ちょっと大河ドラマの想い出

美川圭
No.361

私の『院政の研究』のあとがき、にも書いたのですが。
私が、日本史の世界に入るきっかけは、大河ドラマの「太閤記」です。小学校3年生の時だったのではないかと思います。
本能寺での信長の死にはまり、毎時間学校の授業中に、ものさしで切腹をし、おかげで、いつも廊下に出されて、ろくに授業をうけさせてもらえなかったからです。それほど、高橋幸治演ずる信長の本能寺は衝撃的だったのでしょう。
この大河はほとんど残っていませんが、一部本能寺のシーンが残っています。ただ、私がよく思い出すのは、朝歯をみがいている信長とそこに矢が飛んできて、信長の腕にあたり、負傷するシーンです。へんなシーンです。それから、信長の死を知った緒形拳ふんする秀吉が、戦場で長ネギに塩をふりかけて食うシーンです。
ちなみに、当時の私は、切腹をするか、「人間五十年・・・」と敦盛を舞うかしか能のないできの悪い小学生でした。
その小学生も、そろそろ「人間五十年」に近くなってきました。

Re: 大河ドラマの想い出

野口実
No.362

美川先生、お帰りなさい。北海道は如何でしたか?今夏、東国は冷夏のようですが、お盆の時期、京都は日差しは少ないものの毎日蒸し暑く、仕事ははかどりませんでした。しかし、一昨日から京女で開いている史料の集中講読はハードなものです。次は金曜日。
さて、大河ドラマですが、私も一番印象にのこっているのは、太閤記です。やはり信長は高橋幸治、秀吉は緒形拳がはまり役ですね。本能寺の信長が歯を磨いているシーン、私も覚えております。ただ、私が歴史に志すきっかけになったのは、テレビよりも子供向けの「とよとみひでよし」(たしか偕成社という出版社から出していた小学校低学年向きのシリーズの一冊)でした。同時に買って貰った「エジソン」も愛読しましたが、やはり秀吉の出世物語は劣等感の固まりだった私には魅力で、何度読んだかわかりません。今、その太閤さんのお墓の麓にある大学に勤務しているのも何かのご縁というものでしょうか。

Re: ちょっと大河ドラマの想い出

長村祥知
No.368

野口先生、お忙しい中、我々のために時間と労力を割いて頂きましてありがとうございました。広い視野から一語一語を細かく見直していくことが新しい解釈の可能性を生み出すことにつながるのだということが明確な課題としてわかったような気がします。「気」で終わらずに、実際に形にできれば言うことはないのですが・・・

美川先生、野口先生、僕も小学生の頃は漫画や小説の類にはまっていました。特に武田信玄。
子供の頃の嗜好が将来に大きな影響を与えるということが、尊敬する先生方にもあたっていて少しうれしいです。
ただ不思議なことに、昔見たテレビで覚えているのは、暴れん坊将軍がチャンバラしているシーンだけなんです。一杯見たはずなのに

高松の件 再び

No.359

高速料金を調べましたので、再送致します。
日程は9月16日でいかがですか?
あと料金ですがサイトで調べまして1万を少し超えるくらいになります。距離はそうでもないのですが橋を使う関係でやはりこれくらいになります。
高速料金に加えレンタカーとその他食費等の雑費になります。
先方に連絡する必要がありますので日に関するお返事を早くいただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。

平家物語研究会と前日の公開研究会の件

No.356

9月の平家物語研究会に、なんとか参加できる目途が立ちそうです。それで、前日の宗教文化研究所での公開研究会の詳細を知りたいのですが、どうすればよろしいでしょうか。
ところで、美川先生のNHKブックス『白河法皇』について、鎌倉時代史掲示板にて論争めいたことがあって、それについて野口ゼミの旅行で話し合われたとのこと。どんな意見が出たのかなど、お教えいただけますでしょうか。また、あの論争を読んで、どのような感想をお持ちになったか、聞かせていただきたいなと。

さすがはNHKです。

野口実
No.357

石浜さん、再びの書き込みありがとうございます。さすがに、天下のNHKだけあって、「幅が広い」です。
9月13日の研究会は、「公開研究会」と言うとちょっと大げさですが、以前『平家物語』研究会で清和源氏重宗流を題材に中世前期の武士について素晴らしい報告をされた都立大院の伊藤瑠美さんに、神戸にお出でになられるついでに、当ゼミメンバー(もちろん私もです)への啓蒙のためにお話をお願いしたもので、「公開」とは、ゼミないしゼミメンバーの関係者のうちで「関心のある方は事前にご連絡の上、どうぞ」といった趣旨のものです。石浜さんは十分に関係者ですので、もちろん大歓迎です。13日の午後、場所は宗教・文化研究所の共同研究室です。くわしくは、後日この掲示板でお知らせすることになると思います。
美川先生の『白河法皇』の書評とそれにたいする意見のやりとりについて、石浜さんは編集者として看過できないものがおありだと思います。これは、『平家物語』研究会の懇親会ででも、多くの方と直接に膝を交えて語り合いましょう。
さて、本日から当ゼミでは「櫟木文書」の集中講読会を始めましたが、メンバーの熱心なことには言い出しっぺの私が大いに驚かされております。滑川さん・山本君・長村君のレジュメ・資料の充実ぶりには脱帽です。私が言うのは親バカの類かもしれませんが、石浜さん!将来のNHKブックスの執筆について、今のうちから彼らに依頼しておいたら良いのではないでしょうか?私などより、ずっと当てになるかも。

Re: 平家物語研究会と前日の公開研究会の件

No.358

野口先生、ここで、そうですね、とか、そうかもしれませんね、
とは、とてもじゃないですが、お返事できませんので、個人的
にその方たちにあって、そう言うようにいたします。

Re: 平家物語研究会と前日の公開研究会の件

美川圭
No.360

石浜さん、こんにちは。美川です。
大学の同級生たちのメーリングリストに、「こんな本出しましたよ」と書き込んだら、現代史出身の某女史が、その書評を出してくれました。こういうのはうれしいです。ご参考までに。
もちろん、五味さんより、はるかにしっかり読んでくれてます。

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3f1b51febfc3101014ed?aid=p-pipihime44986&bibid=02337488&revid=0000241304

Re: 平家物語研究会と前日の公開研究会の件

No.364

美川先生、いい情報を教えていただき、ありがとうございます。
こうしたいい書評を読むと、ほっとします。

Re: 平家物語研究会と前日の公開研究会の件

No.366

石浜さんへ
 ご無沙汰しております。4月の平家物語研究会で発表をしました田中です。(あの一日は、人生でリセットしたい日No1になりました・・・(_ _; )9月の研究会ですが、9月13日の15時からという予定になっております。日が近づけばまた掲示板に詳細を書き込むつもりです。ご予定をたてる参考までに・・・。

野口先生へ

No.349

私信ですが・・・
先生のお宅へメールを送ろうと思ったのですが、サーバーから拒否されてしまい、送ることが出来ません。なぜでしょう??

何でだろ~?

No.350

皆目分かりません。やはり、小生には飛脚とか糸電話が似合うのでしょうか。もっとも、田中さんのmokey・・・のアドレスも、こちらからの送信が不能でした。
本日より研究室を開店し、さっそく出張申請書を出そうとしましたが、事務部門が今日までお休みでした。お盆休み中に執筆する予定の一年以上遅れている書評はついに終わらず、紀要の原稿などなど・・・もあり、イベント目白押しでハードな夏休み後半になりそうです。こういう状態を「手はもじゃもじゃの長谷の観音」といいます(恩師からの伝授)。みなさん、よろしくご協力を!

技術担当です。

No.351

野口先生宅のアドレスとは、OCNのアドレスの事でしょうか?

mokey・・・は田中さんの携帯アドレスで、
田中さんが受信拒否をされているという事ではないでしょうか?

お手数をおかけしてしまいすみません。よろしくお願いします。

加えて...
世の中のBlaster(or Lovesan)ウィルスの事ですが。
電話回線、PHS・携帯、またはISDN等でインターネットに接続されている方で
『最近ネットが遅いなぁ・・・。』『パソコンの調子が悪いなぁ』
という方はご連絡下さい。

僕の周りで感染する例が多くなってますのでお知らせします。

ういるす

永富絵里子
No.355

>僕の周りで感染する例が多くなってますのでお知らせします。
それって私のことですね?!(汗)
以前から調子がかなり悪かった私のPCもかなりの数のウイルスの猛威にやられ、昨日から鈴木くんのおうちに入院しております。(泣)
皆さんもくれぐれもご注意を・・・☆
ちなみに母にさっき
「私のPCがウイルスにやられて・・・」って話をしたら
「えーえりちゃんにうつったら大変やねえ。うつらんようにしーや。」と大まじめな返答が帰ってまいりました。
母は人間にも感染するのだと本気で思っていたようです(^^;)

開田城の歴史

野口実
No.348

本日、ある論文集出版の打ち合わせの会で大阪市立大学の仁木宏先生から明日、下記のような講演会が開かれることを伺いました。直前ですが、ご案内いたします。
「戦国時代の乙訓・西岡と開田城」主催:日本史研究会
 8月17日(日)13:30~16:30
会場 長岡京市立中央公民館 阪急長岡天神駅より西へ徒歩10分
              JR長岡京駅より西へ徒歩20分
 福島克彦氏(城郭談話会)「西岡の中世城館と開田城」
 仁木宏氏(大阪市立大学)「中世の開田村と中小路氏」
  講演会後、開田城跡の見学
  事前申し込み不要  資料代100円

史料講読関連

No.343

史料講読についての書き込み遅れました。学校のサーバーを調整したらしいのですが、逆につながりにくくなりました。本当に調整したのか?という感じです。さて本題の史料購読の予定についてですが、長村君の予行発表が約30分ぐらいなので、そんなに時間は割かれることはないのですが、大体一日にどれくらい進むかまだはっきりとわからないので、いろいろ案を考えました。
①史料講読1日目=19日にする。
②史料講読が予定より早く終った日にする。
③中休みの21日にする。
④23日か24日にする。
⑤25日の当日、ゼミの人が来る直前にする。
などとにかく史料の進み具合で判断します。あくまで案です。
なかなかいい案がありません(泣)。誰かいい案があったらお願いします。史料講読の予習をしている内に、両親が東京にいる内に一度相馬御厨に行ってみたいと思うようになりました。両親の住んでいる葛西の付近には「東京デズネーランド」(ちなみに花火が家から見えました)がありますが、そういう所へは行かず(行けず?)、史跡ばかり廻っている自分は変でしょうか?
>大根田くん
お久しぶりです。風の噂で『大漢和辞典』等たくさん本を購入したと聞きました。資金源は何処なんですか?教えてください。
>永富さん
自分もこの間買ってきた「八咫烏」団扇を扇ぎながら、「八咫烏警備保障」を思い出して一人で思わず笑いました。条件反射かな?

Re: 史料講読関連

野口実
No.344

日程はすでにみなさんの都合で決めてあるので、一部の人で場所を変えて行うならともかく、そもそも③④は不可能でしょう。⑤も研究会の会場がいつもとは別のところですし、多くの方々をお迎えするうえは、朝からいろいろ準備がありますから無理でしょう。したがって②あたりが適切でしょうか。
葛西は葛西御厨の地です。今回講読する櫟木文書には葛西御厨関係の文書も多く含まれています。しかし、東京近郊の荘園の故地は歩いても、せいぜい地名がのこっているくらいなものです。
それはともかく、越前斎藤氏の方は進んでいますか。

Re: 史料講読関連

長村祥知
No.347

ごぶさたしております。しばらく見ないうちに、自分の事で色々と山本さんはじめみなさまに余計な気遣いをさせてしまったようで恐縮です。
もとから貧しい内容なので、事前に聞いて頂いて補充すべき点の御教示を仰ぐ、というのが予行演習の趣旨なので、やり直しがきく日時が良いです。
史料購読の予定時間(1時~6時)に時間が無いのでしたら、その前後(12時~あるいは6時~)では如何でしょうか?
19日に皆様に伺うつもりですが(何なら当日でも)、20か22が希望です。

古本。
自分も相当好きなのですが、今年の古本市には行けず残念でした。行かれた皆様、次にお会いするとき戦果を教えて下さい。
自転車に一杯の本を積んだ竹居先生は毎年恒例のお姿だと承っております

熊野旅行の写真の件

No.341

ゼミ旅行の写真を一括で集めて編集したいので写真を撮った人は史料講読会の時に持ってきてください。
よろしくお願いします。

Re: 熊野旅行の写真の件

野口実
No.363

20日も持っていくの忘れました。しかも、後でそれに気がつきました。申し訳ありません。金曜日には何とか忘れずに。巨岩の神倉神社や青岸渡寺の塔と那智の滝をバックにした集合写真は、なかなかのものです。

平家物語研究会

野口実
No.337

本日、9月14・15日に実施される平家物語研究会の御案内のメールを志立先生から頂きました。そこに、このHPのアドレスを掲示してくださっていたので、平家研メンバーの方で、初めてご覧下さる方もいらっしゃるかと思います。
この掲示板、すこし日付を戻っていただきますと元木泰雄氏・美川圭氏・近藤好和氏といった錚々たる史学研究者が楽しい書き込みをされて居られます(国文学では源先生も)。ゆっくりご覧下さい。
それから、トップにもあるように、研究会前日13日の午後、京都女子大学宗教・文化研究所共同研究室において、都立大院の伊藤瑠美さんをお招きして公開研究会を開く予定です。もし、御都合がつけば、こちらにもご参加下さい。
なお蛇足ながら、14日の野口報告は六波羅・福原・一ノ谷・屋島に関する雑談の類にすぎない話になろうことを、あらかじめお断りしておかなければなりません。その代わりにと言うことではありませんが、福原について専論をお持ちの山田邦和氏(花園大学教授・考古学)に御参加をお願いいたしました。また、『平清盛の闘い』の元木泰雄氏も御都合がつけばお出でいただけるとのことです。
関西開催のことゆえ、当ゼミ所属の院生・学生も多く出席させていただくと思いますが、よろしくお願い申し上げます。
なお、このHPのご感想・ご意見などございましたら、この掲示板に御遠慮なくお書き込みをお願いいたします。

SAGAさが

No.335

みなさま、こんにちは。触れ回ったのは自分ですが、たくさんのレスをありがとうございました☆さて、昨日よりお盆休みで佐賀県の祖母宅に来ていますが、お盆休みとはいえ年中無休の気分ですので佐賀県立図書館でインターネットを活用しながら相馬御厨について勉強中です。とはいうものの、さっぱり進みません。隊長にメールや電話でヘルプを求めながら頑張ります。まあ、佐賀県には肥前千葉氏もいたことですから、「千葉氏」とひけば何らかの本が出てくるわけですが、野口先生の論文(「千葉氏と西国」でした。ちなみに寄贈印と先生の名刺が付いてます)やら本やらが『郷土資料室』の書庫から登場したりします。さらに、外には病院の看板があって「御厨医院」・・・。私に勉強しろという事でしょうか・・・・?街中を自転車で走っていると更に「御厨歯科」も発見。「御厨」という苗字が多いのも地方ならではかもしれません。
>滑川さん
 そうなのです。資料講読会の初日には参加できないのです。一応、隊長の助言により安田元久の日本史小百科『荘園』を借りてにわか勉強中ですが、もしも何か紙面でまとめられることがあるならば、是非ともメールでいただきたいと思っています。
>野口先生
 24歳でご結婚とは・・・!私にはまだまだ先の話に感じられます。とりあえず今は荘園の事を勉強しているのですが、宗教文化研究所ゼミで吸収することが、これからの私のベースになっていくような気がして、今からワクワクしてもいます。ご期待に沿えるように頑張りますp(^^)q
>鈴木くん
 宇治川の花火大会では、人の多さに死にそうになりました。あの人員整理は大変だったでしょう。私は終わる直前に宇治を脱出したので、かなり楽に帰ったほうだと思います。腰お大事に。
>永富さん
 昨日、小城郡にある田中家と佐賀市内にある母方の家のお墓参りに行ったところ、かなりの確率で金字の墓石を見ました。不謹慎ながら一応デジカメで写真を撮ってきたので、また今度お見せします。
>大根田君
 どうでもいいことですが、11日の朝、阪急の河原町行きに乗ってませんでした??バイトへ行くときにお見かけしたような気がします。

肥前千葉氏

野口実
No.336

田中さん!「肥前千葉氏」と聞いては書き込まないわけには行かないではありませんか。しかし、帰省しても佐賀県立図書館で調査にいそしむ田中さんは学問の神様、いや女神ですね。期待通りです。
佐賀県立図書館の郷土資料室には、数年前二度に渉って千葉県史編纂の調査で赴きました。中世前期千葉氏の系図はここにある鍋島文庫本が一番史料価値が高く、千葉氏の平家物語たる『源平闘諍録』の記述と一致するのです。そこで私は、肥前に移住した系統の千葉氏が、この本を伝えたのではないかと考えているのです。小城の縁で田中さんも、この本の研究をしませんか。相馬御厨関係文書の講読はその入り口になると思います。
それにしても、小城には、村岡羊羹・小柳酒造などなどの社長さん
と様々なご縁があり、町立の郷土資料館にも、もうすぐ陽の目を見るはずの小生の原稿がございます。もし、開館しているようでしたら、こにおられる町の文化財担当の古庄秀樹さんを訪ねてみてください。
小城は史料も豊富だし、千葉城や円通寺をはじめ史跡も多いし、鯉料理も酒も和菓子もありますから、そのうちゼミ旅行で行きたいところですね。そういえば源氏ボタルの名所でもあります。それに山口・土佐中村に匹敵する正真正銘の小京都でもあります。くわしくは野口編『千葉氏の研究』(名著出版)をご参照下さい。なお、小城をちょっと見てみたい人はレンタルビデオで「男はつらいよ」第42作「ぼくの伯父さん」を借りて見てください。鄙びたいい感じの小城駅とか急な階段の神社こと千葉城址などが出てきます(ついでに吉野ヶ里遺跡も)。当時アイドルだった後藤久美子が小城高校の生徒の役で、吉岡秀隆演じる寅さんの甥満男の片想いの相手を演じております。このときのロケの話も、当時の町の観光課長さんからいろいろ伺っています。
「男はつらいよ」は若者には不評であろう前世紀的なストーリーの映画ですが、オヤジたる私には懐かしさを感じてしまう場面が多く、好きなシリーズです。34作の「寅次郎真実一路」には持躰松遺跡で有名になった鹿児島の金峰山が最後の場面に写ります。ここもまた、そのうちご案内したいところです。

Re: SAGAさが

大根田@阪大
No.338

すみません。あちこちに顔出してますが、佐賀ネタで盛り上がっている以上、見過ごすわけには行きません。
実は僕の母方の母(つまり祖母)が実は佐賀市に程近い巨勢町という所にあります(吉野ヶ里は発見されて以来、毎年遠目ながら見ています)。この町自体は目立った物はないのですが、1キロほどの所に旧大隈重信邸があります。今は資料館みたいなってまして、300円くらいで見る事ができます。あと神野(こうの)公園なるものがありまして、それは鍋島直正の別邸地であり、直正の別邸であった神野のお茶屋やその茶室であった隔林亭があるらしいです。小さい頃はよくこの公園で遊んでいました。ビックリハウスやら回転するブランコやらがあったと記憶しています。ちなみに詳しい場所は忘れましたが、近くに反射炉跡もあります。
佐賀駅の近くに佐賀県庁があって、その近くに佐賀城という小さな城があります。これも小さい頃にちょっとだけ行きました。堀なんかは今でも残ってます。その中に博物館、美術館もあります。嗚呼何か色々楽しい日々を思い出してきた・・・。
ちなみにここら辺から小城は10キロもないです。ですが行った記憶が全くありません。今度帰省した時にでも親父に頼んで行ってみます。
最後ですが、実は内の親戚も皆「田中」姓なんです。佐賀は「田中」は多いんですが、これほど土地が近く、名字も同じとなると、ひょっとしたら大本をたどると先祖が親戚同志だったりするんでしょうかねえ?>田中さん

そう言えば、僕を電車で見かけたとありましたが、それは古本市に行く最中の僕だと思います。あの日は午後から学校に行きたかったもんで、あんな朝早くに行かざるを得ませんでした。

お久しぶりです!!

No.339

レスおそくなりました。
ここ三日ほど見ないうちにまたまたかなり話が進んでいてついていくのが大変です_(^^;)ゞ

遅ればせながらですが、お誕生日おめでとうございます♪

下のスレッドのみなさんの書き込みを見つつ、「自分は24歳になったとき、一体何をしているのだろう」とふとしみじみ考えてしまいました。高校までは三年後の自分を想像すると
「大学へいってるのだろう。学部はまちがいなく文系だな」という感じで比較的漠然とはしていますがだいたい想像がついたのですが、近頃は三年後・・・といっても目標はあるものの、やはり現実はどうなっているのかかなり想像がつきにくいので、まわりがそろそろ就活だなんだと騒ぎ始めたこの時期というのもありけっこう不安でもあります。
不安解消にはとりあえず自分のレベルをあげて進んでいくしかないので頑張ります。
また相談することもあるかとは思いますが、よろしくお願いしますm(._.)m

あ、それとお墓の写真の件、ありがとうございます!!
このまえそのお話をきいた時からすごく興味があって昨日中学時代の友達と会った時に金字の墓を見たことがあるかときいてみたのですが、やはり誰も見たことがある人はいませんでした。
でも九州ではメジャーということは一体日本列島のどのあたりからその金字がメジャーになってくるのか、その分布が気になります。

でも墓の写真とったりしてることを友達にいうと「下手におがんだり写真とったらそこの霊がついてくるよ~」と言われてしまいました。
もしそうであるなら一体私の背後には全国津々浦々何人の霊がくっついているのでしょうか(笑)
もしついてきてるのならちょっと当時の実態はどうなっているのかインタビューしてそれをそのまま論文にできたらすごいのが書けそう・・・なんて思う私はまだまだ修行が足りませんね☆

だらだらと長くなってしまいすみません

帰洛

No.346

先ほど帰ってきました。大根田くんのお母さんの実家が佐賀とは・・・!しかも巨勢町なんて!!私の祖母は現在は佐賀市内に住んでいて、しかもお話に出てきた佐賀城跡や博物館、美術館は今回の帰省中に自転車で爆走した県立図書館と祖母の家の間にあります。関西にいながら佐賀のローカルトークが出来るとは・・・なかなかディープな体験です。>大根田くん
 少なくとも佐賀ではメジャーな金字の墓石ですが、どこまでメジャーかは分かりません。新しいお墓に多いような気がしましたが、それは金が雨風にさらされて落ちてしまった結果なのかもしれませんしね。お墓の写真に加え、現在の小城郡内のとてもスケールの大きな写真を撮ってきました。ちなみに、北海道くらいのスケールです。(笑)「子供の頃、2●歳といえば自立した立派なお姉さんだと思っていたのに・・・!!!」というのが、ハタチを過ぎてから毎年私が思っていることです。あぁ・・・もっとしっかりしなければ(_ _;>永富さん
 小城へは初日にお墓参りに行ったっきりで、翌日から天気も悪かったため小城町立郷土資料館へは行けずじまいでした。改めて小城をゆっくり回るのもいいなあ・・・と思います。が、あの農道を走るためには私のドライビングテクニックを5段階くらいUPする必要が有りそうです。一人ではお墓参りもままなりません(泣)>野口先生

雑感

No.328

 8月10日で24歳、人生二周りを迎えました。いくつになっても誕生日は楽しいものですが、山本さん言うところでは「四捨五入してもまだハタチ」なんだそうで、より一層はりきってしまいます。今は19日から始まる史料の集中講読会の準備で人物叢書の「千葉常胤」を読んでいるところですが、せっかくの機会なので、出来る限りのことを吸収したいですp(^^)q
 →野口先生
 25日の兵藤ゼミとの懇親会は、京都駅近くのお店を予約するつもりです。兵藤ゼミの参加者が23人と伺ってますので、こちらの参加人数をそろそろ確定する必要がありそうです。というわけで、MLで参加人数の募集をしておきます。
 伊藤さんの報告テーマですが、先述の通り明日から私が祖母宅へ行くので、掲示板での発表は15日に帰洛してからということになりそうです。
 高松は、現在山本さん、野口くん、門屋くん、山本(絵)、私が確定メンバーで、あと私の国文の後輩が来るかどうかというところですね。9月に入ってからということになりそうです。

Re: 雑感

滑川敦子
No.329

取り敢えず、おめでとうございます。かく言う私も11月で24歳になります。今年までは何とか四捨五入してハタチですね(笑)。
田中さんは初日、史料講読会は参加できないんでしたでしょうか?先日熊野からの帰りに、初日のレジュメを添付したメールを欲しいという話があったかと思いますが。再度確認させて頂きたいのですが。宜しくお願い致します。
25日の兵藤裕巳先生のゼミの方々との懇親会は、参加できません。この日は、立命館の研究会合宿があるため京都を離れております。素晴らしい懇親会でありますように!!
高松へもお気を付けて行って来てくださいね!!

Re: 雑感

滑川敦子
No.330

すみません。出欠の旨は、田中さんのメールアドレスに送信すべきでしたね。うっかりこちらに書き込みしてしまいました。
大変失礼致しました。
しかし、参加できず本当に残念です。

24歳。

野口実
No.331

田中さん、24歳のお誕生日おめでとうございます。おそらく、これからの10年が、いろいろな意味でもっとも自己選択と可能性に体力と知力が即応する時期だと存じます。おおいに期待しています。
どうでもいいことですが、ついでに老人の戯言を申し上げると、小生24歳の夏、7月に結婚式なるイベントを初めて当事者として主催。日記によると、この年8月11日にはアルバイトをしていた塾の経営者が時給額の約束を破ったので、数人の同僚と糾弾集会を開き、12日には契約額より少ない給料を突き返し、後でそれすら取り戻せなくなるのではないかと心配したりしています。たしかこれは、「東大」の学部生にわれわれ私学大学院DC生給与の1.5倍の時給を塾経営者が支給しようとしたことも怒りの原因でした。
24歳の時点では、その後の妥協に妥協を重ねる野口とは異なる若い野口がまだ健在だったのです。

はっぴぃばーすでースレッド

No.334

誕生日おめでとうございます。宇治川花火はどうでしたか?>田中さん
当日はJR六地蔵駅だけでなく、花火終了時にJR宇治駅の人員整理までやらされて、今日もまだ腰が痛いです。
来年は観客として、花火を見に行きたいです...。

野口先生の書き込みで思い出しましたが。
今日は、京都国立近代美術館の横尾忠則『描くことの悦楽-イメージの遍歴と再生』展に行きました。
(正確には永富家に同伴)
内容については長くなるので書きませんが、日記の展示がキーになっていました。

嫌な記憶は消えて、良い記憶は大きくなって、しかも曖昧に。
自分の記録と、過去の振り返りは大事ですね。
日記を書けば、何百年後には、史料として読まれるのでしょうか?(^_^)
みなさんは日記を書かれていますか?僕はいつも3日坊主途中で脱落です...。