今年一年のお礼

No.7939

 宇治はすっかり雪景色になっております。
 もう、大晦日とは。まったく実感が湧きません。卒論指導の諸姉にもコメントをお送りしなければならないのですが、自分の論文がちっとも進んでおらず、指導などおこがましい限りに思えてしまいます。
 とはいえ、卒論や『紫苑』の原稿の追い込みで年末年始返上の皆さん、頑張ってください。

 今年も多くの方々のお世話になりました。ゼミの運営では、『吾妻鏡』講読会は岩田君、『小右記』講読会は大谷さんがリードしてくれました。『紫苑』の編集や細々とした雑務は山本さんがしっかりと引き受けてくれました。例会で御報告をして下さった方、そしてコンスタントに講読会に参加してくれた諸姉兄にも、御礼を申し上げたいと思います。

 共同研究では、調査や講演で訪れた各地(岡山県岡山市・総社市、茨城県鹿島市、千葉県成田市・千葉市・佐倉市、静岡県磐田市・森町、神奈川県秦野市、徳島県阿南市、山梨県笛吹市)で多くの方のお世話になりました。ありがとうございました。

 担当した授業では、現代社会学部の前期「基礎演習Ⅰ」のメンバーが皆よくやってくれました。これからの成長が楽しみです。いつまでも結束を保って欲しいと思います。

 ☆ 昨年三月、中央大学より学位を授与された日本学術振興会特別研究員の赤澤春彦先生より、新刊の御高著『鎌倉期官人陰陽師の研究』(吉川弘文館)ならびに御編著の『陰陽道史料目録-院政期~鎌倉期篇-』(日本史史料研究会)・『同 索引・参考資料』(同)を御恵送頂きました。
 当ゼミにおいて、鎌倉幕府の文士を研究テーマの一つに掲げている山本さんや、権門家の家産機構として幕府機関を捉えようとしている岩田君にとって大いに有益な内容です。一緒に学ばせて頂きたいと思います。
 赤澤先生にあつく御礼を申し上げます。

 【追記】 宇治の雪はだいぶ小降りになってきました。
      そんな中、郵便屋さんが今年最後の配達。ご苦労様です。

 ☆ 大阪大学の平雅行先生から、御高論「中世仏教における呪術性と合理性」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第157集)・「建永の法難と『教行信証』後序」(『真宗教学研究』第31号)・「鎌倉中期における鎌倉真言派の僧侶-良瑜・光宝・実賢-」(『待兼山論叢』第43号史学篇)ならびに『朝日新聞』に連載された「時代を生きる 法然・親鸞と今」のコピーを御恵送頂きました。
 何れも学ぶこと多大。じっくり拝読させて頂きたいと存じます。
 平先生とは、元木泰雄先生の御縁を得て、今年からある仕事を御一緒させて頂くことになりました。奇しくも来年は、ともに還暦を迎えます。
 平先生にあつく御礼を申し上げます。 

Re: 今年一年のお礼

元木泰雄
No.7940

野口先生、野口ゼミの皆さん、今年はお世話になりました。
まさにあっという間の一年でした。しかし、仕事ははかどらず、処理能力も気力も大幅減退で、情けない限りです。野口先生も来年は還暦をお迎えになるとのこと、思えばその三年後には当方も還暦になるはずですが・・・・

 今年前半は、学務重畳の上に神戸市史の刊行で追いまくられ、二回肺炎、さらに初体験の入院まで経験する始末でした。もっとも入院といっても検査目的、結果は大事には至らずということで、やれやれでした。
 とはいえ、その後も学内の繁忙に追いまくられ、体力、気力の衰えは覆いがたいものがありました。人生の残り時間ばかり気になる毎日です(だから酒で紛らわせている?そうかもしれませんね)。野口先生、平先生とのお仕事、ご迷惑をかけなければいいのですが。
 いやいや暗くなってばかりはいられませんね。
 お約束した今年後半の旅行をご報告します。すでに書き込ませていただいた濃尾旅行のあと、9月初めに金沢大学の集中講義、同下旬に松山での古文書学会大会とインパクトの強い体験が目白押しでした。
 金沢では金沢大の平瀬先生にお世話になりました。熱心にあちこちご案内いただき、大変勉強になりました。ただ、史跡の位置を間違えて、炎天下に30分歩かされ、日焼けで真っ黒になってしまったのはご愛嬌でしょうか(笑)。
 受講した学生諸君の熱心さ、優秀さも特筆できると思います。それにしても、金沢の中心からタクシーで3500円もかかるキャンパスは、たしかに広大ではあるのですが、通学も不便で、バイトも楽ではなく本当に気の毒です。
 金沢で忘れられないのは肴のうまさ。どうしてもそんな話にゆきますな(笑)。平瀬先生おすすめの「いたる」のあじの刺身は絶品。また学生諸君とのコンパで行った居酒屋の能登豚の照り焼きは風味豊かでした。
 それに、金沢城・兼六園を中心とした、歴史に根差した熱心なまちづくりも印象に残りました。日本人は歴史が好きであり、そこに誇りとアイデンティティーの基盤があると思わざるを得ません。正しく、わかりやすい歴史学の重要性を痛感させられます。
 古文書学会大会が行われた松山も、松山城二の丸、三の丸の復元も進み、以前に増して歴史が重視されている様子がうかがわれました。道後の湯築城跡も素晴らしい歴史公園として整備されております。
 今回の古文書学会大会は、道後温泉のにぎたづ会館で開催され、松山大学の山内譲先生のお世話になりました。先生は県立西條高校の校長先生をお勤めになったのですが、昨年西條高校はエース秋山を擁して、春夏の甲子園に出場しております。しかも、その時の野球部長が、3日目に訪問した忽那文書も所有者、忽那家の御当主とのこと。御当主にかわって文書見学会に立ち会われたご尊父の携帯の着メロが「六甲おろし」でした。
 富田正弘先生の古文書学の分類に関する刺激的なご講演、そして山内先生の忽那文書の全貌をわかりやすく紹介されたご講演をうかがい、大変勉強になりました。その晩、懇親会後の二次会は、山内先生ごひいきのバー「やまうち」。別に先生がオーナーというわけではないそうです(笑)。村井章介、漆原徹、美川圭、松本一夫の諸先生と遅くまで談笑の機会を得ました。
 今回の大会では、関西の若手研究者諸君が、運営委員として活躍されました。古文書学会の担い手として、ますますの健闘を期待したいと思います。二日目の晩の鯛そうめん、三日目の忽那文書見学に赴いた中島までの瀬戸内海クルーズなど、思い出は尽きません。そして、南北朝時代を中心とした忽那文書の迫力は、さすがでした。

 11月には上横手先生の叙勲もあり、明るい話題で終わった今年ではありました。
 でも依然として続く会議攻めには閉口させられます。ちなみに12月16日には、11時から会議、13時から授業、14時50分から教務委員会(委員長をさせられています)、17時から人事に関する委員会が連続し、終わったら21時。心身ともに摩耗です。
 来年はこんな生活に別れを告げて、お引き受けした原稿を書きたいものです。
 でもこれだけ消耗すると、加齢と相まって元には戻らないことと思います。その際にはいろいろご迷惑をおかけすると思います。何卒よろしくお願い申し上げます。

 学務をこなし、若手の育成を行いながら、きちんとした実証に基づく研究を進めることが、我々の世代の研究者の責務と思います。それを実践しておられる野口先生を追いかけながら、当方も少しは頑張りたいと思います。
 今年は本当に有難うございました。
 来年も何卒よろしくお願い申し上げます。
 2011年が、良い年になりますようにお祈りいたしております。    

あけましておめでとうございます。

No.7941

 締切の過ぎた原稿を「二年越しで」執筆していたら新年を迎えてしまいました。この論文も、元木先生の御研究に依拠するところ多大です。
 元木先生、そして元木研究室の皆様。こちらこそ本年もどうぞ宜しくお願い申しあげます。

 還暦を迎えますので、生まれ変わった気持ちで何か新しいことにチャレンジしたいと思っているのですが、当面は原稿執筆、それに卒論指導です。それが済んだら、来年度のシラバスを書き、続いて期末試験に入学試験。それからまた締切の過ぎた原稿にとりかかる・・・。
 ・・・やはり、なかなか新しいことにチャレンジするのは難しそうですね。そういえば、昨年の末にまた原稿依頼が届いていたのでした。
 やはり国外逃亡でしょうか?