東京下町・歴博・千葉・東大史料ゼミ旅行

No.3310

 そろそろ、ゼミ旅行に参加したメンバーのほとんどが、帰洛されたことと思います。いつもゼミ旅行の幹事さんは、ほんとうに良くやってくれるのですが、今回も、山内さん(後見役・山本君)の活躍は見事なものがありました。
 初日は東博見学の後、浅草・柴又など東京の下町を歩きましたが、小生にとって何よりもうれしかったのは、もう30年も昔、安田元久先生のゼミに参加させていただ時に学習院大学大学院で同学年だった並木優記さんにお目にかかれたことです。並木さんは現在、地下鉄田原町近くの臨済宗金龍寺の御住職。院生の頃は痩身・長髪に最新のファッションで目白の街を闊歩されていたのですが、今は墨染めの法衣に身を包み、なかなかの恰幅のよい優しげなお姿に変身されていました(もっとも、小生とて・・・ですが)。境内にある荷田在満の墓などを御案内いただいた後、本堂で暖かいおもてなしをいただき、また、『学習院史学』に執筆された御高論で御名前を存じ上げていた奥様にもはじめてお目にかかることが出来て、本当に楽しい一時を過ごさせていただきました。
 そのあと、柴又では帝釈天の門前でお団子をほおばり(腹ぺこだった山岡さんが一気に元気を回復したのには驚きました)、寒風ふきすさぶ江戸川べりで国府台古戦場を望見の後、浅草へ。
 仲見世の面白いお土産品を覗きながら、地元の人も顔負けの野口君による名ガイドを聴きながら浅草寺・浅草神社を参詣の後、雷門で待ち合わせて懇親会。御結婚の後、東京にお住まいの八木(現姓・山下)さんや当ゼミ顧問・NHK出版の石浜哲士さんも加わって楽しいひとときを過ごしました。銚子直送の鰯はさすがの味でした。
 二日目は、佐倉の歴博(ここで小生の前任大学のゼミ生、山田敬子さんが合流。また、レストランで高橋一樹先生にお声をかけていただき、ゼミメンバーを紹介できたのは幸運でした)、千葉を見学の後、下総中山駅で佐伯真一先生のお迎えをいただき、御一緒に中山法華経寺・奥の院を見学しました。この寺は『源平闘諍録』を生んだ千葉氏の一流と関係が深く『平家物語』研究の大家である佐伯先生と同じ場に立つことが出来たことに何かの因縁を感じました。それから、また上野で懇親会。その晩は、東京在住のゼミ生の研究仲間が訪ねてくださって遅くまで盛況でした。
 三日目は、池之端のホテルから東大まで歩きましたが、東大構内が工事中のために道に迷い、あわや遅刻と心配しましたが、なんとか10時前に史料編纂所に到着。保立道久先生・高橋慎一朗先生にはまるまる午前中、史料編纂所についての御説明や諸施設の御案内をいただきました。とくに保立先生には、わざわざ資料まで御用意していただいて、本当にありがとうございました。また、お仕事中で恐縮でしたが、久しぶりの山田邦明先生にお目にかかることが出来、さらに保立先生から古文書室の先生方を御紹介いただいたことも嬉しいことでした。
 古文書室にはちょうど百瀬今朝雄先生がお出でになっておられました。学生時代、小生の師である貫達人先生から「史料」に行ったら百瀬先生をお訪ねするように言われていたのですが、それをようやく果たすことが出来、感慨一入でした。
 史料編纂所の入口で記念写真を撮影していたところで、ここで研究をされているゼミ生にもお馴染みの若い研究者の方たちにお目にかかれたり、昼食を学士会館でとることが出来たのも幸いでした。それから鎌倉に行きましたが、さすがに頼朝より長生きしている小生は頼朝の法華堂跡あたりでガックリと疲れ、北条義時法華堂跡まで御案内して、解散ということにさせていただきました。
 
 田中さんからの御提案、門屋君からの御希望もありましたし、参加者(現地で参加された方も)それぞれの御感想を頂ければ幸いであります。

 ☆ そんなわけで、『義経』2月27日放送分は視聴いたしておりませんので、何とも申し上げられません。

 >佐伯真一先生  京都新聞へのコメント、ありがとうございました。小生もまったく同意見です。また、27日、御一緒下さいまして、とても充実したときを過ごすことが出来ました。「無事旅行中」の書き込みにも御礼を申し上げます。なお、例の入試問題は回答にたいへん迷いました。変な気持ちです。

 >戸田靖久様  御案内ありがとうございました。貴会にはこちらのゼミ生が御世話になっておりますが、関学の院生にも武士論専攻の方が多いようなので、当方の例会などにもぜひお出かけ下さるようにお勧め下さい。

 >源健一郎先生 お久しぶりです。今度の平家物語研究会での報告は順序が逆のようで申し訳ないのですが、紀要18号に書いたものの話です。よろしく、御批判下さいますよう、お願い申し上げます。
 4月は23日に平家物語研究会、24日に軍記・語り物研究会がありますので、両方に出席させいていただきたいと考えております。
 田中さん・門屋君は、学部以来の当ゼミ生としてはじめて、ついに完全に学問・研究の世界に踏み込みました。ますますの御教導、よろしくお願い申し上げます。

 >石浜さん NHKブックス3冊拝受いたしました。また、『女性自身』情報をありがとうございました。
 
 ※ どなたか研究室にご用のある方にお願いですが、近藤好和先生の載っている『女性自身』持ってきて見せてください。さすがに買う勇気がありませんので。

 >鈴木君  3月1日がお誕生日だったのですね。おめでとうございます。貴兄のようなしっかりした人物が僅か22歳というところが、人間社会の面白いところだと思います。4月から同志社での御活躍を楽しみにしています。

ゼミ旅行

No.3313

昨日の朝、夜行バスで京都へ帰って参りました。
幹事の山内さん、山本さん楽しい旅行をどうもありがとうございました。
「不安だ」と言っていた割にてきぱきと予定を進める山内さんをみて頼もしいなと感じましたよ♪「プリンセス」あらため「御台様」の襲名も完了したことですし、これから代表としてぐいぐいゼミを引っ張っていってほしいとおもいます。

京都へ到着し、数時間鈴木家で仮眠をとったあと昼から教習所へ行き車を走らせていたため帰宅した時にはもうふらふらで、とても掲示板に書き込む気力が残っていなかったためレポートが遅くなりすみません。
今からまた教習所へ行かねばならず、時間がないため詳しいレポートはまた帰ってきてから書かせていただくことにします。

22歳☆

No.3316

みなさま>
 ゼミ旅行中で、誕生日を祝ってもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。
 3月1日と言うと、卒業式ラッシュの日でもあり、高校の時などは、ほとんど忘れられてしまう日になってしまい、また大学でも春休み突入のために、人に会うことすらありませんでした。それだけにとてもうれしく思いました。
 22歳になりました、特に変わったという自覚は無いのですが、4月からの勤務先から続々と書類が送られてくるようになり、学生生活もこれで終わるんだと、再確認させられています。着る服もいろいろと揃えないとだめなので、お買い物リストをそろそろ作ろうかなと考えています。

 ゼミ旅行では、「途中参加、途中退場」となり、幹事の山内さんにはいろいろと面倒をかけてしまいました。でも、短い時間でしたが、楽しい旅行になりました。↑で永富が書いてますが、行程のダンドリや、メンバーの引率をする姿は、「さすがだな」と感じました。ゼミの今後は安心だと僕は思います。

 僕のゼミ旅行レポートですが☆
 3日目の東大史料編纂所での、画像データベースのサーバ群を見せてもらって、一応専門である僕としてはちょっと背伸びしてしまいました☆
 歴史的な史料の保存について、まだまだ世の中の理解が少ないのではないかと見学して思いました。
 アクシデントに備えて、同じ設備を複数の拠点に設置して共有したり(例えば、京大←→東大間で常時バックアップなど)、史料の電子化についての技術的なノウハウの蓄積が早急に必要だと感じました。予算のつきやすい分野・つきにくい分野と違いはあるでしょうが、史料編纂所のような部署にも地球シミュレータ(http://www.es.jamstec.go.jp/)並の予算があれば、もっともっと研究が進んでいくのではないかと思います。
 史料編纂所では、さまざまなメディアの特性を生かして情報を蓄積されていて、また誰でもが自由にアクセスできるような環境を準備されているその姿勢に、とても共感を覚えました。インターネットを利用した公開は、小中高での総合学習など、研究者以外にも有益な活動だと思います。4月から情報科の教員になりますが、本当の意味での「情報」という点を考えさせられた見学でした。保立先生・高橋先生ありがとうございました。
 
 東大の後、ゼミのみなさんとお別れした、お台場に向かいました。念願の「日本科学未来館」へ行くことが出来ました。展示内容については、僕が解説できるくらいによく知っているものばかりですが、やはり本物を見ることが出来る、触れるという事で、見学している小学生と一緒にはしゃいでいました。
 服のお店のように、ボランティア解説員にべったりと説明されるのが(僕としては)不満だったのと、TRONで有名な坂村先生が関わっているであろうユビキタスの展示は、くどすぎて見て回るのが大変でした。(坂村先生が書かれた、情報科の教科書もくどいです!!)
 宇宙技術・バイテク・情報技術・運輸エネルギーと、スポンサーの違いにより、テーマに応じての展示がばらばらなのが残念でしたが、逆に企業のショールーム並に一つ一つではレベルの高く、普段は映像などで説明される内容が、模型や実験で理解できる場所として、必要な施設だと思いました。

 日本科学未来館の話が多くなってしまいました(^_^;すいません

Re: 東京下町・歴博・千葉・東大史料ゼミ旅行

No.3318

ゼミ旅行お疲れ様でした。
私はついさっき京都に戻ってきました。
幹事の山内さん、「私には無理!」とかいいながらしっかりと幹事をこなせていたと思います。本当にお疲れ様でした。紫苑もあと少しです。山内さんの頑張りを見習って、いい物にしたいと思います!!また、体調が万全ではなかったにもかかわらず、山内さんの補佐に徹した山本さん、お疲れ様です。改めて、お二人にお礼を言いたいと思います。

>野口先生
 東京国立博物館で時間いっぱい見学してしまったため、お昼ご飯を食べることができなかった私にとって、柴又でのお団子は本当に美味しかったです!!

>鈴木さん
 少し遅れましたが、お誕生日おめでとうございます。

女性自身

No.3319

野口先生>いやー、わざわざ御覧頂くまでもありません。

薗田さん>それは、ナイナイの岡村の顔を見てたんじゃあないんですか?

それにしても、カメラマンに「顔が恐い」と言われてしまいました。

できるだけくだらない報告

No.3320

 >永富さん、鈴木くん おかえりなさい。お台場から観覧車やコーヒーゼリーやらの画像を送ってくれてありがとう。
 >門屋くん 採点作業おつかれさまです。きちんとした旅行記はみなさんが書いてくれると思うので、僕はできるだけくだらないことを書きます(「くだらなさ」こそが必要だ!)。

 僕は土曜日の夜からの途中参加でした。京都駅の伊勢丹で、閉店間際の割引のお弁当を手に入れてから新幹線に乗り込みました。格安チケット屋で切符を買ったんですが、土曜の夜ということもあって指定席券しか手に入らず、因って普通に乗車券+自由席券を買うのとあんまり変わらない値段になってしまいました。やはり何事も早めに手を打っておくのが肝要なのでしょうか。
 到着は23:00を越えてしまったため、浅草での宴はもちろんのこと、宿舎の温泉にも入れず(翌朝無駄に早起きして浸かりました)。上野駅前のス●バは23:00で閉店するんですね。まだけっこう賑わっていたのに。浅草の宴で出された鰯が美味しかったと聞いて、うらやましいです。入院以来、肉よりも魚が好きなのです。
 日曜日は佐倉の歴博を見学。いいお天気でしたね。歴博ははじめてで、まずは一通り流して見てみようと思っていたのですが、最後まで流しきる前に体力が尽き、古代カレーに辿り着きました。古代カレーを頬張る間、頭の中には「五穀豊穣」のテロップが流れ続けました。
 印象に残ったのは、ビンザサラ(http://www.suc.com/info/binzasara/binza.htm)のレプリカと、丹波国大山庄の地形を立体的に見せてくださる展示。そこだけで各々五分くらい立ち止まってしまったでしょうか。ビンザサラは一度鳴らしてみたいと思っていたものでした。大山庄の地形の展示といい、千葉の車窓から見える何処までも続く平野といい、どうも地形を眺めるのが好きです。関東平野は、山が近い京都にはない景色ですね。
 中山法華経寺のある千葉県市川市は、従兄弟家族が住む町です。しかし今回が三度目の訪問でした。ほとんど初めてと変わりません。狭い門前道(沿道のおでんを立ち食いしたかったです)を抜けた先に広がる、巨大なお堂と広い境内がとても印象的でした。長村くん、『こころ』で先生とKが訪ねたのは誕生寺でした。すいません。
 その晩は、野口先生、平田さん、鈴木くんのお誕生日をお祝いできましたね。みんなで集まるときに、こんな祝い事が重なるのは本当に嬉しいことです。僕は地味に電気ブランを初体験しました。「びりびりする」というベタな感想を述べてしまいました。
 月曜日の午前中は東大史料編纂所を見学させていただきました。素敵な経験でしたね。史料を前にして発情している方や、書庫内でなぜか波田陽区(http://www.ymzoo.com/movie/archives/cat_gcz_cim.html)のモノマネをしている方がいるなど、怒濤の約二時間でありました。史料編纂所のみなさん、ありがとうございます。
 午後は鎌倉に向かいました。お台場に向かった鈴木くんからは観覧車の画像をいただきましたが、肝心なところその観覧車には乗ったんでしょうか。
 この一年みんなで吾妻鏡を読んできたのですが、その現場をみんなで歩いて回ることができたのが嬉しかったですね。吾妻鏡だけではないですが、今回見てきたこと、歩いてきたことを、また次の勉強に活かしたいと思います。紫芋アイスは食べ損ねましたが(ちょっと寒かったので)、鯵の押し寿司はとても美味しかったです。浅草の鰯の仇を、鎌倉の鯵でとりました(押し寿司は田中さんからのお裾分けだったのですが)。
 その後東京に戻り、お土産(「学問のすゝめ」)を手に入れて、帰路に就きました。なおこの「学問のすゝめ」は通販もしてくれるそうなので、興味のある方はHPをごらんください(http://www.bunsendo-hompo.com/frame/mascomi.html)。餡がとてもおいしかったです。
 帰りも新幹線だったのですが、お弁当も忘れずに手に入れてから乗り込みました。新幹線に乗る楽しみ(?)の四割ほどはお弁当だと思います。
 そういうふうに帰洛しましたが、今回のゼミ旅行を消化するにはもう少し時間が掛かりそうです。充実した三日間でした。

 >壁紙が雛祭りに変わっていますね。すばらしい。

おかえりなさいませ

鍜治 利雄
No.3321

≫ゼミ旅行に行かれた皆様
楽しい旅行で何よりです♪
お疲れでしょうから、2,3日休まれてはいかがでしょうか?
またよろしければ土産話お聞かせ下さい!

≫鈴木 潤さん
お誕生日おめでとうございます (*_ _)
早生まれで22歳って事は、高校までは同学年だったのですね!
よろしれば今度世代トークでもw

御礼→インフルエンザにご注意

佐伯真一
No.3322

 ゼミ旅行ご一行の皆様、先日は有り難うございました。
 お名前は存じ上げていますが、お顔は初めて拝見、という方が多く、「OFF会」というのはこういうものなのかもしれない、等と思ったりして…。
 ところで、私、あの翌日からダウンしてしまいまして、医者に行ったら、現在各地で猛威をふるっているインフルエンザB型であるとのことでした。あの晩、既に少し咳が出ていましたので、ことによるとウィルスをばらまいた恐れもないではありません。もし、そうだとすると、誠に申し訳ありませんが、野口先生はじめ、私の周りにいた方で、その後、調子が悪いという方は、お早めに診断を。

ありがとうございました。

No.3325

 皆様お疲れ様でした。掲示板の書き込みが遅れてしまいスイマセン。今回は初めての幹事職(正確には幹事補佐)とあっていろいろな不備な点があり、多くの御迷惑などを野口先生をはじめ、参加してくださったゼミメンバーの方々におかけしたと思います。また今回は従来のゼミ旅行とは違い、いろいろな方々と現地の東京で参加していただきました。浅草では、NHK出版社の石浜さん、中山法華経寺では佐伯先生、また2001年度の野口ゼミに在籍されていた八木さん、聖徳大学での野口先生の教え子である山田さんなど、また浅草では安田元久先生の研究会で野口先生の同期でいらっしゃった金龍寺の並木さんの所にもお邪魔させていただきました。また東大史料編纂所では保立道久先生・高橋慎一朗先生に案内していただきました。幹事としてちゃんと応対できたか甚だ不安ですが、本当に多くの方々に参加・協力していただきました。この場を借りて厚くお礼を申し上げたいと思います。
 自分と幹事である山内さんは本隊として全日程にいましたが、自分は一日目は念願(?)の「将門塚」に行きました。「将門塚」は、高層ビルが生茂る中でポッコリと穴の空いた不思議な空間でした。「新皇」を称して討伐された将門の首塚が、かつてのその反逆の相手であった天皇の子孫である現天皇の皇居付近にあるのは、何か因縁めいたものを感じましたし、未だにその存在(新皇かどうかは別として)を主張しているように感じました。
 また午前から午後にかけてはリニューアルオープンした東京国立博物館に行きました。特に教科書や高校日本史の「武士の生活」でよく出てくる『男衾三郎絵巻』が面白かったです。山岡さんと山内さんが、「あの絵巻には外人がでてくる(山岡さん・山内さん曰く「ファースト・サムライ」)」と言っていたので、よく見てみると、盗賊と思われる中に確かに外人らと思われ、鼻が高く、金髪(?)らしき自分が描いてありました。そう見えなくもありませんでしたが、果たしてどうなのでしょうか?そして午後から浅草の金龍寺にお邪魔させていただいて、いろいろと並木さんや野口先生の学生時代のお話をお聞きしました。特に印象深かったのは、昔の学生は有名な先生の居る大学に潜っていたお話です。土田直鎮や石母田正など自分の世代では伝説の先生方の名前が次々と出てきてびっくりいたしました。
 二日目に行った歴博と千葉郷市立郷土博物館では、千葉氏の歴史と共に野口先生の歴史も勉強(?)することができ、そして念願の「千葉常胤騎馬銅像」にもお会いできました。そして三日目の東大史料編纂所では、保立道久先生と高橋慎一朗先生に案内していただきました。史料編纂所の書庫はまさに圧巻でした。箱に『選択本願念仏集』と書いてあるものや、その他書き出すと限が無いぐらいビックリするものがありました(もちろん『紫苑』も)。当たり前のことですが、あのような書庫の中に居るともっと貪欲に知識を吸収して勉強しなければと思わざる得なくなりました。また昼食時には、高橋先生からいろいろとお話をお聞きできました。
 今回はいろいろスケジュールや連絡の点などでいろいろ不備な点があっていろいろな方々にご協力していただきました。特に鎌倉では、時間があまり無かったのと無理なスケジュールになり、瑞泉寺や勝長寿院などが見れなくなってしまい、参加していただいた皆様に御迷惑をお掛けしました。従来のゼミ旅行とは違い、いろいろな方々にお会いでき、お話することで交流を図るということが、今回のゼミ旅行の主要なテーマの一つでした。皆さんはもちろんのこと、自分にとっても掛け替えの無い貴重な時間を過ごさせていただきました。本当にありがとうございました。

お見舞い申し上げます。付、入試問題

No.3326

 佐伯先生、その後、御体調はいかがでしょうか。お疲れの所、上野までお付き合いいただいたことで、抵抗力を弱めてしまったのかも知れず、申し訳ありません。
 病原菌=「疫神」は西からというのが通り相場でありますので、おそらく当ゼミメンバーは既に免疫力を獲得しているはずです。危ないのは関東で参加された方々なのですが、案の定、山田敬子さんは一昨日38度の発熱の由です。
 今年のインフルエンザは、「酒呑童子(疫神の化現)の会」を主宰されている元木泰雄先生をも40度の高熱で苛むほどの威力がありますから、くれぐれもお気をつけください。そういえば、山田邦和先生も体調を崩しておられるとのことで、お見舞い申し上げます。
 
 ところで、山田邦和先生にこのことをお知らせすれば、すこしは面白がって気分を良くされるのではないかと思うのですが、じつは佐伯先生にお教えいただいた、今年の青山学院大学国際経済学部入試問題「国語」の拙著『武家の棟梁の条件』(あとがき)よりの出題文には、山田先生の御著書(保育社カラーブックス『京都』)からの引用部分が含まれており、そこからの出題もあったのです。
 ともあれ、佐伯先生、山田敬子さん、山田邦和先生のご快復を祈念申し上げます。健康はすべてに優先することです。

 >山本君  おつかれさまでした。「人に歴史あり」風にいえば、小生がはじめて「歴史」を意識したのが、あの千葉の空間でした。今はだいぶ変わってしまいましたが。
 なお、幹事さんご本人からのコメントも、ぜひ宜しく。福山で自動車教習中の尻池さんも・・・。

Re: 東京下町・歴博・千葉・東大史料ゼミ旅行

平田樹理
No.3328

 皆様、ゼミ旅行お疲れ様でした。
山内さんと一泊して夜行バスで帰ったので、昨日の朝に京都に着きました。
眠れないかもと思いましたが、ぐっすり(ぐったり)と休むことができてよかったです。
 今回の旅行では、保立・高橋両先生方に東大史料編纂所の内部をご案内いただけたこと、歴民博を回れたこと、野口先生の解説つきで千葉市立郷土博物館を見学できたことなど、本当にたくさんの貴重な体験をさせていただきました。ありがとうございました。

幹事の山内さん、補佐役山本さん>本当にお疲れ様でした。いろいろありがとうございました。この場をお借りして、御礼申し上げます。

『紫苑』一号収載の高木論文について

No.3305

突然の投稿,失礼お詫び至します。
私は阪本敏行と申します。現在,日本史研究会・和歌山地方史研究会等に加入し,地方史誌・自治体誌を中心に「熊野別当」に関する多くの論文を10年以上前から書き続けています。
偶然,『紫苑』一号をインターネットで読む機会があり,早速,「熊野別当」のタイトルにひかれて高木論文を読ませていただきました。しかし,内容(失礼ながら学生としては標準以上の評価を与えてもよいと思います)はともかくとして,あまりにも古い文献に頼り切った記載内容(それゆえ事実認識に間違いが多くあります)にガッカリしました。
二年前の,しかも学生さんの論文なので,いまさらここで取り上げることが適切かどうか,疑問点はありますが,熊野別当家の家族問題(湛快・湛快と「たつたはらの女房」の関係)について五来重氏の机上で作り上げられた見解を無批判に踏襲されていること,しかもこの時点で熊野別当や熊野別当家に関する研究が和歌山県を中心にしてかなり進展していたのに,あまり進展が見られないという認識に立っていることに違和感を持ち,一言申し上げておこうと思いました。
もし高木さんへの連絡が可能であれば,しかるべくお取り計らいください。メールアドレスを明記しておきますので,もしご返事を頂けるようでしたら,そこへお願いします。
突然の投稿,失礼しました。

訂正

No.3308

9行の(湛快・湛快と「たつたはらの女房」の関係)→(湛快・湛増と「たつたはらの女房」の関係)に訂正します。申し訳ありません。


訂正

No.3309

またまた訂正です。肝心のメールアドレスが,一字間違っていました。掲示板上で訂正します。
toshi.saka@topaz.ocn.ne.jp

ありがとうございます

No.3312

阪本様
 はじめまして。「紫苑」第一号の編集に携わっておりました京都女子大4回の永富と申します。掲載論文に関してのご指摘ありがとうございます。

「紫苑」はもともとゼミの活動の一環として何か形に残るものを作ろうということで、学生によって原稿執筆から編集、発行までを行っている雑誌です。学生にとっては、普段の講義で出されたレポート以外ではなかなか原稿を「書く」という機会はなく、論文というと大げさだったかもしれません。(モチベーションを高めるために「論文」という形にしました)
 また引用している文献なども最新の研究をふまえたものではなく、王道的なものに頼っている部分も多くあります。私も高木さんも当時2回生で、今振り返ると未熟な面が目に付くのも事実です。
 高木さんにはこちらから坂本様のご指摘の件をお伝えします。また、今後もご指摘・ご批判等がありましたら、掲示板上へ書き込みしていただけるとうれしく思います。

 第一号を発行した当初は正直ここまで多くの研究者の方々に読んでいただける雑誌になるとは思ってもみませんでしたのでとても驚くと同時に幸せなことだと思っております。
 また今月は第三号も出るので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。


※あと訂正は新たなスレッドを立てなくとも、あらかじめ書き込み時に英数字八文字以内でパスワードを設定すると、BBS一番下から行うことが出来ます。ぜひご活用ください。
(今回書き込んでいただいた訂正は最初の親スレッドの下へ移動させていただきました。ご了承ください。)

研究会のご案内

No.3299

 はじめまして。私は関西学院大学院生の戸田靖久と申します。いつも楽しく掲示板を読ませて頂き、いつか投稿したいものだなぁと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれずにおりました。ですが今回ようやく投稿するネタができましたので、それに便乗して登場させて頂きます。

 といいますのも、私が世話人を務めております「東アジア恠異学会」の第38回定例研究会を、この度東京の國學院大学で開催する事になりました。そして今回は「シンポジウム 亀卜―未来を語る〈技〉―」と題しまして、亀卜に関する発表を数人の方に担当して頂き、その後でシンポジウムを行う予定です。

 ただ「学際」を「諸学問の際(キワ)」と読みかえ、そして「キワモノ」を積極的に自称する恠異学会(笑)としては、今回亀の生態学や解剖学に詳しい島田尚幸さん(名古屋大学院生)を発表者に迎え、「動物学」の知見を亀卜研究への新たな視点として導入したいと考えてます。

 さらに今回は横山孫次郎が著した『対馬亀卜談』に基づく亀の灼骨実験を公開で行います。国際的な保護条約や動物愛護の観点から、このような実験はこれまで極めて困難でした。しかし、この度は各方面からの承認・許諾を頂きまして、ここに公開実験を行う運びとなりました。これにより亀卜に関する技術の理解に、大変有意義なデータが得られるものと考えています。むろん我々がこの為にどこかで亀を捕ってきたというわけではありませんのでご安心ください(^^;)そしてもちろん「ははか」の枝も使いますし、島田さんにお願いしてマチも彫って頂く予定です。ただ切れ目で占う事はちょっと無理かもしれません。
 このような実験はこれ以後何度も行われる事は恐らくないでしょうから、この掲示板をご覧になっている方で興味のある人は是非ご参加ください。

日時:2005年3月29日(火)10:00~17:00〈予定〉
場所:国学院大学120周年記念2号館2104教室〈予定〉
発表者:
大江篤氏(園田学院女子大学・日本古代史)
島田尚幸氏(名古屋大学大学院・動物管理学)
藤井弘章氏(國學院大学日本文化研究所・民俗学)
浅原達郎氏(京都大学人文科学研究所・中国学)  〈発表順・予定〉

 また詳しいタイムスケジュールや開催要項は、東アジア恠異学会のHPで公開しますし、よろしければこちらの掲示板にも書き込ませていただきます。
 時期が時期だけに日程の調整が難しいとは存じますが、みなさまお誘い合わせの上何卒ご参加くださいますようお願い致します。(なお現時点で参加を希望される方は、恠異学会のメアド⇒kaiigakkai@hotmail.comまでご一報くだされば幸いです)

戸田さんと私

No.3300

 戸田さん、いらっしゃいませ。恠異学会のご宣伝ありがとうございます。

 戸田さんは関西学院での岩田の先輩で、更に遡って京都教育大でも先輩―後輩でありました。
 学部生当時より、東アジアを股にかけた博識で聞こえ、現在は〈東アジア恠異学会〉の世話人として縦横無尽(孤軍奮闘)のご活躍をなさっております。

 恠異学会の初期の業績は一昨年発売の『怪異学の技法』(臨川書店)に収められ、昨年末には大会シンポジウムも開催されるなど、その野心的な成果を順次世に問うてこられています。

訂正

No.3304

いきなり訂正で申し訳ありません。
発表者の大江篤氏の所属は「園田学園女子大学」です。

>岩田くん
過分の紹介痛み入ります。まさに孤軍奮闘ですね。こちらの掲示板も京教大の方が管理されているとの事、いやはやもって頼もしい限りです(笑)

あ、ちなみに私も根っからの「トレッキー」であり、かつ「SWファン」でもあります。この両者は通常、作品論の違いから相容れない場合が多いのですが(トレッキーはSW嫌い、SWファンはスタートレック嫌い)、私は節操がないのでしょうか(笑)
いやいや、余計なことを。

お待ちしておりました♪

No.3311

戸田さん
こんにちは。掲示板へのご登場お待ちしておりました(笑)
怪異学会例会のご案内を毎回いただいておりながらも参加できておらず申し訳ございません。また卒論の締め切り前など暖かい励ましのメッセージもいただきましてとても感謝しております。ありがとうございます。

これから怪異学会の宣伝はもちろん、スタートレックやSWネタでもどんどん掲示板へ参加してくださいね♪(これは本当に宗文研SF同好会が発足しそうですね☆笑)

ゼミ旅行お疲れさまでした

No.3296

 今朝夜行バスで帰ってきたメンバーの到着で、各々のゼミ旅行は終了でしょうか?
毎度の事ながら、今回も本当に盛りだくさんな内容でした。人の出入りも多かったし、
幹事さんも大変だった事と思いますが、とても充実したゼミ旅行だったのではないでしょうか。
 私個人は初日の浅草・柴又コースには参加せず、二日目の佐倉・千葉・中山法華経寺と三日目の東大史料編纂所・鎌倉への参加でした。二日目の見学では、佐倉の歴博も「大人のおもちゃ箱」といった感じでとても面白かったのですが、千葉・中山法華経寺と実際に下総国で千葉氏関連の場所に触れることで、夏のゼミ旅行で勉強した肥前千葉氏と一気に繋がっていく爽快感がありました。中山法華経寺の奥の院(冨木常忍邸宅跡)で日蓮遺文紙背文書の話をしていた翌朝に、史料編纂所でその写真版を見せて頂く嬉しい出来事もありました。あと私にとっては、ホテルがたくさんの小説に登場する不忍池の近くだった事も感慨深い物がありました。本郷は森鴎外を始め、宮沢賢治や夏目漱石といった誰もが知っている作家達の旧居があるエリアで、散策スポットとしても人気があります。朝、不忍池の周りを歩いていると、ホテルからあっという間の所に弁天堂がありました。岡本かの子の『雛妓』という小説に「弁天堂の梵鐘」として登場しますし、たくさんの水鳥を見れば鴎外の『雁』に水鳥に石を投げる場面があります。時間を作って近現代の小説もしっかり読んで、一度浅草辺りからじっくりと散策をしてみたいと思います。
 話し始めればキリがありませんので、私の感じたところだけ書き込みました。また参加された皆さんからのお土産話が、それぞれの目線で書き込まれたら楽しいですよね。
 改めて幹事の山内さん、東京でお会いする時間を作ってくださったり参加していただいた皆さんは勿論、ゼミメンバーの皆さん、お疲れさまでした、そしてありがとうございました。野口先生今回も色々とありがとうございました。どうぞ皆様お疲れが出ませんように。

最後になりましたが・・・
 「合格しました!」と言ってそのまま東京に向かったので、お祝いの言葉をいただいた皆さんにお返事も出来ないままになっていました。掲示板のレスで、メールで、東京で直接お祝いの言葉をいただいた皆さまに、改めてお礼申し上げます。
 昨日二つ目の試験結果が出ました。結果は不合格でした。この結果はとても残念ですが、この春から同志社大学大学院のDCとして頑張っていきたいと思いますので、ご指導よろしくお願い致します。

「山門奏上」です。

No.3297

 >田中さん 「清盛の福原遷都に反対する諸勢力」=「当ゼミの牽引役にして、軍記物語研究のリーダーである田中さんの京都退去を内心憂慮していた小生とメンバー一同」は本心ホッと致しております。大江境でのお仕事とともに、洛北・京中・白河・六波羅の空間での縦横無尽の御活躍を期待しております。
 
 ゼミ旅行では行き先々で多くの皆様にお世話になり、あつく御礼申しあげます。
 目下、帰洛後の事務処理に追われておりますので、詳細は追って。

Re: ゼミ旅行お疲れさまでした

No.3298

 家に帰るまでのゼミ旅行、みなさんそれぞれの締めくくりをなさったでしょうか。あるいはまだ関東周辺で活動中の方もおられるでしょうか。いずれにしても、お疲れさまでした。

 幹事の山内さん、彼女を補佐してくださった山本さん、数々の手配をありがとうございます。浅草から鎌倉まで、無事に過ごせましたね。みんな感謝しています。
 野口先生、今回もご引率ありがとうございます。慣れない土地での具体的で独特な解説をいただくことができました。次は地元・宇治でも何か考えましょう。
 東京大学史料編纂所の保立道久先生、高橋慎一朗先生、お仕事中だった山田邦明先生、所員のみなさん、大勢で押しかけたにもかかわらず大変丁重なおもてなしをいただきまして、本当にありがとうございます。参加者それぞれが大いに触発される素晴らしい経験をさせていただきました。関西にお出での際は、どうぞお立ち寄りください。
 東京・千葉で合流されたみなさん、それぞれの賑わいをゼミ旅行にもたらしてくださってありがとうございます。今後ともどうぞ折に触れてよろしくお願いします。
 田中さん、「合格しました!」にお祝いも申し上げず関東へ行って帰ってきましたが、なにはともあれおめでとうございます。危機感を活力に還元して、またいっちょやっていきましょう。

 僕はゼミ合宿の参加は今回が初めてだったのですが、自他ともにいつもとは違う表情を見ることが出来ましたし、貴重な経験をみなさんと共有することができて、とても有意義でした。ありがとうございます。
 次は来週の論文講読会もよろしくお願いします。

Re: ゼミ旅行お疲れさまでした

No.3301

一昨年、熊野でお会いした源です。今回も充実したゼミ旅行であったようで何よりです。おかえりなさい。源平闘諍録を通じて、千葉氏のことを少々勉強したこともあり、今後皆さんからなされるであろうレポートを楽しみにしています。
さて、すっかり乗り遅れてしまったのですが、田中さん、門屋さん、院試の合格、おめでとうございます。近いうちに、お披露目のためにも関西軍記物語研究会でのご発表をご期待申し上げております! 4月17日の次回例会(京都府大)の案内が田中さんに届くと思いますので、お誘い合わせの上、是非ご参加下さい。新年度には東京(厳密には石川?)から協力な新メンバーに参加して頂けることもあり、ご一緒に新風を吹き込んで頂きたいと念願しております。
ちなみに、門屋さんは、私の勤務先であるIBUのOB、S君(西行を研究)が机を並べることになろうと思います。兵教大MCを修了後、今回念願叶って阪大MCに合格した苦労人です。何卒よろしくご指導下さい。
最後になりましたが、野口先生、本日研究所から『研究紀要』ならびに拙稿抜き刷りをお送り頂きました。ご高配に与り、恐縮に存じます。ありがとうございました。ご旅行のお疲れの出ませんようご自愛下さい。

Re: ゼミ旅行お疲れさまでした

No.3302

 皆様ゼミ旅行お疲れさまでした。二年間住んでいたとはいえ、ゼミ旅行という形で行くなら是非参加したかったというのが本音です。細かく書くと長くなるということなので非常に充実した旅行になったのだろうと思っております。幹事の山内さん・補佐の山本さん本当にお疲れ様でした。あまりお力になれず申し訳ありませんでした。早く土産話を聞きたいものです。
 東京に「初めて行った」方、「そこそこ慣れてる」人、「結構頻繁に行く」人など様々だったかと思いますが、いかがでしたか?掲示板上で感想をずらっと読みたいものです。

源先生>ありがとうございます。ますますがんばりたいと思います。これからもよろしくお願いします。また、阪大での新たな出会いも楽しみにしております。

Re: ゼミ旅行お疲れさまでした

No.3303

昨日戻りました薗田です。関東に残られた方々もみなさま無事に帰り着きましたでしょうか?相変わらず寒い日が続くようですし、体調にはくれぐれも気を付けてお帰り下さいね!
幹事の山内さんと山本さん、宿泊の手配から宴会の準備まで細かく気を遣ってくださり、とても助かりました。大役お疲れ様でした。山内さん、締め切り過ぎていたのに、わがままを受け入れて参加させてくれて、ありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね。

さて、三日間歩き通しの旅行でしたが、野口先生をはじめ史料編纂所のみなさまや佐伯先生のレクチャーをいただけて興奮しっぱなしだったのでしょう、疲れを感じさせない旅行でした。
また、田中さんも書いておられますが、中山法華経寺を訪れた次の日に編纂所で日蓮聖人真跡紙背文書の影印本を見せていただけたり、なにかとラッキーな旅行だったと思います。天候にも恵まれましたし。
私のお目当てはお恥ずかしいことに「はじめての鎌倉」だったのですが、想像していたよりも山が迫っている狭い地域であることにまず驚きました。京都と似ているよ、と事前に友人から聞いていたのですが、切り立った崖や空を飛ぶトンビがいかにも海に面した扇状地らしく、やっぱり京都とは違うなぁと思いました。段葛をまっすぐ進み、太鼓橋を横目に見ながら一の鳥居をくぐり、舞殿へ。静が舞ったとされる(実際は回廊で舞ったのだと野口先生が解説されました)のですが、大河ドラマ対策か、新しく張り出した舞台?が舞殿正面に設えてありました。
鶴岡八幡を一通り見たあと、頼朝と義時の墓所、永福寺跡を見に行きました。きれいに整地された墓所・寺跡を想像していたのですが、とくに義時の法華堂跡には草木が茂ってひっそりとしておりました。永福寺跡も、川縁や湿地に生える背の高い植物(葦?)が池の跡を想起させるのですが、とても南北130メートルにも及ぶ伽藍があったとは思えない風景でした。案内板によると永福寺は東を正面とした伽藍とのこと。てっきり伽藍は南向きに作るものだと思っていたのですが、東向きは何を意味するのでしょうか…?案内板には今後整備や調査をされると記されておりましたので、次回はそれを見に行きたいと思います。

さて、すっかりお祝いムードに乗り遅れてしまったのですが、門屋さん、田中さん、院試合格おめでとうございます!今後のご活躍とご発展をお祈り申し上げます。薗田邸は同志社のご近所にありますので、ぜひ遊びに来てくださいね。
鈴木君、日付が変わってしまいましたが、お誕生日おめでとうございます。22才に成った感想はいかがなものでしょうか。
そして、近藤先生、『女性自身』掲載おめでとうございます。近所のコンビニで女子高生が先生の記事を熟読していましたよ!これで新たなファン獲得になるかもしれませんね。おっしゃっていたとおり「常磐≒国民的美少女?」よりも「義経≒岡村説」がメインの記事になってなによりでした。

私にとってはじめての野口ゼミ旅行でしたが、たいへん有意義なものでした。たぶんこれが私の卒業旅行になると思いますが、ゼミのみなさんと勉強以外のこともたくさんお話しできて、とても贅沢な経験でした。ありがとうございました。

近藤先生が女性誌に登場!

No.3295

今日、発売の女性誌『女性自身』に近藤先生が登場! 記事の内容は、女性タレントとの浮き名……ではなく、あくまでも大河ドラマ関連の取材です。義経の虚と実に関して、きわめてまっとうに回答されています。いわく、義経は実はナインティナインの岡村であったと……。それにしても、近藤先生の写真より、岡村の写真の方が大きいのは、実物からすると、きわめて遺憾であると、かように思いました。

今宵もしつこく義経を

美川圭
No.3292

今宵も義経を見ました。

創作?殿下乗合事件の結末は、重盛が烏帽子を奪いかえしに、
だれだかわからない「三位殿」の屋敷に殴り込み、その烏帽子をもって帰ってくる簡単なシーンでした。
やるんなら、貴族の屋敷に殴り込んで、平家の烏帽子がどこにあるのか、その捜索シーンをやってほしかったですね。どうしてみつかったのか、あれでは、わからんではないですか。フィクションならフィクションでいいけれど、そこまで責任をもっていただきたい。ちなみに、先週お会いした近藤好和先生によると、烏帽子なんて先週のシーンの様に、簡単にぽかっと頭からとれない由。詳しくは近藤先生に。

それから、「お徳」という婆さんが、夜清盛邸に行き、清盛と話す、というのはご愛敬ですが、「一人で蓮華王院へ」というのに清盛は家来を連れて行きましたね。それはいいとして、私は、当然極秘に法皇に会うと思ったら、なんとそこに義経が。あのねえ、当時の蓮華王院は、一般公開でもされていたんでしょうか。ときの最高権力者の院御所内の御堂に、なんで義経が入れるんだ。もう頭が痛くなります。これも、少なくとも、警備の武士の目をごまかして、密かに侵入するシーンが必要です。フィクションというのは、それなりの設定が必要なんですよ。もう。

だらだらした退屈な、常盤と義経との別れ。あのシーンで泣く視聴者がいるのかな。うちの小6の娘は、「うざいから、早う奥州へ行け、さっき常盤泣いとったのに、もう笑った、俳優ってなんで、ああすぐ表情変えられるんだろう」とかなり辛辣でした。

もう一つおもしろかったのが、最後の「小松谷」の解説。
平重盛の解説であの神護寺の画像が「平重盛像」と出ていました。と娘が「パパねえ、なんであれが重盛ってわかるの。違う人かもしれないでしょう。絵に重盛って書いてあるの」
うーん。先週、大人の見るドラマではない、と言いましたが、子供にもこう見られているということを、NHKさん、ちょっと認識したほうがよいのでは。

Re: 今宵もしつこく義経を

No.3293

 美川先生、こんばんは。昨日は思いがけずお目にかかることができ(於京都コンサートホール)、恐悦至極に存じます。
 義経、あいかわらず突っ込みどころ満載ですね。先週の重盛も、今週の宗盛も、腹がたつと柱を扇でバンバン殴っていました。清盛は立腹すると庭の木を滅多切りにするし・・・ どうも平家の方々、ストレスの発散の仕方に修練が必要のようですな。
 ただひとつ評価するのは、タッキーが奥州平泉の藤原秀衡のことを「奥六郡の長(おさ)」と呼んでいました。ここは、このドラマにしては珍しく、妥当な表現かと思います。(ちなみに私は、奥州藤原氏の平泉政権が創り出した政治体のことを「奥六郡半独立国」または「奥六郡自治邦」とでも名付けるべきだと思っています)。
 それにしても、美川先生の娘さん、さすがは血は争えないもので、凄い感性ですね。末は博士か歴史学者か、将来が楽しみです。

 〈以下、私用です。美川先生、メールアドレスがわかりませんでした。先日申し上げていたことをご連絡したいので、恐れ入りますがメールをください。私のメールアドレスは、↑の「山田邦和」のところをクリックしていただれば出るはずです〉

Re: 今宵もしつこく義経を

No.3294

美川先生からのお呼びなので、烏帽子について一言。

 烏帽子が簡単に脱げないというのは、折烏帽子の場合です。烏帽子は後ろに付いている「風口の緒」という紐を後頭部で結んで頭に固定します。公家がふつうに着用している立烏帽子などはこの方法で、現在の神職の烏帽子でもこの方法です。これに対し、もっぱら武士が用いる折烏帽子は、風口の緒とは別に、頂頭懸(ちょうずがけ)と小結懸(こゆいがけ)というふたつの方法で烏帽子を固定します(風口の緒を補強します)。

 頂頭懸は簡単にいえば顎紐で、軍陣を含めた晴儀で用いられます。現在の大相撲の行司もこれです。小結懸は、髻を結んだ紐の結び余りを烏帽子の後ろに開けた孔から外に出し、そこで結びます。ドラマでも、よくみると折烏帽子の後ろに白い紐がみえますが、それが小結懸の表現です。こうした点も、かつてはいい加減で、最近はちゃんと表現されいているので、感心していましたが、実態は分かっていなかったようです。殿下の乗り合い(?)場面も、この小結懸の折烏帽子でした。髻を結んだ紐でさらに外側から結んでいるわけですから、折烏帽子は頭からはずれても、折烏帽子そのものはなかなか取れないわけです。

 なお、一部の中世史の研究者が、絵巻の表現だけで、立烏帽子も髻に結びつけられているという説を出し、それを継承している人も見かけますが、これは烏帽子の構造がわかってい大変な誤解です。だいたい立烏帽子をどうやって、髻に結びつけるのか、即物的な説明を聞きたいものです。おそらくできないでしょう。

京都女子大学文学部は小松谷にある。

No.3332

 目下、講演録やら校正で大忙しなのですが、仕事だと思って『義経』の再放送を見ました。本編は新築直後であるはずの蓮華王院が現地ロケのために古色蒼然。こういうときにCGを駆使すればよいのにと思ったり致しましたが、とくに問題だったのが最後の「小松谷」の解説。灯籠堂の話など事実であったかのように断定的に述べられていましたが、あれがフィクションであることは国文学では兵藤裕己先生、歴史学では高橋昌明先生もすでに指摘されているところですから、せめて「『平家物語』では」とか「伝えられている」くらいのナレーションにしてほしかったところです。
 ちなみに、あの小松谷正林寺の斜め向いに京都女子大学文学部(J校舎)はあるのです。おそらく、撮影もここから行ったに相違ありません。そのようなわけで、京都女子大学は史学では平家・六波羅、文学では『平家物語』研究のメッカにならなければならない宿命を負わされているのだと小生は考えるのです。

そろそろバスは出発でしょうか?

No.3284

京都新聞にこんな記事がありました↓(佐伯先生のコメントも有り☆)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050225-00000038-kyt-l25

NHK曰く、物語に躍動感を与えるための脚色はする。との事なので
大河ドラマ「義経」についても、他の時代劇と同じように
「このドラマはフィクションであり、登場人物...」という但し書きが必要だと思います。

美川先生が
>歴史家あたりが、文句つけてきたら、こりゃ創作だ、と反論するためだろうか
と書かれていましたが、まさしくフィクションだから史実は関係ない!とNHK言い切ってしまったみたいですね。
(しかも、原作も無視ということも、あまり理解できないです)

どれが正しいとか、素人の僕には判断できませんが、一視聴者として
うーん。大河ドラマとして見る意味が無くなってしまうなぁ残念!という感じです。

掲示板でも、いろいろと大河ドラマでの表現について議論されていましたが、「そんなの意味無いよー♪」とNHKによってぶった切られた感覚です。(なんか悔しい、でも、それだけに、佐伯先生のコメントには救われました。)


ドラマはドラマ

佐伯真一
No.3291

 鈴木さん、野口先生、皆様、本日はどうも有り難うございました。
ゼミ旅行のご一行様以外には、本日夕食まで、皆さんが大変お元気で、有意義な旅行を続けていらっしゃることを、とりあえずご報告します(本日夕食をご一緒させて頂いた佐伯より)。
 さて、京都新聞のコメントですが、賢明な読者には既におわかりの通り、「野口先生のご紹介で…」と、電話が来たものです。「歴史事実のことは野口先生の方が…」と返したところ、「いや、確かな史実がわからないから、あんたに聞いてるんだ」とのことだったので、そういうことなら、というわけで私がコメントした次第。確かに、義経がどこで元服したかなんて、確かな史料には出てきませんよね。『平治物語』の一類本以来の記事で、有力な反証はないわけですから、史実である可能性はあると思いますが。
 私は、ドラマはドラマなので、「史実」どおりである必要性はないと思っていますが、現地の人にすればそうもいかないというのもわかります。ともあれ、「ドラマで取り上げられなかったとしても、がっかりする必要はない」というのは、私のコメントを正確に伝えてくれています。

新幹線の中より

田中裕紀
No.3276

本日発表の院試、合格でした☆心も軽く、新幹線の中からカキコミをしております。
続々と皆さんのおめでたい話が続いていたので、正直「輪に入れない(涙)」とか思っていたのですが、ようやく良い報告が出来ました。更に、来年度からの仕事も決まり(高校の非常勤講師です)ました。二足のわらじを履きこなせるように、頑張りたいと思います。
もうすぐ名古屋です。

Re: 新幹線の中より

平田樹理
No.3277

田中さん、合格おめでとうございます!
東京で飲みましょう!楽しみにしております。
道中お気をつけてください。

文教高校の前より

No.3278

田中さん>
何よりも…
おめでとうございます☆
これで、東京では『やりたい放題大作戦』が決行できそうですね。
四月からの活躍に期待してます!(サブカル研本格始動!?)


ゼミ旅行では、先遣隊が何人か出発されてるようで、第2陣としては安心して東京へ乗り込めそうです。

山内さん>
事前学習会、ドタキャンしちゃってごめんなさい。2日目の朝6時頃東京駅に到着予定ですので、ホテルに直接か京成上野に参上します。幹事ご苦労様です!

まさに春ですね!

鍜治 利雄
No.3279

院試合格、高校非常勤講師の採用おめでとうございます!

イイ話続きなので、ゼミ旅行も最高のものになりそうですね!
皆さまの無事の帰還をお待ちしております (*_ _)
飲み過ぎはくれぐれも注意して下さいね(笑)

おめでとうございます!

No.3280

わ~い!おめでとうございます!
田中さんからのうれしい報告はまだかと、
ドキドキしていました。
あとは突っ走るのみですね。

おめでとう

No.3282

 合格おめでとう。高校の非常勤も決まり、準備万端です。
東京での「やりたい放題計画」完遂して楽しんでください。
では、やりたい放題のみやげ話をおとなしく試験の採点をし
ながらまつことといたします。
 では、皆様旅行楽しんできてください。

合格おめでとうございます!!

No.3283

☆★合格おめでとうございます★☆
 入試直前に紫苑原稿をお願いしてしまい、結果が気になっていました・・・。
東京でお会いするのを楽しみにしてます。

ゼミ旅行にあと5時間くらいで出発します。

ぱんぱかぱ~ん♪(^ー^)ノ

No.3286

田中さん、合格おめでとうございます(●⌒∇⌒●) わーい♪
天神さんのご利益ありましたねぇ~(笑)
本当によかったです。
東京で祝杯をあげましょう♪v(^o^)
それから「先生スタイル変身大作戦」の決行も・・・むふっ♪

おめでと~!

No.3288

田中さん、合格おめでとうございます!
資料館で一緒に働いていたこともあって、うれしさもひとしおです。
これからもがんばってくださいね。

さてさて、吉報続きで、みなさんきっと楽しい旅行になることと思います。
お土産話をたくさん期待していますので、どうぞ道中お気をつけて。

まとめてしまってすみません(笑)

笠 露子
No.3290

おめでたい話題が満載で、外は寒いけれど「春」ですね(^^)

>野口先生、平田さん
おたんじょうびおめでとうございます!
誕生日への思いは人それぞれでしょうが
“お祝い”に違いありませんので(笑)

>田中さん、門屋さん
大学院合格おめでとうございます!
これからお忙しいでしょうが、お身体には気をつけてください。

>永富さん
就職おめでとうございます!
永富さんもお身体には気をつけてくださいね。

勉強会の日程ご案内

No.3275

 論文講読の勉強会の日程が決定しましたので、お知らせします。
 曜日と、その日に読む予定の論題を挙げます。

 3/7(月):黒田俊雄「王法と仏法」、佐藤進一「寿永二年十月の宣旨について」
 3/8(火):休み
 3/9(水):佐藤進一「室町幕府論」、橋本義彦「保元の乱前史小考」
 3/10(木):石井進「中世成立期の軍制」、戸田芳実「王朝都市と荘園体制」・「王朝都市論の問題点」
 3/11(金):黒田俊雄「中世の国家と天皇」、目崎徳衛「鎌倉幕府草創期の吏僚について」

 以上のとおりです。
 もし日程に関して不都合がある、或いは代わりたいという場合は、岩田までご連絡下さい。

>佐伯さん ご希望に一部添えませんでしたが、ご了承下さい。
>田中さん 一枠ご用意することはできませんでしたが、刺激的なコメントを期待しています。
>山田さん ご連絡をお受けできずにすみませんでした。ご希望には添えましたでしょうか。

Re: 勉強会の日程ご案内

No.3281

岩田さん お世話さまです。
はい。ありがとうございます。
がんばって準備します。

この場を借りて。。
みなさま、行ってらっしゃ~~~い♪
お土産話、待ってます。

歴史学入門講座実行委員会のご案内

No.3267

佐伯です、こんばんは。
本日は歴史学入門講座のご案内をさせていただきたく思います。
(去年もこの案内を見たような気がする方、正解です 笑)
この講座は、歴史学を志す修士・学部の方々を対象に、
歴史学の研究成果や方法論等に触れていただくことを目的にした講座です。
講師に第一線で活躍される先生方をお迎えして、
日本史研究会と京都民科歴史部会が合同で毎年六月頃に開催しています。

それで、この講座は、各大学の修士・学部の方を中心とする実行委員会で行っているのですが、
その第一回の会合が、3月1日(火)午後6時から開かれます。
(場所は日本史研究会事務所…京都市上京区新町丸太町上ル 機関誌会館3階)
ここでは、お招きする先生方について話し合う予定です。

学生自身の手で企画運営を行う機会とういうのはなかなかありませんし、
他大学の同年代の研究者志望の人たちと知り合うこともできます。
「○○氏の話をぜひ聞いてみたい」といった希望がある人は、
それが実現できるかもしれません。
また講座自体も、第一線の研究に直接触れる貴重な機会です。

野口先生のゼミに参加されている方々は、
ちょうどこの講座の対象としている年代の方も多いことですし、
ぜひこの実行委員会に参加されてみてはいかがでしょうか?
実行委員会には日本史研究会の担当委員として私も入っていますので、
参加希望の方、何かご質問がおありの方は、気軽に声を掛けて下さい。
ご参加をお待ちしています。

ちなみに

No.3268

ちなみに、昨年度の概要は以下の通りでした。
歴史学入門講座2004 統一テーマ 『書物』がひらく近世社会
■ 講師
・ 若尾 政希 氏  (一橋大学)
「思想史研究への招待 ― 書物・常識・主体形成 ―」
・ 青木 美智男 氏 (専修大学)
「俳句・戯作などから読み取る時代像」

昨年は長村君に大活躍していただきました。
今年も若い皆さんの活力に期待しています。