読売新聞社版『人物・日本の歴史』

No.8286

 研究室旅行、多大な収穫を得られて、無事に終了とのこと。お疲れ様でした。
 とても羨ましく存じております。

 ところで、戦後における日本通史のシリーズの傑作は中央公論社の『日本の歴史』だと思いますが、それ以前に共同執筆の形で出された読売新聞社版もたいへん優れた内容です。
 どうも、執筆者として表に出ている先生方以外にも、下請けの形で執筆に参加された先生(当時の若手)も多かったようで、第4巻「鎌倉武士」(1959年)の一部を拙論で紹介したところ、石井進先生から、「そこは私が書いた」というお葉書を頂いたことがありました。

 その読売新聞社版の人物史バージョンともいえるのが『人物・日本の歴史』。その第3巻 は川崎庸之編『王朝の落日』(1966年)で、土田直鎮・橋本義彦・貫達人・高田実氏など錚々たる執筆者が、それぞれ「藤原道長」「白河法皇」「藤原頼長」「平清盛」などの人物について格調高く語ってくれています。読み応えは十分。
 これから出される人物史の著作は、これらを超えなければなりません。ハードルは高いものがあります。

 ☆ 日本大学の関幸彦先生より、新刊の御著書『その後の東国武士団 源平合戦以後』(吉川弘文館)を御恵送頂きました。
 さっそく、拙著を参考にしていただいたと思われる房総の武士団の部分を拝読。千葉氏系図に曽我氏をつなげたり、千田親政を下総目代とするなど、やや荒削りなところも散見されますが、このような、時代・地域を巨視的にとらえる叙述は、関先生でなければ出来ないお仕事と、おおいに感服させられました。
 今、一般の読者からは、こういう著作が求められているのだと思います。
 関先生にあつく御礼を申し上げます。 

Re: 読売新聞社版『人物・日本の歴史』

美川圭
No.8287

 またまた親族自慢なのです。すいません。このシリーズ、私の父親が編集に関わっていたようです。父は認知症で、もう昔の話を詳しく聞くことができないのですが、当時、読売新聞の図書編集部にいて、このシリーズの編集をやっていたと以前話していました。よいシリーズだったのに、その後の中公日本の歴史によって、影が薄くなってしまったのが残念だったそうです。この読売のシリーズ、実は我が家にもないのです。貫先生が「後白河」を担当されたのは、この読売シリーズだったのでしょうか。そんなことも知らず、お恥ずかしい次第なのですが・・・・。私がこの分野で仕事をすることになったのは、たぶん父親の影響だと思います。「何をやってもいいよ」といいながら、歴史学者になることを一番望んでいたのは父親であったようです。私は、マスコミに入りたい、銀行に入りたい、などと主張したこともあるのですが、我が家では、父親が「ばかを言え、ぜったいあわない」と相手にしてくれませんでした。「何をやってもいいよ」と言っていたはずなのに・・・・。

読売新聞社版『日本の歴史』の思い出

No.8288

 この読売新聞社版は、なかなかのシリーズでありました。ちょうど、私が小学生の高学年の頃、伯父が全巻を揃えており、中味は難しくてサッパリ分かりませんでしたが、学問の権威の臭いのようなものを感じ取った記憶があります。
 大学院生の頃に読みなおして、欲しくなりましたが、既に手に入らず、なんとか第3巻のみ、ペーパバックス風の普及版で手に入れましたが、今はもうボロボロです。
 最近の通史は、一般の読者には分りずらく、面白くないのではないかと思われるものが多いので、再刊しても売れるのではないかと思います。なにしろ、戦後、ようやく正しい歴史を語ることが出来るようになった時代の研究者たちの喜びと意気込みが感じられますから。
 美川先生のお父上は、よいお仕事をされたと思います。

 なお、我が恩師である貫達人先生が後白河について書いたのは、朝倉書店の『日本人物史大系』第一巻(1961年)で、タイトルは「後白河院と源平二氏」です。
 ちなみに貫先生は、読売新聞社版の『人物・日本の歴史』第3巻では「藤原頼長」を執筆されています。同巻収録の高田実「平清盛」は、清盛落胤説を正当に評価した最初の論考なのではないかと思います。今でも落胤説を否定する論者には、ぜひ一読をお勧めしたいと思います。

 ついでに申し添えますと、人物史のシリーズには、小学館版もあり、これは小説家も執筆者に加わっています。たとえば、第5巻「源平の確執」(1975年)では、白河法皇を角田文衞、藤原頼長を上横手雅敬、後白河法皇を村上元三、信西を杉本苑子、源義朝を安田元久、源義経を和歌森太郎氏、というラインナップです。

 ところで、中世前期の人物史については、21世紀に相応しい新しいシリーズが大阪の書店より、来年から刊行の予定とのことですね・・・と、他人行儀な紹介をしてしまいました。