妙心寺曝涼(虫干し)展のお知らせ

No.674

11月3日妙心寺本坊において曝涼展(寺宝の虫干し)が行われます。妙心寺が秘蔵する絵画や典籍などを拝見できる貴重な機会です。時間とお金(志納金1000円)に余裕のある方は是非足を運んでみて下さい。普段みれないお宝が間近で見られますよ。
と、いうわけで一応史跡見学会という形で参加者を募集したいと思います。今のとこコースとしては
妙心寺→法金剛院→等持院 を予定してます。
興味のある方は野口まで連絡して下さい。

参考までに…
法金剛院:JR花園駅下車徒歩3分
 平安時代に清原夏野の山荘があったものを、死後寺にあらためる。一時衰退するが鳥羽天皇中宮待賢門院により復興され、極楽浄土を再現する庭園を造るなど隆盛を極めた。平安時代の遺構を残す数少ない庭園として、現在国の特別史跡名勝の指定を受ける。園内は桜や紫陽花、杜若、蓮、紅葉など季節の花々が咲き乱れ「関西花の寺第十三番」に選ばれている。特に蓮の季節には全国からの多くの観光客で賑う。
また仏殿には定朝様の阿弥陀如来をはじめ、十一面観音、文殊菩薩像などが安置されており、どれも見応えがある。特に鎌倉時代作成の十一面観音は装飾が非常に豪華で、彩色もよく残っている。
等持院:京福等持院駅下車徒歩8分
 1341年(暦応2)、足利尊氏建立による足利氏の菩提寺。初代尊氏から15代義昭まで歴代将軍の木像(5、10代を除く)を安置する霊光殿がある。夢窓疎石の作と伝えられる庭園は、東の心字池と西の芙蓉池の2つによって構成されている。特に書院から眺める西庭は、衣笠山を借景とし、刈込みや枯滝組を配し、石橋を架けるなど凝った造りとなっている。

法金剛院も等持院も紅葉の隠れた名所でもあるので、これからの季節是非一度足を運んでみて下さい。嵐山や東山辺りよりはよっぽどみやすいですよ。何か観光案内みたいになってしまいましたね。どうもすみませんでした

五位山

No.679

☆院政期を専攻する人へ  法金剛院は行ってみる価値があります。かの待賢門院璋子の御所のあったところです。寺の後方の山は五位の位を与えられたという話があって「五位山」といいます。ここには待賢門院とその娘の上西門院統子の陵墓があります。なお、くわしくは角田文衞『待賢門院璋子の生涯』上・下(朝日選書)をご覧下さい。

Re: 妙心寺曝涼(虫干し)展のお知らせ

平田樹理
No.680

法金剛院、今年の春に足を運びました。
野口先生のおっしゃる通り、院政期専攻者には欠かせない所です。庭園も小さいながら立派で、「ここに待賢門院達が…」としばしトリップしてしまいました。(こうやってミーハーがばれていきます。)
五位山にも登ってみたかったのですが、受付でお許しが出ませんでした。残念…。噂によると、別口で行けるルートがあるとか。待賢門院と上西門院の陵墓にお参りしないとどうしても気がすみません(笑)。
というわけで、三日の曝涼展、ぜひ参加させていただきたいと思います。

Re: 妙心寺曝涼(虫干し)展のお知らせ

山田邦和(花園大学・考古学)
No.682

みなさん、こんばんは。
等持院、庭園が奇麗で、私のお気に入りの寺院のひとつです。この寺には足利歴代将軍の木像があることで有名ですが、どうしたわけか5代義量と14代義栄だけが欠けています。私の授業では、この理由を考えてみるようにという宿題を出しています。皆さんはお分かりになりますか?

平田さん、待賢門院陵と上西門院陵は五位山に登らなくても、また法金剛院に入らなくても行けますよ。法金剛院の裏側にまわりこんでみてください。待賢門院陵は山の北側、上西門院陵は山の東側に入口があります。なお、上西門院陵に面した小さな南北道路は、なんと!平安京西京極大路の残存です。

『武家の棟梁源氏はなぜほろんだのか』のCM

No.684

本掲示板の視聴率?が高いとの評判に乗じて、拙著のCMを一つ。
話題の法金剛院については旧境内(JR花園駅の南にまで広がります)の地形図や古図も掲載されている上記角田文衞先生の著書をぜひ参照してください。この本には待賢門院の花園西陵の写真が掲載されていますが、実はタイトルにあげた拙著98ページにも同陵の写真が、また121ページには法金剛院の写真が載っています。いずれも、もう30年近く前に千葉から調査旅行に上洛した際に撮影したものです。108ページの「常盤御前の墓」(もちろん伝承ですが)も、法金剛院を訪れた際偶然見つけて撮影したように記憶しています。
ちなみに、この拙著、妙なタイトルは編集者の方が付けてくださったものなのですが、それが幸いしたのかどうか、最近重版になりました。新人物往来社刊、本体2800円です。深夜の商い、おゆるしください。

Re: 妙心寺曝涼(虫干し)展のお知らせ

平田樹理
No.688

>山田先生
わざわざどうもありがとうございます。法金剛院の隣に確か細い道があったのを覚えています。あそこを登ると、山の北側、東側の入り口につながっているんですね。それにしても、平安京西京極が残ってるなんて。上西門院の陵墓を拝する上に、楽しみがひとつ増えました。
>野口先生
当日は角田先生と野口先生の本を携えて、五位山に登ってみます!
何事も体力勝負だなあと実感する今日この頃です…。

花園ツアーのお知らせ

野口洋平
No.689

3日は11時にJR花園駅前集合でお願いします。予定としては
妙心寺曝涼展見学→法金剛院→等持院に行くつもりです。
もし途中から参加したい方がいたら遠慮なくどうぞ。法金剛院と等持院はとてもいいお寺ですよ。ただその場合は野口まで連絡をお願いします。

山田先生》
 貴重な情報ありがとうございます。等持院には夢窓疎石の木造もありますよね。庭園も含めて夢窓の研究をさせてもらってる僕にとっては疎かにできないお寺です。
足利家の木造ですが、5代義量14代義栄は早死にしたため木造が造れなかったのではないでしょうか?確かガイドの先輩から前にそんな話を聞いた覚えがあります。いかがでしょうか?

法金剛院発掘調査現説資料

No.692

法金剛院が発掘調査された際の現地説明会の資料は、ここで見ることが出来ます。付載の地形図には平安京の条坊も記されています。
 http://www.kyoto-arc.or.jp/75houkonn2.pdf
>>平田さん この資料から明らかなように、待賢門院の時代、庭園は現状よりずっと広かったのですよ。
>>野口君 山田先生への回答、それでは観光客相手の一時しのぎの説明でしかありません。いやしくも、文献史学を志す者としては・・・。山田夫人による「平安京探偵団」に、立派な仮説が示されていますよ。

しまった・・・

山田邦和(花園大学・考古学)
No.698

そうか、しまった・・・
「平安京探偵団」に公表済みだった・・・・