斎宮と伊勢平氏、そして帰省のお土産。

No.4380

 斎宮歴史博物館の天野秀昭先生から、同館で平成九年に開催された特別展『中世の斎宮-斎王と中世王権-』の図録と御高論「中世の斎宮-方画地割との関連から-」(『Mie history』9)を御恵送いただきました。
 先般現地を歩き、さらにこれらを拝読させていただいたことで、斎宮にたいする認識が大変明確になりました。同時にこれまでもっていたイメージが一変しました。斎宮の空間構造の変遷を、王権論の視角から平安京・京都のそれと比較してみることはとても意義深いものと思われますし、また斎宮と伊勢平氏の関係についても再検討が必要なようです。「四保内溝湟」については両方からのアプローチができるでしょう。
 伊勢平氏との関連について言えば、ゼミ旅行の際に訪れて地元の方に案内していただいた斎宮に近い「河田」にも注目したいところです。
 天野先生(奥様は京女の御出身の由)にあつく御礼申しあげます。また、次回の講演を担当される山田先生には、ぜひその機会に斎宮跡をじっくりと見学してきていただきたいと存じております。そして御感想は「平安京閑話」ではなく当掲示板へ。

 ☆ 昨年末に目出たく卒論を提出された京女4回生の立花美香さんから広島のお菓子、また、これからの当ゼミの<面倒>を一身に背負ってもらう予定の「期待の星」同志社2回生の石井一英君から湯河原のお菓子を、それぞれ帰省のお土産にいただきました。ごちそうさまです。
 16日の『吾妻鏡』講読会に参加される方はお楽しみに。

『紫苑』第4号、編集開始。

No.4377

 いよいよ『紫苑』第4号の編集作業が開始されました。岩田君・山岡さん・山内さん・立花さん・尻池さんの論文・研究ノートの原稿はほぼ形が整っていますし、大内さんと山本君によるゼミ旅行の記録は完成原稿をいただきました。論文等については23日までに完成していただき、2月の初頭には印刷屋さんに入稿という段取りです。編集長の山岡さんは御自身の原稿もあって負担が大きいと思いますので、執筆者の御協力をくれぐれもお願いいたします。

 今月の活動予定は、すでに山本君が書き込んでくれたように16日に『吾妻鏡』の講読会を行うほかは、年度末試験・入学試験の期間に入りますので、史料講読会・例会の予定はありません。ただ、月末に今まで行けなかった日帰りの見学旅行を実施しようという私案をもっています。行き先の候補は小浜・安土などがあげられていましたが、とりあえず近いところで浄瑠璃寺などはどうかと思っています。参加可能の人数は4名、交通費はタダです(どうしてかはお察しの通りです)。参加希望者は都合のよい日を確定の上、御連絡下さい。

 伊豆の調査旅行については、何人かの方から参加希望の申し出がありました。ただ、日程については調整の必要がありそうです。どなたか、まとめ役を引き受けてくれれば話が進むことと思いますので、立候補をお待ちします。

 なお、2~3月は授業がありませんから例会・史料講読会を積極的に行いましょう。例会については、すでに佐伯君から報告の希望が出ております。

 昨年のゼミ旅行の写真、『紫苑』にも載せたいと思いますので、お持ちの方はよろしくお願いいたします。永富さんのデジカメの写真には鹿児島大学の皆さんとの宴会の写真もありますので期待しています。鈴木君、よろしくお願いいたします。
 東大史料編纂所前での集合写真がどうしても見つからないのですが、尻池さんは如何でしょうか?

初、間違い。

No.4379

 本や論文を書くと、きまって完成してから誤植に気がつくものですが、年頭早々、それも自らの年賀状に誤りがありました。自宅のメールアドレスのneの前のドットが一つ多かったのです。
 このことをわざわざ葉書で教えてくださったのは、私が千葉の県立高校で教員をしていた当時の教頭先生です。この先生は御子息が研究者の道を進まれていたので(現在、東工大の教授)、私に親近感をもってくださって、研究の継続について、ずいぶん励ましていただきました。教科は物理ですが、その意味では恩師の一人です。若い頃は佐倉高校で教鞭をとられていて、かのミスターこと長嶋茂雄もこの先生の教え子です。

 それにしても、メールアドレスはドット一つでも間違えるとまったく無意味なものになります。『紫苑』執筆のメンバー諸君、おおいに気をつけたまえ!書いたものは何度も読み直し、推敲を重ねてください。
 自分の間違いの話から、お説教に転ずるのは私の常套手段です。おゆるしあれ。

 ちなみに、年賀状には将来の研究課題として「東国における親鸞」を掲げたのですが、これについては大学院修士課程で机を並べた友人から課題とすべきテーマと参考文献をA4用紙二枚にわたって御教示をいただくことができました。
 彼には院生の頃、文献の検索の仕方や論文の書き方など、研究をする上で基本的なことを教えられ、またプライベートな面でも大変よい影響を与えてもらいました。彼は今、浄土真宗の僧籍にあります。また、私の導き手としていろいろ教示をいただきたいと思っています。本当に人生というのは(PC同様に)奇なるものです。

>出雲高校の杉谷さん  今夜からNHKテレビで出雲の阿国のドラマが放送されるとのことで、楽しみにされていることかと思います。あるいは、勉強でそれどころではないのかもしれませんが。もし、御覧になるようでしたら、感想をきかせてください。

>出雲高校の伊藤さん  メールありがとうございました。大國さんたちにも、どうぞよろしく。

伊勢の斎宮博物館で頼朝を語って来ました。

No.4373

 三重県立斎宮歴史博物館における歴史講座「源平合戦とその時代」(5回シリーズ)の第4回「源頼朝と東国武士団」、無事?に済ませて参りました。
 満席の会場で熱心に話を聴いてくださった皆様、ありがとうございました。そして次回の山田先生のお話に御期待下さい。
 なお、講演の前後、博物館やその周辺の史跡を御案内下さった斎宮歴史博物館の天野秀昭先生および今回の講座を担当された財団法人国史跡斎宮跡保存協会の松月浩子先生にあつく御礼を申し上げます。講演に行ったというより、私自身が大変勉強になった一日でした。
 2004年2月に実施された伊勢ゼミ旅行のさい、私は「いつきのみや歴史体験館」には行けなかったのですが、今回、御案内をいただき、末松さんが十二単を身にまとった現場を確認することが出来ました。さすがに、衣装を着ることまではいたしませんでしたが、木靴の履きごこちや蹴鞠の感触を味わせていただきました。盤上遊技というよりもむしろ中世では博奕だった「すごろく」も実際にやってみることが出来るようになっていて、興味津々といったところでした。
 帰りの近鉄電車の車中から若草山の山焼きが望見できたのも、思いがけない収穫でした。松阪の駅で「松阪牛弁当」、大和八木の駅で「柿の葉寿司」を買い、帰宅後、ビデオにとっておいた大学ラグビーの決勝戦を見ながらいただきました。早稲田の圧勝に感激し、いい気になって食べ過ぎ状態です。

 今日は京都と三重県を近鉄で往復したわけですが、これはすなわち伊賀国を東西から横断したということで、伊賀の地理的性格について再考しなければならない。また、13世紀半ばから14世紀半ばまでの約1世紀の間、この国の守護が千葉介であったことについて、もう一度考えてみたい・・・と思い至りました。何か関連する史料・研究などがございましたら、宜しく御教示下さい。

>金澤正大先生  お書き込みをありがとうございました。ずいぶん以前より、先生の御研究からは多くの学恩を蒙らせていただいております。拙文など御高覧に供させていただきたいと存じますので、もし、宜しければ国内における送付先を当方のメール宛てに(赤い文字の名前をクリックしていただきますと、メール送信が出来ます)御教示いただければ幸いに存じます。なお、今後ともよろしくお願い申しあげます。
 ちなみに、当ゼミメンバーも一名、北京の大学に留学中です。

Re: 酒呑童子の会の「大坂冬の陣」

No.4374

 野口先生、斎宮歴史博物館でのご講演おつかれさまでした。
 遅ればせながら、1/6(金)に行われました、元木先生のご案内による新年会の報告です。

 当日は18:00に梅田〈スエヒロ〉http://r.gnavi.co.jp/k345800/menu3.htm
にて集合、まずはビールなどで乾杯いたしました。
 洋食好きの私としてはたまらないメニューの目白押しでしたが、特製牛ロースのタタキ・イカのお造り・貝柱マリネ・ポークジンジャーステーキ サラダ添えなどをまずいただきました。牛ロースのタタキは、お肉はもちろん付け合わせの野菜にも味が染みこんだ逸品。ポークジンジャーステーキはお箸で簡単に切り分けられるほどの柔らかさでした。こちらの付け合わせの野菜もとても美味しかったです。
 その次はカキフライをいただきました。こちらのカキフライは、近年食べたことのあるカキフライの中で(ということは今まで食べた中で)いちばん美味しかったです。黙々と味わいましたが、叫び出したい旨さでした。このへんですでにそろそろおなか一杯だったので、数個しか食べられなかったのが残念です。
 その後、特製ビーフシチューとシーフードピラフをいただきました。ビーフシチューは肉の旨味と赤ワインの香りが絶妙でした。〆のピラフはなんでまたあんなにおいしいんでしょうね。
 デザートにいただいたフルーツも本当に美味しかったです。
 …というように、新年から申し訳ないくらい美味しいものをたくさんいただきました。
 その後、新阪急ホテルのバーに移り、しばしご歓談。私はもっぱら聞き役にまわりましたが、ここではピアノの生演奏を聴くことができました。ピアノといえば自動演奏(そういうのは大抵どこかで半音ズレてる)くらいしか知らない者にとっては、これまた未知との遭遇でありました。
 元木先生、ありがとうございます。

 ところで今日はこのあと14:00から高校サッカーの決勝です。高校サッカーを80分観るのはけっこう疲れると思うのですが、決勝に進んだ滋賀の野洲高校は確かにちょっと他の出場チームとは違うので、興味のある方はどうぞご覧下さい。
 印象を一言でいうと、イングランドプレミアリーグのアーセナルのような(それが大袈裟なら、アーセン=ベンゲルさんが監督だった頃の名古屋グランパスのような)攻撃の組み立てをするチームです。DFラインはあまり動きませんが(それでもボール回しはうまい)、中盤から前ではうまくスペースを使いながら選手が流動的に動いてテンポ良くボールを回し、アタッキングゾーンではドリブルなどを駆使して攻めるあたりが、上に書いたようなチームを彷彿とさせます。
 ただ、たまに軽いプレーがあったり、中盤のボール回しのペースが単調であったりする(グランパスでいうストイコビッチ、アーセナルでいうベルカンプがいない)ので、そこを鹿児島実業に突かれたらどうするか…と思わないではないですが。

>野口先生 松阪の駅で「松阪牛弁当」というのをお買い上げになったそうですが、蓋が牛の顔で、その蓋を開けると「ふるさと(兎追いし彼の山~)」のメロディーが流れ出す…というお弁当も一緒に並んでなかったでしょうか。以前そんなお弁当を見たことがあるのですが。

団塊世代の老齢化と大河ドラマの配役考

No.4375

 さすがは酒呑童子の会。豪華メニューを拝見しただけでまさに「垂涎」。

 昨夜はラグビーの後に大河ドラマの録画まで見てしまったので眠くて仕事になりません・・・との口実で、また出て参りました。
 
 体力の衰えは覆うべくもありません。その端緒は20代の後半から(八井君もそう感じているらしい)。それまで、東京発の夜行バスで早朝京都に着いてすぐ飛鳥や安土あたりに飛びしていたのが、そうは行かなくなったのは大学院のDCに入った頃のことでした。でも、博士論文を執筆した時は問題山積みの新設高校のクラス担任・社会科主任で、通勤時間は片道2時間半、睡眠時間3時間で生きていられましたから、今とは比べようもないほど元気だったとは思います。
 
 山本君や薗田さんからいただいたゼミ旅行の写真の中の己の姿を見ると、本当に年をとったと思います。それにひきかえ、柴又の帝釈天参道でお団子をほおばっている山岡さんや山内さんのなんとお若いこと。まあ、順番だから仕方ありませんが。
 
 そこで、昨日の大河ドラマを思い出すわけですが、あの配役には驚きました。桶狭間の合戦の時、まさに20代半ば頃だったはずの織田信長を信長の死んだ年齢より上の館ひろしが演じている。信長より若い木下藤吉郎(秀吉)にいたっては、名優とはいえさらに年長の柄本明。走り回ってさぞお疲れだったことと思います。館ひろしも柄本明も私より年長です(もっとも、あるサイトに学者の世界では還暦を過ぎても若手といわれる例として私の名前があげられていたそうですから、私は相当年寄りじみているのかも知れませんが)。
 
 元木先生流に解釈すると、今年の大河ドラマには団塊世代に対する「年金などアテにしないでもっと働いて税金(受信料も)を納めろよ」というメッセージが籠められているのかも知れません。しかし、人間というのは若い時と年をとってからとでは、内面も外面も別物のように変化するものでありまして、その妙が実に面白いのですが。

 それにいたしまても、今年の大河ドラマは私の守備範囲外の時代のお話しですので、商売っ気(言い換えると職業的使命感)をおこさずに多少気楽に見ていられるのが救いです。
 今川義元の江守徹はそれらしかったし、その家来に斬られ役の名優福本清三が出て、ちゃんと斬られていた(なかなか危険な演技だったと思います)のも嬉しいところでした。

 >岩田君 その、蓋が牛の顔というお弁当には気がつきませんでした。
  「兎肉弁当」の蓋をあけたら「ウサギ美味し~♪」というのはどうでしょう?
  お料理も西洋の歌も得意な佐伯君にでも作っていただきましょうか?

 >永富さん ゼミ旅行の写真。期待しています。なぜか史料編纂所前の集合写真と夏のゼミ旅行の写真が今のところ皆無なのです。尻池さんが持っているのかな?

 ☆ 先日、京女の図書館でお目にかかったT君をはじめ、修士論文を執筆中の皆さん、栄養と睡眠はしっかりとって、そのうえで最後の仕上げを頑張ってください。
 
 ★ そして、『紫苑』の執筆者の皆さん、締切はいよいよ明後日(11日午後2~4時受付)ですから。
   放りだして「三条大橋西詰」辺りに遊びに出ていたりいたしますと、即座に通報されかねない恐い世の中ですぞ!

Re: 伊勢の斎宮博物館で頼朝を語って来ました。

No.4376

今年初めて書き込ませていただきます。
 野口先生、ゼミの各位、今年もよろしくお願い申し上げます。

 岩田君、詳細な報告、有難うございました。
 こういってもらえるとご案内した甲斐があったというものです。
 修論関係者が一段落したら、次回を考えましょう。
 なお、スエヒロの「イタヤ貝」のから揚げも当方は好物です。
 
 その前の見学会、太融寺の淀殿(淀君ではありません)の墓、お初天神、梅田新道の大阪道路原票を見たあたりで午後4時、日が翳り、あまりに寒いので屋外を回避、天六の「住まいのミュージアム」に赴きました。ここで閉館まですごし、その後は駅前第三ビルの最上階の展望台に登ったのですが・・・
 この辺のご感想は山岡さんからお願いします。

 先生方には新書完成、御原稿ご進捗との事。羨ましい限りです。当方、一向に進まず、イライラするうちに休みも終わり。気分不快の極です。トホホ・・・

大阪見学会。

山岡 瞳
No.4378

 すっかり出遅れてしまいましたが、今年もよろしくお願いいたします。

 上の元木先生の書き込みにありますように、1月6日大阪で見学会が行われました。
 まずはじめに太融寺に行き、淀殿の墓をお参りしました。淀殿・淀君と何気なく使っていましたが、先生がおっしゃるまで淀君が蔑称になるとは知りませんでした。
 その後お初天神に。私はここで初詣を兼ねることができ、学問の神様である菅原道真を前に今年もしっかり勉強しようと決意を新たにしました。(今年は卒論提出が控えています・・・)また、このお初は曽根崎心中に由来するそうです。
 この日は本当に寒い日で、これ以上屋外にいては風邪をひいてしまう!!ということで地下鉄に乗り「住まいのミュージアム」に移動しました。近世の大阪の町並みが再現されており、照明で一日の変化を体感することもでき、さらに展示案内をされていた方が着物姿と、ちょっとしたタイムスリップを体験することができるようになっていました。下の階では近代の大阪の町並みを中心とした展示がされており、近世のようには再現されていませんでしたが、模型で町並みが再現されていました。床には大きな大阪の地図があり、鉄道の発達を踏まえながらの先生のお話を聞き、今の路線になるまでの経過を知りました。
 最後にビルの最上階から夜景を眺めました。あっちが京都で、こっちが・・・と丁寧な解説をしていただき、地理関係を掴む上で大変勉強になりました。残念なことに高いビルが多いため大阪城は見ることができませんでした。
 京都に住んで3年が経過しているにもかかわらず、大阪をほとんど歩いたことがない私にとってはどこも初めて訪れる場所ばかりで、人の多さに驚き、はぐれないように必死でしたが、大変充実した時間でした。

お忙しい中ご案内してくださった元木先生、ありがとうございました。

書き込みが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

Re: 中国からは閲覧不能?

金澤正大
No.4372

初めまして。冬休みで昨日帰ってきました。
中国では、「万里の長城」と称せられているWebのフィルタリングシステムがあります。
これで、国民に見せたくない情報をアクセス不能にしています。例えば、ダライラマ関係などです。見せたくないWebページのみをアクセス不能するのではなく、基本的にそのサーバーからアクセス不能にします。例えば、日本のinfoseek関係のWebは全部アクセス不能です。昨年の反日デモの後に、在中日本人のブログで現場写真を掲載したブログが原因と思われますが、そのブログサーバー全体(日本でも有数のブログサーバーです)がアクセス不能になり、数ヶ月後、サーバー側が写真ページを削除し、サーバーの技術的調不調が直ったのでアクセス可能になったと説明されました。
鈴木潤氏が、「野口ゼミのホームページは、僕の自宅にあるサーバで管理していますので
いわゆる公のものではなく、アンダーグラウンドなものとみなされてしまいます」と書かれているように、特に小サ-バーの多くはそれだけではじかれているようです。
したがいまして、中国では多くのWebがアクセス不能です。

2006年スタート☆

No.4364

☆明けましておめでとうございます☆

新年に入り丸一日が経過しようとしておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日は本当に良いお天気に恵まれ、まだ雪の残る京北では陽の光がキラキラと雪に反射し、その白さと澄み切った青空の色のコントラストがとても美しい元旦となりました。


旧年中は野口先生をはじめ、ゼミの皆様、そしてゼミのまわりで支えてくださる学界第一線の先生方、また、ゼミ旅行などでは各地の皆様など本当に多くの方々にお世話になりました。
おかげさまで当サイトも先日アクセス20万を突破し、ゼミメンバー同士の連絡や交流はもとより、この掲示板をきっかけとして新たなる出逢いや試みが生みだされているということは、とても素晴らしいことであると感じるとともにあらためて「縁」というもののに感謝せずにはいられません。

「管理人」とは名ばかりで、最近は書き込み頻度もめっきり減っているので野口先生に↓で感謝の言葉をいただくなど本当に恐縮ですが、微力ながら今年も当ゼミのますますの発展に貢献できればと思っております。

また個人的にも今年は春から教員デビューしたということもあり、本当に多くの出逢いがありました。
楽しいことばかりではなく当然つらいことや苦しいことも経験しましたが、そんな壁にぶち当たるたびにあらためて私には多くのヒトの支えがあることに気づかされました。
今日の元旦の雪のように皆様からの「光」をあびてそれを自分の輝きの要素としてプラスにいかしていけたらと思います。
どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

笠さん>
ご無沙汰しております。
北海道の方が「異常」とおっしゃるぐらいの雪・・・相当すごいのでしょうね。
明日からまた寒くなるとのこと、どうぞ笠さんもお体に気をつけてくださいね。
今年こそ北海道へ遊びにいきたいです!(目標!!)
その時はどうぞよろしくお願いいたします

謹賀新年

No.4365

野口先生、諸先生方、皆様方。
あけましておめでとうございます。
昨年は、院政期・福原京に関するいくつかの成果を出すことができました。これも、この掲示板に集われる諸先生・皆様方のお陰であると感謝しております。本年もなにとぞよろしくご教導のほど、お願い申し上げます。さらに、ウチの奥様がおじゃましておりますが、そちらの方も併せてよろしくお願いいたします。

Re: 2006年スタート☆

No.4366

 永富さん、年頭を飾るにふさわしい素晴らしいメッセージをありがとうございました。
 実は出雲高校の生徒さんからも年賀のメールをいただいたのですが、若い人たちの心のこもった文章には、本当に心動かされるものがあります。
 
 山田先生、本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。宇治の共同研究など、文献史学者(どころか国文学者)顔負けの考古学者である山田先生の御指導なくしては・・・です。

 大学ラグビーの同志社の敗退は残念でした。しかし、これをもって、このところスポーツで関西勢は関東勢に圧倒されている、と思ってはいけません。どうも関東の大学で活躍している選手には関西出身者が多かったりいたします。これは源平内乱期のいわゆる「東国武士団」の実態を考える上で示唆的でしょう。 

 ラグビーといえば、NO.4351で『朝日新聞で見るラグビー日本選手権の歴史』を御紹介いたしましたが、関東のある中世史の中堅研究者からも御注文をいただきました。この先生の御親族も早大ラグビー部と所縁がおありとのこと。縁の世界の広がりは不思議なものがあります。
 ゼミメンバーに限らず、御入り用の方、御連絡下さい。

 東北大学の柳原敏昭先生より、御高論「東北大学附属図書館所蔵「森潤三郎氏旧蔵米原文書」小考」(入間田宣夫編『東北中世史の研究』下)・「中世日本の北と南」(歴史学研究会・日本史研究会編『日本史講座第四巻 中世社会の構造』)・「中世万之瀬川下流地域の様相について-近世絵図を手がかりとして-」(羽下徳彦編『中世の地域と宗教』)を御恵送いただきました。あつく御礼申しあげます。
 また、柳原先生は最近「湊と海道の中世」というHPを開かれました。アドレスは
    http://www.honey.ne.jp/~szell/index.html
 
 柳原先生といえば、当BBS草創期に、美川先生・山田先生と熱のこもったクラシック音楽の論議を行われたことが記憶にございます。次回、御上洛の折にはぜひ、美川・山田両先生との会見の場を御用意申し上げたいものと存じております。

 女院論研究で御活躍の若手研究者の方からいただいた年賀状に、必ず二日に一度はこのBBSを開いていると書かれていました。せっかく開かれても記事の更新がなければ面白くありません。ゼミメンバーをはじめとする皆様の積極的な書き込みを期待しています。永富さんの仰るように、そこから新たなる出逢いや試みが生みだされることになれば、それは、とても素晴らしいことなのですから。
 たった2年で消滅してしまった青山学院大学史学科・野口ゼミや前任大学のゼミの卒業生の方たちも、楽しみにして御覧になってくれているとのことなので、私も頑張りたいと思っております。
 なお、昨年末、ゼミ古参メンバーの某君より、「掲示板に書き込んでいる暇があるのなら、さっさとNHKブックスの原稿を片付けなさい」という、ありがたい「諌言」をいただきました。
 石浜さん、この前にお渡しした原稿より、目下400字詰で70枚ほど書き加えておりますので(ご安心下さいorお許し下さい)。
 ちなみに、美川先生は、新書の原稿を、昨年末目出度く脱稿された由。大慶に存じます。

あけました。おめでとうございます☆

No.4367

野口先生、ゼミの皆さま、掲示板をご覧の皆さま
新年明けましておめでとうございます。
昨年は1月に北野天満宮で、12月に清水寺で「凶」を引いた私ですが、
今年は伏見稲荷で「後吉(のちきち)」を引いてきました。
何の「後」が「吉」なのか・・・・。現状がどうなのか、伏見のお稲荷さんは教えてくれません。そこが少しコワイところですが、何はともあれ何かが上向くならそれでいいや。
と思うことにしました。
 今年は昨年始めた仕事にも慣れ(る予定)、もう少し自分の勉強の時間を確保せねば
と思います。諸所の研究会や、ゼミ例会、史料講読会にも、もっと参加するつもりです
ので、どうぞよろしくお願い致します。

そういえば、伏見稲荷といえば末松さんはお元気かしら?(と、さりげなーく呼び出してみる)

あけましておめでとうございます。

No.4368

 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
昨年中は『吾妻鏡』講読会などにおいて、講読会参加の皆様に大変ご迷惑お掛けしました。今年度こそは(毎年の決まり文句になっていますが)、しっかり勉強に励みたいと思います。
 ところで昨年は様々な事件・事故などがニュースを賑わしましたが、自分が一番印象に残ったのは、丸善が閉店になり、また今年は映画館のスカラ座・京都宝塚も閉館になるなど、四条河原町周辺の文化施設が次々と無くなってしまった事です。そして丸善が閉店後は、丸善が入っていた建物にカラオケ店がオープンするらしいのですが、これも活字離れの表れでしょうか?何か現代日本を象徴しているような気がします。
 ちなみに映画館では、ラストショーとして、「七人の侍」や「ベン・ハー」、「街の灯」など古典的名作が上映されるそうです(ちなみに料金は500円!)。ブラウン管でしか見たことの無い名作が、スクリーンで観ることができるというのは、映画ファンにとっては、この上も無い幸せですが、閉館の事を考えると複雑な気分です。映画に関しても昨年はリメイクやベストセラーの映画化などがマスコミを賑わせて、いわゆる話題作は多かったと思いますが、傑作と呼べる映画はあまり無かったと思います。個人的には、このようなかつての名作を上映する企画を、ラストショーとは言わず、定期的に行って欲しいです。
以上、愚痴っぽい書き込みになりましたが、今年もよろしくお願い致します。

>野口先生
 上記の古参メンバー某君とは、自分の事なんでしょうか?もしそうでしたら、忘年会の無礼講とは言え、大変失礼致しました。

 ***『吾妻鏡』講読会のお知らせ***
  今年最初の講読会です。講読範囲は昨年からの続きです。
  範囲:建保元年五月七日条・八日条・九日条・十日条
  日時:1月16日(月)・3:30から
  場所:宗教文化研究所共同研究室
  
  建保年間には実朝暗殺事件があり、その後はいよいよ承久年間に入ります。
  今年中には承久の乱直前までは進みたいです。
  
 

今年は「NO愚痴」でいきましょう。

No.4369

 山本君の言われるように近年の日本の文化状況には危機感を抱かざるを得ません。博物館や文化財関係の機関にお勤めの方から頂いた年賀状からも、その苦境が伝わってきます。

 それから、私が上に書いた「ゼミ古参メンバーの某君より」というのは不正確で、実はいろいろな方たちから(からかいも含めて)言われていることですし、実際自分でもそう思っていることです。ですから本当は忠告とかアドバイスとでも書けばよかったのですが、商売柄、時代がかった思考回路しか頭の中にありませんので「諌言」という表現をとってしまったという次第です。
 いつもながら、失礼なのはこちらの方です。
 山本君をはじめ、ゼミメンバーには、どしどし厳しい批判・苦言を頂きたいと思っております。もっとも、私は「甘言」に乗りやすいので、これには気をつけたいところであります。
 
 『吾妻鏡』講読会、今年もよろしくお願いいたします。

 『紫苑』の原稿、締切間近です(帰省中の山岡さんに代わって一言)。

 ◇ できれば2月の半ば過ぎに、伊豆北条氏関係の史跡調査に行きたいと考えています。
   同行希望の方は御連絡下さい。

 (追伸)あっ、そういえば、明日は酒呑童子の会の「大坂冬の陣」が開催されるのでしたね。
     御盛会を祈ります!

明けましておめでとうございます。

No.4370

昨年もかなり遅くご挨拶をした記憶が蘇ってきました。
いまさらですが、あけましておめでとうございます。
昨年はなかなか顔を出すことができず、今年もその状況が
劇的に改善することはないと思われますが、先生方、皆様よろしく
お願いいたします。
今年は昨年よりバランスよく力を配分できれば・・・と思っております。

このように書きながらも明日(書いている間に日付がかわってしまったので今日)から早くも授業(冬季の講習)です。

年末のご挨拶

笠 露子
No.4362

ご無沙汰しております。
北海道へ移住して初めての冬を迎えました。
いただいたケトルは、大活躍しております。ありがとうございました。

今年の12月は全国的に寒く、また雪も多かったようですが、
こちらもこの時期にしては異常とも言える雪が降っています。
私は初めて体験する冬ですので「こんなもんなんや」
と特に気にも留めていなかったのですが・・・。

年末で慌しいかと存じますが、風邪などお召しにならず
よい年をお迎えください。


P.S アクセス20万人突破おめでとうございます。
  来年も北の大地より皆様のご活躍をお祈りいたしますm(_ _)m

お久しぶりです。

No.4363

 まだ笠さんでよいのですか?
 手許に今年のお正月にいただいた年賀状(結婚式の時のお写真の)があるのですが、北海道に転居される前の御住所だったので、年賀状を書くのに窮していたところでした。そこに、この書き込み。グッド・タイミングでした。
 聞くだけヤボですが新婚生活は如何でしょうか?
 どうぞ、よいお年をお迎え下さい。
 また、久留米に御帰郷のおりには、途中下車して(飛行機の場合はそうはいきませんが)、しばし京都にお立ち寄り下さい。
 また、入学試験の季節が近づいてきましたね。

 以下、31日の追記です。
 ☆ (財)千葉県史料研究財団の岡野浩二先生より、御高論「俗別当の造寺・寺領監督と檀越の動向」(『国史学』185)、「延暦寺諸堂の再建事業について」(武光誠編『古代日本の政治と宗教』同成社)、「長柄町に残る安然塚の由来」(『房総及房総人』72-3)、「〔新刊紹介〕所京子著『平安朝「所・後院・俗別当」の研究』(『史聚』37)、書評と紹介「西口順子著『平安時代の寺院と民衆』」(『日本歴史』688)などを御恵送いただきました。
 「長柄町に残る安然塚の由来」御執筆の際には今年京女を卒業された高木泉さんのおられる叡山文庫で調査をされた由。また、書評対象の本の著者である所京子先生・西口順子先生ともに京女の御出身です。
 岡野先生にあつく御礼を申し上げます。

ゼミへの御支援に感謝します。

No.4359

 元木先生、過分なるお言葉(NO.4357)恐縮に存じます。岩田君ではありませんが、穴があったら入りたい心境です。
 しかし、当ゼミメンバー躍進の背景には、元木先生をはじめとする学界第一線の先生方の御支援があったればこそ。また、ゼミ旅行などで各地の皆様からいただいた御厚情の賜物と感謝いたしております。
 そして、当ゼミに集まってくれた諸姉兄の意欲と情熱には私も大いに力づけられています。

 クリスマスイヴの宴は盛会だったようで、大慶に存じます。いつも思うのですが、元木先生とは身体の出来が違う。私が深夜に至るまでそれだけ飲食し、さらに翌日スポーツジムでトレーニングに励んだりしたら、おそらく一週間は疲労と睡魔に襲われ続けることと思います。身体にそれだけの差があるのなら当然頭脳も同様なはずだと思われます。
 
 元木先生から新年グルメ会の御提案がありましたが、さて、頼光ならぬ酒呑童子の四天王の去就はいかに?

 アクセス20万突破は本日正午過ぎに達成されたようです。本来はゼミメンバーへの連絡用に作られたものだったのですが、いつのまにやら。もっとも、某国立大学の著名な中世宗教史の先生に当ゼミメンバーが院進学の相談にうかがった際に、私のゼミに所属していると自己紹介したところ、「ああ掲示板の野口先生ですか」と答えられて返事に窮したというエピソードもございますから、この掲示板は私の枕詞にもなっているようです。
 そこまで発展させてくれた縁の下の力持ちは、このHPを立ち上げ、管理してくださっている永富さんと鈴木君に他なりません。心からお礼を申し上げます。
 鈴木君には本日も宇治の拙宅までパソコンとカーナビの面倒を見に出張していただいたりしております。年末の道路渋滞の中、ありがとうございました。

 ゼミも私も多くの方たちの支えによって成り立っている。このことを肝に銘じておきたいと思います。

 ☆ 本日、メール便にて佐藤信編『世界遺産と歴史学』(山川出版社)を拝受いたしました。この本のⅡ部2章「古都平泉の生活・文化遺産」を執筆された入間田宣夫先生からの御恵送によるものです。入間田先生にあつくお礼を申し上げます。

 ☆ 源実朝に関心の有る方へ
  大通寺の「実朝忌」において、四天王寺国際仏教大学助教授 源 健一郎先生による御講演「中世伝承世界における実朝像」があります。
 詳細は→http://www.daituji.jp/ を御覧下さい。

Re: ゼミへの御支援に感謝します。

No.4360

 野口先生、ご丁寧なお返事有難うございました。
 当方の体力など、近藤先生に比べれば子供のようなものです。
 体力と学問もあまり関係はないと思いますよ。
 「運動ができないと武士論ができないなんてことがあるか」と、上横手先生がお怒りになったことがありました(笑)。
 ただ、当方にとって、酒と運動がストレス発散の最良の手段であることは間違えなさそうです。もちろんどなたにも通用するわけではありませんが。
 なお、アクセス二十万突破を書き込んだのは、もちろん今日の昼過ぎで、新しいスレッドをたてるのも大げさと思い、前のスレッドを修正いたしました。
 
 それにしても、今年はいやな出来事の相次ぐ年でした。
 個人から企業にいたるまで社会的にモラルが崩壊し、「改革」と言う名のもとに危険と隣り合わせの効率化、弱者切捨てが是認されてしまいました。
 『バブル経済』の崩壊という事態の意味を問い直すことも、責任を明確にすることもなく、ただ経済活性化、効率化という掛け声だけが横行し、それに反対することが許されなくなりつつあるような雰囲気があります。
 日本中世史などという学問は、まさに切り捨ての対象とされつつあります。
 学問の根本的ともいえる危機的状況の中で、我々に何ができるか、何をなすべきか。
 新年を迎えるにあたって、改めて自問しなければならないと思います。

 その意味で、既存の枠組みをいろいろな意味で超越した研究への取り組みが必要な時代になっていると思います。
 まさに、大学と学問分野の枠を超え、活発な交流の場となっている野口ゼミが、新しい時代を切り開く学問を生み出す母胎となられることと期待しております。
 
 ところで、新年会、6日大阪と致します。
 参加ご希望の方は当方まで(私用に用いて申し訳ありません)。
 
 

『仁和寺研究』第5輯刊行のお知らせ。

No.4361

 元木先生、ゼミへのメッセージありがとうございます。6日、「大坂冬の陣」ですね。
 メンバー諸姉兄、元木先生の御期待に応えるべく、おおいに、このゼミを盛り上げてください。
 
 先日、田中さんの論文の紹介をさせていただきましたが、今度は拙文掲載の雑誌刊行の紹介です。
 本日私のもとには、編集を担当された古藤真平先生から直接お送りいただいたものが届きました。(古藤先生には大変お世話になりました。)
 その『仁和寺研究』第5輯(編者・発行者:古代學協会、発売所:吉川弘文館、平成17年12月20日発行)の構成は以下のとおりです。

  「小論 仁和寺の宗教」                              宮本光研
  「仁和寺本『系図』の研究・翻刻(二)」                     関口 力
  「仁和寺本『系図』に描かれた閑院内裏の陣中」               野口孝子
  「仁和寺本『系図』収録『平安京図』に見える篝屋の設置地点について」 野口 実
  「仁和寺編年史料(二)」                             古代學研究所編
  「図版解説」

 拙文では、あらたに検出された篝屋設置地点の紹介と、この史料の成立時期についての考証が行われています。
 少し高価(本体4000円)な雑誌ですが、発行部数が少ないので早々にご注文下さい
(私も「私用」に用いて申し訳ありません)。 

田中さんの論文・岩田君の報告&忘年会

No.4352

 当ゼミメンバー(女院的存在?)の田中裕紀さんが『同志社国文学』第63号に「『平家物語』における建春門院崩御記事」と題する論文を発表されました。
 国文学の研究会に参加すると、諸本の文章のつき合わせだけで成立の前後関係が論じられているように受け取られるケースに直面することがあり、歴史学の成果を踏まえていただくべき余地が多いのではないかと思えたり、歴史学の成果を踏まえていると標榜しつつも、それが相当な旧説なので違和感を感じたりするということもあったりするのですが、この田中さんの論文は、そうした側面を克服する方向を示されたもので、歴史学の立場からは歓迎すべき内容になっていると思います。
 田中さんは八条院をこれからの研究課題にすると仰っておられますが、目下、山岡さんが政治史の立場からやはり八条院に関心を向けておられますから、ぜひ協力して大きな成果を示して欲しいと思います。来年度、八条院をテーマにお二人の報告をきく会を設定したいと思うのですがいかがでしょうか?
 
 昨日の岩田君の例会発表も、とても有意義なものでした。目崎徳衛氏が鎌倉幕府草創期の京下り吏僚に取り組まれたのに対して、岩田君は東国武士の幕府運営における諸役勤仕の内容を分析し、その役割分担のあり方について整理を試みられました。「鎌倉幕府論」「武士論」に一石を投ずる研究です。
 一応のレポートは『紫苑』に発表され、それをたたき台にして学会報告、学術雑誌への論文発表と進めていただくことを期待し、楽しみにしたいと思っています。

 例会後の忘年会。八井君の就職祝いも兼ねるものになりました。久々にお目にかかったメンバーもあり、楽しい時間を過ごすことが出来ました。調子に乗ってつい饒舌になり、「悪口罪」を適用されそうな妄言もありましたが、ひらにご容赦の程。どうも「宴会」の後は、自らの人品について反省をせまられるケースが多くていけません。
 山内さんからは沢山の美味しいケーキの差し入れをいただきました。また、例によって野口君の名古屋土産も大好評でした。立花さんもわざわざ卒論完成の挨拶に来てくださいました。
 幹事の山岡さん、早々に買い出しに行ってくれた岩田君・山本君、ありがとうございました。

 昨日、年末4本目の論文校正を済ませて送付。ようやく冬休み態勢に入ります。どれだけ原稿が書けるか?年賀状は送れそうですが遅れそうです。

Re: 田中さんの論文・岩田君の報告&忘年会

平田樹理
No.4353

 皆さん、昨日はお疲れ様でした。野口先生からお寿司までいただき、とても美味しく、楽しい時間を過ごすことができました。先生、幹事の山岡さん、本当にありがとうございました。山内さんも、差し入れのプリン等をありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

岩田さん>ご報告お疲れ様でした。大変勉強になりました。ありがとうございました。『紫苑』の方も楽しみにしています。
田中さん>久々にお会いできて嬉しかったです。お忙しいと伺いましたが、体調に気をつけてお過ごし下さい。「『平家物語』における建春門院崩御記事」(『同志社国文学』第63号)、読ませていただきます。
ゼミの皆さん>今年も大変お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

初論文そして、忘年会

田中裕紀
No.4354

皆様、ご無沙汰しております。
野口先生からご紹介いただきましたように、『同志社国文学』に論文を掲載していただきました。勉強しなければいけないこと、考えたいこと、考えないといけないこと、まだまだ課題は山積みですが、とりあえずは第一歩です。

そして、昨日の忘年会。遅れながらも参加し、久々の面々にお会いすることが出来ました。
山内さんからの差し入れも、とても美味しかったです。山岡さん、手配など本当にお疲れ様でした。

おそまつでした

No.4355

 昨日は、例会というかいつもの『吾妻鏡』というか、粗雑な話を聴いていただき、ありがとうございます。年末年始は木幡に籠もって紫苑の原稿を仕上げたいと思います。昨日みなさんからいろいろとご指摘を頂戴し、材料の定義や分類にずいぶんと稚拙なものが目立つことがわかりましたので、そういうあたりを詰めることが出来ればと思います。

野口先生>例会と忘年会、ありがとうございます。ご提案に適うよう、がんばります。
 『ラグビー日本選手権の歴史』もありがとうございます。日本選手権は東京オリンピックの年に始まったのですね。
 今年、Jリーグはガンバ大阪が優勝しましたが、サッカーは高校も、大学も、全体的に見ればJリーグも、どちらかというと東日本のほうに分があるように思います。ラグビーも、ベスト4には関西からは同志社一つだけ。アメフトも法政大学でしたから、近年の日本のフットボールは、ア式もラ式もアメリカンも、だいたい東高西低傾向ですね。東西では人(選手やコーチ)の交流もけっこうあるはずなんですが。

山岡さん>例会や忘年会の手配、ありがとうございます。来年も『吾妻鏡』やその他ゼミのイベントを盛り上げていきましょう。

山本さん>ここに書くようなことではないかもしれませんが、年末に『パトレイバー』映画版三作品(「ミニパト」含)一挙放送というのもあります。スカパー!で。録画しときますね。

山内さん>プリンにシュークリーム、ありがとうございます。とてもおいしかったです。

忘年会@研究室無事終了。

山岡 瞳
No.4356

こちらこそ、色々とご協力いただきありがとうございました。研究室で忘年会ができるのだろうかと心配をしていましたが、持ちよりパーティのようになり、あっという間に料理がなくなったのには驚きました。いつもと違った雰囲気を味わうことができ、楽しかったです。
お忙しい中買出しをお手伝いいただいた山本さん・岩田さん、ありがとうございました。

>野口先生
 今回の忘年会が成功したのは先生のおかげです。ありがとうございました。 

>岩田さん
 昨日はお疲れ様でした。私もお正月は実家で紫苑を仕上げるつもりでいます。

>田中さん
 ご論文が図書館に並ぶのを楽しみにしています。今日見たのですが、まだ並んでいませんでした。国文学の女院研究をあまり知らないもので勉強させてもらいます。

>山内さん
 プリン&シュークリームありがとうございました。本当においしかったです。今度は直接お店の方に買いに行きたいです。

おそくなりましたが。。。

永富絵里子
No.4358

昨日は楽しい忘年会をありがとうございました。
卒業してから日頃の例会にも都合がつかずなかなか参加できずにいましたが、久しぶりに皆様にお会いし、最近の新たなる活躍っぷりをきかせていただいたことで何だかパワーを分けてもらったような気がします。
ありがとうございました。

山岡さん>幹事おつかれさまでした♪山岡さんの奮闘があってこそのゼミです。紫苑の編集もがんばってくださいね。

山内さん>おいしい差し入れありがとうございました。昨日はお目にかかれず残念でしたが、またの機会に会えるのを楽しみにしています。バイトがんばってくださいね。






還京いたしました。それにしても寒いですね。

No.4350

 皆様、クリスマスイブをいかがお過ごしでしょうか。
 そして、近藤先生を囲んでの宴は如何だったでしょうか。
 京都から名神・山陽自動車道を経て、尻池さんの本拠地である広島県福山市に向かい、明王院・草戸千軒町遺跡を見学、ついで鞆の浦と尾道にて調査・散策。さらに戦艦大和の映画撮影用のセットを見下ろしつつ生口島に渡り、大三島の大山神社、大島の村上水軍博物館を訪ね、来島海峡大橋を渡って今治に到着。それより四国三郎こと吉野川を下る形で徳島県美馬市の千葉山安楽寺や願勝寺の庭園を見学。鳴門海峡から淡路島に至って対岸から一ノ谷の辺りを望見し、明石大橋を渡って再上洛を果たしました。走行距離は都合834キロメートル。カーナビはやはり大変便利です。各地で親切かつ地域の文化に誇りを持った方々と遭遇、瀬戸内・四国の人たちは本当に心優しいと思いました。とりわけ鞆の浦の福禅寺(対潮楼)の御住職には直々に懇切な御案内をいただきました。大山神社社頭の土産物屋さんの御主人も尊敬に足る方でした。市井に偉人有り、まだ日本も棄てたものではありません。
 雪による交通遮断を心配していたのですが、幸い行く先々悪天候には遭遇せず、「しまなみ海道」ではこの季節には稀な好天に恵まれて、瀬戸内海の美しさを満喫いたしました。地元の方にいただいた沢山のミカンで車の中は一杯です。
 さて、この調査旅行で得た情報と知見をいかに今後の研究に活かしていくか、それが問題です。

 ☆ 離洛の間、国文学の横井孝先生と日本風俗史の藤本正行先生から御高論・御高著を拝受いたしました。
 
 佐伯真一先生のお祝いの会で意気投合した横井先生からは、御高論「六条院の風景」(坂本共展・久下裕利編『源氏物語の新研究』新典社)・「軍記・年齢記述の意味」(『實践國文學』67)・「子どもの情景」(『國語と國文學』79-5)・「子どもの領分(一)・(二)」(『實践國文學』60・62)・「<源氏>の物語という選択」(『叢書 想像する平安文学』6、勉誠出版)・「ならの京」(王朝物語研究会編『論叢伊勢物語2』新典社)を御恵送いただきました。あつくお礼申し上げます。
 双方の問題意識の相違を踏まえながら、国文学と歴史学との交流はおおいに進めなければならないと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。
 
 『平家物語』研究会でいつもお世話になっている藤本正行先生からは、御高著『武田信玄像の謎』(吉川弘文館)および御高論「戦国武将画像のイメージ」掲載の『本郷』61号を御恵送下いただきました。あつくお礼申し上げます。
 武田信玄像については、神護寺の源頼朝像同様、絵が政治的に構築されたイメージと合致していると、なかなか通説を覆すのが困難で、こまったものだと思います。逆に絵が違うということが広まれれば、イメージも変化するということなのでしょうが。

 ☆ 伊豆の国市教育委員会社会教育課学芸員山田康雄先生のお手を煩わせて、『韮山町史』通史Ⅰ 自然・原始・古代・中世(第十巻)を入手することができ、また山岡さんの御助力で『静岡県史』通史編Ⅰ原始・古代の拝読も叶いましたので、いよいよ『北条時政』に取りかかる態勢が整いつつあります。 

『朝日新聞で見るラグビー日本選手権の歴史』

No.4351

 ラグビーシーズンです。昨日のラグビー全国大学選手権では、同志社が帝京に、また早稲田が慶応に圧勝。早稲田には田中さんの勤務校出身の選手がいて、なかなかの活躍をみせていますね。
 ところで、朝日新聞事業本部メセナ・スポーツ部の小林正幸氏(平成4年度早稲田大学ラグビー部監督・義兄)から、京都のラグビーファンの方々へということで『朝日新聞で見るラグビー日本選手権の歴史』見本誌を30部ほど御恵送いただきました。
 これを見て知ったのですが、最初の日本一は同志社大学だったのですね。
 この本を必要な方は、研究室まで。岩田君・八井君など、先に『大学選手権』を希望された方の分は確保しておきたいと思います。

 ☆「同志社が試合ごとに強くなってきてますので2日に関東学院を破って決勝戦であえることを楽しみにしてます。」
 ↑ たった今、送信されてきた義兄からのメッセージです。 

クリスマスイブ、ご挨拶

No.4357

 野口先生、お疲れさまでした。
 尾道、鞆の浦、福山、そして島並み街道のコースは、2001年にたどったことがあります。そのときは、佐伯君や研究室の院生、留学生諸君(といっても総勢4名)と車でまわりました。天候はいまひとつでしたが、史跡はもちろん、食べ物も素晴らしく、実に思い出深い旅行となりました。
 野口先生が深い感銘を受けられたと仰ることが、よく理解できます。
 また、何度訪れても新たな発見のあるところであろうと思います。

 さて、御尋ねのクリスマスイヴ、近藤先生との懇親会は、これまた実に楽しい一夜となりました。
 一次会は、6時半より祇園『鯛めし銀平』。付き出し、4種類の魚の刺身、ひらめまたはいさき(丸ごと)の塩焼き、または煮付け、カキフライ、そして鯛一匹を用いた鯛めし。このコースにしこたま飲んで、一人1万円。これはお値打ちでした(ただし主賓はやや分量的にご不満か?とくに苦手のカキフライに閉口のご様子。お気の毒様です)。
 当日の出席者は、日本史関係では近藤先生はもちろん、上横手雅敬、井上満郎、美川圭の諸先生に当方、それに能楽囃方協会理事長で上横手先生の京大時代のご学友、帆足正規、能楽観世流太鼓方の井上敬介両先生と言う面々。もうシンポジウムができそうです(テーマは何やねん?)。
 帆足先生が、昔のテキヤの様子や、バナナの叩き売りの伝統芸の裏話から口火を切られ、あとは京都の縁日や繁華街の昔話、ミネルバの本、大河ドラマ、和泉元弥の悲劇(喜劇?)等など、まさにトーク炸裂、瞬くうちの2時間半でした。
 上横手、帆足、井上(満)の三先生がお帰りのあとの二次会は、井上敬介先生のご紹介の祇園の某ラウンジ。脂粉の香りも濃厚なの空間で、2時間あまりの「大人の時間」でした。近藤先生、大層喜ばれ、感動(興奮)のあまり仰天行動に出られましたが、支障がありますので詳細はカットいたします。
 かくして気がつけば11時半。かなり眠気に襲われていた美川先生がお帰りのあとは、立命館出身のママがいる川端四条のスナック「ミルクホール」。ここは奈良博館長の湯山先生のごひいきで、先日も元文化庁のF先生、富山大学のT先生、それに当方がまったく偶然に鉢合わせするような店です。
 飲み放題、食べ放題で3500円。ママ手作りの美味しいサーモン、生ハムなどの料理が出され、近藤先生大喜びと思いきや、「遅い時間は食わない」との事。さすがアスリートです。
 店の常連の女性方が先生のおなかを触って歓声を上げるという、誠に楽しい(失礼な)一こまもありました。
 クリスマスイヴをシャンパンで乾杯し、歓談時を忘れるうちに、気がつけば午前1時過ぎ。宿で就寝したのは2時前でした。
 飲んだビール、中ジョッキ4杯、グラス(小ジョッキ)4杯、水割り6杯(6杯目は途中まで)、シャンパン1杯。これで、二日酔いなし。楽しい充実した時間が、いかに健康に良いのか(?)ということを痛感いたしました。 
 25日は、昼からフィットネスに出かけ、2時間半(自転車30分、ジョギング20分、サーキットトレーニング6種)たっぷり汗を流しました。
 最高の忘年会でした。
 と言うわけで、張り切って執筆にとりかかっております。
 近藤先生、また京都でご一緒できる日を楽しみにしております。

 さて、今年もあとわずか。
 野口先生、ゼミの各位には、当方の院生諸君が大変お世話になりました。厚く御礼を申し上げます。と申すのも何か違和感がありますね。
 みんな所属大学と関係なく一体ですから。
 大学の枠を超えて、ともに学び、研鑽し、友情の輪を広げる機会をご提供くださっている野口先生に心から御礼を申し上げます。
 先生には以前に申し上げましたが、12月はじめにお会いした鹿児島の乕尾達哉先生も、野口ゼミに対し同様の賛辞を呈しておられました。
 これからも、さらに新たな仲間をくわえて、ゼミが発展されることを期待しております。当方もできる限り協力させていただきたいと存じます。
 日本史、特に中世史はいろいろな意味で重大な危機に直面しております。
 学際的で、そして同時に実証的でオーソドックスな学問環境の中で、ともに学問の新しい地平を切り開いてゆきましょう。

 ところで、新年には大阪でグルメ会を致しませぬか?4、5,6あたり如何ですか。
 どなたか幹事をよろしく。

ふと見ると、アクセス20万突破ではありませんか。まことにおめでとうございます。

岩田君の慧眼→「鎌倉幕府」の再評価へ

No.4341

 26日は忘年会もさることながら、例会の岩田君の御報告が楽しみです。
 下記のテーマ設定は実にポイントをついていると思います。私はかねてより、鎌倉幕府成立の問題については東国武士の階級的利益を擁護する機関が構築されたという評価のみでは割り切れないものを感じており、その意味で岩田君の問題設定は魅力的です。ちなみに、金澤正大先生の足立遠元にたいする御見解は、たいへん参考になるのではないでしょうか。
    金澤先生のブログ→http://spaces.msn.com/members/km45/
 例会には、多くの方々の御参集をお待ちしています。
 修論執筆中の長村君・辻君もよろしければぜひ。長村君の修論には直接お役に立つと思います。立命館の滑川さんや臨川書店の薗田さんもお出で下されば幸いです。鹿児島から有村さんも、というのはちょっと御無理でしょうが。
 忘年会の方は、この時期でも学校のお仕事で参加できない方が多いようで残念ですが、まあ、身の丈に応じたスタイルで地味に致しましょう。

 >元木先生  義経最終回へのコメント、ありがとうございました。まったくです。

☆ 東京大学史料編纂所画像解析センターの西田友広先生より、五味文彦先生の科学研究費研究によるニューズレター『文献と遺跡』5号を御恵送いただきました。あつくお礼申し上げます。
 五味文彦「鎌倉の景観と文化-鎌倉への視座(4)-」、杉山巌「『関東評定伝』再考-内閣文庫本の検討を通して-」、落合義明「【吾妻鏡 注釈】安貞二年十一月・十二月条」、岡陽一郎「鎌倉出土文字資料通信 VOL.4」が掲載されています。
 複数部ありますので、メンバーで必要な方はお申し出下さい。

☆ 神戸大学の髙橋昌明先生より御高著『酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化』を御恵送いただきました。先に中公新書として刊行され、絶版になっていた本書が今度は中公文庫として復刊されたわけです。名著が手に入りやすくなったことは大慶。未読の方はぜひこの機会に。
 髙橋先生にあつくお礼を申し上げます。

>永富さん  本日はお疲れ様でした。
>岩田君  参考文献をあげておいてください。

穴があったら入りたい

岩田慎平
No.4342

 ↑野口先生から以上のような予告編を頂戴しまして、一方では準備状況の貧弱さから、ダッシュで逃げ出したい衝動に駆られておりますが、参考文献です。遅くなって失礼致しました。

 目崎徳衛「鎌倉幕府草創期の吏僚について」『貴族社会と古典文化』吉川弘文館.1995.
 黒田俊雄「鎌倉幕府論覚書」『黒田俊雄著作集 第一巻 権門体制論』法蔵館.1994.
 上横手雅敬『日本中世国家史論考』塙書房.1994.

 目崎氏の論考は、おおよそ建久三年(1192)頃までの幕府の吏僚について分析を加えたものとなっておりますが、来週の報告ではその後の時期(建久年間~承久年間頃まで)の奉行人について考えてみることを目的としております。
 黒田氏の論考は、権門体制論の立場から鎌倉幕府を一つの権門勢家として位置づけて、その有り様について分析したものです。しかし、しばしば批判されるように、黒田氏の分析は必ずしも全ての点において実態に即して為されたたものではありません。そこで、来週の報告では奉行人という具体的なテーマを設定し、そこを起点に黒田氏の説を再検討(あるいはその手掛かりの模索を)してみたいと思います。
 上横手氏の著書は、とくに「第二篇 中世国家論の展望」で、個別具体的な事例・政治過程の研究を通して、権門体制論と東国国家論を二者択一的に論じることを戒めています。どちらが正解・不正解というのではないのはもちろんとして、その各々の成果に学びながらどこかに落としどころが見付かればよいのですが、来週それができるかどうかはわかりません。すみません。

およばれありがとうございます。

No.4343

野口先生>
 ラブコール(?)ありがとうございます。
 師でもないのに走ってる薗田です。
 今年最後の例会ですね。今抱えている仕事を今週中に片づけて、
ぜひ参加させていただきたく存じます。
 ところで数日前、先生にゼミ旅行の際のお写真をメール送信しようとしたのですが、
容量が大きすぎたため、お届けすることができませんでした・・・。
 すでにお持ちかもしれませんが、せっかくなので例会のさいにお届けできたらと考えております。
 
 

Re: 岩田君の慧眼→「鎌倉幕府」の再評価へ

有村芳恵
No.4344

皆様お久しぶりでございます。鹿児島の有村です。野口先生、せっかくの御指名ですが、当方目下卒論作成の真っ最中で、残念ながら例会には参加することは叶いません。掲示板で例会の成果や皆様のご様子を拝見するのを楽しみに、こちらも頑張ります。ではまた。

「虎穴にいらずんば虎児を得ず」

No.4345

 >岩田君 タイトルのような穴に入ってください。
 >薗田さん そうでした。薗田さんも写真を持っておられるのでした。よろしく、お願いいたします。
 >有村さん お久しぶりです。鹿児島からでは、時間もお金もかかりすぎます。でも、来年度は是非に。卒論、おおいに期待しています。頑張ってください。
 >立花さん 卒論、お疲れ様でした。
 >永富さん お疲れ様でした。

 みんな、未来に向かって飛躍中ですが、私、明日より都落ちをいたします。かならず再上洛をいたす所存。この掲示板は拝見いたしておりますので、よろしく。

Re: 岩田君の慧眼→「鎌倉幕府」の再評価へ

永富絵里子
No.4346

野口先生>昨日無事にすべて終了しました。「人事」は尽くしたつもりですのであとは「天命」を待つのみです。ちなみに私も明日補習を終えたら【都落ち】する予定です。
温泉でゆっくり今年一年の疲れを癒す予定です(^^)

山岡さん>お返事が遅くなってしまいすみません。
26日の忘年会、参加させてください♪よろしくお願いします。
久しぶりにみなさんにお会いできるのを楽しみにしています。

大河・義経の感想

前川佳代
No.4347

ご指名を受けたにもかかわらず、書き込みが遅くなりました。22/23で滋賀に引っ越すのでその準備に加え、家族で風邪をひいてしまい、息子は40度近い熱が三日続きまして、さんざんな目にあってます。

さて、「義経」ですが、全体の感想としてはこのストーリーの見方がよくわかりませんでした。「絆」をあげているのに、実父義朝を邂逅する場面は一切なく、ひたすら清盛を慕っている。牛若が清盛の継子とは『盛衰記』に出てくる話で、まったく根拠がないわけではない。でも常盤はすぐに一条家に嫁いでいるし、弟も生まれている。『吾妻鏡』にも継父として長成のことが書かれているので、史実的には長成の養育を受けている。知盛や重衡と兄弟のように育ち、成人後、対戦せざるをえない悲劇が加えられる。常盤も義経在京中に死ぬ。鎌倉では政子にいじめられ、兄とは決別する。あまりにも悲惨な人生。そこまでしてどうして「かわいそうな義経」を創らねばならないのか、理解できません。
だから、タッキーらしさがなかった。明るい義経がなかった。残念です。
源平合戦では主要なエピソードを加え、描いて欲しかった
逃亡期もある程度史実的に追えるので、色んなエピソードと共に、もっと丁寧に描いたらドラマチックになったでしょうに。かなりいそいでました。比叡山の「俊章」の名前が出てきたのはビックリでしたが。
みなさんおっしゃることですが、牛若・遮那王時代から平泉行きまでに時間をかけすぎでした。腰越では三回もひっぱるし。
ただ、逃亡期を失意の逃避行にしなかった所は良かったと思います。「新しき国」のおかげでしょうか。私は「草燃える」からしか見てませんが、大河も民放もほとんどの義経がこの逃亡期には無気力な弁慶なしでは生きていけない義経に変化していたからです。
義経の最愛の人は静のみという設定では、萌さんが気の毒です。最期まで一緒にいたのは、河越の娘なのですから(『盛衰記』に書いてありますし、野口先生のご研究もあります)。
予算的に無理なんでしょうが、もっとたくさんのキャストで人間関係をおっていけば、本当の義経に迫れたはず。
泰衡は情けない男で描かれ、藤原基成も出てこない。佐藤忠信は見せ場がなく、まるで船弁慶の知盛かと思うほどの姿で死にます。平泉や東北の人たちに失礼です。
まあ、タッキー義経は、後半りりしく強く優しい義経だったので、前川的には良かったです。ただ、明るさがなく、神妙な義経であることが気に入りませんでしたね。
全体に北条氏が悪役で、頼朝と義経の関係が描かれている。幕府を成立させた頼朝への配慮なんでしょうかしら。
おそらくこの大河は、義経を描いたのでなく、タッキーの義経を描いたのでしょう。
今後は、史実に沿った本当の義経が生まれることを、あるいは『平家』や『義経記』を忠実に再現するドラマを創って欲しいと願います。

滋賀の家の屋根にはショウキさんの代わりに弁慶の人形を置きたいのですが、まだ見つけてないのです。屋根に置けそうな弁慶人形を見かけた方は前川までご一報くださいませ。

以前書き込みした衣川遺跡群について、1月に岩手考古学会が衣川を大会テーマに設定されるようです。

前川さんありがとうございます

No.4348

前川さん、大河・義経の感想、待ってました。

ということは、ずっと御覧になっていたわけですね。
私はこらえ性がないので、渡=清盛が死ぬまでがやっとでした。
とにかく便利なハードデスクのレコーダーを買ったので、
見なくなって以降も毎回録画だけはしていたのですが、
けっきょく一生見たいと思わないだろうと思い、
たしか8月ごろに全消去しました。

だいたい、見るのが毎週苦痛なものを、見続けることはできません。
しかも、見ていると、実に不愉快になり、自然に不機嫌になるので、
家族も見ないでほしいと懇願します。

少なくとも、私にとっては、腹が立つばかりで、
とてもじゃないが、娯楽になりません。

何度も言ってきたつもりですが、
私は、史実に忠実なモノを求めているのではなく、
楽しめるドラマをつくってほしいと言っているのです。
ドラマとして水準が低すぎる。見るに堪えない。

べつに歴史家は歴史の勉強ばかりしているのではなく、
ドラマも映画も芝居も見ているのです。
いいものを見てるんですよ。目が肥えているんですよ。
それがわかっているんだろうか。

とうぶん、私は大河とはおつき合いしません。
あきらかに時間の浪費です。

Re: 岩田君の慧眼→「鎌倉幕府」の再評価へ

長村祥知
No.4349

ご無沙汰しております。
野口先生、お誘いいただきありがとうございます。
岩田さんのご報告は是非拝聴したいのですが、ちょっと行けそうにないです。すいません。
岩田さん、がんばってください。
山岡さん、幹事お疲れ様です。