野口先生ならびにゼミの皆様
No.4582
野口先生より、ご紹介いただいたワシントン在住の山広恒夫と申します。青山学院史学科1年次のある日、学食で、野口先生(注:当時からすでに先生の風格があり、同級生は皆、野口先生と呼んでいた)から話し掛けられたときのことを今でも鮮明に覚えています。当時より歴史学の造詣が非常に深く、新入生というより、大学院生という風格があり、圧倒されたからです。しかも、知識をひけらかすわけではなく、繊細な神経を持つ一方で、大物の風格と備えていました。「彼は一生の友になるかもしれない」と直感したものです。それから早いもので37年経ちますが、初めて会ったときの直感の通りになりました。
私は当初、考古学を目指していたのですが、トロイの遺跡を発見したシュリーマンの伝記を読んでいるうちに、彼の語学習得にかけた情熱に強く惹かれるようになり、その後、ヨーロッパの言語に興味が移ります。就職も海外雄飛(当時はこういう時代がかった言葉がはやっていました)のチャンスがある時事通信社という報道機関に決めました。しかし、配属先は外国経済部。語学に取り組んでいたので、「外国」までは、狙い通りでしたが、「経済」は想定外。入社後、二、三年間は仕事に追われる一方で、非常に苦労しました。その頃は、千葉県市川市の野口先生ご夫妻の新居にしばしばお邪魔して、大変お世話になりました。就職当初の苦しい時期を乗り越えられたのも、野口先生ご夫妻の温かい友情のお陰だと感謝しています。
会社での仕事と苦闘していたのは「歴史学科」出身という経験では「外国経済」など、到底理解できないと思い込んでいたことがあります。しかし、「石の上にも3年」とは良く言ったものです。三年次になると独自の視点で解説記事も書けるようになり、経済の面白さが徐々に分かってきました。経済学も歴史学も、人々が紡ぎ出す事柄を扱うわけで、共通項があります。その後、中央銀行の金融政策へと興味が向かい、このほど野口先生にご紹介いただいた「バーナンキのFRB」―知らざる米中央銀行の実態とこれからの金融政策―という書物をダイヤモンド社より出版しました。この本を書くに当たって、特に苦労したのは、日本の読者になじみの薄い米国の中央銀行を楽しみながら、理解してもらうにはどうすれば良いかということでした。その解答を私は「歴史」に求めました。外国を理解するには、まず歴史を振り返るのが一番です。
現在のアメリカの歴史はせいぜい400年です。開拓者魂が連綿と生き続け、いまでも地方分権の思想が色濃く残っています。1914年に現在の中央銀行制度ができたときには全国に十二の連邦準備銀行(中央に集中せず、地方に分散する中央銀行と呼ばれていました)が設立され、それぞれ別々の金利を設定していたものです。
現在こそ、ワシントンの連邦準備制度理事会(FRB)に権限が集中していますが、これは経済の一体化が進み、十二の中央銀行がばらばらの金融政策をとることによる弊害が大きくなったためです。現在、いわれている経済のグローバル化はまず、アメリカ国内で発生し、同国経済の一体化で結実したのです。このため、分散化した中央銀行をワシントンのFRBが束ねる必要が生じたのです。そして、現在は、そのアメリカ発の市場経済が世界全体を巻き込み始めていると解釈できます。当地では「アメリカが世界の首都になった」という議論を良く耳にします。
米国の昨年の経常収支赤字は8000億ドル(約90兆円)に膨れ上がっていますが、この赤字は日本や中国、欧州などからの資金流入で完全にまかなわれています。アメリカが世界の首都になり、国際的に資金が循環するので、経常収支赤字は問題にならないという発想です。こうしたアメリカ中心の発想は、政治的にはアメリカ型の「自由」の“輸出”になって現れ、イラク侵攻につながりました。しかし、イラク侵攻の失敗は、大英帝国の中東政策の頓挫を見れば、十分に予想できたはずです。アメリカでは「歴史を知らないものは、歴史上の同じ間違いを繰り返す」という諺があります。 ブッシュ大統領、チェイニー副大統領とも、余り熱心に歴史を勉強しなかったようです。
混迷の時代を迎え、「歴史学」の重要性はますます高まるでしょう。野口先生ならびにゼミの皆様方の一層のご活躍を祈念しております。
ブルームバーグ・ニュース ワシントン支局 山広恒夫
私は当初、考古学を目指していたのですが、トロイの遺跡を発見したシュリーマンの伝記を読んでいるうちに、彼の語学習得にかけた情熱に強く惹かれるようになり、その後、ヨーロッパの言語に興味が移ります。就職も海外雄飛(当時はこういう時代がかった言葉がはやっていました)のチャンスがある時事通信社という報道機関に決めました。しかし、配属先は外国経済部。語学に取り組んでいたので、「外国」までは、狙い通りでしたが、「経済」は想定外。入社後、二、三年間は仕事に追われる一方で、非常に苦労しました。その頃は、千葉県市川市の野口先生ご夫妻の新居にしばしばお邪魔して、大変お世話になりました。就職当初の苦しい時期を乗り越えられたのも、野口先生ご夫妻の温かい友情のお陰だと感謝しています。
会社での仕事と苦闘していたのは「歴史学科」出身という経験では「外国経済」など、到底理解できないと思い込んでいたことがあります。しかし、「石の上にも3年」とは良く言ったものです。三年次になると独自の視点で解説記事も書けるようになり、経済の面白さが徐々に分かってきました。経済学も歴史学も、人々が紡ぎ出す事柄を扱うわけで、共通項があります。その後、中央銀行の金融政策へと興味が向かい、このほど野口先生にご紹介いただいた「バーナンキのFRB」―知らざる米中央銀行の実態とこれからの金融政策―という書物をダイヤモンド社より出版しました。この本を書くに当たって、特に苦労したのは、日本の読者になじみの薄い米国の中央銀行を楽しみながら、理解してもらうにはどうすれば良いかということでした。その解答を私は「歴史」に求めました。外国を理解するには、まず歴史を振り返るのが一番です。
現在のアメリカの歴史はせいぜい400年です。開拓者魂が連綿と生き続け、いまでも地方分権の思想が色濃く残っています。1914年に現在の中央銀行制度ができたときには全国に十二の連邦準備銀行(中央に集中せず、地方に分散する中央銀行と呼ばれていました)が設立され、それぞれ別々の金利を設定していたものです。
現在こそ、ワシントンの連邦準備制度理事会(FRB)に権限が集中していますが、これは経済の一体化が進み、十二の中央銀行がばらばらの金融政策をとることによる弊害が大きくなったためです。現在、いわれている経済のグローバル化はまず、アメリカ国内で発生し、同国経済の一体化で結実したのです。このため、分散化した中央銀行をワシントンのFRBが束ねる必要が生じたのです。そして、現在は、そのアメリカ発の市場経済が世界全体を巻き込み始めていると解釈できます。当地では「アメリカが世界の首都になった」という議論を良く耳にします。
米国の昨年の経常収支赤字は8000億ドル(約90兆円)に膨れ上がっていますが、この赤字は日本や中国、欧州などからの資金流入で完全にまかなわれています。アメリカが世界の首都になり、国際的に資金が循環するので、経常収支赤字は問題にならないという発想です。こうしたアメリカ中心の発想は、政治的にはアメリカ型の「自由」の“輸出”になって現れ、イラク侵攻につながりました。しかし、イラク侵攻の失敗は、大英帝国の中東政策の頓挫を見れば、十分に予想できたはずです。アメリカでは「歴史を知らないものは、歴史上の同じ間違いを繰り返す」という諺があります。 ブッシュ大統領、チェイニー副大統領とも、余り熱心に歴史を勉強しなかったようです。
混迷の時代を迎え、「歴史学」の重要性はますます高まるでしょう。野口先生ならびにゼミの皆様方の一層のご活躍を祈念しております。
ブルームバーグ・ニュース ワシントン支局 山広恒夫