういうことだろうか。あるいは、非人間的というのは。ヒトラーが怖いのは、人間であるからで、あれが野獣だったらさして怖くないだろう。たくさんえさをやればおとなしくなるだろうから。あれほど残忍になれたのは、まさに人間だからであって、野獣や機械がああなるはずはないのである。だから、自分に好意的な人間に対してやさしいのは当然であって、好意的であったと思っていた人間に裏切られると、とたんに残忍そのものとなるのは、まさに人間そのものの特性かも知れない。純粋なアーリア人種の優位性なんてばかなことを考えたり、ユダヤ人の絶滅なんてことを考えたりするのも、ヒトラーが人間であるからだ。
 
 ともかくしょうもなさそうな(あるいはしょうもない)人間が、国民の合法的支持(つまり選挙)を背景に、巨大な権力をにぎるというのは、20世紀的、あるいはなってはほしくないが、21世紀的な独裁者のすがたであって、あぶないあぶない。大衆というのは愚かであるから、できるだけ単純なことを、何度も何度も繰り返すと、ついてくるというのは、ヒトラーの専売特許ではないだろう。
 
 後半はとにかく、自殺とか一家心中とかが多い。ゲッペルスのこどもたちの場面は、背筋が寒くなった。しかし、これも、現在の日本でもよくある一家心中の話にすぎないといえば、いえなくもない。国家の中枢にいる恵まれた人間が平時にはこんな一家心中をすることはないが、不運な庶民にはときどきある。もう一つ、手榴弾でも一家心中のシーンがあったが、第三帝国の最後には、この手のことが頻発したのだろうか。大日本帝国では集団自決はよくあったが、国家中枢をしめていた一家ではあまり聞いたことがない。なんでなんだろうか。この映画では、ゲッペルス自身より、奥さんのほうに、この一家心中の原因があるように描かれていた。非ナチス世界でこどもたちを教育するわけにはいかない、という台詞があった。必ずしも、敗戦後の報復をおそれてのものではなかったようだ。
 
 ともかく、完成度の高い映画である。リアリテイがある。大河『義経』とは大違いだ。しかし、登場人物の人間関係が一度見ただけではつかめないところが多々あった。こちらが、ナチスの人物に関する知識に乏しいためなのだろうか。だから、その確認にもう一度見なければとも思うのだが、ほとんど救いのない陰惨な映画なので、正直言って再見したくはないのである。人間がリアルにつぎつぎ死ぬ、しかも自殺が多いのは、はっきりいってもういやなのだ。いやいや、私は人間が銃で撃たれたり爆撃で死んだりする瞬間を体験したことはないから、リアルかどうかもわからない。ほんとうはもっとどうしようもないのが現実のようだ。このあたりが、戦争映画の限界である。映像でえがけりゃしないのだ。

 といいながら、また翌日も見に行った。(以下文体も変わります)

 きのうはゲッペルスのほんとうにかわいいこどもたちが、静かに殺されていくシーンがあまりにショッキングで、そのあと、思考停止におちいったのですが、今日は、さすがに冷静に見ることができました。そして、昨日よりも、ずっといい映画であることがわかりました。

 ゲッペルスのこどもたちの死って、その裏のおそらくゲッペルスも深く関わったユダヤ人のこどもたちの虐殺を描いているのです。ユダヤ人のこどもたちを殺した報いが、ゲッペルスのこどもたちを、ゲッペルスの妻が殺していく。あそこは、いろいろな見方ができるでしょうね。そして、もう一つの一家心中があるのですが、そちらはどうも、人体実験をおこなってきた医者の一家なのです。こちらも死ななきゃならんだろうな。ゲッペルスの無茶な指令のために、ベルリン市民が犠牲になっていくという場面もきっちり描かれているのです。ヒトラーはブロンデイという愛犬を飼っているのですが、ゲッペルスというのもまさにもう一匹のヒトラーの愛犬であることがよくわかります。しかも犬よりもはるかにどう猛であり、とうぜん人間ですからずっと冷酷であります。ただ、実際のゲッペルスはもっとハンサムで、俳優はあまりに不気味な風貌でした。あの不気味顔では、あのあまりにかわいいこどもたちが生まれるはずがない。実際の写真とくらべると、よくぞと思えるほど、よく似たこどもたちを配役に選んでいます。あの6人の寝ているような遺体写真と両親の黒こげ写真がならんでいるのは有名ですよね。

 ヒトラーの話にもどりますが、目撃者となっているユンゲという秘書が、エバ・ブラウンに「総統はとてもおやさしいのに、ときにとても冷酷なことをおっしゃるので、ほんとうの総統はどんなかた」と問いかけるシーンがあるのですが、エバは「総統のときは冷酷なの」とこたえます。ヒトラー自身が「同情は抑圧せねばならぬ」と何度も述べるシーンもあります。

 ゲッペルスの発言だったかもしれませんが、市民がもうむちゃくちゃ犠牲になることを「かれらがわれわれを選んだんだから、かれらの報いだ」なんていいます。これ恐いですね。選挙によって選ばれた合法政権が暴走するとこうなるのです。王政とか、クーデターでできた軍事政権では、権力者はこういう心性はもちにくいでしょう。もちろん白河法皇も。

 相手はべつにもともとモンスターではなく、しょうもない人間なのですが、それが権力の座に、人々によって選ばれてついたとき、とくにたいへん人気があったりすると、暴走することがある。そして、一度暴走しはじめると、止めるのは至難のわざとなります。暴走を「決断力」「リーダーシップ」と誤解する人間が山のようにいますからね。

 とにかく、ネタバレで見た方が良いような映画だと思います。1度目はスリリングすぎて、つぎに何がおこるのかこわくて、綿密に組み立てられた映画の構造が見えにくいのですね。2度目だと人間関係も非常によくわかりました。それと、中間部の砲撃がやんだつかぬ間のエバと秘書たちとの散歩、そして最後のところの秘書とこども(これもかなり重要な役)との逃避行のときの静けさ、これはほんとうに美しい。平和ってほんとうにきれいなんですねえ。でもちょっと気をゆるすと、人間たちはまたすさまじい殺し合いへ。

 イスラエルでは「ドイツはユダヤ人大虐殺の歴史を取り繕い美化している」とかドイツでも「殺人鬼の人間性を振り返る必要など、どこにあるのだろうか」という評があることがプログラムに書かれていましたが、わたしはそうは思いませんでした。この映画は、すぐ身近にいる人間が、殺人鬼となるその飛躍をみごとに描いていたと思うのです。歴史学にかかわっている人には必見の映画です。

 いま、この映画の原作のひとつである『私はヒトラーの秘書だった』というユンゲの著作を読んでいます。すぐれた記録です。そして、このすぐれた映画が、その原作をもとにいかなる部分を創作したか、その緊張感がよく分かります。こういう歴史を題材にしたすぐれた映画を見ると、もう才能のない連中がいいかげんに作っている大河の『義経』など、見る必要もないことが思い知らされます。


中世前期の島津氏に関する論文。

No.4085

 美川先生、久しぶりに長編をありがとうございました。
 映画評論といえば、山本君の出番です。
 なお、この映画については山田邦和先生も御自身のblog(↓)で触れておられます(8月20日)。
  http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/2005/08/index.html

 ☆ 本日、「歴史館いずみさの」の廣田浩治先生より、御高論「中世前期 武士団の結合原理-平安期「侍」から鎌倉幕府御家人武士へ-」(『熊本大学日本史研究室からの洞察』熊本出版文化会館)を御恵送いただきました。中世前期の島津氏を対象にして、武士団の結合や鎌倉幕府の御家人編成、平安期の侍から鎌倉御家人への転身などについて論じられたものです。
 鹿児島の中世史に関心のある皆さんには必読論文でしょう。当ゼミメンバーは、ゼミ旅行のときに尚古集成館で頂いた拙文「成立期の島津氏」(尚古集成館 講座・講演集)と併読してください。
 廣田先生にあつくお礼申し上げます。

歓迎会のご案内。

No.4078

 9月14日水曜日の史料講読会終了後にご上洛中の有村さんの歓迎会を行います。
 
     日時:9月14日(水)18:30~
     場所:京都女子大学周辺        を予定しております。
 
 参加をご希望の方は9月9日(金)までに山岡までご連絡ください。一応大学PCのメールアドレスを書き込んでおきますが、できれば携帯のほうにご連絡ください。多くの方の参加をお待ちしております。 

台風接近中の鹿児島を心配しています。

No.4079

 >山岡さん  いつもながら手早い対応をありがとうございます。
 なお、佐伯君が有村さんを京女までエスコートしてきてくださるとのことです。(経路の警固のことなど、)佐伯君と打ち合わせをしておいて下さい。

 ☆ 本日、尚古集成館学芸員の寺尾美保先生から『みんなの集成館 集成館事業と日本の近代化についての市民研究報告書 (研究代表者:寺尾美保)』・「尚古集成館本館リニューアル 薩摩ルネッサンスプロジェクト 平成の新展示 公式案内書」および寺尾先生御執筆の南日本新聞記事(紙面評価)4点をお送りいただきました。
 博物館学芸員の指針を示された貴重な成果であるとともに、学芸員としての矜持の何たるかを示されたすぐれたメッセージとして拝受させていただきました。博物館学芸員を志望する皆さんには学ぶこと多大です。博物館が行っている社会教育活動の中でもトップクラスに位置づけられるものと思います。あつく御礼申しあげます。

Re: 歓迎会のご案内。

山岡瞳
No.4080

>野口先生
佐伯さんとも連絡をとり、用意万端ととのいました。

有難うございます。

有村芳恵
No.4083

山岡さん
先日は歓迎会に関して丁寧な御案内をいただきまして、ありがとうございました。お手数をおかけしますが、当日もよろしくお願いします。

野口先生・ゼミの皆様
私の歓迎会を催していただけるとのことで、ただただ感激しております。多くのゼミの皆様とお会いする事が叶いましたら幸いです。どうかよろしくお願い致します。

佐伯先輩
先輩にエスコートしていただけるとのこと、誠に恐縮です。何だか至れり尽せりのような気がして、勿体無いです。当日はどうぞよろしくお願い致します。

 野口先生、鹿児島のことを御心配いただきありがとうございます。昨日からずっと、鹿児島は暴風が荒れ狂っておりました。研究会等もすべて延期になり、外に出ることも容易ではなく、部屋に逼塞を余儀なくされていた状態です。何度も停電になり、部屋の窓が割れんばかりに軋む中で、かの「カトリーナ」もこんな感じだったのだろうかと思いました。もっとも鹿児島では暴徒は発生しませんでしたが。現在台風はもう鹿児島を通り過ぎた後で、幸いなことに私の周囲には被害はありませんでした。昨年の台風で大きくヒビが入り、ガムテープで補強したままの演習室の窓も無事でした。

ゼミ旅行「しろくまツアー」打ち上げ&プリンセス聖誕祭について

No.4073

お返事頂かなかった方もおられますが、決定しましたので、お知らせします。

日時:9/10(土) 18:00くらいからを予定。
場所:四条河原町か四条烏丸。現在では四条烏丸が有力。
予算:¥3000程度。

という感じです。日が決まっただけで、詳細はまだ未定ですが、明日か明後日中に発表致しますので、しばしお待ち下さい。
なお、前日までは参加表明を受け付けたいと思いますので、上記メールアドレス(PC)か、携帯アドレスをご存知の方は、そちらにメールいただければ対応致します。
なお、現在の参加予定者は
 野口先生、門屋くん、八井くん、辻くん、岩田くん、平田さん、尻池さん、山岡さん、鈴木くん、永富さん、山内さん、山田ちさこさん、私の関西在住組に加え、國方さんも10日なら参加していただけるという事です!都合が合わず、参加出来ないという方がいるのは残念ですが、久しぶりに國方さんに会えるのが楽しみです☆
 あと、9月といえば現職プリンセス:山内さんのお誕生日ですね。お祝いしようではないですか。少し参加者も増えましたので、お店は再考中です。
しばしお待ちを。

共同研究の打ち合わせについて 

No.4082

 ゼミ旅行の打ち上げ(山内さんの降誕会)が10日に決まりましたので、自動的にこの日の勉強会終了後(16:30から予定。勉強会の終了時刻についてよろしく御配慮下さい)に共同研究の打ち合わせを設定することになりました。よろしくお願いいたします。
 先般の『明月記』研究会の宇治見学会で知己を得ることの出来た、お茶の水女子大学大学院DCの佐藤英子さん(岩田君・大原さん・野口と同様に宇治市在住です)も当日お出で頂けるとのことです。
 
 研究所共同研究「摂関~院政期の宇治(仮)」の正式メンバー(「研究協力者」:ここでは学部卒業生で一定の実績のあることが条件・原則として本人の希望による)として予定しているのは以下の方々です(敬称略)。なお、当ゼミメンバーは全員、この研究に関与していただくことになります。また、「研究協力者」は年度ごとに更新いたします。 

【文献史学】佐伯・岩田・佐藤・長村
【国文学】 門屋・田中
【考古学】 大原
【情報処理】鈴木・永富

 研究助成の申請や研究計画・研究方法等についてこちらから説明をさせていただいた上で、メンバーからの提案をいただきたいと思います。【情報処理】担当を除くメンバーには、大テーマを踏まえた上で、来年度どのような具体的な課題に取り組まれるのかお考えおき下さい。なお、宇治とはいっても伏見や木幡、巨椋池、宇治川水系に及んでも構いませんし、時代的にも9~14世紀くらいまでの幅があって構わないと思います。なにしろやりたいことをできるだけ自由に楽しくやりましょう。
 ただし、年度ごとに共著で論文をまとめる必要があります(これも【情報処理】担当は除きます)。
 なお、最低2ヶ月に一回程度予定している共同研究研究会(現地見学会)には、報告内容に即した分野の研究者をゲストとしてお呼びすることを考えています(元木先生・美川先生・山田先生には是非ともよろしくお願いいたします)。
 メンバーが個々の研究成果を学会報告や学術雑誌などに投稿する形で発表してもらえるようになれば大成功だと思っています。
 ということで、よろしく。

花園大学で未来に光明を見ました。

No.4072

 3日・4日の両日にわたって開催された中世都市研究会京都大会が盛会のうちに無事終了いたしました。私は、この大会で実行委員の末席を汚させていただいたばかりか、報告の機会まで与えていただき、大変勉強になりました。報告を担当され先生方や、コメンテーターとして遠方からお出で下さった先生方と親交を深めることが出来たことは、今後の大きな財産になることと思います。
 大会の企画・運営にあたられた実行委員会の先生方、とりわけ中心になって獅子奮迅の活躍された仁木宏先生・山田邦和先生に、あつくお礼を申し上げます。
 会場となった花園大学の山田先生は、会場の設営から懇親会・弁当の手配にいたるまで一手にこなされ、そのうえ討論の場では司会者兼発言者の役割は言うに及ばず、記録用ビデオのテープ交換もこなされるなど、まさしく八面六臂の御活躍でした。さすが、もと京都文化博物館の名学芸員!すばらしい力量に感服しました。
 さらに、特筆したいのは院生の鎌田さん・高橋君らをリーダーとする花園大学考古学研究室・山田ゼミ所属の学生さんたちの活躍です。「学生は師の後ろ姿を見て育つ」ことがよくわかります。見ているだけで、うれしくなりました。
 花園大学の考古学研究室からは、おなじみの前川佳代さんや安土城跡の調査・研究で活躍されている坂田孝彦氏など、すぐれた人材が輩出していますが、後輩のみなさんも必ず後に続くであろうことを確信いたしました。花大のみなさん、お疲れ様でした。
 当ゼミメンバーからも、長村君・山本君・尻池さん・山岡さんが参加してくれました。感想は如何?
 なお、会場や懇親会で沢山の方々にお会いできたのも、うれしいことでした。何しろ、こういう学会に遠路をいとわず積極的に参加しようという意志のある若者がこんなに存在する、そのことを確認出来ただけでも幸せでした。
 ゼミ旅行のときにお世話になった隼人町の重久先生もお出でになっていました。
 
 かくして、一件落着。私はこれから、中断していた山積みの仕事に再挑戦いたします。
 ゆえに・・・、史料講読会は、岩田君以下、「優秀な」院生のメンバーにお任せいたしますので、どうぞ宜しく。

 ☆ 来年度の共同研究について
   考古学のメンバーとして大原瞳さんに加わっていただけることになりました。
   情報処理担当として鈴木君・永富さんにも加わっていただきたいのですが、如何でしょうか? 

  >田中さん
 ゼミ旅行打ち上げ会(プラス、山内さんのお誕生日のお祝い)の幹事、御苦労様です。日程が決まりましたら、宜しくお知らせ下さい。

  >有村さん
 御上洛のさいの接待役を山岡瞳さんにお願いいたしました。山岡さんから直接連絡させていただきます。何はともあれ院試の勉強、頑張ってください。

  >松尾先生
 尚古集成館のリニューアル、とても楽しみにしています。地元の方たちの地域理解にも大きな変革をせまるものになると思います。
  
  >鹿児島の皆様
 接近中の台風14号、くれぐれもお気をつけください。

Re: 花園大学で未来に光明を見ました。

平田樹理
No.4074

>野口先生
中世都市研究会お疲れ様でした。
会場で先生にお会いできなかったのですが、諸報告から学ぶことが多々あり、大変勉強になりました。
ありがとうございました。

 今日から神戸大学の古文書合宿に行ってきます。
台風はどうなんでしょうか…。
また史料講読会のときに伺います。
宜しく御願い申し上げます。

諸連絡。

No.4075

 >平田さん  山田君とは会場でお話しする機会がありました。平田さんもちょっと余裕が出来たことと思いますので、史料講読会など、よろしくお願いいたします。共同研究の参加はどうされますか?

 >山岡さん  有村さんとの連絡など、よろしくお願いいたします。佐伯君とも連絡を取ってください。

 >ゼミ旅行参加者および有村さんファンの皆さん  14日の歓迎会、ふるって御参加下さい。

 >大原さん もし時間があれば、10日(旅行打ち上げ)か14日(歓迎会)に御参加下さい。共同研究のメンバーを紹介したいと思います。

 ☆ 中世都市研究会大会の直前ですぐに御紹介できませんでしたが、高橋慎一朗先生から御高著『武家の古都、鎌倉』(山川出版社)、本郷和人先生・本郷恵子先生より本郷和人編『歴史の争点 武士と天皇』(別冊歴史読本)を御恵送いただきました。あつくお礼申し上げます。

お疲れ様でした。

山岡 瞳
No.4076

 中世都市研究会お疲れ様でした。二日間のすべての報告を聞きましたが、その内容の濃さにまだ消化できずにいます。特に最後の討論では、二時間では足りないくらいの議論がなされ、京都を様々な方面から見ることができ、大変勉強になりました。改めて、山田先生をはじめ準備に携わった方々にお礼申し上げます。

>野口先生
 有村さんとは連絡が取れました。この件につきましてはまた書き込みをしたいと思います。

>有村さん
 先日はお忙しい時に突然のメール申し訳ありませんでした。また何かありましたらご連絡ください。院試の勉強頑張ってください。

中世都市研究会に参加して

No.4088

 先日の中世都市研究会に参加させていただきましたが、特に今回の研究会のテーマは自分が生活している「京都」という事もあって大変興味深く聞く事ができ、また勉強になりました。権力・祝祭・流通などいろんな角度・視点から研究されている先生方の発表を聞くにつれて、自分が普段生活している京都が、至極当たり前の事ですが、今も昔もいろんな側面を持ち、それが有機的に関連しあって、一つの「中世都市京都」という「小宇宙」を形成していることに改めて実感させられました。
 
 山田邦和先生の今回の研究会の「総括と論点提示」の発表に関しては、従来自分も疑問に感じていた中世都市論に関する疑問点(都市的な場など)や問題点を、自分のような門外漢でも理解できるように懇切丁寧に説明して下さったことで、頭の中でモヤモヤしていたものがクリアーになりました。
 また山田先生の発表内容の中で特に印象的だったのは、先生が都市を構成する重要な要素として指摘された「情報」に関する点です。都市というのは、単に人口が多くても、それは烏合の衆であって、その時代の権力や政治、経済などに有益な情報を持った人間の集まる場=情報センターという点が都市にとって必要不可欠であるという御指摘は、本当に重要な点であると思いました。
 当時そのような情報という「資本」を活用する階層は様々存在したと考えられますが、特に自分が勉強している「軍事権門の担い手」や「都の治安維持」という役割で捉えられている鎌倉幕府の御家人や非御家人を含めた「中世の武士」が、先生の御指摘する「情報」という点に具体的にどのように関係していたのか、今後そういう視点からも勉強していきたいと思いました。
 
 ただ、従来は都市としては評価されていなかったものが、新たに都市として再評価されているという最近の研究動向に関しては疑問も感じました。そもそも人間の生活する場を「都市」と「村落」という二元論的に区分して説明できるものなのでしょうか?村落にも権力的要素や経済的要素はもちろんあったと考えられますし、各地域社会・共同体の情報センターだった要素は否定できないと思います。その点は、先生の御指摘された「都市の階層性」の問題と関連するかと思いますが、その都市の階層性の枠内に村落はどのように関連するのか、また「中世は都市の時代」という歴史認識の下で、各地域に存在した中世村落の位置づけはどうなるのか、また中世都市の経済基盤である各地の荘園や村落との関係性など、いろいろ考えさせられると同時に、疑問点も感じました。
 
 野口先生の発表にも疑問点を感じましたが、今度ある勉強会の時に直接伺いたいと思います。
 以上長くなりましたが、山田先生をはじめ、花園大学考古学研究室など準備してくださった皆様、本当にありがとうございました。
 

情報処理担当です。

No.4092

みなさんお久しぶりです。
野口先生の書き込みへの返事もできず、毎日バタバタしていましたが、ようやく2学期がスタートできました...。

山本さんの「情報」という単語に、アンテナが反応してしまったので書き込みしようとおもいます。

 中世都市研究会には参加していないので、議論に加わることも微妙な所なのですが
「情報」というものは、お金と同じように「ストックとフロー」の両方に価値が出てくるものだと思います。山本さんの書き込みでは「ストック」=「資本」という視点のみが強調されているように思います。
 山田先生の発表における、「情報センター」の本来の意図はわかりませんが、「フロー」=「流れ」が集中する場所という意味ではないかと僕は感じています。ホットな情報をいかに早く手に入れるか、鮮度が価値になります。

 簡単に大量の情報にアクセスできる場所=都市という事ではないかと思います。「中世の武士」も情報(流れ)をコントロールする側になれたからこそ、いろいろな権力がついてきたのではないでしょうか。


野口先生>
メンバーに加えていただいて、本当にありがとうございます。
来年の仕事環境がどういう状況になるのか未知数ですが、出来る限りお手伝いしたいと思います。

Re: 花園大学で未来に光明を見ました。

No.4093

>野口先生、皆様

 中世都市研究会京都大会(於花園大学)が無事に終了いたしました。些細なミスやアクシデントはありましたが、全体としては「成功」だったといって良いと思います。野口先生、数重ねた準備会から資料集印刷、さらにはご自身の御報告まで、本当にお疲れさまでした。

 私はとにかくバタバタしており、ホスト校としての役割を充分に果たせたかどうかわかりません。その分は、花園大学考古学研究室の学生諸君がよくがんばってフォローしてくれました。まことにありがたいことだと思っています。

 >山本さん、鈴木さん
 私の拙い報告に対するご感想、ありがとうございました。私に与えられたのは「総括と論点整理」というまことにとりとめのないもので、どうしてよいかわからない、というのが本当のところでした。しかし、「あの方の報告はこうで、その方の報告の論点はここで、こちらの先生のお話をまとめるとこうで・・・」ということばかりではこちらも面白くありません。この際、限られた時間の中ではありますが、私の考えている都市論の問題点を赤裸々にぶつけてみよう、というのでああいうことになりました。
 ただ、「都市の階層性」論や、「都市=情報センター」論といった具体性を欠く議論が会場の皆様にどれだけ受け入れられるのか、我ながらかなり危惧しておりました。しかし、山本さんの御感想によると、私の論点もそれなりのインパクトを持って受け止められたようで、ホッと安心しております。ありがとうございました。

 「都市=情報センター」は、私の創称ではなく、梅棹忠夫先生が唱えられた議論です(梅棹先生が「情報産業」という言葉の創始者であることはよく知られています)。私は、それを発展させて具体的な都市論の中に組み込みたいと思っています。「都市=情報センター」論からいうと、従来の都市の条件とされてきた○高密度・多量の人口、○工業、○商業・交通、○軍事・防衛、○政治・権力、○自治・自由、○モニュメント・中核施設、○非農業的生産、○フル=タイム=スペシャリスト、などの諸要素は、いずれも広い意味での「情報」に包含されるものであると考えています。
 さらに、「都市=情報センター」論からいうと、○人間のいない都市、○農業をいっぱいやっている都市、○商工業をやらない都市、などというものも充分に成立します。逆説と受け止められるかとは思いますが、私は真面目にこうしたことを考えています。

 この議論、もうちょっと深化させて、また皆様にじっくりと聞いて頂きたいと考えています。よろしくお願いします。

「白くまツアー」打ち上げの日程について

No.4062

「白くまツアー」の打ち上げを、9月に開きたいと思います。
旅行及び打ち上げの幹事の都合により、週末に限定させて頂きます。
つきましては、上のアドレスに
9/10、17、18のうちで、希望の日をお聞かせ下さい。
また、毎度の事ですが旅行参加者には限りません。
「土産話を聞かせろ~!」とか、「行きたかったのに~!」という人は、メールをいただければと思います。
お返事の〆切は今週末の9/3とさせて頂きますので、宜しくお願いします。

共同研究の打ち合わせの日程について。

No.4064

 >ゼミメンバー諸姉兄
 先般、来年度から、当方の研究所に研究助成を申請し、共同研究をしようという提案を行い、テーマについて意見を求めたところ、大枠のテーマとして「摂関~院政期の宇治」が大方の賛同を得ました。

 当ゼミメンバーには、すでに大学院に進学した人も多く、また研究所のゼミとしての使命を文字通り実行するために、本格的な体制をくんで研究を進めようと考えるに至りました。
 テーマには、歴史・文学・考古からアプローチを加えます。すでに歴史・国文のメンバーは精鋭が揃いましたが(これまでゼミメンバーでなかった方からも参加希望があり、喜んで加わっていただくことにしました)、ほかに考古と情報処理の担当を依頼したいと思っています。もちろん、正式に協力員として登録しないメンバー(学部生も含む)も、研究活動には積極的に参加していただきたいと思っています(なお、来年度以降も史料講読会など学部生を中心にした活動も継続する方針です)。
 来年度は2か月に一度くらいずつ、研究報告会や見学会などを開き(そうなると、これまで開催していた例会のうち、何回かに一度はこの共同研究の研究会ないし報告会ということになります)、成果の発表については、各自の個別のテーマに即して15~20枚程度を執筆して頂き、それを共著論文の形にまとめて研究所の紀要に発表するという方法をとりたいと思っています。なお、個別の論文または研究ノートをゼミの機関誌『紫苑』に独自に発表することも歓迎します。 

 ・・・ということで、9月末までに来年度の計画を策定する必要がありますので、共同研究に参加するメンバーに9月中に一度集まってもらって打ち合わせをしたいと考えています。ここに示した方針は、あくまでも試案であり、実際の方針は研究に参加してくれる方たちに委ねたいと思いますので、その辺りについてもいろいろ考えておいて頂ければありがたいと思います。
 私としては「白くまツアー」の打ち上げが9/10、17の土曜に設定されたならば、その開始前に研究室に集まって頂いて打ち合わせができれば好都合と考えています。そのあたりのことも、ご勘案の上、ゼミ旅行の打ち上げの日程を決めていただければ幸いです。
 なお、目下猛烈に忙しいので、9月5日以後になってしまうと思いますが、共同研究への参加を表明されている方々には、あらためて直接連絡を差し上げたいと思っています。

「白くまツアー」打ち上げの日程、〆切迫る!!

No.4066

まだお返事を頂いていない方がおられます。
思いつく限りでは、岩田くん、山内さん、大内さん、山本さんは至急ご連絡を。

Re: 「白くまツアー」打ち上げの日程について

岩田慎平
No.4067

岩田ですが、9/10希望です。

岩田くんへ

No.4068

お早いお返事、ありがとうございました。

では田中さんへ

岩田慎平
No.4069

こちらこそ、遅滞してすみませんでした。

待望!の近藤好和『源義経』ついに刊行。

No.4055

 近藤先生の『源義経 後代の佳名を貽す者か』(ミネルヴァ日本評伝選)が刊行されました。近藤先生御自身も標榜されるように、まさしく弁慶の書いた義経伝です。従来の義経伝には全く欠落していた「身体能力や戦士といった側面からのアプローチ」が本書の真骨頂で、これから義経やこの時代の合戦を考える際の基本文献として重用されることと思います。まだ、ざっと通覧しただけですが、なにしろな新鮮な内容です。驚いたのは127頁の写真で、これによって騎馬で断崖絶壁を降り下ることが可能であることがはっきり分かりました。
 武士論ないし軍記研究者には必備の本です。
 「あとがき」に取材旅行に同行してくれた「関西方面の大学院生諸君」のことが記されていますが、当ゼミメンバーも含まれていることについては、心当たりの方も多いことでしょう。
 いずれにしても、巷間にあふれている義経本とはまったく異なる視角から書かれたこの本は、おそらくマスコミからも相当注目され、ベストセラーに名を連ねることと思います(眼力のある、新聞の読書欄の書評担当者はすぐに飛びつくはずです)。
 なお、近藤先生ファンには宝物となるであろう著者近影(カラー)つき。定価(本体2200円+税)。

 御多忙の中、確実に上梓された近藤先生に敬意を表するとともに、本書の御恵送にあつくお礼を申し上げる次第です。
 
 ※ 元木先生や前川さんからのコメントを楽しみにしています。

Re: 待望!の近藤好和『源義経』ついに刊行。

美川圭
No.4057

私も、ほんの5分ほど前に、近藤先生からご恵送いただいた『源義経』を手にしたところです。

近藤先生、ありがとうございました。

それにしても、巻末の御近影の迫力たるや。
監修委員の上横手先生が、編集会議の席上、
「弁慶みたいな男が義経を書く」と述べられたというエピソードが、
あとがきにありますが、まさに「今弁慶」であります。

ゆっくり読ませていただくことにいたします。

ついに出ちゃいました。

No.4060

野口先生・美川先生、この掲示板ではお久しぶりです。

それにしても、素早い書き込み、ありがとうございます。また、野口先生には、過分のお言葉をいただき、誠に恐縮です。「弁慶が書いた義経」というフレーズはけっこう気に入っていますし、また、「スポーツ選手が書いた義経」ともいえるでしょう。その点で、身体能力や戦士能力からの義経の考察という面では、あるいは新味が出せたかもしれません。しかし、その他は、政治史の問題をはじめ、研究史の把握も不十分で、あるいは誤りもあるかと思います。今後の指摘や批判に恐々としています。もっとも批判されるということはありがたいことなのですが。野口先生や美川先生も、忌憚ないご批評をよろしくお願いします。

ところで、野口先生が仰るように、取材旅行に同行してくれた関西方面の大学院生には、ここの関係者が何人かいますよ。

また、著者近影は、なるべく恐いという印象を与えないように、あえてポロシャツの写真にしたのですが、もとがもとですからねえ。それに、髪型をソフトモヒカンというのにしていますから、かえって怒髪天を衝くになっちゃいました。それにしても、首のシワがみっともないですねえ。

でかい誤植発見!

No.4063

拙著の副題、「後代の佳名を貽す者か」とすべきところ、「後代の佳名を胎す者か」となっています。カバーにデカデカと印刷されていますから、文字通りのでかい誤植となってしまいました。現在、急遽、カバーを刷り直すなどの処置を施しています。一般配本はまだだったようで、不幸中の幸いでした。献本させていただいた先生方には、近々に、新しいカバーをお送りするそうですので、ご寛恕下さい。なお、本文の該当部分は間違いありません。

鹿児島から

松尾千歳
No.4054

みなさんこんにちは。野口先生からいただいたメールにこのHPが紹介されていましたので拝見いたしました。
野口先生、京都でますますご活躍のご様子。本当に、鹿児島に残っていて欲しかったとつくづく感じました。京都から叱咤激励お願いします。
それから、鹿児島にお越しいただいた皆さん。これを機会に鹿児島の応援団になってください。

松尾先生の御活躍を期待しています。

No.4056

 松尾先生、その節はありがとうござました。詳細な御解説によって薩摩藩にたいする認識をあらためるところが多々ありました。
 また、たくさんの刊行物をいただき、恐縮に存じております。

 鹿児島県は中世から近代に至るまで、島津氏を通して一貫した歴史の流れを辿ることが可能なところで、そのことは研究をすすめるうえで大きな強みだと思います。そしてそれを担い得る研究者は、本来中世が御専門で、近代に至る島津氏関係の史料を収蔵する尚古集成館におられ、その文化財課長という要職にある松尾先生をおいてほかにはないと思います。ますますの御活躍をお願い申しあげる次第です。
 なお、当方のゼミ生に、すぐれた博物館学芸員のお手本として紹介させていただいている寺尾美保先生にもよろしくお伝え下さい。松尾先生・寺尾先生の御上洛、お待ち申し上げております。
 
 それにしても、メンバーの多くが在籍し、私自身も出講させていただいている同志社大学が、京都の薩摩藩邸跡というのも何かの御縁というものでしょうか。

薩摩藩邸の住人(?)です

No.4058

松尾先生、鹿児島ではお世話になりました。
同志社大学大学院、博士後期課程の田中と申します。
15年ほど前に、尚古集成館に行った事があったのですが、なにぶん小学4年生の頃
の事で、まだ授業で日本の歴史に触れる前の事だった為、
「古くて面白いものがいっぱい!」
という感想しか持てませんでした。それが今回は、15年の月日と、松尾先生のご説明で、
とてもとても興味深く見学をする事が出来ました。ありがとうございました。
ぜひ、京都の薩摩藩邸にもお越し下さいませ☆

Re: 鹿児島から

No.4065

松尾先生おひさしぶりです。
3年ほど前、尚古集成館で博物館実習をさせていただきました薗田と申します。
その節はたいへんお世話になりまして、ありがとうございました。
当時は鹿児島大学の四回生でした(あっ、歳がばれちゃう)が、京都のほうで進学・就職しております。
尚古集成館の皆様には、お変わりなくおすごしでしょうか。

かねてより野口先生をはじめとするゼミメンバーの皆さんにはいつもよくしていただいております。
今回の旅行にもお誘い頂いたのですが、仕事の都合で泣く泣く京都に残っておりました。
帰省の際にはぜひまた磯の地を訪れたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

みなさま、「京都人から見た鹿児島」のおみやげ話、ぜひお聞かせ下さいね♪

尚古集成館

松尾千歳
No.4071

薗田さんこんにちは。京都に行かれていたのですね。野口先生も以前鹿児島に居られ、南九州の歴史・文化についてもお詳しいので、よかったですね。しかも、京都の恵まれた環境素晴らしいお仲間とともに学習できてうらやましい限りです。
 さて、尚古集成館本館、ついにリニューアル工事が始まりました。
 前々から思っていたのですが、鹿児島の歴史、特に近代は西郷や大久保らの活躍にあまりにも感心が集まりすぎて、彼らの周りの歴史・文化が鹿児島の歴史・文化と思われてしまっているのではと思っています。つまり下級武士の歴史・文化=鹿児島の歴史・文化だと。
今回のリニューアルでは、少しでもこれを是正したいと思っています。鎖国の時代も、南九州が海外の文物の流入口であったこと、そして異国情緒にあふれ、文化水準・技術水準も高かったこと。薩摩藩という母体がしっかりしていたからこそ、西郷や大久保らが活躍できたということを、理解して頂けるような展示にしたいと思っています。
 10月8日にオープンです。薗田さんもぜひ帰省の際は、いらして下さい。
 それから、鹿児島にお越し下さった方々も、専門とされている時代とは違うものですが、また鹿児島にお越し下さい。そして磯にもお立ち寄り下さい。お待ち申し上げております。