暑中お見舞い申し上げます。

No.3987

 暦の上では明日はもう立秋ですので今のうちに。

 昨日のゼミ旅行事前学習会は担当者毎の充実した報告で4時間にも及びましたが、おおいに勉強になったことと思います。あとは好天を祈るばかりでしょうか。
 幹事の門屋君・八井君、諸事ありがとうございました。
 なお、さらに勉強をしようとする人のために紹介資料の追加。
  ① 井ケ田良治「南九州における南北朝内乱の性格」(『日本史研究』17,1952)
  ② 高島緑雄「辺境庄園の領主と農民-薩摩国伊作庄・日置北郷-」(西垣晴次編『鎌倉武士西
   へ 地方文化の日本史3』文一総合出版、1978)
  ③(必見)松竹映画「男はつらいよ 第34作『寅次郎真実一路』」

 ☆ 須藤聡先生から御高論「下野国中世武士団の成立-治承・寿永の乱以前の実状-」掲載の、橋本澄朗・千田孝明編『知られざる下野の中世』(随想舎)と御高論「中世前期における新田一族と交通路」(『地方史研究』311)を御恵送いただきました。
 当該期の下野の武士団については河内源氏の東国進出との絡みで、私もさらに追究してみたいと考えております。
 須藤先生にあつく御礼申しあげます。

「屋島合戦」を考える。

No.3988

 まずは、 http://heike.cocolog-nifty.com/heike/ 
を御覧下さい。(拙論を御紹介くださっていて恐縮しています)。
 
 先日、この掲示板で、義経による屋島攻撃がどのような経緯で行われたかについて新しい見解を展開された宮田敬三先生の御高論を御紹介いたしましたが、それに対して、以下のような、うれしいリアクションがありました。

   http://d.hatena.ne.jp/yotomusi/20050806/p2
   http://d.hatena.ne.jp/yotomusi/20050806/p13#seemore
 
 こういう真摯で熱心な方が学生として沢山いてくれたら、大学の教員たる者、大いに充実感をもって日々の講義に臨めるというものでしょう。
 
 ちなみに、屋島といえば、当ゼミメンバーには、京都からレンタカーで日帰りをされた豪傑たちがおられました(たしか門屋君・田中さん・・・でしたね?)。
 私は、2003年2月、高松の高校に勤務しておられる野中寛文先生(院生時代からの畏友)に『平家物語』関連の伝承地を殆どくまなく御案内いただきました。
 あの時、野中先生には本当にお世話になりました。今さらですが、あらためてあつくお礼を申し上げます。