きょうと、きょうと、

No.6381

 京都駅に到着した新幹線からホームに降り立ったときに聞こえてくるアナウンス。私にとっては、一区切りついたことを実感させてくれる、ありがたい「仕掛け」です。

 中世都市研究会では、宇治の研究を進める上で有用な示唆を蒙らせていただくこと多く、また、懐かしい方々と久しぶりにお目にかかれたのは幸いでした。10年ぶりなどという同世代人に会うと、お互いに、「なるほど50~60歳の間に、人はお爺さん・お婆さんに変貌していくのだ」ということがよく分かるわけです。
 ちなみに>>No.6366で開陳した参加申し込みに関する懸念は的中し、受付に私の名は登録されていませんでした。
 なお、会場にて東海大学の落合義明先生より、先生の御高論「比企の観音霊場をめぐる武士たち」の収録されている新刊の『東国武士と中世寺院』(峰岸純夫監修・埼玉県立嵐山史跡の博物館編・高志書院刊)を頂きました。記して、あつく御礼申し上げます。

 図書館で資料を仕入れ、集中講義以外、授業の始まっていない静かな大学の研究室で一仕事、と思いきや、今日は学内がなぜか賑やかである。なんと、付属高校の体育祭。時間を外して訪れたA地下食堂も長蛇の列。出張の疲れで胃腸の具合が悪いので、まあ一食くらいはぬいた方がよいかもしれないと、合理化をはかったのが1時過ぎ。朝晩はだいぶ涼しくなったとはいえ、午後2時ともなるとかなりの暑さ。少し冷房でもと思いきや、研究室に作業着姿の方が訪れて、なんとかの点検をするのでしばらく空調を止めて下さい、とのこと。郵便物を出しに行くと、ポストの前に工事のトラックが止まっている。

 ☆ 立命館大学の杉橋隆夫先生より、御高論「駿河国大岡荘の領主権と政治的・文化的位置」(『立命館文学』第605号)ほかを御恵送いただきました。
 牧氏と大岡荘は、国文学・考古学の両面からも、これから注目の的となることは間違いないと思います。
 杉橋先生に、あつく御礼を申し上げます。

 ☆ 東京大学史料編纂所の保立道久先生より、御高論「藤原教通と武家源氏-『古事談』の説話から」(浅見和彦編『『古事談』を読み解く』笠間書院)・「鎌倉前期国家における国土分割」(『歴史評論』700号)・「宇治橋と※漁-ウナギ請と網代村君-」(『月刊海洋』号外48)ほか、を御恵送いただきました。(※ 魚へんに「壇」のつくり)
 「藤原教通と武家源氏」では、平忠常の乱に関する部分で、私の研究成果を踏まえて論じていただいており、有り難く存じました。「宇治橋と・・・」は、当方で行っている共同研究テーマに関連する内容で、新しい視点を提供していただいたようで、これまた有り難く存じました。
 保立先生にあつく御礼を申し上げます。

 ☆ 筑波大学附属駒場中学・高校の須藤敬先生より、御高論「「頸ねぢきッて」という表現をめぐって-源為朝・巴・畠山重忠-」(『三田國文』47)・「古典への入り口は易く、奥行きは深く-御伽草子「浦島太郎」の実践-」(『教育科学 国語教育』2008・8)を御恵送いただきました。
 前者では、畠山重忠に関する部分で拙文を御活用下さっています。後者は中等教育の現場で奮闘しておられる当ゼミ関係者にも、ぜひ読んで頂きたい内容です。
 須藤先生に、あつく御礼を申し上げます。 

科研報告書の件について

No.6379

野口先生

ご無沙汰致しております。
その後、大蔵経の補刻に関して、若干、考察を加えております。つきましては、2008年3月刊の『閑院内裏の政治史的研究』のあることを知りました。是非、持続して勉強させて頂きたく存じます。宜しくご高配下さい。匆々
実践女子大学(〒191-8510 東京都日野市大坂上4-1-1)
                      牧野和夫

Re: 科研報告書の件について

No.6380

 牧野先生

 出張などのため、ご返事が遅くなり、恐縮に存じます。
 報告書、ご期待にそえるものか懸念がございますが、さっそくお送り申し上げます。

 ところで、了行については新たな知見をお示しになられたとのこと、京大の坂口君からうかがっております。また、ご教示をいただければ幸甚に存じます。

 なお、先生の論文集の書評について、日本宗教文化史学会の前事務局担当の中前正志先生(本学国文学科教授)より、歴史学の立場からと言うことで御依頼をいただき、ずいぶん時間がかかってしまいましたが、先般、中前先生にお送りしたところです。
 先生の御研究の内容を理解・反芻する能力がないことは言うまでもなく、御高著の内容に触れないことばかり、書き連ねてしまいました。いずれお目に触れる機会があろうかと思いますが、あらかじめお詫び申し上げておく次第です。

会議の日本史

No.6374

 昨日は兵藤先生・同ゼミのみなさんのお伴で、法住寺殿跡や清閑寺を歩きました。久しぶりに身体を動かして、つくづく耄碌を実感。また、兵藤先生に差をつけられてしまいました。ちなみに、兵藤先生が京大在学時代から気にされていた今熊野神社近くの漬物屋さんが、たまたま近くを歩いていた方の御教示によって判明したのは奇貨とすべき事でした。本日の兵藤家の食卓に供せられていることが察せられます。
  それにしても、大きな荷物を引っ張りながらの学生さんもおられ、今日辺りは御自宅で静養中という方も多いのではないでしょうか。
 一方、兵藤ゼミの付き添い的役割で上洛していただいた伊藤さん、また例によって、雑務一切を担当してくれた岩田君、小野さんに感謝いたします。

 ☆ 私の大学院生時代以来のまさに「学兄」とお呼びすべき存在である東北福祉大学の岡田清一先生より、これまでの研究生活の成果を総括された『策駑駘-駑駘に策つ-』および御高書『鎌倉幕府と東国』の書評一覧を御恵送頂きました。長年の御厚誼を思い起こすにつけ感慨深いものがあります。
 岡田先生にあつく御礼を申し上げます。
 私も、そろそろこうしたものを作成する準備にかからなければならないのかも知れません。

 ☆ 摂南大学の美川圭先生より、御高論「会議の日本史-古代から中世まで」(『中央公論』2008年9月号)および、同じく「実務官人の世界(一)~(九)」・「儀式と政務の空間(一)」掲載の『冷泉家時雨邸叢書月報』を御恵送頂きました。
 美川先生にあつく御礼、申し上げます。
 前者は総合誌への御寄稿として貴重。喝采。後者はぜひ、一書にまとめて頂きたいと思います。 

九月になりましたので

No.6377

 野口先生は、今週末は中世都市研究会(於、東京大学本郷キャンパス)に出席しておられます。会のご様子などを後日伺うのが楽しみです。

 ところで、九月になりましたのでそろそろ後期の『吾妻鏡』の日程も調整していきたいと思います。メンバーのみなさんや後期から参加してみようかなという方は、今月末以降のご予定を整理しておいてくださいね。

 ちなみに、次回以降の範囲は以下の通りです。

 『吾妻鏡』嘉禎四年(暦仁元年、1238年)十月十三日・十四日、十二月七日・十六日・十九日・二十三日・二十四日・二十五日、
         暦仁二年(延応元年、1239年)正月十一日、二月十四日・十六日・三十日、三月十七日・二十九日、四月十三日・十四日・二十四日・二十五日、五月一日・二日・十四日・十五日・二十三日・二十四日・二十六日、六月六日、七月十五日・二十日・二十五日・二十六日、八月八日・二十二日、九月十一日・十六日・二十一日・三十日、十一月一日・二日・五日・九日・二十日・二十一日、十二月五日・十三日・二十一日の各条

 『吾妻鏡』講読会は、参加者のみなさんの自主的な積極性によって支えられております。どなたさまでも、まずは見学からでもどうぞお気軽にご参加下さい。

法住寺殿跡の見学 附「どっかの掲示板」

No.6366

 先にお知らせしたように、9月4日(木)の午前中、ゼミ旅行で上洛される学習院大学文学部・兵藤裕己先生のゼミの皆さん(学習院大学14名・東京女子大学3名)をお迎えして、法住寺殿跡の見学会を行います。今春、学習院大学大学院に進学された伊藤さんも同行の予定です。
 ゼミ関係者で参加を希望される方は、10:00に研究室にお集まり下さい。なお、ゼミ関係者以外で参加希望の方は、事前に御連絡下さい。
 
 ◆ 下記の如く、ちょうど一週間後に「日本史研究会古代史部会・2008年度大会共同研究報告・援助報告会」が開かれるとのこと。

 9月7日(日)13:00~17:00 機関紙会館3階
 寺前公基「摂関・院政期の里内裏変遷」
 佐伯智広「中世王家と王家領の伝領」
 鷺森浩幸「奈良時代の離宮について」

 聴きに行きたいところですが、すでに参加申込済みの中世都市研究会(メールでの参加申込に対しては、受信確認の返信があれば安心なのですが)に日程が重なるのが残念です。

 ◆ 当ゼミメンバーの一部分担執筆した『吾妻鏡必携』ですが、配本は9月8日とのことです。各執筆者にも、この日に本が発送されます。
 なお、この件に関しては、岩田君からも直接連絡が送信されると思います。

 ☆ 東北大学の柳原敏昭先生より、御高論「東北帝国大学時代の栗原百寿-栗原歴史論の背景-」掲載の『六軒丁中世史研究』第13号などの御恵送を頂きました。
 柳原先生にあつく御礼を申し上げます。

追記、新刊紹介

No.6367

 4回生には院試に臨む季節が到来しました。
 健闘を祈るのみ。そして、次は卒論です。

 『吾妻鏡必携』ですが、早く見たい(「読みたい」ではない!)という人が多いので、研究室に配架しました。
 明後日の「法住寺殿見学会」のついでにでもお立ち寄り下さい。
 ちなみに、兵藤ゼミの皆さんには、共同研究室で休憩していただき、昼食はA地下に御案内する予定です。

 ◇ 新刊(論文集)の御紹介

  上横手雅敬編『鎌倉時代の権力と制度』
           (思文閣出版,9月刊行予定)定価:6,825円(税5%込)

     第1篇  公家政権
      中世貴族社会における家格の成立(佐伯智広)
      女院制の展開と執事(樋口健太郎)
      後鳥羽院政期の在京武士と院権力―西面再考―(長村祥知)
      鎌倉時代初期における朝廷の貨幣政策(伊藤啓介)
      鎌倉時代の国守について(宮本晋平)
     第2篇  鎌倉幕府
      御教書・奉書・書下―鎌倉幕府における様式と呼称―(熊谷隆之)
      鎌倉幕府における正月行事の成立と発展(滑川敦子)
      建武政権の御家人制「廃止」(吉田賢司)
     第3篇  宗教と寺社
      「建永の法難」について(上横手雅敬)
      鎌倉後期の禅宗と文芸活動の展開(芳澤元)
      後醍醐天皇の寺社重宝蒐集について(坂口太郎)
      鎌倉後期多武峯小考―『勘仲記』裏文書に見える一相論から―(木村英一)

    ※ 上横手雅敬先生の御編著。
     執筆者には、当ゼミで活躍された面々も名を連ねています。

 ☆ 立命館大学大学院生の花田卓司さんから、御高論「南北朝期における守護・大将の所領給付権限-守護・大将発給の宛行状の分析を中心に-」(『古文書研究』66)を御恵送頂きました。
 花田さんに、あつく御礼を申し上げます。

在京3か月

元木泰雄
No.6370

 ご無沙汰いたしております。
 本日で、京都転居からちょうど3か月となりました。
 転居の際には、ひどい引越屋、猫の逃亡、猫エイズの発覚、ビックカメラの不手際、パソコンの相次ぐ不具合と、まあ踏んだり蹴ったりの目に逢いました。
 おまけに、阪神間に比べ、ごみ収集など行政サービスのレベルが低く、スーパーマーケットの品ぞろえも悪く、しかも京都コープの担当者の暴言などで家族が怒り出し、どうなる事かと案じられました。ちなみに、パソコンンの不調は今もって継続中です。
 しかし、ともかくも、多くの方々のご協力で何とか生活は落ち着き、家族ともども京都暮らしにも慣れてまいりました。片付けにお越しいただいた各位には、心より御礼を申し上げます。
 ただ、マンションに閉じ込められたことから猫(悪サブ)がヒステリーを起し、毎晩大声を発し、家族は睡眠不足。当方のパソコンも故障の連続。ひょっとして、この界隈で激戦が繰り広げられた「この間の戦争」の犠牲者の祟りではないか、などと恐れております。烏丸御池のホテルギンモンドでは、本当に幽霊が出るといううわさもあります・・・
 いろいろありましたが、近所にビフテキのスケロク、中華の菜館福住があって、テイクアウトもOK、品ぞろえは悪くとも抜群に味の良いスーパーの総菜類など、食に関しては家族全員満足しております。
 そして、先月、窓から大文字の送り火を眺めた時には、家族ともども、京都住まいの良さを痛感した次第です。猫も見ておりました(笑)。

 また、通勤が楽になったことはもちろん、京都周辺の方々に拙宅にお越しいただけるようになったことが、一番うれしいことです。すでにご近所の今岡先生は二回もお越しになり、音楽談義に花を咲かせております。
 関係各位には、ぜひともお立ち寄りくださいますように、お願い致します。
 

兵藤ゼミの皆さんと法住寺殿跡の見学

No.6372

>元木先生
 お引っ越しの後もご心労が重なられましたようで、お見舞い申し上げます。その後ご家族皆様おかわりございませんでしょうか。
 暑冷一定せぬ時節柄、どうかくれぐれもご自愛ください。

 
 さて、本日は残暑なかなかに厳しいところ、お立ち寄りのお時間を作ってくださいました学習院大学文学部・兵藤裕己先生のゼミの皆さん、ありがとうございます。

 野口先生のご案内で、法住寺、後白河院陵、太閤塀、法住寺南殿跡地、最勝光院跡地、今熊野神社、今日吉神社などを見学し、その後A地下食堂でお昼をご一緒していただきました。A地下食堂は安い・うまいと評判で、野口先生と兵藤先生は小学校時代の思い出話に花が咲いて(?)おられましたね。
 その後、清閑寺を見学し、兵藤ゼミの皆さんは当地で解散されました。皆さんそれぞれ、泉涌寺や清水寺へ向かわれた由。清水寺では現在、秘仏であるご本尊の十一面千手観音像が開帳されておりますが、こちらもご覧になったでしょうか。私も先日拝見して参りましたが、もう何度かお参りしてみたいと思っております。

 当ゼミからももっとたくさんの賑やかなお出迎えができればよかったのですが、夏休み中であることや、院試を控えていたりその直後であったりするなどして帰省中のメンバーが多く、少々物足りないお迎えとなりましたことが心残りです。

 ご旅行中の重いお荷物を引きずるように散策なさるのは大変だったと思いますが、みなさんとご一緒できましたことはとても嬉しく思います。ありがとうございました。

Re: 法住寺殿跡の見学 附「どっかの掲示板」

元木泰雄
No.6373

 岩田君には、マンションの下見、荷物の整理をはじめ、今回の転居に際しまして、本当にお世話になりました。改めてお礼を申し上げます。

 ところで、この前の旅行の際、福山のとーぶホテルの窓から発掘の様子が見えましたが、あそこは福山城の外堀で、文化財担当の委員は国史跡に指定すべきことを主張したのですが、市側は難色を示したようです。

http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000000809040006

 駅前のターミナルの一角だけに、保存形態も難しいものがあるようですね。
 ご参考までに。

とーぶホテル前

No.6376

>元木先生
 ご丁寧にありがとうございます。その節は、こちらこそ大変お世話になりました。

 ところで福山市はいろいろな史跡がたくさん残る街ですが、あの場所は現状に照らしても本当に難しいようですね。

安芸宮島から帰洛の御報告

No.6359

 昨晩、一足先に、古代史サマーセミナーの開かれている安芸宮島から京都に戻りました。
 実行委員会を受け持たれた広島大学の皆様(とくに院生の方たちのチームワークの良さには感心致しました)にはたいへんお世話になりました。あつく御礼を申し上げます。

  中世前期と時期区分してもよい内容の報告も多く、大変勉強になりました。
 私の参加した分科会の報告の範囲での意見ですが、やはり自分が年寄りになったからかも知れませんが、先行研究の継承という点で不安を感じたところもありました。また、事実の解明の成果は素晴らしいのですが(PCを存分に活用して、昔なら作成に相当の時間を要するようなデータが、報告資料に添付されていることなども)、それを政治過程の中にどう位置付けられるかが不明確であるのが、気になるところでした。

 そもそも「歴史学」というものにたいするスタンスが、1960~70年代に学生生活を送った私たちの世代と今の院生世代の方たちと異なる部分がある。当たり前なのかも知れませんが、そんなことを考えさせられました。

 何れにしましても、全国各地から集まった様々な立場の方々に、自分の研究成果を発表し、批判を受けると言うことはとても大切なことだと思います。
 尻池さんも着実に実力を蓄えられているようで、たいへん嬉しく思った次第です。

 なお、昨日午後は、建築史の三浦正幸先生の御案内で厳島神社社殿をじっくりと見学する機会を得て、これは宇治・法住寺殿を考える上で大収穫でした。

 ゼミ関係者では、広島大院に進学された尻池さん、尻池さんに続くべく頑張っている地元出身の江波さん、それに前夜12時まで祇園で労働の後、ほとんど徹夜で尻池さんの報告前(午前9時)に宮島に到着するという離れ業を成し遂げた岩田君が参加。ゼミ旅行の観なきにしもあらずといったところでした。

 ちなみに、私は一昨年9月初めに、ゼミメンバーと宮島に出かけたときに利用した宮島口のホテルに宿泊致しました。あれからもう2年が経過したとは、本当に時の流れの速さを感じます。

古代史サマーセミナー参加記

No.6363

 野口先生と一日違いで参加してきました【第36回古代史サマーセミナーin広島県宮島】から先ほど帰洛しました。非常に濃密な二日間で、私にとっても大変貴重な機会でした。

 事務局として運営を担われました広島大学の皆様にはしっかりした「チームワークの機能美」を見せていただきました。院生・研究生として、かくありたいものです。
 分科会には少し遅刻してしまったのですが、普段とは違う場所でいろいろな方のお話を伺うのはそれだけで勉強になりますが、それゆえに、もっと自分から動いて視点や意見の異なる方々とさらに意見交換する必要を痛感しました。それから、もっとゆっくり喋らなければと反省しました。
 「宇治における摂関家の儀礼」というテーマでご発表された尻池さん(ゼミの広島支部長?)のお話からは、ちょうど最近の『吾妻鏡』の講読会で読んでいた嘉禎四年の九条頼経上洛にまつわる重要な情報をいただくこともできました。ヒントはいろんなところに転がっていますね。

 厳島神社は一年半ほど前にも一度訪れたことがあるのですが、今回、三浦正幸先生のご案内で見学できたことで「先達はあらまほしき」を実感しました。懇切なご案内に対する乱暴な理解ではありますが、平清盛は海の上に壮麗な寝殿造の殿舎を造ってしまったということのようですね。それから、「景観破壊」も数百年続けるとそれなりに馴染んでしまうというちょっと危険なことも知りました。
 また、ご家族の出身の大学が私と同じという縁で、厳島の大願寺をご住職のご案内で(こっそりと)見学させていただくという貴重な経験もできました。

 サマーセミナーでは、晩ご飯の席がすごい先生のお隣だったり、すごい先生と同部屋だったりといったことが起こると聞いており、人見知りする私としては甚だ不安だったのですが、その点も案外に楽しむことができました。それから、ある程度の出費(泣)を覚悟すれば、前夜にクローズ作業をしても翌朝9時前には宮島に着けることがわかりました。ちょっとだけ、「24時間戦」ったような気持ちになりました。
 

Re: 安芸宮島から帰洛の御報告

尻池由佳
No.6364

野口先生、孝子先生、岩田さん、江波さん、サマーセミナーへのご参加ありがとうござました。久しぶりにお会いすることができ、その上、貴重なご意見もたくさんうかがうことができ、たいへん嬉しかったです。そして、発表の前日、緊張のあまり旅館の部屋をウロウロ歩きまわっていた私に激励のメールをくださった長村さん、ありがとうござました。
今回の発表では、下向井先生をはじめ、大学の様々な方々にご迷惑をかけてしまいましたが、サマーセミナーで発表の機会をいただけたことは、私にとってとても良い経験になりました。やりたいことも課題もたくさん見えてきました!(ただ解決できるかは別ですが…)
これからも発表の度にまわりの方々にご迷惑をおかけしてしまうと思いますが、ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
この度はお忙しいなか、広島まで足を運んでくださり、本当にありがとうござました。次回、お会いできるのを楽しみにしております。それでは。

『吾妻鏡必携』の見本本が届きました。

No.6353

 本日、『吾妻鏡必携』〔吉川弘文館刊、価格(税込)3,780円 、ISBN: 978-4-642-07991-4〕の見本本が届きました。
 当方の分担範囲で執筆をお願いしたゼミ関係の諸姉兄にあつく御礼を申し上げます。
 とくに岩田君には、まとめ役として多大な御助力をいただきました。ありがとうございました。
 公式の刊行予定は9月10日のようですので、その頃には執筆者の方々にも送付されると思います。暫しお待ち下さい。

 >田中さん 「鈴木夫妻結婚お祝い会」の告知、ありがとうございました。ちなみに、「メールを送付した方のお名前」というのが、挙がっていないようですが・・・。

 >尻池さん 御報告、いよいよ明後日ですね。楽しみにしています(私にも大変なお役目がありますが)。
  お天気がすこし心配です。

 >長村君 資料の郵送、ありがとうございました。たいへん助かりました。

備前・備中・備後の旅

No.6362

>野口先生
 『吾妻鏡必携』〔吉川弘文館刊、価格(税込)3,780円 、ISBN: 978-4-642-07991-4〕の見本本到着の由、祝着に存じます。みなさんの力作が世に出るのは喜ばしいですね。

 ところで、先週の8/20(水)~8/22(金)に元木泰雄先生よりお誘いをいただきまして岡山旅行へ行って参りました。遅くなりましたが、以下、少しご報告します。

 初日は岡山駅に集合しまして、閑谷学校、真光寺、備前長船刀剣博物館、福岡の市跡、本蓮寺、西大寺などおもに備前国方面を見学しました。閑谷学校は文字通り閑かな谷間にあり、日が照りつけていたにも関わらず程良い涼さが印象的でした。いまは刀剣博物館もある備前福岡は、吉井川と山陽道がちょうど交差する非常にわかりやすい水陸交通の要衝であることが実感できました。また、西大寺はその吉井川のさらに河口近くに存在し、山門がはっきりと河口(海)の方向を向いていたことから、瀬戸内水系と密接な関係にあったことが伺えました。
 夜は岡山市内の「紅燈家」にて地元のお料理をいろいろと堪能させていただきましたが、当地の名物・ままかりが品切れであったのは少々(かなり?)残念でした。

 翌日は、吉備津神社、妹尾兼康墓、高松城跡、高松城水攻め築堤跡、備中国分寺、宝福寺、藤戸寺(通りすがりに佐々木盛綱像)、鷲羽山など、おもに備中国の史跡を見学したのちに宿舎のある福山へ移動しました。吉備津神社では壮大な社殿に圧倒されました。また、境内では弓道が行われており、地元の高校生のみなさんが技を競い合っていた(諸国一宮神事への武芸謹仕?)ほか、釜鳴神事に使用する釜殿を見学させていただくことができたなど、とても印象的な場所でした。高松城跡および高松城水攻め築堤跡では、天正十年の高松城水攻めについていろいろなことがわかりましたが、とりわけ印象的であったのは、二十年ほど前の水害で足守川が増水した際にあたかも水攻めのごとく付近一帯が水没したときの様子を写した写真を見たことでした。備中国分寺はその周辺も史跡公園として整備されており、のどかな田園風景のなかに浮かぶ五重塔が非常に美しかったです。
 夜は福山駅前の宿舎に併設されていた「酒呑童子」にて、瀬戸内産の魚介類を中心として、各種お造り、各種お茶漬け、ネブト(そういう名前の小魚)の唐揚げなど、小技の利いたお料理たちをたくさんいただきました。

 最終日は、明王院、鞆浦、福禅寺対潮楼、安国寺、沼名前神社から尾道へ移動して浄土寺、西國寺など、おもに備後国の史跡を見学しました。福禅寺対潮楼の堂内から対岸の弁財天福寿堂を眺めたときは、心地よい風が吹き渡り、しばし時間を忘れてのんびりとした心地になってしまいました。浄土寺では本堂などを詳しく紹介していただきながら見学することができました。
 三日間の備前・備中・備後にまたがる旅行で印象的だったのは、いくつもの寺院でそれぞれ立派な五重塔を拝見できたことだったと思います。この地方の文化的・経済的な豊かさを静かに物語っていたような気がします。また、三日間を通してほとんど雨が降ることもなく、美しい景色を楽しみたい場所(閑谷学校、備中国分寺、鷲羽山、鞆浦、など)でことごとく晴天に恵まれたことは僥倖と言うべきでありましょう。
 本年も旅行にお誘いいただきました元木先生に、あらためて御礼申し上げます。

吉備路旅行

元木泰雄
No.6369

 岩田君がお書きのように、今年も漆原先生らと見学旅行にまいりました。
 今年は東京からの参加者が、漆原、佐藤秀成両先生のお二人で、少しさびしかったのですが、関西からは小林基伸先生はじめ6名、そして高知県の池内先生にもご参加いただき、総勢9名となりました。
 今年も好天に恵まれ、充実した旅行となりました。具体的な見学先、コースは岩田君が書き込んでくれたとおりです。
 それにしても、吉備、山陽路には中世の国宝建築が目白押しですね。
 吉備津神社、明王院、浄土寺のいずれも南北朝、室町時代の建築で、当時の山陽地域の繁栄の産物でしょうが、戦乱の中でよく無事であったと思わざるを得ません。
 その多くが、やや薄めの朱色と白壁というのも興味深いところです。
 また、牛窓、下津井、鞆、尾道と、中世の重要港湾を見学できたのも興味深いところでした。対岸に島嶼、背後に山岳、狭く細長い地形が共通するのも、古い港湾に共通する特色でしょう。
 沼地に囲まれた備中高松城の地形が明確に認識できたのも収穫でした。何となく山奥のように思っていたのですが、それでは水攻めはできませんよね。
 高松城のすぐ近くに高さ27メートルもある最上稲荷の大鳥居があったのも印象的でした。倒れたらどうするんだろうと思ってしまいます。
 総社市の、雪舟ゆかりの宝福寺も、室町の三重塔などをもつ森閑とした寺院でした。

 昨年の足摺岬の豪快で爽快な景色も素晴らしかったですが、鷲羽山の穏やかで紺碧の海と木々の緑、それに瀬戸大橋があいまった景色も、見事なものでした。その直前に訪れた藤戸の藤戸寺には鎌倉期の五重の石塔があり、合戦の逸話の真偽はともかく、この地の由緒を物語っておりました。すぐ近くに、最近作られた佐々木盛綱?の像がありましたが、地元にとってはあまり芳しい人物ではないと思うのですがねえ。
 夕食はもちろん充実していましたが、たまたま訪れた備中国分寺横のラーメン屋の冷麺、尾道の港近くの中華料理など、大当たりでした。

 それはともかく、今回、運転をご担当いただいた岩田君、花田君には深く感謝申し上げます。とくに、狭い大変な道を運転していただき、本当にご負担をかけたことと存じます。厚く御礼申し上げます。
 鞆の浦、尾道は車を止めてゆっくり歩くべきところかもしれません。

 昨年に続き、今回も3日間晴天。晴れ男は土佐の豪快先生こと、池内敏彰先生でした。先生が所用で3日目のお昼にお帰りになるや、突如雲行きが怪しくなってしまいました。来年は最後までご一緒していただきたいものです。
 ちなみに、先生は昨年の「21発発言」に続き、今年は39度発言。「いまどき気温は39度くらいないといかん」。いつも話題を提供してくださいます。

 来年の見学先は伊予が候補です。たぶん修論を終えた山岡さんにもご参加いただけると思うのですが、地元ではどうもと言われそうですね。
 野口ゼミ関係者の積極的なご参加を期待しています。
 

映画『男はつらいよ』から

No.6375

 備中国分寺や建設直後の因島大橋は、『男はつらいよ 』シリーズの32作目「口笛を吹く寅次郎」(1983年公開)に登場します。

 ☆ 文教大学の中村修也先生より、新刊の御高著『謎解き 古代飛鳥の真相』(学研M文庫)を御恵送いただきました。
 中村先生にあつく御礼を申し上げます。

 ☆ 京都大学大学院生の辻浩和君より、御高論「天理図書館蔵『蹴鞠記』抄出-『順徳院御記』逸文と成通説話-」(『日本史研究』552)を御恵送いただきました。
 辻君に、あつく御礼を申し上げます。

鈴木夫妻結婚お祝い会のお知らせ

No.6350

難航しておりました日程の調整が終わりました。
古参メンバーには、昨日メールでお知らせしましたが、メールのやりとりだけでは不安なので、こちらにも掲載いたします。

今年3月にご結婚された鈴木くんと永富さん(旧姓)のお祝い会を、10月上旬に行いたいと思います。この数年で、野口ゼミのメンバーも色々と事情の変わったことと思いますが、出来るだけ日程調整のうえ、参加していただけると嬉しく思います。

開催日:10月4日(土) 夕方より
 場所は京都市内のレストランを予定。
 詳細は9月上旬に、参加者のみお知らせ致します。

現在、メールを送付した方のお名前を挙げておきます。「メールが来てないよ!」という方は、参加・不参加の確認をしたいので、上記メールアドレスより直接ご連絡くださいませ。また、その際メール本文にお名前を入れて頂きますよう、お願いいたします。

Re: 鈴木夫妻結婚お祝い会のお知らせ

田中裕紀
No.6354

野口先生、ご指摘ありがとうございました。ご案内を送りました方は、以下の通りです。
有村、岩田、佐伯、薗田、高木、田中、長村、滑川、野口先生ご夫妻、野口、平田、広政、山内、山岡、山田、山本(敬称略)
9月5日を、出欠確認の〆切にしたいと思いますので、必ずご返信いただきますよう、お願い致します。また、迷惑メール対策をとられている方もおられるかと思いますので、上記の方のメールアドレスをご存知の方は、周りへのお声かけも重ねてお願い申し上げます。

鈴木夫妻結婚お祝い会 追記

田中裕紀
No.6391

ご連絡が遅れており、申し訳ありません。
ただいま、レストランと打ち合わせ中です。今週中には、出席者の方へ詳細を送信させて頂きますので、しばしお待ちください。

いよいよ中世サマーセミナー開催。

No.6348

 鹿児島で15年ぶりの中世史サマーセミナー、本日(22日)から始まります。お天気が心配ですが、参加の方々はきっと充実した三日間をお過ごしになられることと思います。
 当ゼミからは、神戸大学院生の小野翠さんが参加します。鹿児島の皆様、どうぞ宜しくお願い申しあげます。小野さんには沢山の土産話を持ち帰ってもらいたいと期待しています。
 一方、27日からは古代史サマーセミナー。こちらでは、私は、研究報告の聴講と見学というお客さんのつもりでおりましたところ、思いもかけず大切なお役目を仰せつかってしまいました。何卒宜しくお願い申しあげる次第です。
 尻池さん、ともに頑張りましょう。

 仰せつかったと言えば、昨日、京都「七条町」に関する論文の執筆の御依頼を頂くことがありました。
 様々なテーマで沢山書きたいことがあるのですが、材料を集めるのが面白くなってしまって、結局一本も書き進められない。いろいろなことに関心がおもむいて、集めた資料の整理が追いつかない。その上、耄碌のために記憶力もままならず。
 私は目下、そのような状況にあるわけです。

 ※ 研究所紀要に掲載する宇治共同研究の成果報告は、今年度は私が単著論文の形で纏めさせていただくことになりました。共同研究員の方で、論文・研究ノートを執筆したいという方には『紫苑』第7号に発表の場を用意したいと思います。投稿を希望される方は、早めに御連絡下さい。

 ☆ 本学にも御出講いただいている西山美香先生より、『仏教タイムス』に10回にわたって連載された「舎利信仰と王権」を御恵送頂きました。
 秋には金沢文庫で「武家政権と舎利信仰」というテーマで御講演の由です。
 西山先生にあつく御礼を申し上げます。

中世史サマーセミナーに関して御礼

岩川拓夫
No.6358

中世史サマーセミナーの事務局の岩川です。
鹿児島でのサマーセミナーは22~24日にかけて総勢80名を超える参加者がありました。
京都大学をはじめ関西の方々も10名程参加してくださっていました。
途中豪雨に悩まされる場面もありましたが、その他は大きな問題も起こらず大盛況のうちに終わりました。

サマーセミナーの広報に関しましてはこちらの掲示板を活用させていただき、大変感謝しております。ありがとうございました。
来年の事務局は和歌山とのこと、来年も大勢の方々が参加されることを祈っています。

鹿児島の皆様へ

No.6360

 岩川さん、御丁寧なメッセージをありがとうございます。
 大盛況であったとのこと、日隈先生・新名先生・岩川さんをはじめとする実行委員会の皆様方の御努力が実を結ばれたものと思います。本当にお疲れ様でございました。

 天候が心配だったのですが、さほどの影響もなかったようで幸いに存じました。
 全国各地から訪れた方々は、錦江湾に浮かぶ桜島の勇姿に感動されたことと思います。
 私は参加が叶わず、つくづく残念に存じております。

 中世前期の南九州にたいする研究はライフワークの一環として継続して参る所存です。鹿児島の皆様には、今後とも宜しくお願い申しあげる次第です。

8.17「東国反平家デー」

No.6342

 言わずと知れた「山木攻め」。
 旧暦ですから、本当はもっと後の時期になりますが。
 頼朝自身が攻撃に加わっていない点が気になるところです。
 それにしても、伊豆目代の雑色男君、君はじつに間の悪いときに北条館に忍び込んでしまったものですね。

 今夏は結局、所用が重なったこともあって、鹿児島で15年ぶりに開催される中世史サマーセミナーへの出席を断念いたしました。興味津々の研究発表を聴けず、またとない機会である見学会に参加できないことのみならず、柳原先生をはじめとする前回の企画・運営に携わった方々や、懐かしい鹿児島の皆様と旧交を温めることが叶わなくなったのは残念至極です。失礼をお詫び申し上げるとともに、御盛会を祈念する次第です。

 そんな中、鹿児島大学で1996年12月に集中講義を行ったときの受講生の方から残暑見舞いが届きました。鹿児島との絆はこれからも大切にしていきたいと思います。

 仕事の方は、まったく不本意な内容ながら、長い間書けないでいた書評に「形」をつけることが出来ました。けれども、プリントアウトして読みなおすのが恐ろしい。

 続いて、共同研究の成果報告として、院政期に於ける宇治の軍事機能に関する論文に取り組んでいます。まず、最近の当該期宇治に関する都市史研究を概括しようとしたのですが、そこで一番役に立った先行研究は、ほかならぬ尻池由佳さんの労作「「権門都市」宇治の形成-摂関家別業を中心に-」(『紫苑』第5号)でありました。『紫苑』掲載の時、拝読したのですが、今回再読して、実に要を得た内容であることに感心してしまいました。
 尻池さんには、古代史サマーセミナーでの御報告、おおいに自信を持って臨んでいただきたいと思います。
 そして、院政期の摂関家の武力の問題については、言うまでもなく元木先生の御研究に学ぶばかり。『藤原忠実』や『保元・平治の乱を読みなおす』は付箋で埋め尽くされております。

 ところで、昨夜は「大文字の送り火」。洛中に新居を構えられた元木先生は、ビールのジョッキを片手に格別な一時を過ごされたのではないでしょうか?
 当方は「都の辰巳鹿ぞすむ」(まだ鹿は見たことがありませんが、現在も時々お猿さんが住宅地に出没します)、宇治の北方にあって「大文字送り火」をテレビ中継で見るような有様ですが、しかし、ここで俄に面白くなってきたのが木幡観音寺の存在です。まことに幻の寺。九条家所縁の寺。廻心房真空(源実朝の妻の開いた遍照心院の開山)のいた寺であります。所在比定地は当家から散歩で行ける範囲。岩田君はさらに近くにお住まいです。
 「郷土史家」始めましょう。

 ※ 当掲示板のアクセスカウンターの数字がとうとう50万を超えました。植木等(ハナ肇とクレージーキャッツ)のヒット曲に「五万節」というのがありましたが、50万というのはスゴイ数字です。
 書き込んだり御覧いただいた皆様、そして管理人の鈴木御夫妻に感謝します。
 2003年5月に開設した最初の書き込みは以下のようなものでした。
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神護寺見学。 野口実 - 2003/05/03(Sat) 11:22
 昨日の神護寺見学は好天に恵まれ、実に爽快でした。しかし、文覚さんのお墓に昇る道はきつかった。また、年齢を感じてしまいました。もっとも、それほどの年寄りでもないのに、お爺さん扱いされた方もおられましたが。
 永冨さんの御努力でホームページか充実して、うれしい限りですが、このゼミそのものが存続しなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。京都女子大の学生に存在をアピールし、意欲的なメンバーの参加を期待したいものです。
 最初なので、まじめな投稿を致しました。
                     ・
初レスです 永富絵里子 - 2003/05/07(Wed) 01:12
神護寺見学お疲れさまでした。(o^^o)
近くに住んでいながらもなかなか見ることの出来なかった政子の書状や伝頼朝像、また空海のマンダラを間近で見ることが出来、とてもよかったです。

HP充実・・・完成までもう少しお待ちくださいね(汗)
鈴木君とともに作成中です。
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 5年数ヶ月の月日が流れ、レスを書いてくれた永富さんは、すっかり「鈴木夫人」。幸せな人生を「鈴木君とともに作成中です」。
 それにしても、この掲示板そのものも、「歴史」の対象になってきたようです。ゼミ掲示板『秘話』あるいは『哀話』は、いずれ『紫苑』にでも書くことに致しましょう。

一カ所で三十三所

No.6344

 残暑お見舞い申し上げます。この暑さにもかかわらず「権藤さん」の連投が続いているので、たまには「板東さん」もリリーフしてみたいと思います。

 暑さのなかあまり出歩く元気もないのですが、8月1日(金)~9月28日(日)まで奈良国立博物館にて開催中の『特別展 西国三十三所-観音霊場の祈りと美-』を見学してきました。西国三十三所の観音信仰の広がりや、それを様々な形で取り込もうとした人々の様子が、仏像、絵巻、文書などを通じていろいろな角度から知ることのできる貴重な機会であったと思います。展示図録の写真も、とても美しいものでした。

 観音信仰といえば、『吾妻鏡』の天福元年五月二十七日条に智定房(下河辺行秀)が補陀落渡海を行ったという記事があり、講読会でも読んでみたことがありますね。この日の条の「彼の乗船は屋形に入るの後、外より釘を以て皆打ち付け、一つの扉も無し。日月の光を観ること能わず。ただ燈に憑るべし。三十箇日の程の食物並びに油等僅かに用意す。」という記述は、補陀落渡海の様子を知るための基本的な史料ですが、今回の特別展にも「十一面観音来迎図(京都・海住山寺、展示番号131)」や「那智参詣曼荼羅(和歌山・補陀落山寺、展示番号164)」など、補陀落山や補陀落渡海船の描かれたものが出展されており、図像からその様子を知ることができます。また、渡海船(らしきもの)の描き方がそれぞれ若干異なっているのも興味深かったです。

 博物館のすぐ外には鹿もたくさん歩いていますし、動物ともふれあえる博物館(?)ということでご家族でも楽しめるのではないでしょうか。

 西国三十三所にも含まれる粉河寺、紀三井寺や、根来寺・道成寺といった和歌山のお寺巡りもしてみたい…たびたびつぶやくのですが、具体的なご提案をしなくてすみません。また機会があればお寺巡りもしましょう。

特別展はたしかにお徳!

No.6345

残暑お見舞い申し上げます。
学校はもうすぐ2学期というところですが、みなさんはいかがですか?

部活の試合会場で、暇つぶしに書き込みします。

8月初旬に、熊野本宮大社→川湯温泉→熊野那智大社→熊野速玉大社→十津川→吉野→法隆寺→奈良国立博物館
という旅行をしてきました。
ゼミ旅行で行けなかった本宮に行くのが目的でしたが、ついでに…たくさん寄り道して帰りました。ガソリンが高騰しているにもかかわらず、車で近畿を縦断しました。

前回は世界遺産登録前でしたが、かなり整備が進み観光がしやすくなっていました、もっとも大昔からな観光地?ですので、歩いても周りやすいところですが…。

奈良博の特別展は参詣曼荼羅が特に楽しかったです。あまり詳しくはわからないのですが、登場している建物や人物など、知らない土地のものもおもしろいですし、行ったことのある所なら、さらに楽しめました。
紀三井寺、賛成です。みんなして行かないとなかなか行けないですしね。
次は二番札所へ!!

野口先生>
過去ログの0001で夏休みあたりは。かなりの盛り上がりでしたね。
とても懐かしい気持ちになりました。

次は二番札所へ!!

田中裕紀
No.6347

皆様、お久しぶりです。
奈良博は、行きたいと思いながら、なかなか時間が作れずにいます。
会期が終わってしまう~(涙)
博物館もいいけれど、やっぱり本物が見たいところです。2番札所!ぜひぜひ、行きましょう!

さて、>>No.6337で野口先生から告知がありました鈴木夫妻のお祝い会ですが、日程の調整に少々手間取っております。9月末は少し難しいかも・・・
また、詳細決まり次第、こちらに掲載させていただきます。

②番札所!!

鈴木絵里子
No.6349

過去ログなつかしぃ~♪
神護寺も随分ご無沙汰です(前だけは実家に帰る時にとおるのですが・・・)
神護寺といえば最近文博で鳥獣戯画スタンプを全種類オトナ買いしたので嬉しくってどこにでもぺたぺた押しまくってます。
(生徒には「リアルで気持ち悪い」と不評☆)

熊野旅行@本宮リベンジはとても良かったです。
「あのときあそこで写真撮ったね~」とか
「山本さんが電車乗り遅れかけたね~」とか
「高木さんのお母さんに山ほどミカンもらったね~」とかとか・・・
なつかしい思い出もよみがえりました


奈良博はとても見応えがありました。
展示自体は言うまでもなく見応えがあり、展示替えもあるのでぜひもう一度足を運びたいと思っています。
ちなみに関係ないですが奈良博からの帰りに私は結婚指輪を紛失し、京都から引き返すという大失態をおかしてしまい・・・早くも「幸せな人生を「鈴木君とともに作成」」できなくなるかもしれないという危機を経験しました。

観音様の御利益のお陰で運良く見つけることができたので良かったですが、気をつけないといけないなと思いました。

②番札所へ行く時は気をつけます☆


ここ数日急に涼しくなりましたね。
残り少ない夏休み、みなさまも体調に気をつけてお過ごしくださいね♪


田中さん>お祝い会の件、日程調整等お手数をおかけしますがよろしくお願いします。楽しみにしています

岩田さん>参詣曼荼羅の素敵なハガキをありがとうございました

懸賞論文募集のお知らせ

No.6341

 「第23回 宗教・文化研究所懸賞論文募集要項」から、その大要を抜粋します(詳しくは学内の掲示を御覧下さい)。

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 テーマ 親鸞の思想、仏教思想や宗教思想等あるいは現代社会の直面しているさまざまな問題について、宗教の視点も加えて論評したもの。たとえば性差別や生命倫理の問題、地球環境、ITの普及、少年犯罪やカルト宗教をめぐる問題に関するもの。題は自由。また、エッセイの形式でも可。

1 応募資格 京都女子大学・京都女子大学短期大学部学生および京都女子大学大学院学生
2 応募締切日 平成20年10月1日(水)正午
3 原稿枚数 原稿用紙使用の場合⇒400字詰、A4・縦書き15枚程度
        パソコン使用の場合⇒40字×30行、A4・縦書き5枚程度    
4 原稿提出先 宗教・文化研究所(大学宗教教育センター内)
5 入選発表・表彰式 平成20年12月5日(金)「心の学園記念式」
   ◎ 審査の上、入選者には下記の賞金と賞状を差し上げます。
     特選 10万円  優秀作 7万円  秀作 5万円  佳作 3万円  
   また、入賞作品は平成20年度「宗教・文化研究所だより」第48号(平成21年2月下旬発行予定)に掲載される他、学園内の広報誌に氏名・表彰風景等が掲載されます。
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 歴史学や国文学の視角から、こうした課題に取り組んでみるのも面白いかと思います。ゼミメンバーをはじめ、諸姉の積極的な応募を期待しています。結果が良ければ、アルバイトと研究を両立させるより、時間的にも経済的にも有効だと思います。

◆ HP管理人さんにお願いして、トップページの「今月の予定」とコンテンツの一つである「講演予定」の入力システムを改めて、臨機応変に更新できるように致しました。こちらの方も御覧いただければ幸いです。

☆ 東北芸術工科大学の入間田宣夫先生より、御高論「奥六郡から奥羽両国へ-平泉の政権の成り立ちをふりかえって-」掲載の『季刊東北学』第16号を御恵送頂きました。
 入間田先生に、あつく御礼を申し上げます。
 考えてみると、こうしたジャンルでの地域からの<学問的な発信力>は、思いの外、京都は弱いように思えます。

☆ 神奈川県立金沢文庫の永井晋先生より、永井先生が編集・執筆を担当された企画展展示図録『徒然草をいろどる人々』を御恵送頂きました。同名のタイトルの企画展は9月28日(日)までの会期で開催中。これは、ぜひ見学に行かなければなりません。
 永井先生にあつく御礼を申し上げます。