源義経に関する本のことなど。

No.2895

 今年もあと一ヶ月余をのこすのみ。ゼミの主要メンバーは、卒論・修論、進路の選択、生活のためのアルバイト探しなどなど、たいへんな局面に立たされている人が多いようです。与えられたレールに乗るのを潔しとせず、自らの人生を自らの力で切り拓いている諸姉兄には、老体の小生がいつも力づけられています。
 このところ、昔の教え子が京都に訪ねてくれたり、メールで連絡をくれたりします。20年ほど前の青学史学科野口ゼミならびに5年前までの聖徳大日本文化学科野口ゼミ残党の皆さんです。前者は40代前半、後者は20代も後半といった年回りで、これまた人生の岐路にさしかかっている年齢であります。
 ひょっとすると、これらの人たちが世代をこえて集まれば、それぞれの迷いが晴れるといったことがあるかも知れませんね。

 ところで、いよいよ来年が近づき、大河ドラマの「あやかり」や「便乗」の義経本が書店にたくさん並びつつあります。その中から良い本を選びなさい、という試験のやり方もあるなどと密かに考えているのですが、出版社がブームを当て込んでのこととはいえ、名著の再刊がされるのはうれしいことです。
 上横手雅敬先生の『源義経 源平内乱と英雄の実像』(平凡社ライブラリー)はその最たるものでしょう。上横手先生は、これは再刊ではなく、しかも監修という形ですが『図解雑学 源義経』(ナツメ社)を出されました。これは、かえって世情に流布している牛若丸・義経についてあまり知識のない人には、よき案内書になる本です。碩学による入門書とでも言えましょうか。ちなみに、僭越ながら両書とも上横手先生から御恵送にあずかりました。あつく御礼申し上げる次第です。
 
 このところパワー不足の小生は義経ブームに乗り遅れておりましたが、このたび、ようやく一役買う機会を得ました。すなわち、1966年に角川新書の一冊として出された角川源義・高田実『源義経』が講談社学術文庫に加えられることになり、その解説の執筆を仰せつかったのです。
 この本は、最近にいたってやっと進展の見られる国文学と歴史学の共同作業の先駆的業績といえるもので、義経の人生のうち、史実として確定できる時期のみを、歴史学者高田実氏が担当し、その前後を歴史学にも民俗学にも通暁した角川源義氏が固めるという合理的な構成がとられています。
 そして驚いたのは高田実氏が、鎌倉幕府成立史について、近年にいたってようやく議論されているような卓見を示していることです。高田氏は1970年代、学界から忽然と姿を消されたのですが、これは日本中世史学にとって大変な損失であったように思います。
 角川氏の博覧強記ぶりにも目を見張るものがあります。この本が境界論や武士の僻邪性が強調された頃、すでに絶版になっていたことは実に残念なことでありました。
 「解説」は読まずとも、再刊なった暁には、ぜひ御一読いただきたいものです。

 ☆ 本の紹介が続きますが、本日、『新横須賀市史 資料編 古代・中世Ⅰ』を横須賀市からいただきました。執筆にあたられた近藤好和先生・高橋秀樹先生・真鍋淳哉先生の御配意によるものです。あつく御礼申しあげます。
 平安末・鎌倉時代の三浦氏研究にとって、もっとも基本となる優れた史料集が出来たというわけです。この時代の三浦氏はグローバルで、研究のやりがいがありますよ。

 なお、末筆ながら、大河ドラマの総元締めであるNHKによるガイドブックとして出された奥富敬之編『源義経の時代』も紹介の要ありです(例によって石浜さんから頂きました。ありがとうございました)。なんとなれば、短編ながら元木泰雄先生の「武士の誕生、武家の世」と佐伯真一先生の「フェア・プレイとだまし討ち」が掲載されているからです。ゼミメンバーは必読でしょう。

Re: 源義経に関する本のことなど。

No.2897

>角川源義・高田実『源義経』再刊
おおっ、再刊されるのですね。
この本は「存在は知っているけど見たことがない」本の一つでした。
高田実氏は論文は当然読んだことがあったのですが、
ある時点からパタッと論文が見えなくなるので、
いったいどういうことなんだろうと思っていました。
「学界から忽然と姿を消された」のですか。むむう…。
先生が解説を書かれるということで、発売が楽しみです。

それにしても、講談社学術文庫は本当にありがたい存在です。
…と持ち上げたら、品切れの『今鏡』を増刷してくれませんかねえ(笑)

Re: 源義経に関する本のことなど。

No.2898

今回の大河ドラマ関連本、例年よりもなんだかよく目に付くのは、私の思い入れの違いでしょうか。なんといっても、上横手先生が3冊も出されていることは特筆すべきでしょう。ナツメ社の『図解雑学 源義経』も、監修とは言え、先生がライターの文章の書き直しをほぼ全面的になさったとの由。まったくもって先生のご著書といっても過言ではないようです。野口先生がご紹介くださったNHK出版のドラマガイドも、監修はいつもの先生ですが、元木先生や佐伯先生といった、当掲示板でもおなじみの先生方が執筆なさっていますので、一見の価値ありかと。また、岩波新書でも五味先生が出されていますし、かくいうNHKブックスでも、元木泰雄先生が『保元・平治の乱を読みなおす』を、保立道久先生が『義経の登場』をそれぞれ上梓されます。元木先生の方は、かねて宣伝のように、大河ドラマ第一回で登場する兵乱を、新しい視点で読み解き、時代理解に大きな変更を迫るもの。保立先生の方は、義経が黄瀬河宿で頼朝と再会する以前の義経の実像に迫るもの。つまり、武将としての義経がまったく出てこない特異な本で、義朝や常磐、義父一条長成の姻戚関係から、義経の生きた世界を再構成しようとする作品です。どちらも読み出のある本になったなと、完成直前の今、感慨深く振り返る次第です。書かないということが一般化しつつある現在の出版界で、ここまでの作品を書き下ろしていただいた両先生には、深く御礼申し上げます。特に元木先生には、かなりの無理をお願いする結果となり、大変心苦しく思っております。本当にありがとうございました。完成の暁には、野口研究室に何部か寄贈させていただきますので、よろしくどうぞ。
私信:野口先生、論文をお送りいただき、ありがとうございます。そろそろ先生のご著書を読みたいなと、切に思う次第です。そうですよね、野口ゼミのみなさん!

プレッシャー。

No.2899

 >石浜さん 痛み入ります。
         NHKブックスの二著、大変楽しみです。
 
 >岩田君 一日も早い快復を祈ります。

 >遠藤さん 無事、関東にお戻りでしょうか?本日は貴重な資料のコピーやお土産をありがと
        うございました。

 ☆ 本日夜、山田先生の邸で開かれた中世都市研京都大会(2005年9月3日・4日)の委員会で、小生、大会報告の総括(これは相当偏った内容になる)・論点提示(これは絶対に無理)役を命ぜられました。ひと頃、「総括」という言葉が流行ったことがありましたね・・・。第一日目の見学会では法住寺殿跡の案内役をするかもしれません。また、レジュメの編集・印刷の担当も。
 ゼミの皆様の心優しき御協力を期待しております。
 
 なお、この帰途、はじめて二条城前から六地蔵まで地下鉄に乗車。乗車時間は約30分。山田先生「邸」と野口「小宅」は1時間弱で結ばれたことになります。

新刊図書の紹介。

No.2900

 義経関連の本や三浦氏の史料集ともいうべき『新横須賀市史』に続いて、二冊の単行本を御紹介いたします。
 一つ目は、中村修也『今昔物語集の人々 平安京編』(思文閣出版、2300円)。
 盗賊やら下級官人、水銀商人、陰陽師など、平安京に生きた人たちを今に生きているかのようによみがえらせてくれる、とても面白く、口語体で書かれたわかりやすい本です。
 中村先生は文教大学教育学部教授。
 中村先生とは前任大学に勤務していたときに松戸でお目にかかって以来、長くお目にかかる機会を得られませんが、御恵送ありがとうございました。

 もう一冊は、本郷和人『新・中世王権論』(新人物往来社、1800円)。
 副題は「武門の覇者の系譜」という刺激的な書です。武士論・王権論に関心のある方は必読。小生はミネルヴァ日本評伝選で『北条時政』を書く際、おおいに参考にさせて頂くつもりです。本郷先生は言わずと知れた東大史料編纂所助教授。
 本郷先生、御恵送いただき、あつく御礼申しあげます。

Re: 源義経に関する本のことなど。

本郷和人
No.2912

野口先生、拙著無事に届いたようで何よりでございます。
ご感想、ご批判を、簡単なものでも結構でございますので、
お知らせいただければ幸いです。

掲示板をごらんの院生・学生の皆様、もしよろしければ
何人かで一冊でも、お買い求めいただければうれしいです。
今年の冬はさほど寒くはなさそうですが、本郷家が無事に
年を越せますように。

本郷先生に重ねて御礼申しあげます。

No.2913

 かつてNHK大河ドラマの主人公に平将門が取り上げられたとき、将門関係の論文を集めた本が刊行されたりして、研究の活性化がはかられたことがありますが、今度の義経もそういう効果を期待したいところです。中世前期の武士の存在形態について、まずは、ここ四半世紀くらいの間の研究成果(石井先生や上横手先生の論文集から最近の川合康先生の『鎌倉幕府成立史の研究』にいたるまで)をきちんと反芻することが肝要だと考えております。
 蓄積された研究成果を正当に理解・吸収することは、なかなか大変なことで、十年ほど前に『武家の棟梁の条件』(中公新書)を出したとき、石井進先生から新しいパラダイムを提示するさいに必要な覚悟について厳しい御指摘を頂いたことを思い出します。
 本郷先生の御高著の真骨頂は北条氏の評価にあるものと思いますので、さきに述べましたように、『北条時政』執筆の中で、いろいろ考えさせていただきたいと存じております。
 なお、本日、本郷先生から御高論「中世古文書学再考」所収の『日本の時代史』30を御恵送いただきました。重ね重ねの御厚意に恐縮いたしております。研究室に配架してゼミメンバーにおおいに活用してもらいたいと思っています。
 セミメンバーで武士論や鎌倉時代の政治思想史を専攻しているとくに院生の諸君は、この冬休みにでも本郷先生の御著書を精読し、率直な感想をお知らせしたら宜しいのではないでしょうか。
 
 ☆講談社学術文庫の『源義経』は、来年正月7日刊行の予定で校閲・校正などの作業が進められています。