栃木県小山市に小山氏関連の調査に行ってきました。

No.10327

 2月28日(午後)~3月1日(全日)、栃木県小山市とその周辺地域(野木町・結城市)に、寒河尼および野木宮合戦関連を中心に、中世前期の小山氏関係の史跡調査に行って参りました(藪本君と山本さんに御同行頂きました)。

 地元を熟知された研究者に自家用車で御案内頂いたので、多くの史跡を最新の研究に基づく解説付きで見学する事が出来、大変な収穫でした。

 見学先を列挙すると、2月28日は、網戸神社(もと胸形神社の説あり)・寒河尼墓所(供養塔)→長慶寺(網戸氏館跡=網戸神社の西隣)→龍樹寺(寒河氏館跡)→胸形神社(巴波<うずま>川東岸)→思川旧河道→野木宮合戦古戦場(渡良瀬川遊水地周辺)→野木神社→千駄塚古墳(鎌倉街道・奧大道)→お鍋塚→安房神社(粟宮)→満願寺(勝長寿院・小山政光逆修塔)

 3月1日は、神鳥谷(ひととのや)曲輪→西林寺(親鸞に帰依した下河辺氏開創という)→船場(通交税収入)→鷲城跡(巨大な塁壁・思川と奧大道に挟まれた要衝)→<昼食>→中久喜城跡→(和談坂)→結城廃寺跡→城の内遺跡(結城氏館跡)→東持寺(山川氏館跡)→長福寺城跡→須賀神社→持宝寺(東醍醐山、弓削道鏡の草創という)→市役所(小山評定跡)→寒河尼・小山政光像→天翁院→祇園城跡

 中世の全期にわたる小山氏一族の活動の痕跡が各所にのこされているのには驚かされました。小山は、奧大道と思川水運に規定された軍事・交通・経済活動の要衝であると共に文化・情報の集約される空間として大変興味深いところだと思いました。
編集:2014/03/03(Mon) 10:09

小山氏関係遺跡

金澤正大
No.10345

小山氏関係遺跡を見学されたとのこと、その見学先を見て、30年前に夏休みを利用して、『吾妻鏡』原典史籍研究会後、小山氏関係史跡を巡ったことを思い出しました。その秋には一人でその時巡れなかった遺跡を歩いたものでした。この時の報告を
「中世武士団小山・長沼・結城三氏の鎌倉時代城館跡」『政治経済史学』220号1984年11月
で発表しています。
また、神鳥谷曲輪に関しては、2007年夏の小山市教育委員会の「神鳥谷曲輪(ひととのやくるわ)現地説明会」に行って、再度見学した際のことを「「神鳥谷曲輪」城館遺跡―歴史雑感〔8〕―」と題して、ブログに載せてあります。
http://kanazawa45.wordpress.com/2007/08/12/%E3%80%8C%E7%A5%9E%E9%B3%A5%E8%B0%B7%E6%9B%B2%E8%BC%AA%E3%80%8D%E5%9F%8E%E9%A4%A8%E9%81%BA%E8%B7%A1%E2%80%95%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E9%9B%91%E6%84%9F%E3%80%94%EF%BC%97%E3%80%95%E2%80%95/

小山氏族に関してもその内発表しなければいけないと思っていますが。

御教示に感謝致します。

No.10347

 金澤先生、貴重な情報をありがとうございます。
 『政治経済史学』を調べてみたら、以前拝読させて頂いた形跡がありました。

 近年、中世城郭に対しての関心は一般の方たちにも広まっておりますので、ぜひ御著書などの形で成果を還元して頂ければ有り難いと存じます。