角田文衞先生を偲ぶ会

No.6609

 本日は京都ホテルオークラにおいて、昨年五月に亡くなられた角田文衞先生を偲ぶ会が催されました。学界・政界・官界などの各方面から百四十名ほどの著名な方々が参会し、不世出の歴史学者であった角田先生の遺徳を偲びました。
  →http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009030700150&genre=K1&area=K00

 たくさん新たな発見もありましたが、とくに驚いたことが二つ。
 一つは会場の入り口に展示されていた角田先生の使われていた『尊卑分脉』(国史大系本)。
 山田邦和先生のブログ参照→http://heike.cocolog-nifty.com/kanwa/2009/03/post-ea3c.html

 所掲の各人物について、記録所見が小さく且つ綺麗な文字で詳細に書き込まれていました。自家製の平安京図も同様。これが先生の思考の前提にあったわけです。
 学問を業とする者にとって、美しく整理された手書きのノートを作ることは、最低限に必要な能力であることを痛感させられました。今ならPCを使いこなすことで代替されるのかも知れませんが、これを見て、やはり手書きでないと優れた研究は生み出し得ないように思えました。

 二つ目は、挨拶に立たれた碩学たちの見事なスピーチ。
 角田先生の後輩に当たる80歳代の著名な先生方の御挨拶が続いたのですが、いずれも原稿などなし。にもかかわらず、論理明快で固有名詞もすらすら出てくる。角田先生もそうでしたが、老いてもちっとも頭脳の衰えを見せません。これらの先生方には「老人ぼけ」などという言葉はまったく無縁のように思えました。戦前・戦中・戦後の厳しい時代を学問の道を一筋に邁進されてきた結果なのでしょう。私も出来れば、ああなりたいものだと感じ入った次第です。

 会場で、角田先生出演のテレビ番組のビデオが放映されたりしたこともあり、今は、先生御本人にまたお目にかかって来たような気分でおります。