「出る釘になろう」&『お江カンタービレ』

No.8143

 出ない釘は打ってもらえないからである。
 今日は、私の書いた論文の中に引いた史料に登場する人名については書状で、また、この掲示板に紹介した、ある研究者の所説に対してはE・メールで、誤りの可能性を御教示頂くことがありました。こういうとき、外に発表することの大切さを思い知るわけです。そこから進歩が始まる。
 というわけで、何ごとも、引っ込んでいるのは良くありません。
 お若い皆さん方、耄碌ジイサンがお節介を申すようですが、PCを捨てて街に出よう。それでも引き籠もるのなら、ゲームはやめて、紙の本で古典を読もう。
 大学に「白熱教室」ばかりを求めてはいけません。

 >岩田君 昨日は給油の御指南、ありがとうございました。あれも、私にとっては「街に出よう」の一環だったと思います。しかし、このところガソリンは高いですね。

 【今日の言葉】
 ①「のろまの三寸」→襖などをきちんと閉めないで入ってきたり、出て行ってしまう緊張感の足りない私のような人間を諭すときに使う言葉:私の祖父(1901~1968)が常々口にしていたこの言葉を急に思い出しました。

 ②「お江カンタービレ」→あるテレビ番組のタイトルに対して、私の敬愛する、優れた歴史学者による改名案である。

☆ 駒澤大学の高橋秀栄先生より、御高論「平安・鎌倉時代の天台僧-金沢文庫の聖教から拾い集めた要文記事-」(『駒澤大学佛教學部論集』40)を御恵送頂きました。
 高橋先生に、あつく御礼を申し上げます。