元木泰雄編『王朝の変容と武者』遂に刊行

No.3912

 清文堂『古代の人物』の第6巻、元木泰雄編『王朝の変容と武者』が刊行され、本日手許に届きました。内容も装丁も立派な本です。難産の末に生まれただけに(野口執筆部分)、感慨一入です。何はともあれ、一身に御苦労を担われた、この巻の編者である元木先生にお祝いとお礼を申し上げます。この掲示板を御覧の方には、御購入と御精読をお勧めするばかりです。
 この本の構成は以下のとおりです。
 
   本巻のねらい 王朝の変容と武者・・元木泰雄(京都大学大学院教授)
  Ⅰ 道長と王朝の栄華
    藤原道長・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤友康(東京大学教授)
    東三条院藤原詮子・・・・・・・・・・・・・伴瀬明美(同助手)
    藤原実資・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松薗 斉(愛知学院大学教授)
    藤原行成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・関口 力(古代学研究所助教授)
    三条天皇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中込律子(学習院大学講師)
    清少納言と紫式部・・・・・・・・・・・・・古瀬奈津子(お茶の水女子大学教授)
    【様々な源氏】・・・・・・・・・・・・・・・・・佐伯智広(京都大学大学院生)
   Ⅱ 摂関政治の衰退
    藤原頼通・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・元木泰雄
    後三条天皇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・美川 圭(摂南大学教授)
    白河天皇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・上島 享(京都府立大学助教授)
    藤原師実・師通・・・・・・・・・・・・・・・佐藤健治(東北学院大学講師)
    源 師房・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡野友彦(皇學館大学教授)
    源 俊明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村真美子(学習院大学研究員)
    成 尋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石井正敏(中央大学教授)
    【受領たち】・・・・・・・・・・・・・・・・・・元木泰雄
   Ⅲ 武士と地方の反乱
    袴垂と保昌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・関 幸彦(鶴見大学教授)
    藤原隆家・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・野口 実(京都女子大学教授)
    源 頼光・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近藤好和(駒澤大学講師)
    源 頼信・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・横澤大典(龍谷大学講師)
    安倍頼良・貞任・・・・・・・・・・・・・・・戸川 点(都立南高校教諭)
    源 頼義・義家・・・・・・・・・・・・・・・元木泰雄
    平 正盛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西村 隆(京都府立総合資料館)
    【『今昔物語集』に見える猛者たち】・・元木泰雄 
               A5判上製本 カバー装 本体3800円 

Re: 元木泰雄編『王朝の変容と武者』遂に刊行

No.3916

野口先生、ご紹介有難うございます。
 先生はもとより、多くの方々には早々に玉稿を賜りながら、刊行期限を大幅に超過いたし、誠に申し訳ありませんでした。
 ともかく、やっと出ました。

 それにしても、2004年には刊行のはずが、超過に超過を重ね、6月26日の大歴には間に合うという最後の約束も守られませんでした。
 でも、出ただけマシ、ということでしょうか。昨日の時点では、京大生協には並んでおりませんでした。一般書店の店頭に並ぶのは、まだ先でしょうか?
 刊行の遅延はともかく、内容については力作、野心作が目白押しです。また、中にはかなり様々な点で、歴史的評価が異なる論考もあります。一般読者には、やや混乱を与える面もあるかもしれませんが、歴史を学ぶ諸君には、勉強会のよきテキストになると思います。
 はたで見ていてハラハラ、イライラさせられましたが、編集者というのは何とも難しい仕事ですね。誰とは言いませんが、人柄がよすぎるとなかなか本が出ないし、逆に押しが強過ぎると執筆者が腹を立ててしまうし。中には気持ち悪がらせて原稿を集めたk出版の変わった編集者もいましたが・・・。
 ただ、何でも同じですが、よい仕事の根底には、日ごろからの信頼関係が必ず存するということに相違はありません。
 大勢のメンバーを束ねる編者も、血圧が上がる仕事ですね。
 前回の『日本の時代史』では、日常的にもお付き合いもあり、お仕事の内容も理解している方々ばかりだったので、気持ちよく充実した仕事ができました。今回は人数も多く、全く存じ上げない方もおられましたので、色々気を遣いました。
 確実なのは、いざとなれば、編者が腹を切る、というのはかなり有効な恫喝である、ということです。
 古代の人物全巻が完結するかどうか。
 あとは高見の見物とさせていただきましょう。ご執筆の皆様も、ご一緒に・・・。

 『中世の人物・第一巻 院政と源平の争乱』の執筆に際しましては、またご面倒をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます?・・・

夏の学習会のことなど

No.3905

 下の>>No.3898で野口先生からご案内いただきましたように、夏に向け
 ・ゼミ旅行の事前勉強会(ゼミ旅行は鹿児島です)
 ・夏休み中の学習会(去年は大庭御厨の史料講読でした)
 ・後期のゼミ、吾妻鏡講読会の日程
 ・その他
などについての計画を立てていきたいと思います。

 次回、7/6(水)のゼミ例会では、上記のことなどについてメンバーのみなさんの意見を出し合う相談に宛てたいと思います。
 ゼミ旅行に参加される方は事前勉強会の希望日程と事前勉強会で取り上げるべき題材の候補を、夏休み中の学習会に興味をお持ちの方はそこで取り組みたいと思うテーマや希望の日程をリストアップしておいてください。

 以上の件について、ご相談・ご質問のある方、或いは7/6(水)の例会には参加できそうにないという方は、事前に岩田宛にご連絡ください。よろしくお願いします。

 次回、宗教・文化研究所ゼミナール例会(夏の相談会)
 7/6(水)18:00~(予定)
 於、L校舎3階 共同研究室

次回、吾妻鑑

岩田慎平
No.3906

◆次回、7/4(月)の吾妻鑑の講読の範囲をお知らせします。
 建暦二年八月十八日条、九月二日条、九月十五日条、九月十七日条
     九月二十一日条、十月十一日条、十月二十二日条
 以上です。
 今後の吾妻鑑講読の予定なども、このときに相談しましょう。

◆上にも書きましたが、次回のゼミの例会は7/6(水)です。
 ・ゼミ旅行の事前勉強会
 ・夏休み中の学習会
 ・後期のゼミ、吾妻鏡講読会の日程
 ・その他
 などのついて話し合う場にしたいと思いますので、みなさんアイデアをお持ち寄りください。

蒸暑、お見舞い申し上げます。

No.3907

>岩田君  師範代のお勤め、お疲れ様です。ゼミメンバーの皆さんは、しっかり御協力下さい。
 
 春休みの論文講読会は、良い勉強になりましたね。
 私が主催できる史料講読会としては中山法華経寺所蔵「日蓮遺文紙背文書」の一部とか、土田直鎮先生の講義ノートに基づく『小右記』講読くらいでしょうか。
 ゼミ旅行の事前勉強ですが、国文の人は俊寛の流刑に関するあたりを長門本『平家物語』でよく読んでおいて下さい。面白いと思います。
 それから、佐伯先生にお教えいただいた平田俊春『平家物語の批判的研究』を図書館から借りだしてきました。研究史の整理からして、さすがに歴史学者によるものだけに、取っつきやすく、納得のいく内容です。今後おおいに活用したいと思います。長村君は、もう読みましたか?
 
 本日は、大阪の渡辺橋のたもとで「保元・平治の乱」をテーマにお話しをさせていただいて参りました。テキストには元木先生の『保元・平治の乱を読みなおす』をベースにして作成した資料を使わせていただきました。
 この元木先生の御著書が両乱に関する研究の最新最高の水準を示すものである一方、研究史的に戦後歴史学の成果を振り返ってみると、飯田悠紀子『保元・平治の乱』(教育者歴史新書、1979年)を高く評価せざるを得ません。飯田さんは安田元久先生のまさに直弟子。日本中世史の世界から離れてしまわれたのが、今さら何とも残念に思えます。

 ☆ 新刊の『歴史地理教育』686に掲載されている髙橋昌明「武士をどう教えてはいけないか」は学校で日本史を教えている先生方に向けて書かれたものですが、武士論専攻の方、国文の軍記物語専攻の方もお読みになるとよいと思います。

 ☆ 本日、秋田大学の志立正知先生より御高論「羽後佐竹領における八幡太郎義家伝承の形成」(『軍記と語り物』41)を御恵送いただきました。近世になって出羽に転封されてきた佐竹氏領における義家伝承展開の背景が解明されています。
 志立先生にあつく御礼を申し上げます。

>長村君  ↓ここに貴兄の論文評を見つけました。
      http://d.hatena.ne.jp/yotomusi/20050619/p4

Re: 夏の学習会のことなど

末松憲子
No.3908

野口先生

先日はお疲れ様でした。
事前学習会も含め、久しぶりに皆様にお会いできて、とても楽しかったです。

夏休みの学習会、今年も開催されるんですね。
日蓮宗の紙背文書、しかも中山法華寺、大変興味がひかれます!!
6日は6時間目が授業にあたっていて、顔を出せませんので、ここに一票を投じさせていただきます。
(とはいえ、修論を控えた2回生組の一人なので、一票の半分くらいにお考え下さいませ…)

平田俊春『平家物語の批判的研究』

長村祥知
No.3909

野口先生
平田著書には『六代勝事記』の論文も収録されており、その内容は、吾妻鏡をもとに『六代勝事記』が作成されたとする益田宗氏の説を批判し、『六代勝事記』をもとに『吾妻鏡』の関係記事が編纂されたことを文献学的手法から論じたもので、説得力があります。
 その論文は卒業論文執筆時に精読したのですが、本論にあたる『平家物語』の論考は飛ばし読みしかできておりません。原文引用の研究史整理や本文の対照など、便利な本ではありますが、あれだけ大部な書物ですので・・・

岩田さん
夏の学習会の準備、おつかれさまです。次の月曜日にお会いできたらその時に。

紫苑第2号のPDF

No.3910

>野口先生
ブログにコメントのあった、紫苑第2号の落丁と矢印の件について修正をいたしました。
第3号の方は、夏休みあたりにぼちぼち電子化していこうと考えています。

日東印刷の越野さんに感謝。

No.3911

 >鈴木君  校務でお忙しい中、さっそくの対応、ありがとうございました。
 『紫苑』第3号の電子化については、山岡編集長のもとに修正済みのフロッピーを集約して、仕事をすすめて下さい。
 >山岡さん  前にも書きましたが、4号も、そろそろ始めないと。

 『紫苑』といえば、創刊号以来、印刷・製本でお世話になった日東印刷の越野さんが担当地域が代わることになり、京都女子大には今日が最後とのことで、研究室に挨拶に来てくださいました。いろいろ無理なお願いをきいてくれたり、校正に何度も足を運んでくれたり、本当にお世話になりました。編集長の山岡さんとは、もう戦友の如きお友達ですね。これからの御活躍を祈念いたしております。

 >末松さん  私のいう中山法華経寺の紙背文書は、鎌倉時代の下総・伊賀守護千葉氏の守護所における裁判や所領支配に関するものです。じつに生々しい内容で、中世前期に生きた人々にシンパシーを感じることの出来る史料だと思います。

 >岩田君  「夏の相談会」って、「どこかで聞いたことあるなぁ?」と思っていたら
自動車屋さんの「夏の商談会」でした。

そろそろ…。

山岡瞳
No.3913

>野口先生
紫苑、ぎりぎりになってバタバタしないためにもそろそろ動き出したいと思います。今号は、背表紙にいままでなかった文字をいれたいですね☆

担当が変わってしまうのは本当に残念です。越野さんには大変お世話になっていましたので。野口先生のおっしゃるとおり、構成の度にわざわざ来ていただいて、割の合わない仕事だったのではないかと思います。今までありがとうございました。

「三浦の石田次郎為久がうち奉たるぞや」

No.3901

 『平家物語』で最高の名場面といわれれば、多くの人が「木曾最期」をあげるでしょう。御多分に漏れず私も高校時代、古典の教科書で、これに感動。「木曾左馬頭、其の日の装束には・・・」以下をそらんじて(当時の記憶力がいとおしい)、ギターで平曲にチャレンジしたりしておりました。あの時の古典の先生は、野球部の監督などもしておられましたが、学者肌で、その情景が眼前に展開するかのような、なかなか味のある授業をしてくださいました。『平家物語』を教材に使う場合、国語の先生は琵琶法師に徹するべきだとおもいます。これが、「文法がどうの」「入試出題の頻度がどうの」という授業では、まったく味気ない。ちなみに、30年ほどのちに、この先生と某大学で同僚になったのは奇遇でありました。
 さて、その「木曾最期」で義仲を討ったのが石田為久ですが、このことが確実な史料によって確認できることを、先日御恵送いただいた菱沼一憲『源義経の合戦と戦略』で知ることが出来ました。三条実房の日記『愚昧記』に義仲を討ちとったのは「義経郎従字石田二郎」と明記されているのです。菱沼先生はこの記事を前提に、宇治から入京した義経軍が、そのまま義仲軍を追撃して大津の打出浜で義仲を捕捉したとの推測を示されていますが、慧眼と言うべきでしょう。
 ちなみに、義経軍の上洛についての最新の研究としては、上記の他に、元木泰雄「頼朝軍の上洛」(上横手雅敬編『中世公武権力の構造と展開』吉川弘文館、2001)、川合康「治承・寿永内乱と伊勢・伊賀平氏」(同『鎌倉幕府成立史の研究』校倉書房、2004)があります。平家諸本の記事をならべて、上洛軍のルートを考えながらお読みになると面白いと思います。

 ☆ 昨日、公開講座で御講演を頂いた高橋慎一朗先生より、当ゼミの研究活動に資するために、御高論「戦国期の仏陀寺を支えた人々」掲載の『寺院史研究』第6号および『東京大学教養学部美術博物館資料集2-有職故実類-』(2冊)をいただきました。あつく御礼申しあげます。 

『愚昧記』のこと

佐伯真一
No.3902

 このところご無沙汰しております。講演会も行きたかったのですが、結局うかがえず、失礼致しました。
 さて、今日は大河ドラマも木曽最期でしたが、やっぱり文学研究の人間は、ここを一所懸命に読みます。この部分の『愚昧記』の記事を紹介した研究書としては、管見の範囲では、平田俊春『平家物語の批判的研究』中巻1067頁が古いかと思います。当日の記事、僅かながら翻刻があるのも嬉しいところ。木曽最期関係では、他に、『醍醐寺雑事記』について指摘しているのも、比較的珍しいのではないでしょうか。平田氏の立場はともあれ、また、出典や諸本の考証の全体的結論への賛否も別としてですが、やっぱりこの本は大した本だと思っています。
 なお、蛇足ですが、拙著・三弥井古典文庫『平家物語・下』は、『愚昧記』・『吾妻鏡』の石田次郎説と、『愚管抄』の伊勢三郎説を並べた上で、古典集成の「諸説錯綜」というのを引くだけで逃げています。菱沼さんの指摘は、琵琶湖畔で死んだ義仲を討ったのが、範頼軍ではなく義経軍の武士だったとする点、『愚管抄』の説とも一面で整合性を持つことになるところが、面白いと思います。『平家物語』では、義経は直ちに法皇を守護したということになっているのですが…。

「東軍一番手、九郎軍兵加千波羅平三」

No.3903

 佐伯先生、お久しぶりです。
 歴史学側の業績について見落としており、また先生の三弥井古典文庫『平家物語・下』も参照しておらず、汗顔の極みです。御教示ありがとうございました。
 承久の乱における幕府軍の動きを見ても、宇治から大和大路を北上するのが大軍による京都侵攻ルートのように思います。この辺りの状況については『玉葉』寿永3年正月20日条に詳しく、木曾方で宇治を守っていたのは美濃守義広。しかし、義広は討ち取られて「東軍」=義経軍は簡単に入京したようです。義仲は院を連れ出そうとしたところ、敵軍が襲来したので院を「棄て奉」って「周章対戦」して落ちていったとありますから、義経は院御所に参向したにせよ、義仲を追尾、捕捉したのは義経の配下の武士だったということなのでしょう。ちなみに、義経軍の一番手として入京したのは「加千波羅平三」=梶原景時でした。
 それにしても、こういう細かい戦闘経過など、歴史学の方では結構「アナ」になっているようで、諸記録・平家諸本の記事を国文学の成果に導かれつつ、しっかりと読み込んでいく取り組みが必要なようです(少なくとも私には)。
 なお、『玉葉』同日条において、記主兼実が義仲の没落を平治の乱の信頼になぞらえているのが興味深いところです。信頼を再評価された元木先生から一言いただきたい記事だと思います。

満員御礼。

No.3900

 研究所公開講座、無事に終了いたしました。お集まりいただいた方は200人超の由。暑い中をありがとうございました。
 講師の堤先生・高橋先生には、じつに有益且つ分かりやすい御講演をいただきました。御講演の後に予定外の小シンポジウム?まで・・・本当にありがとうございました。
 事前の準備を一切取りしきってくださった宗教教育センターの職員のみなさん、また、音響担当の鈴木君、受付主任をしてくださった山田さん、写真係の野口君(名古屋から着到)、懇親会幹事の山内さん・山岡さんをはじめとするゼミメンバー諸姉兄の御協力にあつく御礼申しあげます。
 遠方からお出で下さったNHK出版の石浜さん、西山美香先生、宇治の佐藤さんにもお目にかかれて幸いでした。
 古代学協会の古藤先生、『古代文化』の頒布、お疲れ様でした。
 私、相変わらずの迷走司会で、例によって公開講座ならぬ後悔講座の感なきにしもあらずですが、懇親会のビールは美味しく頂くことが出来ました。懇親会にお出で下さった山田先生・田中さんにも御礼を申し上げます。楽しい一時を過ごすことが出来ました。
 堤先生のゼミ生のお二人(末松さんの後輩)、当ゼミへの参加をお待ちいたしております。
 懇親会での収穫は、山内さんが事前学習会において報告した疑問を、直接、高橋先生に質問し、明快な御回答をいただけたこと。卒論で鎌倉北条氏を取り上げる予定の立花さんが高橋先生の知己を得ることが出来たことなどでしょうか。
 たいへん疲れましたが、本当に、うれしいことの多い一日だったと思います。ありがとうございました。

業務連絡とゼミの今後の日程について。

No.3898

 明日、公開講座当日、早めに来られる人は研究室にて昼食をどうぞ(申し訳ありませんが、場所のみの提供)。講演資料など会場に運んでほしいものがあります。
 懇親会、参加希望者が増えていますので、山内さん、宜しくお願いいたします。
 
 ◇ 7月に前期授業が終了してからあとの史料講読会・例会などの日程について検討できるように情報を整えておいて下さい。
   今月は27日(月)の『吾妻鏡』講読会はいつも通りに実施。『百錬抄』の方は7月6日(水・京女前期授業終了日)の16:30から実施します。
 
 ◇ ゼミ旅行の事前勉強会および夏休み中の史料ないし論文講読会などについて、実施希望があれば企画をお願いいたします。
 なお、7月第3~4週、工事のために共同研究室は使えません。
 
 ◇ 日帰りの見学会の希望も出ていますが、これについても行き先や日程についてお考え置き頂きたいと思います。
 
 ◇ 『紫苑』第4号についてもそろそろ、動き出した方がよいかと思います。
  ちなみに、本日、同志社大学の受講生の某君から、『紫苑』第3号の山内さん・山岡さんの論文に対して、「2回生であれだけ書けるとは!!」という讃辞をいただきました。               

Re: 業務連絡とゼミの今後の日程について。

No.3899

音響担当の鈴木です。

返信ができず申し訳ありません。(職場では常にチェックはしているのですが、レスする時間がありません。)

明日は、土曜日ですので上記の時間に参上することが出来そうです。
ミキサーは3年目ですが、失敗の無いように頑張ります。

ここ数ヶ月お会いできていない野口ゼミのメンバーに会えることも期待しています。
明日はよろしくお願いします。

朝日新聞の文化欄にあきれる

美川圭
No.3894

 大河ドラマの「義経」を見られなくなり、何週間かたつ美川です。

今日の朝日朝刊(6月23日)見て、目が点になりました。
久々「大河らしい大河」の声 好調「義経」3者3論のタイトル。

そしてTVプロデユーサーの大山勝美氏、放送作家の山田美保子氏、そして服藤早苗氏、
の談話が載っている。さすがに服藤氏は歴史家なので、批判的だが(ただあまりに女性の視角すぎると思うが)、あとの二人はまるで太鼓持ちのようである。私は山田さんという人を知らないのだが、大山勝美氏は有名な人ではある。でもあまりの違和感にびっくりである。大学の同じ学部の同級生が、いま朝日の文化部長をやっているので、これから某所で攻撃モードに移る予定です。許せんからな。

「男院」の先例としての「女院」

No.3896

 美川先生、当BBSではお久しぶりです。
 私も今朝、新聞を広げて驚きいりました。いくら視聴率が高くても、また史実との乖離や最近の研究成果の反映云々は抜きにしても、今回の『義経』、とても久々の「大河らしい」とは思えないからです。大方の見方も同様だと思っていたのですが。

 さて、いよいよ公開講座が明後日に迫りました。山内さん、懇親会の手配、ありがとうございました。なお、幹事さんの迷惑になりますので、参加される方は必ず事前にお申し込み下さい。
 下にも書きましたが、当日の運営のお手伝い、電気機器担当の鈴木君(教諭)をはじめとするゼミメンバーの皆さん、よろしくお願いいたします。明後日も暑そうです。

 ☆ 本日、東京都立大学大学院の高松百香さんから御高論「院政期摂関家と上東門院故実」(『日本史研究』513)を御恵送いただきました。当ゼミメンバーの平田さんや山岡さんは既に精読されていることと思います。如何でした?
 「男院」という歴史名辞を提示されているのが印象的で、とても刺激的なこの御高論にたいしては、私などより、元木先生や美川先生にコメントをお願いしたいところです。
 高松さん、『平家物語』研究会で御構想をうかがってから、論文としての発表を楽しみに致しておりました。あつく御礼申しあげます。

研究所公開講座の御案内(再掲)+α

No.3892

◇◆◇京都女子大学 宗教・文化研究所公開講座◇◆◇
 
    『平家の本拠・平家の鎮魂』(シリーズ 東山から発信する京都の歴史と文化⑦ )
      「「六波羅」から中世を考える」
       東京大学史料編纂所助教授 高橋 慎一朗 氏
     「小宰相の局と「耳無し芳一」伝承―いくさ語りから江戸怪談へ―」
       京都精華大学教授 堤 邦彦 氏
     日時: 6月25日(土)13:00~14:30・15:00~16:30 終了17:00
     場所:J525教室(京都女子大学J校舎5F・市バス馬町バス停下車 東へ徒歩約5分)

  ◇ 『古代文化』の頒布について
 公開講座当日には古代学協会・古代学研究所の古藤真平先生が、以下の平家や武士論関連の『古代文化』特輯号を会場前にて実費頒布してくださるとのことですので、この機会を是非御利用下さい。
  2002年6月号『武門の台頭と地域権力の創出』
  2003年2・3月号『11~15世紀における南九州の歴史的展開』
  2005年4月号『平家と福原』
 の4冊で、いずれも当研究所における個人・共同研究に関連したり、その成果を含むものです。

 ☆ ゼミメンバーのみなさんへ業務連絡
 >山岡さん・山田さん・尻池さん  昨日は、公開講座当日配布の資料の用意についてお手伝いをありがとうございました。

 >山内さん・末松さん  事前学習会の報告、ありがとうございました。大変充実した内容でした。

 >当日お出で頂けるみなさん  昨日、申し上げた段取り通りにお願いいたします。なお、各講演後、時間があれば質問の時間をとりたいと思いますので、そのさいのマイク係をどなたかお願いいたします。なお、機器類については鈴木君、よろしくお願いいたします。いずれにしましても、みなさんのサポートを頼りにしています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ☆ 『清盛以前』復刊の立役者判明
 すでに在庫切れ間近という高橋昌明『増補改訂清盛以前』(文理閣)の255ページで著者の高橋昌明先生が、この本の復刊リクエストの声をあげてくれた「お顔も知らぬ」ある人物に謝辞を述べておられますが、その人物が特定されました。思わぬほど身近におられたので驚いています
 当ゼミのメンバーであることは言うまでもありません。 

公開講座の懇親会のお知らせ

No.3893

公開講座後の懇親会のお店が決定いたしましたのでご連絡致します。

場所:『酔心』(京都駅前・近鉄プラッツ向かい)
予算:3000円
時間:18:00~20:00

以上を予定しております。宜しくお願い致します。

明日の講演会のこと

No.3897

元NHKブックス編集者の石浜です。懇親会、是非とも参加させていただきます。よろしくどうぞ。

ご無沙汰しております

遠藤明子
No.3889

 野口先生こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

 三浦一族研究会の総会ではお伺いすることができず大変失礼いたしました。

 先日、先生の「武家の棟梁源氏はなぜ滅んだか」新人物往来社を再読したいと思い、図書館で借りてきました(家のスペースがないので実家に持って帰っていたのです…すみません…)

 そうしたら217Pの4行め「三寅は頼朝の姉の曾孫にあたり」という一文に鉛筆で傍線が書き込んであり、しかも「姉」に×して「妹」と記入してあるんです。

 これを書き込んだ人は「ここ間違ってるじゃないか。直してやらなにゃあ」という親切心(お節介だよ!)だったのかもしれませんが、そもそもあれは頼朝の「姉」ですよね。
 私は「証拠となる記録(あるいは傍証)がある」という話しか知らないのですが、もしご存じでしたらご教示いただければ幸いです。そのページをコピーして挟んで返却してやります(やめなさい)。
 というかそもそも図書館の本に書き込むなんてもう。勘違いも含めて説教してやりたい気分です。

 でも野口先生、同じ見開きの216P14~15行め

「二階堂行光が鎌倉へ下向の際、頼家の遺児で仁和寺に入っていた禅暁を伴っていることは~」

 とお書きになっている部分について私は「禅暁が鎌倉に来たことがある」と解釈していたのですが、教えていただいた史料と『吾妻鏡』をつきあわせる限りでは確かに禅暁が鎌倉に行ったという確証が得られないのです。
 私は「禅暁は仁和寺を離れたにすぎず、京都からも出ていない」と考えているのですが、他に何か参考となる史料がありましたら重ねてご教示願えればありがたく存じます。

 そういえばまだまだ先のことながら、1月と3月は斎宮博物館で野口先生と山田邦和さまのご講演ですね。どちらも興味深いテーマで、どんなお話をなさるのか今から楽しみです。行けるといいな伊勢…。 

Re: ご無沙汰しております

No.3890

 禅暁の鎌倉下向については『大日本史料』4-15の510ページの記事を前提にしています。「下向」は鎌倉下向でしょう。「下向」ですから京都を出たことは確かでしょうが、しかし、鎌倉到着の記事はありませんから、たしかに行ったとは断定できません。
 源義朝の娘で一条能保の妻のことは、普通は頼朝の「妹」とされています。しかし、私の恩師の貫達人先生は、『吾妻鏡』建久元年四月二十日条の記事からすると姉になることと、妹だとすると結婚は平治の乱の後のことになり、能保が謀反人の娘とわさわざ結婚するというようなことがあるのかということなどを理由に妹説に疑問を呈しました(『鎌倉』84掲載論文)。私もこれに納得して従ったわけです。
 ただ、所生の高能の誕生が1176年であったり、姉とするのは不合理な点もあり、さらに最近の研究では彼女の背後には保護者として熱田大宮司家が控えていたことが明らかで、乱後の婚姻もおかしくはないと思われ、「妹」でよいように思っています。

す、すごい

遠藤明子
No.3891

 突然の不躾な質問にも関わらず丁寧なお返事をありがとうございました。

 以前教えていただいた史料は仁和寺の記録なので「禅暁くん鎌倉にいっちゃったねえ」と思っていたのは仁和寺の人だけで実は…という気がしてならなかったのです。
「大日本史料」の方も確認してみます。

 一条能保の妻については妹説の方が有力だったとは知りませんでした。ということは私の勇み足? こちらもご教示ありがとうございます。
 でも図書館の本に書き込みがあるのは問題なので消しておきますね。

公開講座会場前で頒布する『古代文化』

No.3888

 下記NO.3886でお知らせしましたように、公開講座当日、会場受付にて古代学協会の古藤真平先生が『古代文化』を実費頒布してくださいます。
 持参していただくバックナンバーは、
  2002年6月号『武門の台頭と地域権力の創出』
  2003年2・3月号『11~15世紀における南九州の歴史的展開』
  2005年4月号『平家と福原』
 の4冊で、いずれも当研究所における個人・共同研究に関連したり、その成果を含むものです。

白熊ツアー・フェリーについて。

No.3887

 白くまツアー往路のフェリーに関してです。現在2等室(¥7040)を予定しておりますが、乗船される方の中で2等寝台(¥10500)などを希望されるかたがいらっしゃいましたら門屋までお知らせください。様子がわからない方は写真が宮崎カーフェリーのサイトにあります。http://www.marineexpress.co.jp/koro/osaka_annai_ex.html#kyakushitsu
明日までということにさせていただきたいと思います。2等室で構わない場合返信は不要です。 よろしくお願いします。

Re: 白熊ツアー・フェリーについて。

美川圭
No.3895

船と聞くと、むずむずしてきます。
かつて船●●●●を自認しておりました。
私は、この旅行には、残念ながら参加できないのですが、
この船についての詳しい情報を載せているサイトを紹介しておきます。

http://homepage2.nifty.com/capt-wan/osk-exp.htm

この船は乗ったことがありませんが、
構造からすると、2等は船首に近いので、揺れやすいかも。
私は、とにかく、船に乗ると、揺れてほしいのですが。

なお、この船にはめずらしく、1等のシングル個室があります。