鹿児島でお世話になりました…
新地浩一郎
No.379
10年前に鹿児島大学教養部の講義でお世話になりました、新地です。ご無沙汰をしております。柳原先生から、野口先生のHPがあるとお聞きし、早速拝見させていただきました。
現在、私は川辺町教育委員会で文化財と文化事業の仕事をしており、あまり自分の時間がとれないところですが、学生時代に学んだことを発揮できる職だと思っています。毎月、町内の年配の方向けに公民館講座で「ふるさと歴史散歩」という講義をしています。人にものを教えるというのは難しいですけど、自分の勉強にもなり、様々な事務の中で一番楽しい時間です。
ところで、川辺町も加世田市・笠沙町・大浦町・坊津町の1市4町で合併することになりました。それぞれの市町で文化財に対する姿勢が異なりますが、島津氏関連にだけ偏らないようにしたいと思っています。
話が変わりますが、先日偶然ある家の氏神に鰐口がかけられているのを見つけました。年号は文明9年のもので、不明瞭ですが「河辺二郎■■」という文字が見えます。資料上では南北朝期以降は河辺氏の活動は確認されていませんので、薩摩平氏の河辺氏なのか判断に迷っているところです。もしよろしければご意見をお聞かせください。
薩摩平氏の文化。
野口実
No.382
新地さん、お久しぶりです。前の勤務先のゼミで鹿児島旅行に行ったときは大変お世話になりました。あの時の写真は今の研究室に貼ってあります。
この掲示板のNO,336に「男はつらいよ」の話を書き込んだ時に大の寅さん映画ファンの柳原先生を思いだしていたのですが、心が通じたようですね。柳原さん、ありがとうございます。
たしかに、市町村合併で加世田市が主導権をとると島津日新斎の話から島津中心になりそうですね。しかし、この地域はやはり、海の道によって開かれた中世にアイデンティティを求めるのが、地域の未来のためにも良いと私は思います。薩摩平氏の海洋活動、あるいは磨崖仏群に見られる仏教文化など、その中でも重要な要素を占めることでしょう。考古学の調査も大きな成果が期待されると思います。新地さんのご活躍に期待したいと思います。
鰐口のことですが、五味克夫先生にうかがえば、100%正解だと思いますが、形態と年紀が整合し、銘文も制作当時のものであるならば、この時点で薩摩平氏の河辺氏が未だに健在であることを示す証拠となるものと思います。
新地さん、京都にお出での節は是非、京都女子大に寄ってください。そのついでに、研究会で薩摩のお話をしていただければ、さらに有り難いところです。それから、そのうちにまた、現在のゼミでも鹿児島旅行を企画するということになるかも知れません。虫の良い話ですが、その時は、またどうぞ宜しくお願いいたします。
Re: 鹿児島でお世話になりました…
新地浩一郎
No.386
野口先生、早速のご返信ありがとうございます。
入学したころは、島津氏にしか興味のなかった私にとって、薩摩平氏の存在や、社会史の面白さを教えていただいた野口先生の講義が自分の日本史研究の原点だと思っています。
先生のおっしゃるとおり、加世田市は島津忠良をはじめとした島津氏中心史観です。教育委員会には忠良の「いろは歌」が掲げられています。一方、川辺町や坊津町は仏教史跡を中心とした文化財が多く、また大浦町・笠沙町は動植物に関する文化財が多いようです。それぞれの特徴を活かした文化財行政の再構築が必要だと思っています。
私は主に指定文化財の整備にあたっており、埋蔵文化財の発掘にも携わっています。最近はキツネやシカなどの野生動物の調査や民具に関する仕事が多く、まさしく雑芸員となっていますが、色々と知識が広がり、それはそれで楽しくやっています。
また、3年前の6月下旬から7月末まで、奈良国立文化財研究所で発掘の研修を受けました。その時は、残業なし、土日出勤なしでしたので、奈良・京都・東京の国立博物館を始め、名古屋や東京、大阪、奈良、京都の各博物館・美術館を見学しました。また、何年かに一度、そのときの同窓会がありますので、機会があればぜひ京都にもお邪魔させていただこうと思います。
ぜひ、鹿児島においでになるときはご連絡ください。
鹿児島ゼミ旅行。
野口実
No.394
新地さん、大変なお褒めの言葉を有り難うございました。恐縮して身の置き所がありません。
今日、NHKの番組で1993年8月6日の豪雨の時の話を放送していて、何か鹿児島の人たちがとても懐かしくなりました。あの災害の直後に、中世史サマーセミナーが予定されており、事務局を引き受けていた柳原さんの活躍は獅子奮迅で、それこそプロジェクトXで取り上げても良いような活躍ぶりでしたね。私も寸断された道路事情確認のため、柳原さんと二人で倒木だらけの道に迷いながら車を走らせたりいたしました。徳永さん、松尾さんや永山さん、林さん、それに寺尾さんなどの顔も思い浮かびます。
それから数年後に聖徳大学日本文化学科野口ゼミの旅行で新地さんにお世話になったわけですが、その時に幹事をつとめた尾上聡子さんが、来月28日に結婚することになりました。彼女は現在、愛知県の西濃運輸につとめています。相変わらず、元気いっぱいのようです。
プロジェクトX
新地浩一郎
No.402
こんばんは。先日のプロジェクトXで出演された有村さんは、現在川辺町の神殿(こうどの)交番に勤務されています。番組の終盤で、有村さんがパトロールされていたのが川辺町です。ここ数年、鹿児島ではあまり大きな水害は起こっていません。台風が一度も上陸しない年もありました。今年は菱刈町でお二人お亡くなりになりましたが、昔ほど大規模な被害はなくなりつつあります。
私は、現在土日の出勤が多い職場のため、県内の研究会などにはほとんど出席できない状況です。そのため、松尾さんをはじめ他の研究者の方々とはなかなかお会いできません。修士論文も日の目を見ないまま眠っていますが、最近は時間を見て手直しをしているところです。
現在、仕事の内容はキツネや鹿の分布調査など動植物に偏りつつあります。昨年の11月には、鹿児島大学の鹿児島学シンポジウム「鹿児島の鳥文化」で鹿児島のバード・ウォッチングについて発表しました。原口泉先生は、学生時代の私について「鳥ばっかり見ている変な生徒」として覚えていらっしゃったらしく、お声がかかったようです。
聖徳大学の方々のことはよく覚えております。あの時は、私も大変楽しく過ごさせていただきました。私は30歳を目前に相変わらず気楽な一人の生活が続いております。