朝比奈三郎義秀の墓

No.1106

河原崎陸雄と申します。私の町に朝夷三郎義秀の墓と伝えられるものがあります。建保元年、和田合戦のあと父和田義盛の戦死のため和田軍は総崩れとなり兵五百をもって房州に逃れその後船で高麗に逃れようとしたが御前崎沖で難船し朝比奈村に隠れ住んだと伝えられる。この他にまだ、朝比奈三郎義秀の墓が有りましたらメールをください。

復元・『平治物語絵巻』

No.1104

本日、教育テレビの「新・日曜美術館」で、「復元・平治物語絵巻」というのを放映しました。これは、現在、数片の断簡を除いて、江戸期の白描模本だけが伝わる『平治物語絵巻』六波羅合戦巻のデジタル再現を紹介する内容で、全体は清盛と平家の滅亡ということでまとめられています。ここの掲示板で、NHKに対する批判が出ているなか、色々と突っ込み所はありますが、まあ落ち着いた内容なのではないかと思いました。復元とはいえ、当時の合戦実態の参考に大いになりますので、現物を是非観察したいのですが、展示などの案内はありませんでした。NHKに問い合わせてみますか。興味のある方は、本日、夜8時から再放送です。

近藤好和著『源義経』ミネルヴァ書房刊

No.1105

 近藤先生、ありがとうございます。夜の放送でぜひ見たいと思います。面白そうなので、ビデオにとっておく必要があるかもしれませんね。
 昨晩、NHKの番組について虚心坦懐に述べさせていただきしたが、「総合」と「教育」での違いということも制作者側の頭にはあるのかとも思いました。
 小生、やたらと一般の市民云々と書きましたが、そうした歴史意識を放置して、「王権」のような「高尚な」議論にのみ価値を見出し続けていた「学者先生」(時に、自治体史などの事務担当者が研究者を揶揄する意図で用いる呼称です)こそ、元木先生の御指摘のとおり、反省すべきことなのでしょう。
 となれば、市民に向かって大いに研究成果を還元しなければならないわけですが、それこそ来年の大河ドラマを視野に入れて先鞭をつけられるのが、近藤先生がミネルヴァ日本評伝選の一冊として書かれる『源義経』でしょう。大いに期待するところです。
 このお仕事があるので、近藤先生には『古代文化』福原特輯号への御執筆を「強要」しなかったのですが、もし宜しければ、「一ノ谷合戦における戦闘形態」のようなタイトルで研究ノートでも御検討下さればと思います。
 なお、ミネルヴァからは、元木先生の『源満仲・頼光』が近く刊行、そして美川先生の『後白河天皇』も予定されていて、実に楽しみなことです。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

No.1109

今朝偶然高木さんの家のテレビで番組、拝見しました。
パッと「明日のナージャ」(←アニメです)からチャンネルを変えると清盛の顔のアップがばば~んと目にとびこんできたので思わず二人でテレビに目がくぎ付け状態でした☆笑
それまで布団で寝ぼけていたのですが一気に目が覚めました・・・

絵巻に描かれた合戦の様子を見つつ先日からこのBBSでも話題になっている「ラストサムライ」のワンシーンを思い返していました☆

それにしても全体のほんの一部である断片14枚のうち8枚しか所在がわからない・・・しかも世界各国にバラバラに保管されているなんて・・・もったいないです。

おまけ:色彩の復元にはAdobeIllustratorのソフトが使われていましたね。あれだけの絵巻の復元は本当に地道な作業です。
ようやく原稿もそろったことですし、私も地道に「紫苑」の編集がんばります。。。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

美川圭
No.1113

 近藤先生のおかげで、夜の再放送を録画し、いま見ることができました。おもしろかったです。NHKはこういう番組もできるのですね。近藤先生、お教えいただき、ありがとうございました。
 こういうのを録画してみると、やはりHDDとかDVDに録画できる機器がほしくなります。普通のカセットデッキだと、色落ちしてしまい残念です。
 それにしても、原本は断片にして、茶掛用に売られたのでしょうか。茶の湯がさかんになった江戸時代にはよくあるようです。とすると、個人蔵で、まだまだどこかに秘蔵されているかもしれません。
 私も、以前、冷泉家時雨亭叢書の公卿補任解題を担当したとき、ちょっと俊成・定家筆「補任切」の所在を調べたことがあります。ほんのちょっとですが。そのときのことを思い出しました。

風邪で寝ている時に見ました

No.1114

別のところで、建築彩色の復元をされている方と関わりがあるのですが
色を扱うのは本当に難しいものと感じます。特に、アナログ的なデータである絵をデジタルにする時に、原本のすばらしさとそれを違う媒体に変換するときの情報量の欠落にむなしさを感じます。

複製を簡単に作れることに対して批判は多くあります。
しかし、番組の中でもありましたが「誰でも簡単に本物(に近いもの、雰囲気をある程度再現している)に触れる事ができる」という事は、本物の良さをより理解するためにも必要だと思います。

番組の中では、技術についてかなりすばやく解説がされていましたが、あれほどのものを完成させるのは本当に大変でしょうし
テレビの小さな画面でしか見られなかったのが残念でした。

P.S.あれは、ハイビジョンでもやってたのでしょうか?
デジタル放送もそろそろ本格化するみたいですが、
原理的にデジタル放送は、画質の劣化無しに記録出来ます。
(売り手原理でコピー防止機能が無ければの話ですが)
そういう機材が気軽に買える値段に早くなって欲しいです。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

No.1115

いろいろとNHKが批判をあびておりますが、まずは『平治物語絵巻』の復元に関してです。新日曜美術館の担当の方のお話ですと、昨日放映されたのは、数年前にハイビジョン・スペシャルとして作った番組のダイジェスト版のようなものだそうです。(私もどういった番組だったか、あまり記憶にありませんが。)それで、特に公開云々の話はないそうです。すべてPCの中にしかなく、残念ながら、どこかに展示されているとかいったことはないとのことでした。
NHKにおいては、野口先生もおっしゃるように、総合と教育の違いは大きいようです。ですが、今回、元木先生がお怒りになっているのは、ことNHKに留まらない、マスコミ全体とマスコミを取り巻く我々の問題のようにも思います。というのもどうも、生活のあらゆる面で、歴史が軽視されているように思います。学校教育の現場でも、出版されるものを見ていても、そう思われてなりません。
作家の方の書く、単純再生産型の歴史物はまだ罪が浅いかもしれません。例えば最近、新書で織田信長をめぐる本が二冊ばかり出版されました。講談社現代新書『謎とき本能寺の変』と集英社新書『信長と十字架』ですが、一見ちゃんと論じているように見えながら、トンデモ本に近い内容のようです。(前者は読みましたが、素人の私にも、これでは足利義昭をよいしょするのは無理ではないかと思われましたし、後者については、それまでの論争の経過を多少は知っているので、なんで信長を殺したのがローマ法王になってしまうのか、不思議でなりません。)『本当は怖ろしい万葉集』なんかもあります。こうしたトンデモない解釈に対しては、どこがダメなのか、なぜダメなのか、それよりも面白い歴史の姿とはどんなものなのかを、それこそ研究者の方々と編集者・番組制作者が一体となって創っていかなければならないはずです。
しかし現状は、トンデモ本がいったん受け入れられ、通用してしまうと、信憑性はともかく、面白くて読者受けするのならばいいじゃないか、そっちのほうが、売れるし、視聴率もかせげるゾとなってしまっていますよね。本が売れないといわれる現状では、編集者には選択肢があまりないのかもしれません。視聴率をかせげないと食っていけない番組制作者も同様です(NHKでさえ)。こうなると、どうしても真面目な研究が軽視されるようになってしまうのでしょう。さらに、えてして、そうしたトンデモ本のほうが、書き手が速く書くのでどうしても流通にのりやすいのかもしれません。教科書問題なんかを見ても、出版社と編集者の姿勢と見識が今こそ問われている時代はないように思われてなりませんが、全体の問題としても、今は岐路にあるようにも思われます。

石浜さん、そのとおりなんです

美川圭
No.1118

先ほど、別れた元木先生と話していた話題も、そのことでした。石浜さん。そのとおりなのです。
いっぱしの一流とされている大学の教授が書いたんだけれでも、内容はもうどうしようもない本が、かなりあるのです。
それを、まともに読むのは、あるいは正面切って批判するのはわれわれは馬鹿馬鹿しいと思うのだけれども、それをしないと一般にはわからない。あるいは学生にはわからない。もっと言えば、ちょっと分野の違う学者にもわからない。さらにいえば、専門としている学者でもわからない。

だから、やはりやらねばならない。という結論です。

元木先生は、NHKブックスで、某北の方の有力大学の教授(どこで読点をうったらいいかわかりますね)の本を、徹底的にやるそうです。こうご期待というところです。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

No.1120

野口先生、あまりプレッシャーを掛けないで下さいよ(笑)。大河ドラマにあわせて刊行できれば、それは売れるかもしれませんが、逆に大河ドラマごとき(!?)に振り回されるのもシャクな気がします。ドラマと共に消えてしまうような本ではなく、やはり後に残る本を書きたいものです。

石浜さん、情報、ありがとうございました。かつてハイビジョンで放映したものでしたか。ハイビジョンの機械は家にはありませんからね。DVDもまだですから。それにしても、復元が公開されていないのは残念です。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

山田ちさ子
No.1121

近藤先生 みなさま こんばんは。山田ちさ子と申します。

ハイビジョンで撮影された元番組、BSでも放映されていました。
「よみがえる平家物語~デジタルで読み解く絵巻の謎」という題名でした。
番組の中では「年中行事絵巻」なども再現されていました。
同じシリーズに「よみがえる源氏物語」もあります。

歴史学の反省

No.1122

当方が若干顔を出させてもらったおかげで、番組の実態がわかり、学問の危機が痛感できました。石浜さんも仰るとおり、きちんとした学問は、慎重ゆえに遅いし、また厳密ゆえに分かりにくい面があります。ただそれだけならいいのですが、なかには分かりにくいことを誇るかのような方もおられるようです。
また、美川先生のご発言のように、むちゃくちゃな研究が、あまりに馬鹿らしいために、相手にされず、結果としてまかり通る面もあります。学界自体が信用を回復すべく、自浄する必要があるし、学者は一般読者のニーズや水準を理解した上で、書物を著すべきでしょうね。英雄・豪傑が歴史を作るわけではありませんが、人々が興味を持つのはそこなのです。今の学界は、だから大衆はおろかである、人民の歴史を勉強させよう、という発想ですから、歴史離れも当然でしょう。国民の物語も消滅し、新しい教科書云々の会が跳梁するのではないでしょうか。英雄・豪傑の歴史は面白い。しかし、たとえば平氏のように、栄華を極めたものが劇的の崩壊するのはなぜか。そこから、個人の思惑を超えた歴史のメカニズムを導くことができるように思います。少なくとも、当方はそうした認識をベースに叙述を心がけているつもりです。
ともかく、今度の17日、「王権がどうたら・・」仰っている方の書評を致します。よろしくお願いいたします。
石浜さん、それも、保元・平治の乱執筆の一環ですので。

Re: 復元・『平治物語絵巻』

No.1124

昨年の11月、『エコノミスト・ミシュラン』という本が出ました。私がNHKブックスを書いていただいた先生も執筆者の一人に名を連ねていますが、経済学者とその著書を、それこそミシュランのように滅多切りにするというものです。経済学の場合、そのよって立つ理論によって学派がはっきりとわかれているようで、この本はリフレ派と総称されるグループによるものですので、やはり他の派からすれば異論もあるようです。また元木先生のおっしゃる本とはかなり主旨がずれますが、ただ、日本史にまつわる数々の本を、もうちょっと控えめかつ公平な視点で個別にミシュランしていくというのは、あるのかなと思います。問題点がある本ならば、その問題点を冷静に指摘する、あまり知られていないが、とても内容のいい本に光をあてるなど、いろんなことができるように思います。一冊ごとに論じていくので、各先生方の負担もそれほどではないかもしれません。いかがでしょうか。
大河ドラマをあてこんで、というのは、近藤先生もおっしゃるように、かなりむなしい作業です。先生方に書いていただく動機としてはとてもいいのですが、もはや、大河ドラマ関連だから本が売れる、ということはあまりないようです。もはやたんなる創作ドラマなわけですから、それに関連して知識を広げようなどという殊勝な読者はいないのかもしれません。NHK出版では、毎年毎年、ドラマ・ガイドとドラマ・ストーリーというのをつくっていますが、この売れ行きを左右するのは、もはや主役のタレントでしかないようです(つまり、去年は売れなかったが、今年は売れている)。そんな時代です。

ビデオテープをいただきました。

No.1127

 ここで話題になっているNHKの番組のビデオを、山田ちさ子さんが、当ゼミに寄贈してくださいました。あつくお礼申し上げます。御覧になりたい方はご利用下さい。

 近藤先生の仰ることは本当にその通りですね。御矜持の高さに敬意を表します。NO.1000の元木先生の御発言を、そのまま受け取ってしまいました。 
 小生など、卑俗な人間ですから、何かきっかけがないと、なかなか執筆の手が進みません。ですから、「源氏と海のネットワーク」というテーマで執筆予定のNHKブックスやミネルヴァの『北条時政』は、けっこう大河ドラマに後押しされているところがあります。
 それから、石浜さんが仰るのなら、大河ドラマと、同じ時代のことをテーマにした本の販売部数の相関はないのかもしれませんが、博物館の特別展やカルチャーセンターの講座など、大河ドラマがらみで沢山企画されるのも事実でしょう。「北条時宗」の時もずいぶん本が出て、今でもいわゆるコミケ系とか言われる人たちの間では、北条氏ブームの余韻がのこっているようです。ですから、大河ドラマが自分の専門とする時代をテーマとしているときは、自分の研究成果を社会還元する良い機会だと考えるわけです。史学科で日本史を専攻している学生さんの進路選択には、だいぶ大河ドラマが影響しているということは周知のとおりですし。
 しかし、『北条時政』もそうですが、人物史は、評伝として割り切らないとかなり難しいですね。もちろん、小生が書くのはNHKブックスが先ですが。

原稿が欲しい!

No.1128

たしかに、大河ドラマもなかなか捨てたものではないですね。歴史物の出版社にとっては、大切な年中行事ですし。大河がなければ、村井章介先生がNHKブックスを執筆していただくことはなかったかもしれません。ただ、なにも大河に便乗しなくとも、私がお願いしている先生方は素晴らしい原稿をきっと書いてくださると信じております。元木先生、3月が楽しみです。野口先生、首を長くのばしてお待ちしております。後は……。業務連絡に使って、申し訳ありませんでした。

歴史グループ早雲へのご参加有難うございました。

山口博史
No.1103

鈴木潤さん、永富絵里子さん、高木泉さん
歴史グループ早雲例会へのご参加有難うございました。
歴史グループ早雲のメンバーは高齢者が多いので、新進気鋭の皆様が参加されたを嬉しく思います。ただ残念だったのは仁木先生の興味深いお話に対して、時間がなく、皆様の意見、感想が聞けなかったことです。
これからもご参加頂き早雲に刺激を与えていただければと思っています。

Re: 歴史グループ早雲へのご参加有難うござ...

No.1110

山口さん>こちらこそどうもありがとうございました。
仁木先生のお話は大変興味深く、また私の研究テーマにとって新たな視点を与えてくれるものでした。
今後もまたお世話になることと思いますがよろしくお願いいたします。
夏子さんにもよろしくお伝えください。

貞衡か真衡か(続報)

美川圭
No.1095

以前、野口先生からの「前陸奥守源頼俊申文」の読みの話題の続報です(NO.737)。
従来「清原貞衡」と読んでいた部分を、小口先生が、「清原真衡」と読まれた件でした。
以前、田中倫子先生に、お手紙を出す約束だったのですが、忙しさにかまけて、そのままになっておりました。
今日、冷泉家で研究会があり、田中先生にお会いしたので、『日本の中世5』の写真をお見せして、お聞きしました。
結論は、微妙なところですが、やはり「貞衡」と読んだ方がいいのではないでしょうか、ということでした。根拠は、元木先生ご指摘の「鎮守府」の「鎮」のつくり、との比較で、少し違うということでした。これで、ほぼ決着がついたのではないでしょうか。
ほんとうに遅くなってもうしわけありませんでした。野口先生。

Re: 貞衡か真衡か(続報)

No.1097

 美川先生、ありがとうございました。歴史叙述から鎮守府将軍清原貞衡が消えてしまうかどうかの瀬戸際でした。これで、自信を持って主張できます。それに、裏付けとなっている中条家文書「桓武平氏諸流系図」の評価は、最近の研究で、高まるばかりのようです。
 このことと、平泉の柳之御所遺跡で出土した折敷墨書の人名比定の問題は、中世成立期の奥羽の歴史を考えるうえで、大変重要なポイントだと思うのですが。もっと、議論の対象にしていいことだと思っています。

 ところで、今日は研究室に、平田さんと田中さんが相次いでおいで下さいました。 お二人とも院試に向けて、真剣に取り組んでおられる。山本君も野口君も御健闘を期待しています。
東京の門屋君も。永富さんは仁木先生とお話が出来ましたか?

解禁

No.1091

 みなさま、こんばんは。大変長らく引っ込んでおりましたが、とうとう23日に修士論文を提出しまして、力が抜けたところです。謙遜でも何でもなく、大変不出来な論文になってしまいました。言いたい事も満足に言えず、原稿用紙を埋めることが精一杯でした。が、出してしまったものは仕方ありません。反省をエネルギーにして、前に進むしかないのですから。
 さて、反省はさておき(言い始めたらキリがないので)、修論の息抜きにBBSは見ていましたが、どうにも息抜きにならないのが映画「ラスト・サムライ」に関する議論の紛糾っぷりでした。佐伯先生まで登場されるとはびっくりです(^^;
  >佐伯先生、こんばんは。神戸大のシンポジウムでは、
   きちんとご挨拶も出来ずに、失礼致しました。本日、
   何とか修士論文を提出する事が出来ました。これから心
   を入れ替えて勉強するつもりでいますので、今後とも宜
   しくご指導お願い致します。とりあえずはご報告まで。

長らくの引きこもり生活で、時流からは大変遅れておりますので、マイペースに行かせて頂きます。

  >近藤先生こんばんは。昨年末の名古屋大学の集中講義で
   お見かけしましたが、タイミングを逃してご挨拶するこ
   とが出来ませんでした。今度お会いしたときには、是非
   ご挨拶にお伺いしたいと思いますので、その節はよろし
   くお願い致します。
そして、元木先生にもご挨拶とお詫びがありました。
   >元木先生、先生の授業の聴講をさせて頂いておりまし
   た、田中と申します。不真面目な態度をお見せしたこと
   もあり、大変申し訳なく思っています。でも、とても興
   味深く、楽しく聴講させて頂いておりました。国文学を
   専攻していますが、これから2冊にわたるノートも大切
   にさせて頂きたいと思っています。先日、神戸でご挨拶
   するつもりだったのですが、勇気が出ず、この場をかり
   て、お詫びと共にお礼申し上げます。

さて、話題のラストサムライに繋がることですが、現在放映されている時代劇「新撰組!」。キャスト自体はミーハ-なので
大歓迎ですが(香取慎吾、山本耕史、オダギリ・ジョーなどなど大好きなもので☆)、新撰組フリーク達にはどうにも困ってしまいます。石浜さんの「自己犠牲→散り行く桜」というご指摘の通りの事が、新撰組フリークにも言えるようです。80年代の名作漫画「キャンディーキャンディー」も真っ青な、おめめパッチリ、前髪もふさふさとした沖田総司を想像するくらいなら結構ですが、思い込みによる必要以上の美化は、私にとってはとても恐ろしいです。

佐伯先生登場→解禁

美川圭
No.1092

>田中さん
佐伯先生登場で、やはり田中さん、登場ですか。
「ラストサムライ」ではご迷惑おかけしました。
人間、逃避行動、つきもののようです。
前に、筒井康隆が、原稿締め切り間近になると、
いつもはやるはずもない風呂掃除を、とくに念入りにやる、
という話を、どこかで書いていました。
修論、ご苦労様でした。

>佐伯先生
前に、六波羅、法住寺殿跡付近で、一度ご挨拶したのですが、
ゆっくりお話をする機会もなく、気になっていたのですが、
私も、屋島→壇ノ浦、転戦ツアーの前半に参加するので、
もしご一緒できれば、たいへんうれしいです。

奇しくも「ラストサムライ」ねたで、佐伯先生と私、同じような感性をおもちではないかと、たいへん親近感をもった次第です。
実はというと、私も、途中から、笑いを抑えるのに必死でした。というのも、あの合戦場面の渡辺謙が、最後まで「影武者」ではないかと思っていたからです。あの変な機関銃に撃たれて、大芝居をうったすえ、官軍の兵士が、武士道精神にうたれたのか、お辞儀すると(どう考えてもお笑い)、実は横から、本物が出てきて、不意をつかれた官軍総崩れ、というストーリーを想定してしまい、それが崩れたので、可笑しくなってしまいました。

佐伯先生が、声を出してお笑いと聞き、さすがと思いました。
私は、最近年をとって、その場にふさわしい演技をしています。

昔、木下順二の有名な戯曲「夕鶴」を山本安英の会というので見に行ったとき、あの高名な大女優が演ずる大芝居に、思わず大笑いしてしまい、周囲の「最近の若い人は」という斜め視線をめいっぱいうけたことがありました。なんで可笑しかったのかなと思いかえすのですが、昔はさぞ巧かったのかもしれないけれど、もうあんまり体も動かなくなったばあさんの芝居を、観客がみな「これは演技の神髄なんだ、目に焼き付けておかねば」といった儀礼的な雰囲気(あれは一種の王権の誕生の場)が無性に違和感があったのです。晩年のホロビッツ日本公演と一緒ですね。いわゆる「骨董品、それもちょっと欠けちゃったかな」という吉田秀和先生のコメントのような。

あるいは、友人が「アンネの日記」に出演したときも、「腹へった」の一言で、大笑い。どう考えても、「何ヶ月もひもじい」、というより「朝から飯食ってなくって」と感じてしまったのです。「アンネの日記」で笑うとは、不謹慎の極み。

というわけで、家内は、もう芝居や映画にはけっして、一緒に行ってはくれません。あまりに「不謹慎」なるダンナにあきれはて。佐伯先生は、お羨ましいことです。私がなぜラストサムライで笑わないほどに、成長したかと申しますと、やはり大学に就職したからでしょうね。やはり大学には笑ってしまう場面がたくさん。でも笑ったら最後・・・・。ここではそれ以上は言えません。

それにしても、佐伯先生のご登場で、ますます逃避の場として、すごくおもしろくなってきました。この掲示板は。

Re: 解禁

No.1093

田中さん、修論、お疲れ様でした。名古屋では見つかってしまいましたか。今度、どこかで見かけたら、気軽に声を掛けて下さい。見掛けほどは恐くないですから(笑)。というよりも、屋島・壇ノ浦ツアーに参加しませんか。予算が多少高くなるかも知れませんが、元木・美川・佐伯の各先生に一度に挨拶ができますよ。田中さんにとっては、私をのぞく各先生は大先生かもしれませんが、私を含めてみんな気さくな人達ですよ。なお、他に、NHKブックスの石浜さんと、若手では長村君も参加予定です。

Re: 解禁

No.1096

当方の授業がお役に立てば幸甚です。授業中は誰に対しても厳しいつもりですので(誰かみたいにとくに女性にやさしいということはありませんし、昔のトラウマで特に厳しいというわけではありません)、特に貴方がどうのこうのということは全くありませんので、授業を離れれば気になさらないように。これからのご活躍を祈ります。佐伯先生も参加される旅行ですから、国文の方も是非ご参加ください。

祝辞にことよせつつ、何が何だか

No.1100

佐伯真一です。
田中さん、何はともあれ、修論ご提出おめでとうございます。
今後とも、是非がんばってください。昨今、いくぶん活気に欠ける『平家物語』研究の、希望の星です。
ところで私は、どのスレッドで何を話すべきなのか、わけがわかりませんが、とりあえず美川先生にはとても深い共感で…。一度ご挨拶をしただけのご縁とはとても思えません。面白うてやがて悲しき、というか、お辞儀はお辞儀で笑ったけど、どこで思い切り笑わせてくれるんだよ、という不完全燃焼のような感覚が残るってのは、私もわりあい関西なんでしょうか。
屋嶋・壇ノ浦ツアーには何とかして参加したいと思います。
なるべく早く、近藤さんに連絡します。
いろんな話題がごちゃ混ぜでごめんなさい。


しつこいですが。

No.1102

 佐伯先生、NO.1089の件、如何なものでしょうか。すでに、元木先生、山田先生、小生の執筆が決まっております。これで、先生に加わっていただければ、実にありがたいのですが。もう一方、比較の観点で考古の方にお願いできればと考えております。
  
 田中さん。佐伯先生からのメッセージ、こういうのをお墨付きというのです。プリントアウトして大切に保存してください。御子孫にとっては「由緒書」になるものと思います。小生が院生だった頃を思うに、とてもうらやましいです。

失礼しました

No.1111

佐伯真一です。
野口先生、大変失礼しました。
慣れないことで、1089、見落としておりました。
ここ数日、身に余るお言葉ばかり頂戴して、恐縮しておりますが、福原について、先日も神戸大でお聞き頂いたように、私が申し上げられる材料はあまりありません。また、高橋昌明先生からは、すぐにではないが、いずれ、あのシンポジウムの内容をまとめる可能性があるので、準備をしておくように、と言われております。そんなこんなを考え合わせますと、まことに申し訳ないのですが、私はご遠慮したいと存じます。せっかくおっしゃっていただいたのに、本当にすみません。

こちらこそ、失礼しました。

No.1112

 佐伯先生。こんなところで、お願いするなど、実に宜しからざる魂胆にて、こちらこそ失礼いたしました。まことに残念ですが、高橋先生の方での御高論を楽しみにいたしております。
 「大体、NHKブックスの原稿を10年近くも放っておいて、何が『古代文化』特輯号だ」という声が、中世の浅草の辺りの地名と同じ名字の編集者の方のほうから聞こえてきそうですので、ここでの所行は藪蛇でした。本当に。

『古代文化』二題。

No.1080

 本日、『古代文化』の編集委員会があり、美川先生のお原稿「崇徳院の生誕と『古事談』-角田説と荻野説-」を預かって参りました。昨夏、美川先生がNHKブックス『白河法皇 中世をひらいた帝王』を出された直後、角田文衞先生からの直接の執筆依頼を受諾されたことは、このbbsにおいて、はじめて公にされたことでした。あれから、半年も経たぬうちに、論文を完成されたことに、美川先生の意気込みを感じざるをえません。「研究ノート」の形で提出されていますが、小生は巻頭論文にしても良いのではないかと思っております。形式的には分量がもう少し欲しいところですが。
 なお、他の委員の先生方からは、「角田説と荻野説」という副題が、荻野説というのが角田説と同じ歴史学の立場からの説のように思われるので、工夫を願いたいという御意見がありました。このような場で恐縮ですが、このことを美川先生にお伝えしておきます。
 それにしても、この論文は「依頼原稿」ですので、近々、皆さんも拝読の機会を得ることが出来ます。お楽しみに。

 続いて、もう一件は。昨晩提案した「福原と平家」特輯号についてです。来年刊行の予定で計画を進めたい旨、委員会で申しあげてきました。元木先生には巻頭の「特輯にあたって」とメインになる論文をお願いいたします。小生も何か一本書かせてください。ほかに、できれは考古・文献・国文学各一人ずつくらい、執筆をお願いする方を早急に選びましょう。山田先生は如何でしょうか。バランスからいうと、考古2名でも良いですね。それと、国文または文献史学といったところでしょうか。早めに決めたいものです。

 ところで、当ゼミでは、「歌合わせ」「歌合戦」、「伊勢旅行」で盛り上がっておりますが、実は小生、目下、とんでもない荷の重い論文を抱えていて、本当はそれどころではないのです。それどころではない場合は、それらしく引っ込んでいればよいのですが(田中さんは院試を目指して、見事に引っ込んでおられますが)、要するに逃避行動で、ここに出てきてしまっている次第です。おゆるしあれ。

荻野説とは

美川圭
No.1081

 野口先生、そんなに持ち上げられると、ちょっと気恥ずかしいです。『古代文化』の片隅にでも載せて頂ければ、望外のよろこびです。論文にするほどのスケールはないので、研究ノートがふさわしいかな、と思っているのですが。しかも、半年でこれしかできないとは、ほんとうにお恥ずかしい。

 また、「依頼原稿」などといっても、角田先生のお怒りの所産かもしれないので(私の感触では先生はお怒りでした)、こんな論証では、箸にも棒にもかからん、といって、ボツにしていただいても、もちろんけっこうです。
 百科事典に書いてある「オギノ式避妊法」の解説をもとに、ごくごく、あたりまえのことを書いただけですから。

 ご指摘の様に、題名にはいちばん苦労しています。
やはり、「荻野説」というと、荻野三七彦先生と思ってしまいますか、歴史をやっている人は。うーん。さりとて「角田説とオギノ説」とするわけにも「角田説とオギノ式避妊法」とするのも変だし。「角田文衛説と荻野久作説」としても、姓に名前をつけ加えたからいいというものでもなく。「歴史学と医学のあいだで」とか。「医学」というほど、だいそれたことをやっているわけでもなく。もういろいろ考えたのですが、名案がありません。野口先生、みなさま、どなたか、お助けください。

 枚数(38枚)も、これ以上は短くはなりようもないのですが、蛇足的に周辺事情、などを書けば、増やしようはあります。野口先生、ご検討いただければ、ありがたく存じます。

国民を惑わすNHK

No.1085

野口先生、古代文化の福原特輯の件、そんな大役は恐れ多いのですが、まあ遷都と平氏の内紛を結びつけてノートくらいなら何とかしたいと思います。
ところで、当方も一瞬写った例の「その時・・・」という番組、問い実はビデオで出番だけ見て寝てしまい、本日改めて全体を見てみると、あれはひどい間違えだらけですね。保元の乱で清盛が大活躍した位はかわいいもので、乱後に播磨と太(!)宰府を同時に手に入れたとか、熊野水軍が平治の乱で清盛に加勢したとか(水軍が都でどうやって戦うのだろう、都もなにやら草原だったが・・・)、義朝・信頼は後白河から政治の実権を奪うために謀反したとか、福原から還都した原因は疫病・飢饉で、帰ってみたら現時の挙兵が起こったとか・・・。
これらのうち、いくつかは質問も受け、はっきり誤りも指摘したのですが無視されました。それはすでにビデオができており、それに合致しないコメントを切り捨てたためです。多くの国民は受信料を払い、これを事実と思ってみているのですから、罪作りとしか言いようがありません。いっそ間違え探しの番組にでもしたらいかがでしょうか。
勝手に枠を作り、必要なところだけ学者のコメントをくっつけて箔付をする、というのはかの上横手先生ご出演の民放番組『知ってるつもり』や、昨年あたりに週間で発行された歴史雑誌と同じです。どうしてここまで学問が軽視されるのか、単に商業主義の横行というだけではなく、学者自身も反省するべき時かもしれません。情けない・・・

御高論について。

No.1086

 美川先生の御高論は、今月号掲載の上横手先生の呪詛にかかわる御高論と同じような視角が感じられて面白く、巻頭になるかどうかは別にしても、ぜひ論攷での掲載をお願いしたいと思います。周辺事情を加筆下されば、そのあたりがさらに鮮明になるかと存じます。次回の編集会議は3月で、ここで正式決定しますから、ぜひ再投稿下さればと思います。
 角田先生への異論を依頼で掲載する。『古代文化』は何と学問的良心に基づいた編集をしているのかと、評価も高まると思います。

 学術雑誌には、投稿しても、その学会の党派的なイデオロギーなどに採否が左右されがちな面が否定できませんが、『古代文化』は、その点は(ご存知の通りの大前提となる条件さえクリヤーすれば)、かなり客観的・公明正大といえます。採否はあくまでも内容次第ですし、もし万一不採用でも懇切なコメントが頂けます。この機会に若い方たちの投稿を期待したいと思います。

元木先生> 本当に、最近のマスコミ、ジャーナリズムは腰抜けになりましたね。プロ意識がありません(もっとも、中国地方の某国立大学の学長だった人は、ヤクザまがいだったという話が新聞に出ていましたから、同業種も危ないのですが)。
 という次第で、元木先生、『古代文化』特輯号の巻頭は、そのお話でいきませんか?かくして、この特輯が企画されたのだと。元木先生にはぜひ論文をお願いします。山田先生にも、さきほど了解をいただきました。
 なお、ほかに、執筆を希望される方はおられませんか?このさい、推薦も受け付けたいと思います。

Re: 『古代文化』二題。

No.1087

変換ミスが多くすみません。「問い実」は当日の、「現時」は源氏の間違えです。これでは他人のことを言ってられませんな。

加筆の方向で考えます

美川圭
No.1088

野口先生、アドバイスをどうもありがとうございます。
さきほど、冷静に拙稿を読み直すと、もう少し丁寧に、背景説明をしたほうがいいところが、ある様な気もしてきました。
論攷にふさわしいものになるかどうか、自信はありませんが、当時の政治過程など、分かっている人にはくどい、と思われる様なことも、加筆してみて、全体でどうか、冗長にならないか、などを考慮しながら、考え直してみたいと存じます。2月の初旬に集中的にやろうと思いますので、ご迷惑にはならないと存じます。よろしくお願いいたします。

それにしても、元木先生の出演番組、事実とすると、やはりひどい。よく言われているとおりではあるのですが。少し、歴史学者も、斜にかまえていないで、具体的に放送の内容を批判しなければならない気がします。そういった本を、協力して出版するのもいいかもしれません。かなり話題になるんじゃないかな。元木先生が旗をたてるなら、はせ参じます。

学問の危機

No.1098

では、NHKブックスの一冊で、マスコミと歴史学といったものを出しますか。マスコミもさることながら、学者にも問題の多い人がかなり見受けられますので(それはお前だ!という声もありそうですが)、我々の専門の時代を中心に、民衆をたばかるあきれた出版物をぶった切る本でも出しますかね。
かなり高名な学者が、学問の論理性も、研究史も無視して夜郎自大の世界に浸リ、一般読書人を無視、侮蔑した結果、学問の衰退と、でたらめな歴史像の横行をもたらしているのは事実でしょう。このままでは、皇国史観が復活しかねません。最近の王権がどうたらという一部の論調には(ご本人の主観はともかく)、そうした傾向が顕著に現われていると思います。心ある学者はもっと危機感を持つべきでしょう。

Re: 『古代文化』二題。

山田邦和(花園大学・考古学)
No.1099

みなさん、こんばんは。「卒論読み」と「センター試験監督」で身も心もズタズタになっている山田です。

>美川先生
御論文、早く読みたいものです。個人的には、角田先生のアクロバット的論証が大好きなのですが・・・
なお、角田先生の「崇徳天皇=白河院御落胤説」に対しては、北海道大学の河内祥輔先生が反論されていますね(『保元の乱・平治の乱』)。ただ、河内先生は、落胤説とは最晩年の鳥羽法皇の頭に浮かんだ妄想であるとあっさり片付けておられ、あんまり面白くない。
美川先生の快刀乱麻に期待ワクワクです。

>野口先生
『古代文化』の福原特集、いいですね。私も(短いものしか書けないかもしれませんが)がんばってみたいと思います。

あしもとの歴史認識。

No.1101

 小生、「王権」には現在進行形で悩まされていますが、そもそも、一般の方たちの「歴史」というものにたいする認識が、あまりに研究レベルのものと乖離しているのが、全ての始まりだと思います。その理由は、一般市民の方たちが、歴史学の科学性のようなものを、認識できる経験を得る機会がないからではないでしょうか。一般の人の立場からすると、小説家も歴史学者も対等で、(でたらめでも)気の利いた面白いことをいうだけ、小説家の方がマシのようです。
 また、各地方における歴史認識も、近年、その地域における皇国史観のごときものが復活をとげつつある気配が見えます。中世に地元で栄えた有力武士団が、惣領を中心に団結した「立派な」存在であったということを示すのが、自治体刊行物の使命であるというようなことを、本気で考えている人が、文化関係の要職にあったりするのが現状です。
 小中高の教育現場における歴史教育も、大方は戦前来の「国史」の再生産だったり、血の通っていない、まったく抽象化された暗記物にしかすぎないものであるように思います。そうしたツケが、テレビの歴史物の安直さや、「新撰組・ラストサムライ現象」の背景にあるのでしょう。
 何れにしても、先般の「その時、歴史は動いた」の内容は、考えれば考えるほど、あまりにも愚劣なものでした。小生は、NHK担当者の行為は、研究者としての元木先生にたいする重大な名誉毀損だと考えています。

伊勢ええじゃないかツアーについて

No.1079

人数が確定しましたので本日申し込みを済ませてきました。
とりあえず現時点で決まっていることをお知らせいたします。

★☆ええじゃないかツアー2004☆★
2004年2月24日~26日(二泊三日)

参加者:野口(実)、美川、山本、野口(洋)、田中、平田、末松、長村、山岡、鈴木、荒木、山内、永富(敬称略)
24日
朝8:00京都駅八条口集合

レンタカー二台+野口先生の御車で伊勢へ
25日
伊勢滞在
26日
20:00京都駅帰着予定。

※細かい行き先については29日にみなさんと相談して決定してからお知らせいたします。

宿泊先:ホテル清海(二見温泉)
URL→http://www.hotel-seikai.com/
※ホテルの温泉から夫婦岩を眺めることができるそうです。
日の出を見ながら朝風呂も可能♪
夕食は一日目の晩のみセットにしました。(二日目の晩の夕食はどこか宿の外で楽しみましょう)朝食は二泊ともついています。
<旅行代金(一人あたり)>
宿泊代金 3500円×2(泊)+一日目の夕食代5000円=12000円
レンタカー(SAクラス二台)=22000/13=1700円
予備費(高速代、食費、拝観料等)
------------------------------------------------
合計 20000円

と、なります。つきましては、旅行代金(二万円)を先に徴収いたしますので、永富の口座へ振り込んでください。(口座については旅行参加者に後ほどメールでお知らせいたします)
締め切りは2月10日とします。締め切り厳守でよろしくおねがいいたします。

☆旅行のキャンセルなどにつきましてはキャンセル料もかかりますのでできるだけ早めにお知らせください。(キャンセル料は負担していただきます)

☆旅行参加者の方、29日の参加の有無のお返事をいただいていない方が何人かいます。これに限らず今後旅行について連絡をとらなくてはならない機会が増えますので、MLなどでお知らせしたことについては各自責任を持って早急に返事をするようにしてください。

☆何か質問があれば遠慮なく掲示板かメールでお問い合わせください。

では、よろしくお願いいたします。


決戦!「元木先生キリ番GET!記念歌合戦」

No.1074

初期に書き込んだ「歌合戦」は物騒なので、元木先生から「歌合せ」にしようと提案があったのですが、なぜか「合戦」で通っているのでそのままタイトルにしちゃいます(笑)要はカラオケ大会です。

さて、日時ですが、

2月17日(火)
 17時30分~ 食事(四条近辺。店は未定)
 20時~    開戦!!(於、「SHIDAX」)    

とします。
食事・カラオケのどちらかでもかまいませんので、参加される方は長村までご連絡くださるか、この下に書き込んで下さい。

概数を知りたいので、2月4日までに仮のご予定を知らせてください。変更等、最終確認は2月11日20時までとさせていただきます。
こちらに参加者のお名前を書き込む事があるかもしれませんが、当日いきなり来て先生方を驚かせる!という人はその旨もご連絡ください。
メーリングリストが行った方(宗文研ゼミメンバー)は不参加の場合でもお返事してくださいね。

元木先生主催の研究会に参加されている皆様の参加もお待ちしております。

というわけで、
永富さん、会員証使わせてください。

さて、食事はどこに行きましょうか?

両方参加します(^o^)/

No.1076

歌合戦をする上で気になる点か二つほどあります。
■チーム分けについて…元木組・野口組で分けるか、ヤングアダルト(ちょっと古いかんじですが)で分けるか、はたまた紅白みたいに男女かどうしましょう?
■勝敗を決める方法について
…公平を期するためにカラオケの採点機能を使うことになると思いますが、各陣営の総合得点か柔道のように五本勝負でやるかになりますね。個人的には大将戦をみたいので後者が良いですね☆
歌合戦実行委員長のご意見をお聞かせください!!

Re: 決戦!「元木先生キリ番GET!記念歌合戦」

美川圭
No.1077

「紅旗征戎、わがことにあらず」の心境なので、
合戦自体には参加したくありませんが、
とにかく、歌は歌いに行きます。
授業がもうないので、声が出なくなっても、
だいじょうぶでしょう。
定家にあらず、後白河の心境でしょうか。

Re: 決戦!「元木先生キリ番GET!記念歌合戦」

No.1078

やはり歌はしみじみと歌うものと思います。「合戦」は時局柄、というわけではないけれど、止めておきましょう。あまり大勢になって歌う機会が少なくなっても面白くないですね。また、わいわいする中で歌うと喉にも悪影響がありそうです。その辺、どうしますか。長村君のご判断に任せます。

Re: 決戦!「元木先生キリ番GET!記念歌合戦」

No.1082

自分としては、歌「合」・「合戦」はあくまで名前での景気付けだけで、参加者個々人が歌うことを楽しもう!みたいに思っていたので、採点機能は使うつもりはなかったのですが。
というのは、例えば僕ですと、あれ使って勝負事なんてことになると尻込みしてあまり楽しめなくなってしまうのです。
上記先生方のご意見もそういう方向性とうけとっていいでしょうか?

食事の店や、部屋分け・何人にするか等は参加人数が分かってから決めますが、やはり歌って楽しむことが第一と考えますので、その趣旨にそううようにしたと考えております。

歌合戦について

No.1051

スレッドが長すぎて見にくくなってきたのであえて新しいスレを立てて返信させていただきます。

長村くん>カラオケ屋なら四条界隈では「SHIDAX」がおすすめです。安いしきれいです。パーティールームも予約すればとれるとおもうので大人数でもOKでしょう。ただし会員制なので、必要であれば私の会員証を使ってください。(ポイントもたまるし 笑)
それから蛇足かとはおもいますが、このゼミは非常にまとまりが悪いです☆(それだけ皆さん多忙なのでしょうが)
幹事を何度もつとめてきた経験からいうと、今回の場合主要メンバー(元木先生、野口先生、近藤先生 ?)のご都合のみおききして長村くんがあらかじめ日を設定してしまったほうがよいとおもわれます。
※全員に予定をきいてからだと実行にうつせなくなる危険もありますし、行けなくなった人から恨まれます☆

以上、余計なおせっかいでした。

拝見!元木先生。

No.1059

 歌「合戦」の日程ですが、2月は後半にならなければ無理ですが、その時期もゼミ旅行などで忙しい。ただ、2月17日(火)に元木先生と御一緒する研究会が15時からあるので、その後というのも一案のようです。2月末は国立大学が忙しくなり、その後というと、3月半ば以降でしょうか。
 ところで、本日の元木研究室での研究会では、ご出席の皆様からいろいろ御教示をいただき、ありがとうございました。小生は、またしても付き合い悪く、まっすぐ帰宅いたしましたが、食事の後、テレビをつけると、さっきの研究室で『史料纂集』を背にされた元木先生の大アップの映像が映っているではありませんか。びっくりして、何を話されたのか聞き漏らしてしまいました。
 「その時」、元木先生は、四条のサントリーバーあたりの席を立ち上がられたのではないでしょうか?ちなみに、その番組はNHKの「その時歴史は動いた」というやつでした。
 しかし、この番組はいつ見ても問題が多く、例によって、大宰府の大が「太」になっていたり、小生の大学の先輩にあたる某著名作家の御発言には首をかしげることが多くございました。いっそのこと、元木先生が、あのいつもの名調子で全部お話しされた方が、一般人にも絶対面白かったし、ためになったことでしょう。

Re: 歌合戦について

No.1060

野口先生、本日は色々ご教示有難うございました。王権の問題をきちんと考える良い機会となりました。今後とも宜しくお願いいたします。
ところで、歌合戦は、ご提案の17日で如何でしょうか。美川先生にもご参加いただけるかと存じます。そのときまでに喉を調整しておきます。
NHKの件、お恥ずかしい限りです。あの時間は、まだサントリーバーにおり、例の井上敬介さんと出会って、色々話が弾んでおりました。「その時・・」は、大枠は向こうが作って、適当に当方のコメントを利用するという状態で、取材時間の割りに出番も少なく、余り面白くないので関係者には申しませんでした。ただ、若干番組の構成などには当方の意見が生かされたようです。担当のディレクター氏は、大変熱心で丁寧な方でした。でもNHKブックスもちゃんと書かないようでは出番を削られるのも仕方ないのかも。ちなみにバックに時代史、中公日本の中世が写るように細工したのですが、上手くいかなかったようです。無念。

Re: 歌合戦について

No.1062

長村君、永富さん、歌合戦の件、お誘いありがとうございます。参加したいのはやまやまですが、2月はプライベートで忙しく、3月は見学会もありますので、今回は無理かと思います。したがって、予定に入れていただかなくて結構です。

元木先生、テレビに出られたんですか?今日は出掛けていて、さっき帰ってきたので、見られませんでした。残念です。

「その時歴史は動いた」

山田邦和(花園大学・考古学)
No.1067

野口先生
>> しかし、この番組はいつ見ても問題が多く、
(中略)
>>いっそのこと、元木先生が、あのいつもの名調子で全部お話しされた方が、一般人にも絶対面白かったし、ためになったことでしょう。

わが家でも、テレビをみながらおんなじ会話をしていました。

「福原」でひとつ。

No.1069

 山田先生>
 テレビでは仕方がないようですので、『古代文化』で福原あるいは平家の特輯号でも組みましょうか?先日のシンポの休憩時間のさいにも、編集委員をされている芦屋市教委の森岡先生とそんな話をしていたのです。考古と文献からせまれる絶好のテーマだと思います。
 そこで、元木先生をはじめとする皆様>
 もし、執筆可能の方がおられましたら、手を挙げていただければ幸いです。とはいえ、みなさんお忙しいでしょうが。目途が立てば、編集委員会で提案いたします(実は明日あります)。
 それから、もう一度、山田先生。15日にメールでお誘いした件は、やはりご無理でしょうか?

Re: 歌合戦について

No.1071

野口先生、福原のことなら何とかします。是非、特集号を作りましょう。福原をめぐる清盛と宗盛とか、平氏の内紛を考えてみたいと思います。
ところで、歌合戦の件、2月17日になりそうですね。その日に合わせてコンディションを調整します。当方のティームに入ってくれるのはどなたですかね?

源平歌合戦ですか?

No.1073

 元木先生。ありがとうございます。それでは、明日、早速提案してきます。執筆者の人選など、お願いできれば幸いです。

 歌合戦でありますが、これは幹事の長村君の裁量でよろしく。やはり、源平合戦ということになるでしょうか。元木先生はどう考えても、平清盛。とすれば、建春門院=田中さん、建礼門院=永富さん・・・あたりですかね?ご不満もあるかも知れませんが・・てな具合に組み分けをすれば、よろしいでしょうねえ。小生は侍所別当なのに東国に帰ることばかり考えていた和田義盛か、「老骨を顧みなかった」千葉常胤でしょうかねえ。この合戦は平家方勝利で終わりにしたいですね。

ラストサムライ・補遺

No.1043

ラストサムライに関する議論の数々。とても面白く読ませていただきました。読んでいて、やはり映画を論じるのは難しいなと痛感いたしました。突き詰めると、個人の好みに還元されてしまうという山本さんのご意見はもっともで、つまり基準が明らかでないところでは、結局そこに行き着かざるをえないのでしょうか。だからといって、美学的なことを論じ始めると、これはこれでまた、衒学的な訳のわからない世界にはまり込んでしまうようです。産業として映画を論じるとか、受容の側面から切り込んでいくとか、文学研究の手法を応用し、画面の裏に実は何が描かれているかを見る研究などがあるようですが、ラストサムライ論じるには、どの手法が有効なのでしょう。よくはわかりませんが、武士論という観点がるように思います。映画のパンフレットに「日本人の中に脈々と息づき、今なおそのDNAを熱く刺激しるサムライ・スピリット」云々とあります。しかもご丁寧に、片観音・二度折りで武士道の説明が出ています。これがいったいなんなのかというのは、是非論じる価値があるのでは、ということで、宣伝ですが、戦場での武士の行動原理を探る『戦場の精神史』を、今年5月に出版予定です。著者は青山学院大学の佐伯真一先生です。乞うご期待!
なお、映画館で携帯メールをカチャカチャやっているのを、「ほたるばか」というのだそうです(おすぎかピーコかどちらか)。そういうやからは見つけ次第排除すべきでしょう。映画館ではありませんが、成田から家の近所まで行ってくれる便利な高速バスに乗ったときには、最初から大きな声で、「こういうバスで携帯をカチャカチャやる奴がおるけど、頭悪いんちゃうか~。煩くてかなわんで~」などと、妻と会話するふりをしながら、脅しをかけておきましたところ、誰も携帯をいじる人がいなかったので、とても有効でした。

ラスト・サムライの背景

No.1046

 論文どころか、明日の研究会の報告すら覚束なくなり、途方にくれているところですが、呆然としているよりは・・・という次第で、「武士論」との御指摘がありましたし、また顔を出すことにしました。
 「武士罪障論者」ということにされている野口です。
 映画を見に行けるような状態ではないので、「ラスト・サムライ」未鑑賞ですが、おそらく小生の地金は「旧態依然とした東国の男(オヤジ)」ですので、感動して涙を流すのは必定かも知れません。しかし、中身の論議はともかく、なんでこの時期にかかる映画が上映されて話題になっているのかが、問題だと思います。いい歳をした中年オヤジが感動しているのならともかく、若い女性まで引きつけているというのは・・・。
 まあ、教材をもとにしてまとめ上げた駄作ですが、お暇でしたら、↓(同業者以外の方に)御覧頂ければ幸いです。
 http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/bulletin/1/noguchi.pdf
 
 石浜さん> 佐伯先生の御著書、とても楽しみにしております。

Re: ラストサムライ・補遺

末松憲子
No.1057

ラストサムライ、盛り上がっていますねー。私も野口先生同様残念ながらまだ見ていないのですが、色々読んで思った事があったので書きます。
ラストサムライって実はお正月映画なんですよね。
往年のお正月映画といえば「寅さん」ですが、なぜ皆が正月に寅さんを見に行ったかを最近考えます。
「都会に出て、故郷を喪失した人々が求めたのだ」、「家族が皆集まるときだからだ」、と色々聞きますが本当のところはどうなんでしょう。私自身は正月に寅さんを見た経験は無いのでわかりませんが、何か日本人が求めるモノがあったんだと思います。
ラストサムライはシリーズを重ねるとは思いませんが、お正月映画として出てきて大ヒットを飛ばしているあたり、現代日本人の求めるモノが変化したともとれる気がします。

何にせよ「江戸期の刀鍛冶と稲荷信仰」を調べている身としては、チャンバラ幻想の具現としてラストサムライは気になります。レポート地獄が終わったら見に行きたいですねー。

ラストサムライ・拾遺

No.1065

しつこくてすいません。どいうしても、ラストサムライです。
あの映画を見て泣くというのは、おそらくあることだと思います。私も目頭が熱くなりました。ただ、それは、自己犠牲という万国普遍に涙を誘う特殊な行いに対してであって、決して武士道に感動してではないと思うのです。自己犠牲はいろんな映画で撮られてきたことであり、それはそれで感動的なものだとは思います。ケビン・コスナーが「ボディーガード」という映画でホイットニー・ヒューストンの弾除けになったり(たしか、クリント・イーストウッドもクライマックスで大統領の弾除けをやったことがあったと思います)。
この映画が問題なのは、そうした自己犠牲が桜、それも散り行く桜という象徴的なイメージと結びつけて語られ、武士道という虚構に普遍性を獲得させてしまうところにあるのではないかと思いました。そして普遍性を獲得した武士道が、今度は、「かつて日本に、サムライと呼ばれた男たちがいた。その魂は、桜花の如く。」であるとか「咲く花の美しさ、散り際の潔さ――。/花は散るために咲くのではない。/己の天命を知り、そのかけがいのない命を、一分の迷いもなくまっとうするからこそ、美しい。」などとパンフレットの解説の冒頭にあるように(わざわざ800円出す人も少ないと思いましたので、一応引用しました)、現在性をもって日本という国に生きる我々の前に提示させられていることに戸惑いをおぼえてしまうのだと思います。この文章を書いたのはおそらく日本人なのでしょうが、映画がまだある歴史的な段階でとどめていたものを、現在の我々に一足飛びに結びつける触媒となっているように思います。こうした感慨は、どの時代劇を見ても感じるものなのかもしれません。ただ、ここまで現在性を帯びて語られる映画ははじめてなのかもしれません。そうした意味で、この映画は語る必要があるように感じました。
長々とつまらない駄弁にお付き合いいただき、ありがとうございました。べつにこの映画を批判するつもりはありません。むしろ、淀川長治流に、映画はなんでも好きです。ただ、そこからつむぎ出される言説、それも武士の生き方云々となると、そんなもの、今はかえってダメな生き方じゃないかなと思う次第です。そんなこんなで長くなってしまいました。笑って読み流してやってください。

まだまだ続くか、ラストサムライねた

美川圭
No.1068

石浜さん、こんにちわ。

私はどこで目頭が熱くなったかというと、よく覚えていないのですが、小雪の子供のなんともいえぬ笑顔など、さりげない場面です。日本人とまったく接触がないアメリカ人にも、日本に人間がいる、とたぶん感じさせる場面ですね。あの映画では、不思議なことに、村人の表情とか、ちょっとしたところがよく撮れていた様に思えるのです。

武士道というのは、あまりに人工物で、感動に値しないと私自身は思います。それに泣いたりする若い人がいると、やっぱりやばいんじゃない、と思います。そこで、おもいっきり、あの映画をパロデイにいしてしますのが、一番いいんじゃないか。あの映画にまじめにのめりこむ人間に、冷水を浴びせるには、笑い飛ばすのが一番良い。

元来、お笑い系が好きな人間なもので、すぐそちらの方にひっぱってしまうのです。最近の学生、けっこう武士道にあこがれる人、多い気がします。ちょっと、おまえ待てよ、と声をかけることにしているのですが。知識がないので、すぐに変な方向に行きそうで怖いです。

ラストサムライについても一言

No.1084

佐伯真一です。
屋島・壇ノ浦ツアーの書き込みに来たのですが、こちらの方でも何だかネタにしていただいてるようなので、まあ、一言だけ申しあげておこうかな、と。
私は、前半はけっこう感情移入しながら見たのですが、後半怪しくなってきて、合戦場面(?)で、「サムライも大筒にはかなうまい」とかいうセリフで吹いてしまってからは、笑いが絶えず、隣で見ていた女房に大変いやがられました。ケータイより始末が悪かったかも。
美川先生のご意見にはとても共感、ビデオになってから、ちょっとうるさい気の合う仲間と一緒に、茶の間でビールでも飲みつつ、ワイワイつっこみを入れながら見たら楽しいだろうな、と思います。
ただ、なぜあれがヒットするのかとか、アメリカ人には感情移入できて、「日本人」(なのかあれ?)には違和感しか感じない自分は何だろう、とか、いろいろと考えるきっかけにはなりますよね。