肥前千葉氏
野口実
No.336
田中さん!「肥前千葉氏」と聞いては書き込まないわけには行かないではありませんか。しかし、帰省しても佐賀県立図書館で調査にいそしむ田中さんは学問の神様、いや女神ですね。期待通りです。
佐賀県立図書館の郷土資料室には、数年前二度に渉って千葉県史編纂の調査で赴きました。中世前期千葉氏の系図はここにある鍋島文庫本が一番史料価値が高く、千葉氏の平家物語たる『源平闘諍録』の記述と一致するのです。そこで私は、肥前に移住した系統の千葉氏が、この本を伝えたのではないかと考えているのです。小城の縁で田中さんも、この本の研究をしませんか。相馬御厨関係文書の講読はその入り口になると思います。
それにしても、小城には、村岡羊羹・小柳酒造などなどの社長さん
と様々なご縁があり、町立の郷土資料館にも、もうすぐ陽の目を見るはずの小生の原稿がございます。もし、開館しているようでしたら、こにおられる町の文化財担当の古庄秀樹さんを訪ねてみてください。
小城は史料も豊富だし、千葉城や円通寺をはじめ史跡も多いし、鯉料理も酒も和菓子もありますから、そのうちゼミ旅行で行きたいところですね。そういえば源氏ボタルの名所でもあります。それに山口・土佐中村に匹敵する正真正銘の小京都でもあります。くわしくは野口編『千葉氏の研究』(名著出版)をご参照下さい。なお、小城をちょっと見てみたい人はレンタルビデオで「男はつらいよ」第42作「ぼくの伯父さん」を借りて見てください。鄙びたいい感じの小城駅とか急な階段の神社こと千葉城址などが出てきます(ついでに吉野ヶ里遺跡も)。当時アイドルだった後藤久美子が小城高校の生徒の役で、吉岡秀隆演じる寅さんの甥満男の片想いの相手を演じております。このときのロケの話も、当時の町の観光課長さんからいろいろ伺っています。
「男はつらいよ」は若者には不評であろう前世紀的なストーリーの映画ですが、オヤジたる私には懐かしさを感じてしまう場面が多く、好きなシリーズです。34作の「寅次郎真実一路」には持躰松遺跡で有名になった鹿児島の金峰山が最後の場面に写ります。ここもまた、そのうちご案内したいところです。
Re: SAGAさが
大根田@阪大
No.338
すみません。あちこちに顔出してますが、佐賀ネタで盛り上がっている以上、見過ごすわけには行きません。
実は僕の母方の母(つまり祖母)が実は佐賀市に程近い巨勢町という所にあります(吉野ヶ里は発見されて以来、毎年遠目ながら見ています)。この町自体は目立った物はないのですが、1キロほどの所に旧大隈重信邸があります。今は資料館みたいなってまして、300円くらいで見る事ができます。あと神野(こうの)公園なるものがありまして、それは鍋島直正の別邸地であり、直正の別邸であった神野のお茶屋やその茶室であった隔林亭があるらしいです。小さい頃はよくこの公園で遊んでいました。ビックリハウスやら回転するブランコやらがあったと記憶しています。ちなみに詳しい場所は忘れましたが、近くに反射炉跡もあります。
佐賀駅の近くに佐賀県庁があって、その近くに佐賀城という小さな城があります。これも小さい頃にちょっとだけ行きました。堀なんかは今でも残ってます。その中に博物館、美術館もあります。嗚呼何か色々楽しい日々を思い出してきた・・・。
ちなみにここら辺から小城は10キロもないです。ですが行った記憶が全くありません。今度帰省した時にでも親父に頼んで行ってみます。
最後ですが、実は内の親戚も皆「田中」姓なんです。佐賀は「田中」は多いんですが、これほど土地が近く、名字も同じとなると、ひょっとしたら大本をたどると先祖が親戚同志だったりするんでしょうかねえ?>田中さん
そう言えば、僕を電車で見かけたとありましたが、それは古本市に行く最中の僕だと思います。あの日は午後から学校に行きたかったもんで、あんな朝早くに行かざるを得ませんでした。
お久しぶりです!!
No.339
レスおそくなりました。
ここ三日ほど見ないうちにまたまたかなり話が進んでいてついていくのが大変です_(^^;)ゞ
遅ればせながらですが、お誕生日おめでとうございます♪
下のスレッドのみなさんの書き込みを見つつ、「自分は24歳になったとき、一体何をしているのだろう」とふとしみじみ考えてしまいました。高校までは三年後の自分を想像すると
「大学へいってるのだろう。学部はまちがいなく文系だな」という感じで比較的漠然とはしていますがだいたい想像がついたのですが、近頃は三年後・・・といっても目標はあるものの、やはり現実はどうなっているのかかなり想像がつきにくいので、まわりがそろそろ就活だなんだと騒ぎ始めたこの時期というのもありけっこう不安でもあります。
不安解消にはとりあえず自分のレベルをあげて進んでいくしかないので頑張ります。
また相談することもあるかとは思いますが、よろしくお願いしますm(._.)m
あ、それとお墓の写真の件、ありがとうございます!!
このまえそのお話をきいた時からすごく興味があって昨日中学時代の友達と会った時に金字の墓を見たことがあるかときいてみたのですが、やはり誰も見たことがある人はいませんでした。
でも九州ではメジャーということは一体日本列島のどのあたりからその金字がメジャーになってくるのか、その分布が気になります。
でも墓の写真とったりしてることを友達にいうと「下手におがんだり写真とったらそこの霊がついてくるよ~」と言われてしまいました。
もしそうであるなら一体私の背後には全国津々浦々何人の霊がくっついているのでしょうか(笑)
もしついてきてるのならちょっと当時の実態はどうなっているのかインタビューしてそれをそのまま論文にできたらすごいのが書けそう・・・なんて思う私はまだまだ修行が足りませんね☆
だらだらと長くなってしまいすみません
帰洛
No.346
先ほど帰ってきました。大根田くんのお母さんの実家が佐賀とは・・・!しかも巨勢町なんて!!私の祖母は現在は佐賀市内に住んでいて、しかもお話に出てきた佐賀城跡や博物館、美術館は今回の帰省中に自転車で爆走した県立図書館と祖母の家の間にあります。関西にいながら佐賀のローカルトークが出来るとは・・・なかなかディープな体験です。>大根田くん
少なくとも佐賀ではメジャーな金字の墓石ですが、どこまでメジャーかは分かりません。新しいお墓に多いような気がしましたが、それは金が雨風にさらされて落ちてしまった結果なのかもしれませんしね。お墓の写真に加え、現在の小城郡内のとてもスケールの大きな写真を撮ってきました。ちなみに、北海道くらいのスケールです。(笑)「子供の頃、2●歳といえば自立した立派なお姉さんだと思っていたのに・・・!!!」というのが、ハタチを過ぎてから毎年私が思っていることです。あぁ・・・もっとしっかりしなければ(_ _;>永富さん
小城へは初日にお墓参りに行ったっきりで、翌日から天気も悪かったため小城町立郷土資料館へは行けずじまいでした。改めて小城をゆっくり回るのもいいなあ・・・と思います。が、あの農道を走るためには私のドライビングテクニックを5段階くらいUPする必要が有りそうです。一人ではお墓参りもままなりません(泣)>野口先生