夏休み全行程終了!
田中裕紀
No.471
伊藤さんの研究発表に始まり、その後2日間の平家物語研究会お疲れさまでした。樋口さん、市沢さんは初めてお話しすることが出来ましたが、勉強させていただきました。いつも研究会の後には「勉強しなければ!!!」という気持ちで帰宅します。が、今回は翌日早朝から香川県に行って来ました。
京都を発ち、淡路島から香川県志度に入り、志度寺、八栗寺を経て屋島にある屋島寺に行きました。前日に一ノ谷を見たことも有り、地形を俯瞰することで平家の合戦の場をより理解することが出来たような気がします。八栗寺に向かうケーブルから見た屋島の土地は、細い入り江を挟んで台形上の土地を臨み、入り江からはすぐに外海へと出ることが出来る、制海権を握っていた平家には有利だと思えるような土地でした。八栗ケーブルの対岸の台形上の土地の裾で、海から割と近いところに安徳天皇の居所であったと言われる安徳社があったのも印象的でした。ちなみに、地形を把握するには野口先生が研究発表で配布された地図が大活躍でした。その後、ウワサの(?)平家物語資料館に行きました。一ノ谷の合戦の坂落としのジオラマはかなり迫力でしたが、前日に見たあの坂を馬の手綱を片手で持って降りるのは不可能でしょう・・・という感じの時代考証でした。ちなみに祇王や建礼門院の出家姿は尼そぎではなく、瀬戸内寂聴のような剃髪姿でした。更に、琵琶法師が自分で「平曲」と言っているのもおかしいのだそうです・・・というのは門屋氏の指摘でした。
さて、これで熊野詣に始まった私の大忙しな夏休みの全行程が終了しました。Y本E里子嬢に言わせると「小学生みたいに充実した夏休み」でした。おかげで修士論文が何も進んでおりません(泣)・・・そろそろ野口先生の言うとおり、腰を落ち着けて論文に取り組みたいと思いますので、また研究発表などさせていただきたいです。
さて、最後になりましたが、10月からの研究会は月曜日以外であればいつでも大丈夫です。出来るだけ早く決めていただけるとありがたいですので、よろしくお願いしますね。
>野口先生
阪神を平家に例えると、関西では暴動が起きるかもしれませんよ!!(だって、平家は滅亡してしまうのですから)ここは一つ、山本さんのように頼朝辺りに例えておきましょう(^^)d 関西人なのにG党な私は、しばらく大きな声では言えませんけどね(^^;
京都を発ち、淡路島から香川県志度に入り、志度寺、八栗寺を経て屋島にある屋島寺に行きました。前日に一ノ谷を見たことも有り、地形を俯瞰することで平家の合戦の場をより理解することが出来たような気がします。八栗寺に向かうケーブルから見た屋島の土地は、細い入り江を挟んで台形上の土地を臨み、入り江からはすぐに外海へと出ることが出来る、制海権を握っていた平家には有利だと思えるような土地でした。八栗ケーブルの対岸の台形上の土地の裾で、海から割と近いところに安徳天皇の居所であったと言われる安徳社があったのも印象的でした。ちなみに、地形を把握するには野口先生が研究発表で配布された地図が大活躍でした。その後、ウワサの(?)平家物語資料館に行きました。一ノ谷の合戦の坂落としのジオラマはかなり迫力でしたが、前日に見たあの坂を馬の手綱を片手で持って降りるのは不可能でしょう・・・という感じの時代考証でした。ちなみに祇王や建礼門院の出家姿は尼そぎではなく、瀬戸内寂聴のような剃髪姿でした。更に、琵琶法師が自分で「平曲」と言っているのもおかしいのだそうです・・・というのは門屋氏の指摘でした。
さて、これで熊野詣に始まった私の大忙しな夏休みの全行程が終了しました。Y本E里子嬢に言わせると「小学生みたいに充実した夏休み」でした。おかげで修士論文が何も進んでおりません(泣)・・・そろそろ野口先生の言うとおり、腰を落ち着けて論文に取り組みたいと思いますので、また研究発表などさせていただきたいです。
さて、最後になりましたが、10月からの研究会は月曜日以外であればいつでも大丈夫です。出来るだけ早く決めていただけるとありがたいですので、よろしくお願いしますね。
>野口先生
阪神を平家に例えると、関西では暴動が起きるかもしれませんよ!!(だって、平家は滅亡してしまうのですから)ここは一つ、山本さんのように頼朝辺りに例えておきましょう(^^)d 関西人なのにG党な私は、しばらく大きな声では言えませんけどね(^^;